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第四十六話 方向音痴

 法皇様との謁見の間を後にしながらも、最後の法皇様の表情が頭から離れないままの僕は、今朝見た一ノ谷の夢を思い出していた。


 一ノ谷……一ノ谷。

 因縁深い地でもある。



 御所内は相変わらず綺麗な景観を携えていたが、来るときのように景色を楽しむような余裕もなく……また、誰も口を開くこともないままに、僕らは院の御所を後にした。



 ◇



 院の御所を出たところで、漸く令順のりよりさんが口を開く。



「一ノ谷かぁ……法皇様も、きっとわかって一ノ谷の任を当てたんだよね」

「きっとそうでしょ」

「法皇様もお人が悪いと言うか、なんというか」

「兄さん。まだここ、御所の敷地内だよ」



 眞城兄弟の話を聞きながらも、なんとも現実味の薄い話である。

 前世でやりあった相手とまた、その因縁の地へ。戦ではないと頭では思いながらも、正直気が思い。

 だけど……やはり彼らにも思う所はあるようでもある。

 僕が何も言葉を発さずにいると、令順さんが僕に向かって話しかける。



「伊月くん。……前世の事はあるけれど、一緒にがんばろうか」

「……ハイ」



 緊張と、色んな思いとで思わず声が小さくなってしまうけれど、そんな僕とは対照的に、いつものように飄々とした雰囲気で眞城くんは言う。



「じゃあさ、買い物行こっか」

「……え……、買い物?」

「うん。まさか、手ぶらで行くつもりじゃないでしょ」



 そうだった。僕は今回京に日帰りで来たつもりだったから、殆ど何も持っていない。お金だって、今回の往復分プラスアルファくらいしかもってきていない。

 そんな僕の心配を察したかのように、眞城くんはそれまでの真顔を崩してにこりと笑う。



「お金は大丈夫。任務に関しては全部経費で落ちるから」

「けっ、経費!?」

「当たり前でしょ。一ノ谷に行くのだって、遠いんだから」

「そ……そっか……」

「それもパンフレットに書いてあるよ」

「……!」



 今朝眞城くんに教えてもらったパンフレット。まだ、それにも全部目を通していない。

 少々恥ずかしい思いを抱きながらも、ちゃんと読まなきゃなぁと思った。



「一ノ谷までの移動も結構時間があるから、そこで目を通したらいいんじゃない」



 そんな風に言う眞城くんは、優しい。

 言葉尻はいつもの如くさらっとしているし、その優しさは少しわかりにくいけれど……こうして眞城くんときちんと話をしてから、その優しさがありがたくも感じる。

 こうやって出会えてよかったんかもしれんなぁと、僕は改めて眞城くんに感謝の念を送る。



「なぁ、眞城くん」

「……その、呼び方」

「え?」

「それだと兄さんも一緒だから、九郎でいいよ」

「……九郎、くん」

「呼び捨て」

「……九郎」

「ははっ。いいね」



 嬉しそうに笑う眞城くんは、こうしてみるとやっぱり年相応で、僕と同じ中学生なのだと実感する。



「じゃあ商店街へは私が案内しようか」



 そう言うは令順のりよりさんだ。なんとなく、歓迎してくれているみたいにも感じられて、僕は嬉しくなる。



「お願いします」

「勿論。九郎は少々方向音痴だから」

「えっ」



 思わず僕は眞城くん……いや、九郎を見る。

 いつものようにツーンとした顔をしているけど、「なんだよ」とぶっきらぼうに言いながら、白い歯を見せた。


 なんだ、方向音痴まで一緒か。なんだかつくづく似た者同士じゃなぁ、なんて僕は内心くすっと笑う。だけどそれは顔にも出ていたらしい。



「あっ、今笑っただろ」

「んなっ、笑っとらんよっ」

「絶対、笑った」

「笑っとらんって」



 そんな風に言いながら、一緒にあははっ、と笑った。こんな関係すら心地よく感じられるようになっていた僕は、やっぱり今世では新しい関係を作り上げていけそうだなぁと、思っていた。



 ……だけどまたこの任務で一波乱あるなんて、この時の僕は……いや、もしかしたら因縁の地にて何も起こらないわけはないだろうとも思いつつ、だけどそれでも乗り越えてゆけると……そう、思っていたんだ。

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