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第十七話 京

- 伊月・京 -


 眞城くんと朝霞くんが共闘したあの戦闘から1ヶ月後、は元服の儀を行いに京へやってきていた。その儀式は先ほど無事に終わり、拝受した刀をまじまじと見る。無銘とはいえ、真剣の迫力は凄い。


 これで魔物を切るんかぁ……なんて考えていたら、ふと、眞城くんが浮かぶ。

 ……この刀で眞城くんを? ……いやいや、前世は前世、今は今。前世の無念をなんて、そんなこと。



 ……。 



 だけどあの戦闘から、僕の中にえも言えないような闘志が育っているのは事実だった。まだはっきりとその正体はわかっていない。だけど朝霞くんが眞城くんに向けていた感情に近いのでは……と、思う反面、純粋に眞城くんの強さに憧れる僕もいた。この転生の意味はなんなのだろう。前世の無念を晴らす? 復讐のため? いや違う、もしかしたら。



 だけど、あれからその眞城くんも秋宮くんも、見かけなくなってしまったのだ。



  ……



 この1ヶ月の間僕はと言うと、先日の戦闘で負傷した右足が完治まで2週間近くかかってしまい、その間も学校で静かに授業も受けていた。だけど記憶が戻りつつある影響なのか、屋島の合戦の後……壇ノ浦の戦の授業になって、歴史の教科書で語られる分量のあまりの呆気なさに愕然としたのだ。それに加え、先日の朝霞くんや眞城くんとの戦闘が忘れられず、いても立ってもいられなくなっていた。


 元服の儀は、元々1ヶ月後・京にて、と告げられたので、右足が完治する前から兄に付きっきりで刀稽古を付けて貰った。当然、一朝一夕で上達するものでは無い。それまで授業や兄から基本的な剣術を学ぶ程度でしかなかった僕だったが、記憶が蘇りつつあることと相まって、そこそこ筋は良いと褒められた。……の、だが。



「晃はまだちびじゃけぇ、小回りを利かした戦闘が向いとるかもしれんな」

「なっ……、兄ちゃんちび言うなッ」

「けど晃、少々背ぇ伸びたか?」

「ほんま!」

「いや嘘、気のせいかもしれん」

「くっそ……、アホにぃーッ!」

「ははっ」



 こんな風に、兄と手合わせをしてもらいながらも着実に前世の記憶を取り戻していた僕は、元服と共に、兄より一足先に天皇様にお仕えすることを決めたのだった。




◇ ◆ ◇




 そうして今。僕は京にいる。

 腰には先程賜ったばかりの無銘の太刀を佩刀し、名を賜ったこともあって少し背筋が伸びる思いである。



 しかし僕にとっての致命的な問題はそこからだった。天皇様から刀を拝受して浮かれていた僕は、なんと広い御所の敷地内で迷子になってしまったのだ。



 ……どうしよう。正門はどっちだ?



 前世では関りのあったはずの場所……だが、圧倒的に現世の僕の方向音痴が勝っている。御所内は確かに美しい。綺麗に手入れされた庭園や池からは、日本古来よりの侘寂や風光明媚な趣が感じられる。だが、迷子の僕にはそんな風景を楽しんでいる余裕はない。

 誰かに声をかけてみようと辺りを見回すと、本日は色々な式典が行われるということで人は大勢いたけれど、その中にひと際大きな体格の、僧侶のような人の後ろ姿見かけた。お坊さんなら教えてくれるかもと、僕は「すみません」と声をかける。振り向いたその顔は思った以上にいかつくて僕は一瞬ぎょっとしたけれど、精悍な顔つきはまだ若そうであり、太くて黒々とした眉と彫の深い目鼻立ちが印象的だった。彼は僕を見て一瞬目を細めたような気がしたけれど、「どうされました」と話を聞いてくれた。


 迷子になったことを告げて道を聞くと、随分と大雑把な説明だったけれどきちんと教えてくれた。いい人だと、思った。その人は「自分も探し人がいるはずなのだが、よく分からない」と言いながら、遠くを眺めていたのが印象的で……だけど何か掛ける言葉を考えているうちに、その僧侶のような人は消えてしまっていたのだ。

 人ごみに見失ってしまっただけなのか……だけどこのどこか現実味の薄い感じは、秋宮くんにも似ていると思った。いや、この敷地内は全体が神聖な雰囲気だから、漠然とそう感じただけかもしれない。天皇の祖神、天照大御神アマテラスの御加護……その影響かなぁ、なんて。



 でも言われたとおりに進んでいくと、きちんと正門たどりくことができて大いにほっとした。だがそれも束の間、そこで見知った顔を見かけて更に驚くのだった。

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