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第四話 前世の記憶

 前世……? この神官さん、今、前世って言った?


 兄はそれを聞いて一瞬ぴくり、と反応したかと思ったら、まっすぐに神官さんを見た。



「貴方、は」

「俺は、秋宮あきみや 伊織いおり。何卒、よしなに」

「秋宮……さんは、どうして、ここに」

「俺は」

「……」

「内緒」

「……?」



 秋宮と名乗る神官姿の彼は、そう言いながら「でもまさか、」と悪戯っぽく笑っている。



「晃くんの方は、まったく記憶がないとはのぉ」

「……えっ?」

「まぁ、ええわ。時に兄君よ。お主は今でも思うところがあるんか」



 秋宮くんは、じっと兄を見る。

 先刻言っていた、「前世を引き摺っている」とは、一体どういうことなんだろう。


 硬い表情をしていた兄は、観念したかのように小さく息をつく。そして「えぇ……そうです。……俺の《前世の記憶》というものは―……」と話し始めたところで、僕に、が流れ込んでくる。


 一瞬、僕の中の全ての時が、止まる。



……




* * *



……


 合戦前。穏やかな瀬戸内の海と勇む闘志に、二月の冷たい空気がツンと肌を刺す。

目の前に居るのは、自分と血を分けた兄弟である。これから一族の存亡をかけた、重要な戦が控えている。



『兄上。壇ノ浦の合戦は間もなく開始の時を迎えますが、四国の水軍は先の一ノ谷いちのたにの合戦で我らが敗北を喫してから、明らかに戦意の低下が見受けられます。彼らに重要な陣を任せるなど……良いのですか……!』


『――か。まぁ……案ずることなどなかろう』


阿波民部重能あわのみんぶしげよし東国源氏に寝返るかもしれないのですよ。兄上、私は……今、ここで切るべきかと』


『重能が? 大した根拠もなく切ると言うものでは無い。あれ程忠義を誓う者がそのようなことをするなど』


『ですが』


『良い。刀を納めよ、――。これ以上追及して何になる』


『……』


東国向こうは約八百艘に対し、平氏こちらは五百艘。ただでさえ数では不利とみられる。海の戦には我らに利があるといえど、向こうは陸にも数千騎は構えておろう。これが、最後の戦となるやもしれぬのだ。重能も任せよと言うておったであろう』


『……兄上……』


『良いな』


『……。承知……仕る』



……



* * *



……


 !???



 なんだ、今の



「大丈夫か?」

「……???」



 未だに混乱が収まらない。今話していたのは……誰、だ。


 えっ、……なんだこれ。それで? その後どうなったの? ほんとに寝返ったの??



「良い。兄君よ、そのまま続けて」



 秋宮くんに促されるように、兄は話を続ける。



「俺は、「」はなぜ、弟の進言を聞き入れなかったのだろうと……思いました」

「……」

「勿論、それがすべてではありません。進言を聞き入れたからと言って歴史が大きく変わった訳ではないと思います。ですが結末は弟の危惧していた通り、一部の味方が相手側へ寝返りました。こちらの作戦も、すべて筒抜けだった。今では潮の流れが勝敗を分けたとも言われることもあるが、あれは……そんなに単純な話ではない。海を知る我らも勿論潮の流れを利用しようとしたが、潮目が反転した時には既に……一部は寝返り、水夫かこが討たれた船は浪を漂うしかなく、内部は壊滅状態だった。あの惨状を、あの時の弟のことを、今でも忘れられないのです。……前世の記憶なのに」

「……捉え方は、色々よの」

「記憶は一部故に、「俺」の感想と混同している部分はありますが」



 兄は複雑な表情で話している。

 ……今の話の続き? 寝返ったって……

「ね、ねぇ……もしかしてその話って」



 2人が同時にこちらを振り向く。



「……壇ノ浦?」

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