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第3話 承認しかない世界。変身プロトコル、起動。

※変身費用は¥10,000。返金不可。その予算。魔法、撃てますか?



拝啓 母さん

今夜、初めて魔法を見ました。

安心してください。見ただけです。

30歳までには童貞は卒業する予定です。



――午後8時12分。

Pathos干渉、発生。


現場は秋葉原UDX裏・旧公園跡地。いまや戦闘エリア指定No.018──

“観客動員数が多く、映える背景が得られる”ため、魔法少女ショータイムの常連ステージらしい。


そう、ここで怪獣を釣るんですって。ねえ奥さん、怪獣よ?

「ステージ準備、よーい……スタンバイっぴ!」


モフ丸が叫ぶ。

AIとは思えぬノリで頭上を跳ね回りながら、戦闘ユニットUIをネットワークに同期していく。


俺は現場後方のキッチンカー(という名の実態:機材運搬車)の座席に座り、

入念に準備体操をしている星宮と白瀬をボーっと見ていた。


「なにボーっとしてるっぴ。これをかけるっぴ!」


毛玉が赤と青のレンズがついた安っぽいメガネを渡してきた。

……いや、これって──平成の3Dメガネじゃねえか!! 若者分かんねぇよ。


「それで、ダメダメ凡人のお前にも、魔法や怪獣が見えるようになるっぴ」

「ダメダメは余計だろ」


文句を言いながらも従う俺。社畜根性、まだ生きてる。

あと、さりげなく“お前”呼ばわりやめて?



「カノン、同期して。変身コード起動!」


「うんっ、いつでもOKです!」


星宮が猫型のモフデバイスを掲げると、

空間にピリッとノイズが走り、半透明のHUDが起動。


──おや、星宮の様子が……



Mode: Magical

User: LeadSigna(星宮すみれ)

▶変身プロトコル:起動準備完了

▶MP:¥10,000相当確保済

▶課金先:経営実践部(顧問承認待ち)




「ちょっと奥さん! 空中に文字が浮かんでますよ! SFですよ、SF!」


全員スルー。あっそうですか。


――――――――――――――――――――――――――――――

限界社畜T @magicalcafe.deficit


ごめん、同級会にはいけません。

いま、秋葉原にいます。

皆が信じる常識を俺は必死で守っています。

本当は、前職(あの頃)が恋しくなる瞬間もあるけど……

今はもう少しだけ、知らないふりをします。

私の守るこの常識も、たぶんきっと、誰かの日時を支えているから。


――――――――――――――――――――――――――――――


俺があまりの非現実にSNS投稿文を考えていると

そこに割り込んでくる赤ウサギ、じゃなかったモフ丸。



「早くこっちへ戻ってこい、クソ社畜!! 初回変身の承認は、顧問の責任になるっぴ。

ちゃんと“承認”ボタンを押すっぴ!」



喋る度に口が悪くなってないか、この毛玉。だが、おかげでなんとか目の前の悪夢を直視できた。



「俺が? 今ここで? こんな状況で!? ていうか、どこ押せば──」




【顧問承認:要】

▶承認しますか?(はい/いいえ)

▶注意:この操作は経費発生を伴います。

▶変身費用:¥10,000(返金不可)

▶現在残高:¥8,920

▶なお魔法発動には追加費用が必要です




「ちょ、待って残高足りてないじゃん!? マイナスじゃん!?!?」


「“はい”を押せっぴ! 今!! いまじゃないと、やば──」


\ピィィィンッ!/


勝手に“はい”が選ばれて自動承認された。 ──どのタイミングで!?

俺の意志は!? 多様性を尊重して!!




▶承認:自動処理済(初回特例)

▶戦闘ユニット・変身開始




「|Initialize authority protocol.《権限プロトコル、起動》


Load pride kernel.プライド・カーネル、読込


|Execute command: flare projection.《コマンド実行:光熱展開》


|Access granted — deploy Overglory.《アクセス許可:オーバーグローリー展開》


魔法少女LeadSigna──管理権限、ここに行使!」


制服が粒子となって解体され、光のコードへ変換される。

UIの輪がぐるぐると身体を走査し、ピンクの戦闘スーツが組み上がっていく。


(なんかニチアサで見た事あるやつぅ)


最後に、マントの端に「Access Granted」の文字が浮かんだ。


「おめでとう……星宮すみれは、魔法少女LeadSignaに進化した!」


でもこっちは進化どころか絶望しかない。 あれもこれも現実リアル。地球、終わってる。



……と思ったら、今度は白瀬の様子が──




Mode: Magical

User: Hushlet(白瀬カノン)

▶変身プロトコル:起動準備完了

▶MP:¥10,000相当確保済

▶課金先:経営実践部(自動承認)




……もう、何も言うまい。


「|Connect to empathy server.《共感サーバへ接続》


|Authenticate identity: self-sacrifice.《認証:自己犠牲》


|Initiate reflect grace module.《祈心反響モジュール起動》


|Commence echo resonance.《反響処理を開始》


魔法少女Hushlet──やさしさの更新、ただ今完了です」


(俺の常識、ダウングレード、ただ今完了です♪)


緑色の波紋が空間に広がり

白と翡翠のフリルコスチュームが優雅に構築される。

その間にも、モバイルPCの画面には──




【残高ステータス】

▶変身費用:LeadSigna ¥10,000+Hushlet ¥10,000

▶現在残高:¥-11,080(赤字)

▶警告:資金枯渇。

補填が1時間以内に確認されない場合、自動実行プログラム【Restructure.exe】を起動します。



現実の魔法の煌びやかさとは似ても似つかない世にも恐ろしいプログラム名が表示されている。


赴任当日に解雇の危機を迎えている俺。


いやただの解雇ならまだまし。この世界観なら現世から解雇される可能性すらある。

このプログラムの詳細は怖くてきけない。


だってびびりだもの。





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