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第九話 源義経

 しばらく真面目に授業を聞きながらも、先ほどの朝霞くんの怖い顔が離れない。もしかして朝霞くんが持つ前世の記憶は、平氏の誰かのものなのかもしれない。


 誰だろう。義経よしつねに敵意を持っていそうなのは……まぁ平氏なら割とみんな思う所はあるかもしれないけれど。なんとなく、先ほど出てきた、八艘飛びの義経を逃がしてしまった平教経たいらののりつねとか……それか、屋島の合戦で那須与一の腕を称えて舞を舞ったのに射殺された翁だったりして。

 あとは壇ノ浦で平氏の棟梁だった平宗盛は兄ちゃんだし、それから平氏の軍を指揮していたのは……


 壇ノ浦で、軍を……指揮していたの、は、



 ……



 ………平の、知、



 ……?



 突然、ぐるりと脳が揺れるような感覚に襲われる。

 ……なんだこれ……っ、頭が割れるように痛い……



「なぁ伊月くん、大丈夫か」



 はっと顔を上げると朝霞くんの心配そうな顔が目に入る。

 突然の頭痛で僕は真っ青になっていたらしい。



「さっきも集中しよらんかったようじゃし、体調悪いんじゃないん?」

「いや……そんなことは」

「先生に言っといたるけぇ、今日は帰りんさいや」

「……」



 本当は朝霞くんとももっと話をしたかったけれど、致し方ない。この時、僕は動悸がすると共に全身にすごい冷汗をかいていた。

 朝霞くんは先生に僕の体調不良を告げ、僕はこの日早退することになった。





◇ ◆ ◇




 帰り道。先ほどの頭痛が嘘のようにひいていて、やっぱり帰ってくるんじゃなかったなぁと僕は後悔していた。


 晴れた道を、家のある海の方へ向かって歩く。今日は快晴で少々暑く、半袖のカッターシャツがじんわりと汗ばむのを感じていた。

 今ならまだ戻れるかも、と引き返そうと思ったその時、どこかの中学の制服を着た、小さい中学生が海に向かって歩いていくのを見た。色白で、さらさらと風に靡く短い黒髪に、ぱっちりとした大きな目と形の良い凛々しい眉は……遠目から見てもあれは、眞城くんかもしれないと思った。よく見ると、背丈の半分以上はあるんじゃないかというほどの刀を佩刀している。昨日は雨でよくわからなかったけれど、昨日も持っていたのだろうか。



 話しかけるか一瞬躊躇したけれど、僕は思い切って追いかけて、話しかけてみることにした。



「ねぇ、君」



 なんだこのナンパみたいな声のかけ方は。間違えたーっと、僕は思ったけれど、その眞城くんと思われる中学生は驚いたように振り向いて、「君は、」と小さく声を発する。


 ちびで、声変わりが始まったばかりのような高い声。どことなく僕と似ていると思ったけど、僕と違うのはもっと可愛らしい雰囲気だということだ。でもこうして間近で見ると黒目がちでぱっちりとした目元と綺麗な山なりの眉は意志が強そうでもあり、かわいいと言うよりは美少年と言う言葉の方がしっくりくるような気がした。



 そんで背が低くて色白で……彼を間近で見ながら、何かが脳の奥の記憶に触れるような感触を感じていた。


 ……この、特徴って。


 そう思った瞬間に、昨日と同じような、僕のではない記憶が流れ込んできたのだ。



……




* * *



……



 良く晴れた朝。目の前には広く穏やかな瀬戸内海が広がり、船が波とともにゆらゆらりと揺れる。

 壇ノ浦に集結した源平両陣は、各々が各々、声を上げて士気を高める。最後の戦が今、始まるのだ。掴むは勝利のみ。でなければ我々にはもう後がない。

 平氏全軍に指揮を下す私、――は、舟の屋形に立ち、大声をあげてこう叫ぶ。



『まもなく重要な戦が始まる! いかに名将、勇士といえども運命が尽きれば力は及ばぬが、誰しも己の武士としての名誉だけは大切にせよ! この期に及んで命を惜しむな! 一歩も引いてはならぬ! 者ども、進めぇ!!』



 おおおおお! という声に、さらなる士気の高まりを感じる。

 波は低く穏やかで、この時間帯はこちらからすれば追い潮となるために有利に働くであろうことが伺えた。

 ――の下知に呼応するかのように、悪七兵衛景清あくしちびょうえかげきよ越中次郎兵衛えっちゅうじろうびょうえが口々に話すのを見る。



『なぁに、東国の源氏者がいかに陸の上では強かろうと、海の上での戦闘など経験のない者ばかりであろう。木に登った魚同然じゃ。とっ捕まえて海に投げ捨ててやる』


『どうせ海に投げ入れるなら、大将義経を狙うに限りましょうぞ。義経は特徴的な男である故、一目見ればすぐにわかりますわ』


『ははっ、それがいい。あの小童め、多少腕に覚えがあると言えど、なんてことはなかろう。片脇に挟んで海に投げ捨ててやるわ』



 銘々が意気込みを見せる様子に、自らの士気も高まるのを感じていた。軽く目を閉じて深呼吸をし、敵の大将を思い浮かべる。

 義経……必ずや、大将を討ち取るのだ。



……



* * *



……




 ……また?

 これは……平氏の軍を指揮した人の記憶? だけど皆同じように色白で背の低い男……義経を狙えと言っている。目の前にいる、色白でちびの眞城くんを見て、何かを感じたのかもしれない。


 ……それにしても「木に登った魚」や「海へ投げ入れてやる」なんて言い回しがなんとも独特な気もするが、それは海を知るからこその言葉なのかな。昨日は兄の記憶が流れ込んできたように思うけれど……もしかしたらこれは眞城くんの前世……? だとしたら、この平氏の指揮官は眞城くんの記憶なのだろうか。

 ……いやむしろ色白で背が低いって眞城くんに酷似してる気がするんだけど。



 記憶が入り込んできたのはほんの一瞬の出来事だったけれど、僕ははっとして、慌てて目の前の眞城くんと向き直る。



「えーと……えぇ、と……僕は南中の、」

「知ってる。伊月くんでしょ」

「……えっ」

「僕は眞城。昨日、君のお兄さんがそこの海で魔物と戦っていたのを、見た」

「……!」



 眞城くんはこちらの戦いを見ていたらしい。

 全然、知らなかった……だけどなんで名前まで知ってるん?



「なんで」

「神官さん、いたでしょ」

「……いた」

「僕も別の神官さんに会ったんだけど、消えちゃったから」

「それは……その神官さんの正体が分かったん?」

「そう。でも安心して、言わないよ。消えちゃったら君は悲しみそうだから」

「……」



 驚いた……眞城くんは、どこまで知っているんだろう。変わり者と聞いていたけれど、話してみるとずっと大人っぽい。良く晴れた空に、白いカッターシャツと白い肌がまぶしい。だけどそれとは裏腹に、僕の奥の奥の記憶が、なぜか警鐘を鳴らしているようでもある。

 僕が続きを発せずにいると、眞城くんは「ところで」と話を変える。



「君は元服しないの?」

「え……っ」

「だって、素質あるでしょ」

「……!」



 眞城くんはその大きな瞳をこちらに向けて話す。勝手に元服した、という話はやはり本当らしい。殆ど背丈は変わらないが、若干上目遣いで僕を見る眞城くんは、でも確かに少々可愛らしくもある。

 生まれ変わりと言うのは、特徴までも酷似するものなのだろうか。先ほどの会話で、義経の特徴は眞城くんと一致する気がしているのだ。だけど先程見た記憶が眞城くんのものが僕に流れ込んできたものなら、眞城くんが平氏の軍を指揮した人ということになる。……どっちだ? 聞いてみる?



「わかんないけど……素質って、どういうことなん?」

「早期元服する条件は恐らく……主に3つ。前世の記憶と、それがを思い出すこと。それから、その記憶がであること」

「……!」

「あとは、」

「もしかして、眞城くんの持つ前世の記憶は、源義経?」

「……どうして?」

「いやぁ……だって、勝手に元服したって言うし……チビで、色白で……」

「……っ、そんなのっ、君だって変わんないだろっ」

「???」



 いや、僕もちびだけど。色白だと思ったことはないが???

 だけど先ほど見た、平氏の指揮官の記憶が僕のではなく、眞城くんのものだったとしたら。眞城くんに対するこの警鐘の意味は……? 眞城くんがあの平氏の指揮官だったら、僕は……



 ???



「えっ……じゃあ……僕が義経なの???」

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