そもそも事の発端は、僕が
僕は襲いかかってくる魔物を避けつつ、目の前にいる神官さんをちらりと見る。
その、様相は。はっと目を引くような整った顔立ちをしていると同時に、現代風の日本人形のような奥ゆかしさも感じられる。漆黒の瞳が印象的な切れ長ではっきりとした双眸は、目尻上側に朱の化粧のようなものが施されており、意志の強そうな釣り眉と整った鼻筋も併さって、慎ましくも美しい雰囲気を兼ね備えていた。
後ろで長く結った黒髪に、もみあげから落ちる一束ほどの細くまっすぐな髪は胸の高さまであり、その髪に隠れるように、両耳からは赤い八重菊結びに房のついた耳飾りが覗く。
前髪はパツンと切りそろえられており、サイドは耳の中程の高さでやや斜めに整えられている。……これだけ見れば女性のようでもあるが、その顔は凛然としており、まだあどけない少年らしさが同席しているようでもある。
見ようによっては、僕と同じ中学生くらいに見えなくもない。声変わり中の絶妙な声音に、幼さの残る綺麗な顔。この神官さんは見た目も言動も意味不明なのにどこか神妙でもあり、僕の中二心をくすぐっている。彼はどこかゆったりとした話し方をする人のようだが、この声……どこか聞き覚えがあるようだけど、思い出せない。
神官姿というどこか現実味の薄い雰囲気と、先程彼が言っていた『前世』という言葉に、僕はあることを考える。それは……この世界に伝わる不思議な言い伝え。
ここは『
……それがどこまでが本当なのかはわからない。残念なことに僕は前世の記憶なんて全く持たずに生まれたようだし、実際に顕現した神様をこの目で見たこともない。
だけど、元服の神勅を下すという天皇の祖神でもある
やっぱり、神様はいるのだろうか。目の前にいるこの神官さんからも、どことなく不思議なオーラを感じる。いや、そもそもこんなところに神官さんがいること自体が不思議なのだけど。
じっと見ていたのがばれたのか、神官さんはふいに僕を向いて尋ねる。
「時に、お主はなぜここへ? 海から離れよと警報が出とったじゃろ」
警報。この辺りは海から近いこともあり、危険水準に達すると警報や避難勧告が出る。しかしここは本島と四国・九州などに挟まれた内海のために外洋の影響を受けにくく、波も穏やかな地域であるため、そんな警報が出ること自体が稀なのだ。だけど、今日ここには強い雨が降りしきり、波も珍しく大荒れに荒れている。既に僕は全身びしょ濡れだ。
「ちょっと……人を、探しに」
「危ないけん、警報出とる時にこんなところへ来たらいけんで」
「……」
「じゃが……探しとるんは、もしかして
「……! 眞城くんを知っとるん?」
「ほら、危ないで」
「……!」
咄嗟にピラニアのような姿をした魔物を避ける。同時に、会話はとぎれた。ざあざあと大粒の雨が体を打つ。先程から雨足も強くなっていた。
……真城。僕が追いかけてきた人の名前だ。だけど、僕はその人のことをよく知らない。ただ、『真城』という苗字であることと、僕の通う南中の生徒ではないということ、そして。
「真城くんに関してはまぁ、ちょっとな。自ら元服したと聞いた。少々ぶっ飛んどるようじゃが、彼もなかなかに面白い子よ」
……そう、自ら勝手に元服したというのだ。
通常なら天照大御神からの神勅がない限り、有り得ない話である。それは他所の中学校のことながら、ちょっとした噂にもなっていた。『頭は切れ、色白で小柄な可愛らしい見た目に反して、やる事がぶっ飛んでいる』と。確かに、先程初めて見た時には小学生くらいの子かと思ったほどだ。
「君ら友人か?」
「いや、違う」
「?」
だけど、なぜか放っておけなかった。警報が出るほどのこの大嵐の中、迷うことなく海へ向かっていく彼のことを。神官さんは少々不思議そうな顔をしたが、「面白い因果もあることよの」と言って笑った。
「だけどまぁ」
「……!」
「晃、避けろ!魔物行ったで!」
唐突な兄の声と共に急接近してくる魔物を間一髪のところで躱した僕は、自分でもなぜなのかわからないが、臆するどころかこの魔物はどうしたら倒れるのだろうかと考え始めていた。
それを見る神官さんは、ぽつりと言う。
「お主らのお手並み拝見とさせて頂こうかの」