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現在・起

第一話 邂逅




……



- 現在 -



 ビュオオオオという強い風の音。

 ザザア、バラバラバラッ、という、雨とは思えないような音の水の塊が地面を打つ。

 あまりの大雨に、視界は極端に悪くなっていた。



 だけどは、そこに辛うじて見える非現実的な現実に、目を見開く。



 いつもの穏やかな瀬戸内の海は荒れ狂い、激しい波が飛沫を上げている。その中央には見たこともないほど巨大な、に似た魔物が2体、陸を目掛けて突っ込んでくるところだった。

 血で染めたような真っ赤な色をしたそれは、魚にしては随分と奇怪な見た目をしているし、なにより浮遊しているために普通の魚じゃない。こんな未知な生物、一体どこから来たのだろう。瀬戸内海は本島と四国に挟まれた、外洋の影響を受けない穏やかな海域であるはずなのに。



どうしよう



あきら、何しよるん、はよ離れろ!」



 その声の主は僕の……兄。高校の制服である白いカッターシャツと黒い短髪は雨に濡れ、少々太めの黒い眉と、ややつり上がった目が精悍な印象を与えるその顔を、こちらに向けて叫んでいる。



「うっ、わわわわぁっ」



ビチャビチャビチャっ!



 僕はへたくそな動きでその魚のような変な生物を避けるも、この大雨と海からの水飛沫で中学の制服は全身ずぶぬれだった。



「危ないけぇ下がっとき!」

「兄ちゃんっ、僕も一緒に……っ!」

「何をおるん、小学生にはまだ早いで」



小 学 生 ?



「なぁ『小学生』ってのは僕のことか」

「あー、すまん。もう中学生だったな」

「―……っ!」




 今のわざとじゃろ……っ! もう中学も2年じゃし!

 確かにまだ成長期の来ていないチビだし声変わりもまだだが、小学生はあんまりじゃないか。



「っ、僕は……っ!」

「来るで」

「……っ!」



 兄は軽々と僕を抱えると、襲い掛かってくる魚のような魔物をさらりと避ける。

その身のこなしは、さすがである。……でも。



「かっ、抱えられんでも自分で避けられたし……っ!」

「ほぉか。でも、今から抜刀するけぇ、ほんまに下がっとき」

「抜……刀」



 この国では男女ともに18歳になったら式典にて成人を祝されるのが一般的だが、を満たしたうえでした男子にのみ、帯刀・佩刀することが許可されるという、変わった規則が存在する。

 ただし、ある条件というのも11~17歳男子であるということしか明確にされておらず、この国の最高神ともいえる天照大御神あまてらすおおみかみの神勅によって18になる前に突然元服が告げられるらしい。それにより通常よりも早い成人を迎えることになるので『早期元服』と呼ばれることもあり、元服後は天皇家より直々に刀を賜ることになっている。

 何のための規則なのかは今一つわからない。しかしこの世界の少々変わった構造とも関わりがあるのではと、実しやかに囁かれている。

 兄は現在高校3年生の18歳。条件を満たしたうえで元服をした数少ない人間のため、やむを得ない場合の抜刀が許可されている……というわけだ。



 ざあざあと降り続ける大雨は、やむことを知らないかの如く勢いよく降り続ける。

これから何が起こるのか……だけど、魔物と対峙する兄の圧倒的な雰囲気は、僕の想像しうる最悪の事態の全てを否定している。その様は現実味がなく、まるで夢の中の世界を生で見ているような感覚に近かった。


 緊張を伴う鼓動を胸に、目だけははっきりと見開いて、風に煽られながら飛ばされないようにと、僕はその様子を見ている。



 間近で見る、真剣の抜刀。

 自分鼓動の音と、ゴオオオという風の音が、五月蠅い。



 兄は刀に手をかけて魔物を見据えたまま、こちらへ突っ込んでくる魔物との間合いを推し量っている。



 まもなく間合い6尺約2m


 ……その、刹那。



「……はっ、」

「……!」




 それはもう一瞬の出来事で。

 瞬きをしてしまえば見過ごしてしまったかもしれないそれは、見事な抜刀術だった。

 目を凝らして見ていたはずなのに何をしたのかわからない程の須臾しゅゆに、そこにいたはずの2体の魔物がスパァンと口から上下に真っ二つに割れ、ぼと、ぼとりと雨の降る陸に落ちる。



(すごい……!)



 一瞬のうちに決した勝敗は、兄に軍配があがった。実力は相当のようだ。

 兄は刀を鞘に納めると、こちらに向き直って僕に声をかける。



「晃、大丈夫か」

「う……ありがとう。……って、兄ちゃん、後ろっ!」



 兄の背後に広がるその光景に目を見開く。

 刹那見たのは、先程兄が切り伏せたはずの魔物が、再度浮遊し襲いかかってくるところだった。



「っ、危ないっ!」

「……!」



 ザバァン!と荒波を伴って魔物が陸を打つ。

 咄嗟に、兄が僕を庇いながら魔物からの攻撃をかわしたが、まだ生きているという事実に驚愕する。



「な、なぁあいつら……」

「真横に真っ二つにしたはずなのに、あれじゃダメなんか」



 どうしよう、と思ったその時「おぉい大丈夫か」という、ゆったりとした声が聞こえた。



 そこに現れたのは見たこともない神聖な顔つきで、白い衣と鮮やかな赤に近い朱色の袴を着用した神官のような姿をしていた。男子とも女子とも分からない中性的な顔をしたその人は、だけど声変わり中の絶妙な高さのそれは中学生男子を示唆しており、一つにまとめた長い黒髪を強風にたなびかせながらこちらを向いている。



「ははっ、お主ら今世でも一緒なんか。存外、仲良しなんじゃなあ」



(……誰?)



 そう言う神官のような身なりをした《その人》は、楽しそうな顔をしていた。



「な、

「……なんで、苗字……」

「じゃが、弟君おとうとぎみの方は前世の記憶はないんかぁ。今世は随分とやんちゃっ子のようじゃなぁ」

「前、世……」



 《その人》は「ほらぁよそ見。魔物来るで」と余裕の表情のまま僕を見る。


 これがその人との出会いだったわけだが、ここから僕のが交差していくことになるとは、この時にはつゆほども思わなかったのだ。

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