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第四十五話 初任務の地は

「法皇様がお見えになりました」



 すっと襖が開けられ、付き人と共に法皇様がやってくる。



 ……法皇様。

 平安時代によく似たこの世界では、院政が敷かれた政治体制が現状となっており、天皇様に代わって政治の実権を握っているのがこのお方である。

 退位したのちに仏門に入って出家し、頭を丸められた法皇様は、御年四十代となるがもっと若く見える。

 はっきりとした目元はやや吊り上がり、黒々とした釣り眉がいかめしくも凛々しく、存在感を放っている。やや口角の上がった表情は、しかし目は笑っておらず、静かに余裕を携えた雰囲気がピンと空気を張り詰める。


 こうして生で謁見するのは初めてだが、背筋がすっと伸びる思いである。

 僕たちは片膝を立てた立て膝の姿勢で座り、法皇様の御言葉を待つ。


 法皇様は静かに僕たちを見回すと、「ほほぉ」と珍しそうな声を出され、言葉を続ける。



「本日は源と平か」

「はっ」

「それも……令順のりよりに九郎、それから……友成と来たか。これも何かの縁やもしれぬのぉ」



 どこか悪戯っぽく仰せの法皇様は、だけどその目は鋭く僕らを捕らえて離さない。

 これが……法皇様というお方なのだと、思った。


 圧倒的存在感を前に、緊張感が増す。

 どこか、法皇様の一挙一動から目が離せない。

 そんな法皇様は、暫しお考えになられた後、静かに今回の任務を告げる。



「今回の任務は……『一ノ谷』」

「……!」

「別の任を当てようと思うておったが、先に一ノ谷の魔物を討伐してもらうこととする」

「……はっ」



 一ノ谷……一ノ谷。

 この言葉に何も思わないわけがない。なぜなら……一ノ谷は、僕がだからだ。



 それが……『一ノ谷の合戦』。



 源平合戦の緒戦ともされるこの合戦で、僕の前世……平家は大敗を喫したのだ。

 あの献上鉄壁な要塞を擁した平家が、負けるはずがなかったのに……誰もがそう、思ったはずなのに。

 一人の武将、源義経の『鵯越ひよどりごえの逆落とし』という奇襲によって、平家の軍は総崩れとなったのだ。



 今朝見た夢は……このためだったのか?

 僕の前世が生田森で対峙した総大将は……源範頼だった。つまり、令順さんの前世、ということになる。

 そして、義経は……眞城くん。



 偶然と言うには、あまりにタイミングが辛すぎる。

 それもこのメンバーで、一ノ谷へ赴くと言う。



 僕は鼓動が速くなり、呼吸が浅くなるのを感じていたが、今はまだ法皇様の前。

 僕のこの反応すらも、鋭く観察しているようでもあり、法皇様は任を告げたと言うのに動かない。



 ……集中しろ。これは、戦じゃない……魔物の討伐だ。

 場所が場所ではあるが、やれと言われたことを全うするだけである。



 冷汗が流れ落ちそうになるのを感じながらも、僕も法皇様をじっと見る。法皇様は満足そうに口角を挙げたかと思ったら、「では三名、一ノ谷遠征の支度をせよ」と仰せになり、僕らはその間を後にすることとなった。



 だけど気を抜くのはまだ早い。

 退出するまでが、任である。

 令順さんと眞城くんが部屋を後にし、最後に僕が部屋を出ようとしたときに……法皇様と付き人の方の話を耳にすることになる。



「まさかこの面子がそろうとは」

「法皇様……良いのですか、比叡山の方は」

「まぁよい。そちらは僧兵共に任せておけ。この面子がそろっておきながら一ノ谷へ行かせぬ道理はない」



 はっとして顔を上げて法皇様を見ると、くっく、と笑う法皇様の冷たい眼差しと、目が合うのだった。

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