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第四十七話 旅支度

「ここなら、大体の旅支度は揃うんじゃないかな」



 そう言って令順さんが案内してくれたのは、昔ながらの趣が香る、大きな商店街だった。全体的に開放的な雰囲気で、平屋のお店がずらりと並んでいる。こういったところも、どことなく京の奥ゆかしい雰囲気が感じられ、ここが京であると実感する。

 ここには何十年と歴史の在りそうな老舗や駄菓子屋さん、おいしそうなお菓子を沢山売っているお土産屋さんも多い。改めて、京ってすごい場所だなぁ、と思いながらも、はぐれないようにと令順さんに続く。そんな僕と並んで歩く眞城くんは、徐に話しかけてきた。



「まずは何を買う? 服とか?」

「なぁ、侍従ってどんな格好でもえぇん?」

「うーん。まぁ大体、白いカッターシャツに黒いスラックスじゃないかな」

「なんか……武士然とした恰好じゃないんじゃね。こう……直垂ひたたれに鎧とか、兜とか」

「当たり前だろ、現代なんだから。そんな恰好、戦いにくくて仕方ないよ」



 そう言いながら笑う眞城くんが、直垂に鎧兜を着用しているところを想像する。……確かに……動きにくそうだ。

 だけどそういえば、この間備後の町で朝霞くんと眞城くんが魔物と戦っていた時も、白いシャツに黒いスラックスを履いていたっけ。あれは中学の制服なのかと思っていたけれど、そうではなかったのかもしれない。だけど僕はひとつ、疑問に思う。



「けど、防具は?」

「うーん。あんまりつけないかなぁ」

「危なくないん?」

「まぁ、危ないけど」



 そんな風に言う眞城くんは、やはり眞城くんである。……この人はやっぱり天才肌なのだ。そんな僕らの会話を聞きながら笑う、令順のりよりさんが「でも、」と口をはさむ。



「防具っていうか、九郎も私も、シャツの下に胸当てとか薄い防護服は仕込むけどね」

「へぇ……ほぉなんですか」

「でもまぁ九郎はほら、あれは天才だから」

「やっぱり、令順さんもそう思うんですね」

「あぁ。戦に関しては、あいつの右に出る者はいないよ」



 その言葉を聞くと、どこか少し背筋がぞくりとするようでもある。

 『戦の天才』。前世、源義経がそう言われていた。だけど……確かに、今までの眞城くんの討伐実績や、実際の戦闘の様子を見ていると、魔物に対しても全く臆することがない。


 それは、前世からの経験の積み重ねによるものなのか……それとも、眞城くんがそういう性格をしているのだろうか。

 ……なんとなく、どちらも当てはまる気がするけれど。

 だけどそれまで穏やかだった令順さんは、少し真面目な顔をして、声を落として僕に言う。



「だけど、これは現実だ。空想の世界じゃない」

「……!」

「怪我をすれば普通に痛いし、四肢を失えば……内臓が傷つけば、それは簡単に治るものじゃない。下手をすれば命に関わることもある。それだけはよく覚えておいて」

「……心にとどめ置きます」



 令順さんに言われて、改めてこれは遊びではないのだと、思う。

 ……朝霞くんと眞城くんが共闘したあの時も、魔物にやられた僕の足は、全治二週間の怪我となったのだ。


 あれも、痛かったなぁ……

 ……だけど。


 僕の前世が言っていた。『命を惜しまず、名を惜しめ』という言葉。

 あれは『命よりも、武将としての名を、矜持を重んじろ』ということだ。



 ……武士の矜持って、一体なんなんだろう。

 当時の彼らにとって、命よりも重いものだったのだということは……わかるけれど。



 だけどそれに関しては、中学生の僕にはまだ少し、きちんと理解しきれていないのかもしれない。前世……平知盛は、そう言っていろんな場面で最後まで戦い抜き、そして……壇ノ浦では、潔く散っていった。


 僕は、大きく深呼吸をする。

 そう……これは、遊びではない。



 そんな僕を見ながら令順さんは「じゃあ、まず服と防具を……」と言いかけたところで、眞城くんが「ねぇ」と話を遮る。



「そこのお蕎麦屋さんでお昼にしよう」

「えっ……もう?」

「いいでしょ。ね、兄さんも」



 時間はまだ十時半を回ったところ。

 ……お昼にはまだ早くない???


 だけど眞城くんを見ると、なにやら目をきらきらさせている。



「えーと、伊月くん」



 申し訳なさそうに令順さんが言うには、眞城くんはおいしそうなお蕎麦に目がないらしい。



「伊月くんがよければ、お昼にする?」

「あ……僕はそれでもいいですよ」

「いいって、九郎」



 僕らの反応に、やった! とばかりに嬉しそうにする眞城くんを見て、なんとなく子供っぽいところもあるんだなぁと思うと同時に、こういった自由なところは猫みたいだ、なんてちょっとだけほほえましくも思うのだった。


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