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第十五話 源義経

 ……



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 * * *



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 ……



 空は高く、良く晴れた朝。目の前には穏やかな瀬戸の内海が広がり、船が波とともにゆらゆらりと揺れる。……いつもと変わらない海である。


 壇ノ浦に集結した源平両陣は、各々が各々、声を上げて士気を高める。最後の戦が今、始まるのだ。掴むは勝利のみ。でなければ我々にはもう後がない。

 平家全軍に指揮を下す私、――は、舟の屋形に立ち、大声をあげてこう叫ぶ。



『まもなく重要な戦が始まる! いかに名将、勇士といえども運命が尽きれば力は及ばぬが、誰しも己の武士としての名誉だけは大切にせよ! この期に及んで命を惜しむな! 一歩も引いてはならぬ! 者ども、進めぇ!!』



 おおおおお! という声に、さらなる士気の高まりを感じる。

 波は低く穏やかで、この時間帯はこちらからすれば追い潮となるために有利に働くであろうことが伺えた。

 ――の下知に呼応するかのように、悪七兵衛景清あくしちびょうえかげきよ越中次郎兵衛えっちゅうじろうびょうえが口々に話すのを見る。



『なぁに、東国の源氏者がいかに陸の上では強かろうと、海の上での戦闘など経験のない者ばかりであろう。木に登った魚同然じゃ。とっ捕まえて海に投げ捨ててやる』


『どうせ海に投げ入れるなら、大将義経を狙うに限りましょうぞ。義経は特徴的な男である故、一目見ればすぐにわかりますわ』


『ははっ、それがいい。あの小童め、多少腕に覚えがあると言えど、なんてことはなかろう。片脇に挟んで海に投げ捨ててやるわ』



 銘々が意気込みを見せる様子に、自らの士気も高まるのを感じていた。軽く目を閉じて深呼吸をし、敵の大将を思い浮かべる。

 義経……必ずや、大将を討ち取るのだ。



 ……



 …



 * * *



 …



 ……




 ……また?

 これは……平家の軍を指揮した人の記憶? だけど皆同じように色白で背の低い男……義経を狙えと言っている。目の前にいる、色白でちびの眞城くんを見て、何かを感じたのかもしれない。


 ……それにしても「木に登った魚」や「海へ投げ入れてやる」なんて言い回しがなんとも独特な気もしたが、それは海を知るからこその言葉なのかもしれない。昨日は兄の記憶が流れ込んできたように思うけれど……もしかしたらこれは眞城くんの前世……? だとしたら、この平家の指揮官は眞城くんの記憶なのだろうか。


 ……いやむしろ色白で背が低いって眞城くんに酷似してる気がするんだけど。



 記憶が入り込んできたのはほんの一瞬の出来事だったけれど、僕ははっとして、慌てて目の前の眞城くんと向き直る。



「えーと……えぇ、と……僕は南中の、」

「知ってる。伊月くんでしょ」

「……えっ」

「改めて自己紹介しなくても大丈夫。僕は眞城。よろしくね」



 可愛らしい見た目に反して、割とツン要素が大きい。

 にこりと笑う眞城くんは天使のようでもあるが、僕は昨日見た怜悧な笑みを忘れない。眞城くん。絶対に、ドSだと思う。

 そんな僕の心のつぶやきなんか聞こえるはずもなく、眞城くんは可愛らしい笑みを携えたまま、僕に話を振る。



「昨日、神官さん、いたでしょ」

「……いた」

「じゃあ、もうそろそろだね。僕も別の神官さんに会ったんだけど、消えちゃった」

「それは……その神官さんの正体が分かったん?」

「そう。でも安心して、言わないよ。消えちゃったら君は悲しみそうだから」

「……」



 静かに話す眞城くんは……どこまで知っているんだろう。今まで眞城くんといえば剣道の絶対王者という認識でしかなく、紙面でしか見たことがなかったけれど、話してみるとずっと大人っぽい。

 良く晴れた空に、白いカッターシャツと白い肌がまぶしい。だけどそれとは裏腹に、僕の奥の奥の記憶が、なぜか警鐘を鳴らしているようでもある。

 僕が続きを発せずにいると、眞城くんは「ところで」と話を変える。



「君は元服しないの?」

「え……っ」

「だって、素質あるでしょ」

「……!」



 素質。それは昨日秋宮くんにも言われたことだ。

 眞城くんはその大きな瞳をこちらに向けて話す。勝手に元服した、という話はやはり本当らしい。殆ど背丈は変わらないが、若干上目遣いで僕を見る眞城くんは、いつもながら、どこか余裕を感じられるようでもある。


 生まれ変わりと言うのは、特徴までも酷似するものなのだろうか。先ほどの会話で、義経の特徴は眞城くんと一致する気がしてならない。……たまたまかもしれないけれど。

 だけど先程見た記憶が眞城くんのものが僕に流れ込んできたものなら、眞城くんが平家の軍を指揮した人ということになる。……どっちだ? 聞いてみる?



「わかんないけど……素質って、どういうことなん?」

「元服する条件は恐らく……主に三つ。前世の記憶を思い出すこと。それから、その記憶がを思い出すこと」

「……!」

「武将だったり、政治家だったり……色々あるだろうけど。あとは、」

「もしかして、眞城くんの持つ前世の記憶は、源義経?」

「……どうして?」

「いやぁ……だって、勝手に元服したって言うし……チビで、色白で……」

「……っ、そんなのっ、君だって変わんないだろっ」

「???」



 いや、僕もちびだけど。色白だと思ったことはないが???

 だけど先ほど見た、平家の指揮官の記憶が僕のではなく、眞城くんのものだったとしたら。眞城くんに対するこの警鐘の意味は……? 眞城くんがあの平家の指揮官だったら、僕は……



 ???



「えっ……じゃあ……僕が義経なの???」

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