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第五話 平氏最後の棟梁

 もしかしたら壇ノ浦の戦の話なんじゃないかと、思った。さっき僕の頭に流れ込んできた話の最初に「壇ノ浦の合戦」って、言っていたから。あれは……決戦前の会話……?

 2人は黙ったまま僕を見ている。



 ……



 刹那の沈黙のあと「そうだ」と言ったのは、兄だった。



「晃。俺が持つ前世の記憶は恐らく……、その時だった『平宗盛たいらのむねもり』」

「……!」

「まぁ前世の記憶と言うてもほんの一部じゃけぇ、その時の思いまでがすべてわかるわけではないんよ。だけど、俺も色々調べた。もしかしたらと、思おてから。現在とは別の人物だけど気になるじゃろ」


 そう言う兄は、軽く息をついてから続ける。


「彼はあの有名な平清盛たいらのきよもりの三男。清盛の名前くらいは聞いたことあるが、宗盛は正直そこまで詳しく知らんかった。歴史の教科書にだって、壇ノ浦の戦いで敗れた時の平氏の棟梁の名としてちらっと出てくるだけじゃし。だけど調べれば調べるほどに、宗盛自身は歴代に於いてもぱっとしない武将とか、一門滅亡の際にも皆が潔く死ぬ中、自分は助かって命乞いまでした情けない人物だとか……なんやかんや色々言われとるのを見かける。……だけどこの人の記憶が断片的とはいえ、時々考えてしまってな」

「……」

「実際のところ、進言を聞き入れたからと言って平氏の滅亡は避けられんかったとは思う。だけど、あの時の弟の口惜しそうな顔が、今でも忘れられないんよ……前世の記憶なのにな。は、なぜ、宗盛は弟ではなく重能かげよしを信じたんだろうなって、漠然と思った。勿論、弟を信頼していなかったわけでもないだろうし、戦の総大将の重みなんか、俺には分からんが」

「……」

「結果論からすれば、弟の言うこと信じて重能を切ってしまえば良かったのではと思うかもしれんが、自分の命令ひとつで重能や一門全ての命を左右するなんて相当なプレッシャーじゃろうしな。弟よりも重能を信じたと言うよりは、単に重能を切れんかっただけなんかもしれんし、切るにはあまりに信用しすぎとったんかなぁ……とか、俺も色々と考えるわけだ。……でも、重能が裏切ったのは事実で、宗盛が判断を誤ったのもまた事実だったのではと、俺は思った。端から敵と思っていた者に切られるのと、味方と思っていた者に切られるのでは、戦意や心情的にも違うじゃろうしな……じゃけぇ、今世でも弟がおる「俺」は、弟のことは俺が一番、信じようって」

「……うん」

「弟にあんな顔させたくないしな。既に人格が違うけぇ「俺」という人格が脚色した部分や捉え方の違いは大いにあるかもしれんが、俺の思う『平宗盛』と言う人物は、世間で言われているよりずっと普通の人間で、ずっと、すごい人だと思うんよ」

「……なるほど」



 色々と腑に落ちた。兄の先ほどの行動も、先だって元服したのも、きっと意味があったのだ。先程秋宮くんも、記憶がないことと元服していないことは、関係があるような口ぶりだった。



「じゃけぇさっきも、ほんまは最初の一撃でキメて、かっこえぇとこ見せたかったんじゃけど」

「……!」

「でも結局、一人じゃ勝てんかったなぁ」

「……兄ちゃん、かっこえかったで」

「……」

「ほんまに、かっこえかった。すごい! って、思おたもん」

「……ほぉか」



 先ほどまで硬い表情をしていた兄は、相好を崩して笑った。そんな僕たちを見て秋宮くんが話しかける。



「平宗盛殿も色々と言われとるかもしれんけど、あの時代の平氏を支えるんはきっと大変だったんじゃろうよ。平時ならまだしも、一度崩れた態勢を立て直すのは容易ではなかろう。それも、相手はあの源氏。壇ノ浦の戦の時にはもう平氏は追い詰められとったし、兄君が言うように、弟の進言を聞き入れたからと言って戦況が変わるものでも無かったじゃろうなぁ。じゃが、まぁー四国が寝返ったと聞いた時は「うわー……」くらいには思おたかもしれんよな。その記憶が残っとるということは」

「……」

「ショックだったり後悔だったり、衝撃の大きい記憶は残りやすいが、残っとる記憶は極一部じゃろ? そん時の宗盛殿の考えはもうご本人にしか分からんが……今世もは兄であるが故に、今世は弟やそういうものを大事にせんといけんと思おたんかもしれんな。ええ兄君ではないか。現代の解釈では、平宗盛殿は武将としてはあんまりええ評価をされとらんかもしれんが、基本的に家族思いの優しい人だったとも言われとるんよ」

「へぇ……」

「当時では珍しいだったりな。赤子を自らの手で育てたり」

「……」

「壇ノ浦で同胞が次々と入水するも、結局泳ぎの上手かった宗盛殿とそのご子息は助かってな。助かったと言うても、その後別の地にて斬首されてしまうのじゃが。それでも最後の最後までご子息を案じた、良い父君でもあったのじゃよ」

「そう……なんだ」

「ほんまは、平和な世が似合う男だったのかもしれんのぉ。重能殿を切れんかったんも、ほんまに人を信じとったんか、優しさ故か。わからんがな。ま、前世は前世で、もう今は別の人生を歩んどるわけじゃし、宗盛殿の話はこんなもんで。色々調べてみたら、晃くんの前世もわかるやもしれんけどな」

「……!」



 僕の前世。僕には全く前世の記憶なんてないと思っていたけれど、先ほど見た会話は……あれが、前世の記憶なのだろうか。それとも、兄の記憶が流れ込んできただけなのかな。



 すると徐に秋宮くんが「そろそろかのぉ」と海の方へ歩き出した。魔物はたおしたとはいえ骸はそのままそこに転がっているし、波も大きく荒れたままだ。

雨も、先ほどから少しずつ雨は小降りになっていたけれど、まだ微妙に霧雨が降り続けている。



「そろそろって?」

「君ら、眞城くんを追いかけてきたんじゃないん」

「……あ」



 そうだった、すっかり忘れていた。

 眞城くんは無事なんだろうか。



「今、あっ、て言うたな? 薄情じゃなぁ。まぁ彼なら大丈夫じゃろ」

「なんでそんなことが言いきれるん」

「先ほど、兄君が切り伏せたこの魔物。通常群れで動くと言うたじゃろ」

「……!」

「たぶん、こっちに2体しか来んかったんは、眞城くんのおかげかもしれんぞ」

「えぇっ??」



 今日は色々と情報過多だ。

 ……だけど眞城くんって……そんなに凄い人なの? 一体、何者なんだろう。

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