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第三話 勝敗

 飄々と話をする神官さんは、やはりどこか不思議な存在のようでもある。



「ほら、よそ見せんと。魔物来るで」

「貴方は……」

「いやしかしこいつら、いつもなら大群で襲い掛かってくるのに、2体だけとは」

「……!?」

「ほらぁ、こっちこっち」



 話しているのにもお構いなしに、魔物はバシャァンと飛沫をあげながら、大波を伴って襲い掛かってくる。



 ギイィアァアアッッ!!



 耳障りな奇声が頭に響く。2体のうち1体は神官さんの方へ向かったようだが、もう1体は僕の方に突撃してくる。速い。ギュンッと勢いよく加速する魔物は、ピラニアのようなでかい口を開き、その鋭い牙で噛みつこうとしてくる。



「う、わぁっ、」

「晃ぁっっ!」



 こちらに走り込んでくる兄が視界の端に視える。



 ガキンッ!



 寸でのところ兄は僕と魔物の間に入り込み、刀で魔物を食い止める。

 ……お、恐ろしい……あんなのに嚙まれたら腕でも足でも引きちぎられてしまいそうなほどに鋭利だし、なんせ歯の1本1本が、太い。



 兄は魔物と一度距離を取り、態勢を立て直す。息が上がっている。



「兄ちゃ……」

「危ないけぇっ! 晃は向こう行っとれ!」

「……っ」



 武器を持たない僕は立ち向かうこともできず、ただ逃げ回るか守られるばかりだ。

 足手纏いとはこういうことなのだと思い知らされる。

 僕、は……



「大丈夫かぁ」



 先ほどのもう一体を余裕そうにひらりと躱した神官さんは、この場に不釣り合いなのんびりした声で尋ねてくる。その顔を見て、情けない僕は泣きそうになるのをぐっとこらえる。

 だけどさっきのもう1体は……

 はっと辺りを見回す僕のその疑問に気が付いたのか、神官さんは遠くを指さす。随分遠くにいるのか、米粒くらいの大きさにしか見えない。……神官さん、何をした……?



「あいつならあっち。ほぉよな、君はまだ思い出しとらんしな」

「僕は……まだ……」

「その素質はあるようなのにの」

「……」

「じゃが、君の武器はそれだけではなかろう」

「えっ」



「ここ」と言って神官さんは自分のこめかみをトントンと指でさす。



「武器がないからと言って、何もできんわけではなかろうよ」

「……!」



 そうか……考えるんだ、あいつの弱点を。

 魔物は恐ろしいけれど、僕は目を大きく見開いて魔物を凝視する。魔物は先ほどから少し距離を取りながらこちらをうかがっている。向こうも何かを考えている……?

 兄が腹の奥から声を出しながら魔物に向かうのを見た。



「はあああぁっっ!」



 兄は魔物に向かって走る。直線に加速してくる魔物の正面で一気に姿勢を落とし、下からドスッと心臓あたりを突き上げる。



 ギャアアアイアアアアッッ!!!



 魔物は痛みに悶絶するかのように、汚い叫び声をあげる。

 やったか!?


 ……その希望とは裏腹に、陸に落ちた魔物はすぐさま態勢を立て直す。

 生きとる……っ、なんで……?



「くそ、心臓を外したんか」

「兄ちゃん」

「真横に真っ二つにしても、くっついて綺麗に再生しとったじゃろ。あいつらの、弱点は」

「……」



 兄は焦っている様子だ。それもそうかもしれない。心臓を狙った攻撃もいまいち効果は薄そうだったし、随分遠くに飛ばされていたもう1体もまたこちらに向かってきている。



 ……でも、なぜ死なない?

 縦に真っ二つにしても心臓を突き刺しても仕留められんかったってことは。ほんまに不死身か? いや、でもきっとどこかに別の生命維持組織があるはずで……だけど何かを考えていたようにも見える、その行動の意味は。



「脳、とか?」



 ぽつりと言う僕を、兄ははっとして見る。


「頭か」

「あいつ、頭で考えよったけぇ……真横でダメなら、頭から縦に」

「……やってみる」



 兄は刀を持ち直し、ダダッ、と魔物に向かって走り出す。風雨が強い。

 頼む、行ってくれえっ……!


 それを見た神官さんは「ほぉ」と言いながら僕に近づいてきた。兄と魔物との距離が縮まる。もう1体の魔物もすぐそこまで迫っていた。



「この勝負」

「えっ」



 不意に声がして振り向いてしまったがために、その瞬間を僕は見逃すことになる。



「兄君の勝ち、じゃな」

「……!」



 ズバッと切り裂く音がして、はっとして視線を兄に戻したときにはもう、1体は既に陸に転がっていた。


(う、わぁ……!)



 そして、もう1体。



「晃、多分、じゃ」



 そう言いながら兄は助走をつけて大きく跳ねると、もう1体を真上からズバァッ!と切り裂いていた。


 ばたばたっ、ともう1体の魔物も陸に落ちる。2体ともぴく、ぴくりと動くだけで、そのまま果てていくようであった。

 凄い。純粋な、感想だった。

 僕の兄ちゃんて、こんなにすごい人だったんだ。……知らなかった。いつもはもっと優柔不断で……かっこいいところはあるけど、なんとなくこう……ぱっとしないっていうか……それが、正直な印象だったから。



 陸に転がる、果てた魔物を見下ろす兄に近づく。「兄ちゃん、」と声をかけると、兄はこちらを見ずにぽつりと言う。



「やっぱり」

「……?」

「晃はすごいよなぁ」

「えっ?」



 なんで? すごいのは兄ちゃんじゃろ?

 雨で濡れた前髪に隠れて表情はよく見えないけれど、どこか様子が変な気がする。



「お見事だったの、兄君の方も」



 神官さんが近づいてきて、言う。そして、兄と改めて向き合った。

 ……雨の中、なんとなく神妙な雰囲気になる。微笑みを携えながらも真剣な目をした神官さんは、兄にこう言った。



「お主、前世のこと引き摺っとるじゃろ」


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