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第十話 条件

 目の前の眞城くんは眉を顰めて、えー……という顔をしている。



「なんでそうなるんだよ……ちょっと、短絡的すぎない?」

「……だって」

「僕が言ったのは、君だってちびだろってこと」

「……!」



 ちびにちびと言われたくは無い。……が、どんぐりの背比べとはこういうことなのだろう。

 眞城くんは僕を上目づかいで見ながら、小首をかしげるような動作をする。



「本当に記憶、ないんだね」

「……」

「教えてあげる。は、僕」

「……!」

「それで、君は……」



ジリリリリリリリリリ……ッ



「 「……!」 」



 眞城くんがそこまで言ったところで、海の方で警報が鳴り響く。これは海が荒れていること知らせる警報だ。警報に続いて「高波が来とる! 危ないけぇ全員避難ー!」という声が聞こえてきた。



「……っ、また!?」

「最近魔物が活発化してるらしくて」

「……!」

「僕は討伐に行くけど、伊月くんは避難して」

「そんな」

「昨日もだったでしょ」

「……っ」



 もっともだ。昨日も僕は、足手まといだった。


 ……だけど……、


 ……。


 何も言い返せない。眞城くんはそんな僕に挑戦的な笑みを浮かべながら言い放つ。



「戦いたいなら、君も早く元服しちゃえば」

「……」

「それで、今世は僕を討ちに来なよ。平知盛たいらのとももりさん」




◇ ◆ ◇




 平、知盛。……僕が?

 平知盛って、だって……平氏の武将で、宗盛の、弟で……軍を、指揮……


 ……


 ……今までのは確かに、全部平知盛に当てはまる。

 前世の記憶を持つ人の記憶が流れ込んでくるんじゃなくて、これは、僕が持つ前世の記憶ってこと?


 ……


 ……


 ……でも、本当に?

 突然そんなことを言われても今一つピンとこない。



「じゃあね、伊月くん。僕は行くから」

「行くって……そっちは海の方じゃないけど」

「この辺は朝霞くんの担当だから」

「……!」

「僕、あの人苦手なんだよね、怖くてさ。昨日も僕がこの辺の魔物討伐しちゃったから『身に覚えのない賞与なんか受け取れない』って言って怒ってたし」

「……そういうことだったんか」



 色々と繋がってくる。じゃあ、改めて、朝霞くんは誰の記憶を持つのだろう。

 ……だけど、噂をすれば、だ。



「そこにおるんは眞城か!?」



 少々怒気を含んだ声でこちらへ走ってくる朝霞くんを見て、眞城くんは言わんこっちゃない、という顔をする。



「それじゃ」

「あっ、眞城くんっ……」


「眞城ォ! 待てや!!」



 なんなんだ、この三角関係みたいな構図は。

 颯爽と去っていく眞城くんを、朝霞くんが追いかけようとするのを、僕が止める。



「待ってよ朝霞くん!」

「伊月ィ! そうやって俺を止めようとするんか!?」

「そうだよ!」


僕は小さい体で、でかい体の朝霞くんの腕を掴み、全力で引き留める。


「離せ……っ! あいつ義経を討つんが俺の使命なんじゃ!」

「なんで……それは前世の話じゃろ!?」



朝霞くんと取っ組み合いになる中、そうして本日2度目となるの記憶が僕の頭に流れてくる。



……




* * *



……



 戦はもう終盤に差し掛かっている。

 味方の一部は寝返り、潮の流れは反転して向かい潮となっている。敵に漕ぎ手を射貫かれて舵を失った船は波を漂い、壊滅的な平氏の状況に、敗北はもう目の前だった。

 だが今日を最期と赤い直垂に鎧を重ねた平教経たいらののりつねは最後まであきらめようとはせず、自身の愛用した弓にて散々に射まくり、矢が尽きると右手に大太刀、左手に長刀を持って、東国の男たちを猛烈に切りまくっている。



『おおおおおおっ!!! この教経に向かってくる者はおらぬのか!!』



 だがその恐ろしさに敵味方誰も教経に寄ろうとする者はおらず、私も同様、彼の雄姿を遠くから見守っていた。だが、そんな彼に私は使いを送ったのだ。



『戦だからとむやみに弱い敵を討って、あまり罪をお作りなさるな』と。



 すると教経は『ははぁ……弱い敵ではなく、大将義経を討てということだな。ならばその役目、しかと引き受けた!』と言って船に飛び移っては義経を探し始める。



『義経! 義経はどこだ! 出てこい!!』



 相手も教経を止めようとするも、教経に少しでも向かってこようものなら忽ち切り伏せられていく。義経はすぐには見つからなかったが、散々暴れまわった末についに義経と思しき色白の男を見つけた。教経ははっとして刀を持つ手に力を込める。



『義経ェ! 覚悟ォッッ!!!』



 教経は全ての思いを込めて切りかかろうとするも、それを見た義経はひらりと八艘もの船を飛び、逃げおおせたのであった。



……



* * *



……




 ……教経がこうして義経を追いかける際に、義経が船八艘分飛んで逃げたことから、『八艘飛び』というエピソードが生まれたのだという。そして教経はというと、八艘もの船を飛び越えるなどという芸当は流石に無理だと悔しながらに断念し、結局最期に教経に挑んできた者どもを「自分の死出の旅への供をしろ!」と両脇に抱え、入水したのだ。



……。



 だけど、先ほどの眞城くんの言葉と今の記憶で確信した。僕の記憶……「私」目線で見ているのは平知盛のものなのだと。

 だけど先ほどの言葉はどっちだ……? 『罪を作るな』と情け深い言葉にも思えるが、確かに『雑魚ではなく大将を討て』と言っているようにも見える。



 止めたのか、指示を出したのか……



 いや、今はそれどころじゃない。朝霞くんを止めなくては。

 僕を振りほどき、朝霞くんは眞城くんの向かった方へずんずん進もうとする。「待ってよ!」と、そんな彼の服を僕が掴むと、朝霞くんは僕の手を払いのけ、襟元をぐいと掴んで引き寄せる。



「お前に……っ、何がわかるんよ! あの無念が……俺がどれだけ前世の記憶に悩んどるんか……! あいつ義経はあの合戦でという反則をしでかした上に、逃げたんやぞ!」

「だけどもくそもあるかぁ! なぁ朝霞くんしっかりせぇよ、教経のりつねだって来世まで引きずるなんて思よらんじゃろ! もんのすごい大往生だったじゃないか……っ、前世と混同すんなやっ!」

「……なんで伊月……俺が教経だと」


 眉根を寄せながらも驚きを隠せない朝霞くんは、僕の襟を掴んでいた力を緩めて僕を離す。


「今自分でも言うとったじゃろ、壇ノ浦の戦のことを。それとも無意識か? それに、僕もその記憶が蘇ったんよ……絶対、今の教経は、君。そんで僕の前世も平氏だった」

「……そうか。お前の前世、もしかしたらとずっと思よった。でも、じゃあ俺の気持ち、なんでわからんの……!?」

「じゃけぇ言うとるじゃろ……っ、前世は前世、今は今なんだって。それに」

「……」

「今は眞城くん追っとる場合じゃないじゃろ……っ、魔物を倒しに来たんじゃないんか!」

「……っ」

「今世は仲違いなんかせず、一緒に魔物を……」

「わかった。じゃあお前、今すぐ元服しろ」

「え?」

「お前が平氏だったってこと、証明してみろよ。ほんまに思い出したんか、どうか。口先だけでなら、なんとでも言えるからなぁ……! そんでお前が俺に勝てれば、二度と眞城に手ぇ出さんって誓ったる」

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