「ここなら、大体の旅支度は揃うんじゃないかな」
そう言って令順さんが案内してくれたのは、昔ながらの趣が香る、大きな商店街だった。全体的に開放的な雰囲気で、平屋のお店がずらりと並んでいる。こういったところも、どことなく京の奥ゆかしい雰囲気が感じられ、ここが京であると実感する。
ここには何十年と歴史の在りそうな老舗や駄菓子屋さん、おいしそうなお菓子を沢山売っているお土産屋さんも多い。改めて、京ってすごい場所だなぁ、と思いながらも、はぐれないようにと令順さんに続く。そんな僕と並んで歩く眞城くんは、徐に話しかけてきた。
「まずは何を買う? 服とか?」
「なぁ、侍従ってどんな格好でもえぇん?」
「うーん。まぁ大体、白いカッターシャツに黒いスラックスじゃないかな」
「なんか……武士然とした恰好じゃないんじゃね。こう……
「当たり前だろ、現代なんだから。そんな恰好、戦いにくくて仕方ないよ」
そう言いながら笑う眞城くんが、直垂に鎧兜を着用しているところを想像する。……確かに……動きにくそうだ。
だけどそういえば、この間備後の町で朝霞くんと眞城くんが魔物と戦っていた時も、白いシャツに黒いスラックスを履いていたっけ。あれは中学の制服なのかと思っていたけれど、そうではなかったのかもしれない。だけど僕はひとつ、疑問に思う。
「けど、防具は?」
「うーん。あんまりつけないかなぁ」
「危なくないん?」
「まぁ、危ないけど」
そんな風に言う眞城くんは、やはり眞城くんである。……この人はやっぱり天才肌なのだ。そんな僕らの会話を聞きながら笑う、
「防具っていうか、九郎も私も、シャツの下に胸当てとか薄い防護服は仕込むけどね」
「へぇ……ほぉなんですか」
「でもまぁ九郎はほら、あれは天才だから」
「やっぱり、令順さんもそう思うんですね」
「あぁ。戦に関しては、あいつの右に出る者はいないよ」
その言葉を聞くと、どこか少し背筋がぞくりとするようでもある。
『戦の天才』。前世、源義経がそう言われていた。だけど……確かに、今までの眞城くんの討伐実績や、実際の戦闘の様子を見ていると、魔物に対しても全く臆することがない。
それは、前世からの経験の積み重ねによるものなのか……それとも、眞城くんがそういう性格をしているのだろうか。
……なんとなく、どちらも当てはまる気がするけれど。
だけどそれまで穏やかだった令順さんは、少し真面目な顔をして、声を落として僕に言う。
「だけど、これは現実だ。空想の世界じゃない」
「……!」
「怪我をすれば普通に痛いし、四肢を失えば……内臓が傷つけば、それは簡単に治るものじゃない。下手をすれば命に関わることもある。それだけはよく覚えておいて」
「……心にとどめ置きます」
令順さんに言われて、改めてこれは遊びではないのだと、思う。
……朝霞くんと眞城くんが共闘したあの時も、魔物にやられた僕の足は、全治二週間の怪我となったのだ。
あれも、痛かったなぁ……
……だけど。
僕の前世が言っていた。『命を惜しまず、名を惜しめ』という言葉。
あれは『命よりも、武将としての名を、矜持を重んじろ』ということだ。
……武士の矜持って、一体なんなんだろう。
当時の彼らにとって、命よりも重いものだったのだということは……わかるけれど。
だけどそれに関しては、中学生の僕にはまだ少し、きちんと理解しきれていないのかもしれない。前世……平知盛は、そう言っていろんな場面で最後まで戦い抜き、そして……壇ノ浦では、潔く散っていった。
僕は、大きく深呼吸をする。
そう……これは、遊びではない。
そんな僕を見ながら令順さんは「じゃあ、まず服と防具を……」と言いかけたところで、眞城くんが「ねぇ」と話を遮る。
「そこのお蕎麦屋さんでお昼にしよう」
「えっ……もう?」
「いいでしょ。ね、兄さんも」
時間はまだ十時半を回ったところ。
……お昼にはまだ早くない???
だけど眞城くんを見ると、なにやら目をきらきらさせている。
「えーと、伊月くん」
申し訳なさそうに令順さんが言うには、眞城くんはおいしそうなお蕎麦に目がないらしい。
「伊月くんがよければ、お昼にする?」
「あ……僕はそれでもいいですよ」
「いいって、九郎」
僕らの反応に、やった! とばかりに嬉しそうにする眞城くんを見て、なんとなく子供っぽいところもあるんだなぁと思うと同時に、こういった自由なところは猫みたいだ、なんてちょっとだけほほえましくも思うのだった。