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第十九話 指揮官

 朝霞くんの言う、試験。

 そんなに大事な場面に僕が一緒にいてもいいのか少し躊躇ったけれど、一緒に行くことにした。僕はまた丸腰で魔物に立ち向かっていくことに少々不安を覚えていたけれど、秋宮くんはそれを察したのか、「俺の護身用の短刀でも持っとくか?」と言って短刀を貸してくれたのだ。よく見るときちんと銘打ってあるし随分立派なもののよう。……あまり刀に詳しくない僕でもわかる。これは、大変に、大変な代物だ。朝霞くんの言っていた刀は国宝だというし、これももしかしたら重要文化財だったりするのかもしれない。

 ……僕はなるべく使わないようにしようと心に固く誓ったのだった。



 朝霞くんと秋宮くんと三人、海へ走る。海の方からは高波から避難する人とすれ違い、鳴り響く警報は緊迫感を増すばかりだ。

 僕は昨日の光景を思い出して緊張しているのを感じていた。鼓動は早く、掌は汗ばんでいる。また、あんな魔物が現れるのだろうか。眞城くんが言っていた、最近活性化しているというのは、何か理由があるのかな。


 海が見えてくる。そこにいたのは……



 ギィイイイイイイイイィィッ!!!



 昨日のような魚のような魔物とは違って、真っ黒な提灯鮟鱇ちょうちんあんこうのように大きな口と触角がついている。が、ぎょろりとした一つ目を中央につけた、約四七メートル程の巨体をゆらりと持ち上げ浮遊している様は、どう見ても普通の鮟鱇あんこうではない。それにぎょろ目の上からは一本ではなく二本の触角……というより鞭のような触手に近いものが生えており、滴り落ちる水滴がまたおぞましい雰囲気を醸し出している。だけど昨日も思ったのだが、こんな魔物、どこにいたのだろう。


 そんな僕の疑問を他所に「これまたすんごいのが来たなぁ~」とゆるりと言うのは秋宮くん。それに対し「腕がなりよる……!」と早くも臨戦態勢なのが朝霞くんだ。朝霞くんはこちらに目配せをして出陣の合図を待つ。



「伊月くん」

「……わかった、行こうか」

「承知」



 僕の言葉を合図に、朝霞くんは佩刀していた刀を抜刀し、走り出す。僕は先ほど秋宮くんから拝借した短刀をお守りであるかのようにそこに在ることを確認し、朝霞くんから少し離れて続く。だが、短刀を使うつもりは今のところ、ない。

 先行する朝霞くんは狙いを定めて加速する。



「弱点は目、じゃろっ!」



 「はああっ!」と突きの姿勢で朝霞くんは魔物に突っ込む。が、恐らく案の定目が弱点なのだろう、魔物は二本の触角ぶん回して目を守り、朝霞くんを薙ぎ払おうとする。朝霞くんはその動きを察知して身を躱して東の方角へ避けた。触角の動きは思った以上に素早くて一撃が重く、そう一筋縄でいくものではなさそうだ。



「あの触角、邪魔じゃなぁっ」

「朝霞くん、目より先に触角からやった方が」

「あぁ、それがええかもしれん」



 だが、相手は四七メートルもある巨体。触手をやろうにも、浮遊しているために狙いにくい。だが敵はその触手を鞭のよう打ち付けてくる。



バシィッ! バシンッ! 、ピシッ



 打ち付けるたびに地が揺れ、ヒビが入る。あんなの食らったらきっとひとたまりもない。秋宮くんは、この様子を少し離れたところから見ている。今回は見たいだけ、とは言っていたものの、試験を兼ねているのかもしれない。一向に手出しをするつもりはなさそうに見える。



「その触角、邪魔じゃあぁあ!!」



 朝霞くんが勢いよく刀を振るうも、ひょいと避けられてしまう。……恐らく、あの視野に入っている間は、当てるのすら困難かもしれない。


 何かいい方法はないか……僕は提灯鮟鱇のような魔物をよぉく、観察する。

 ……提灯鮟鱇……深海魚のような姿をした、それは。


 その時、僕ははっと閃く。

 ……もしかしたら、こいつの、弱点は。

 その見た目と動きから、僕は一つの可能性を考え始めていた。

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