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第B−4話 見事にやられた

****


しげるside) 


「……いたたた、何なんだ。あの暴力的な女の子は」


 彼女の渾身の一撃により、床に突っ伏したままの僕はズボンから新しいポケットティッシュを摘まみ出し、血の滴る鼻の穴に詰める。


 何か悪いことを言っただろうか。

 そんなこと、身に覚えがない。


「それよりも、あの服はウチの学園の制服だったよな」


 ふと、脳裏をよぎる最悪な予感。

 僕の知る限り、あの柳瀬やなせの包囲網から逃れられた遅刻者はいない。


 しかも、あの女の子は薄化粧とはいえ、場所によっては、派手なアイメイクなどもしていた。


 もしかすると、柳瀬から上の役柄に通達されて、将来の彼女の内申に響くかも知れない。


『こうしちゃいられない……』と僕は即座に、冷たい地べたから何とか立ち上がった。

 例え、不意の事故とはいえ、関わった人の不幸を見過ごすわけにはいかない。

 僕の好きなあの子なら、そう行動するはずだから……。


◇◆◇◆


(繁回想シーン)


「だから泣いてたって、分からないでしょ」


 女性のしゃがんだ先に、青い半袖シャツにネイビー色の短パンで、5歳くらいの男の子が、赤子のようにワンワンと泣いていた。


 彼女がしゃがみこんだ理由は、男の子と目線を合わせるためにした行為らしい。

 こうされると幼い子は泣き止んでくれて、心を打ち明けてくれる。

 そう、母親から教わったらしい。


 ──透き通る白い肌に大きな瞳、すらりとした鼻筋の通ったモデルのような痩せた姿。

 受け身がちな小さな唇で、見た目は16歳くらいの可愛らしい美少女でもあった。


 黒のガーリーなワンピースに、150ほどの身長を気にしてか、白い厚底のサンダルを履いている。


 また、涼しげな風が吹くたびに、サラサラな黒くて癖毛のある少女のロングパーマから、甘い桃のような香りが漂う。


 ……この少女からは、いつも素敵なフルーツの匂いがする。

 まるで青い果実の私を食べてよと、言わんばかりに……。


「こら、男の子がいつまでもメソメソ泣かないの」

「だってママがたおれて……」

「ママなら大丈夫だよ 」

「なんでわかるの?」

「……さっき、救急隊員から聞いたわ。ただの疲れからきただって」


 少女が男の子の短髪を撫でて、よしよしする。


「それに君はお兄ちゃんになるんだからね」

「えっ?」


 彼女の予想外な発言に、隣にいた僕がキョトンとする。


 男の子も泣き止み、僕と同様の仕草をしていた。

 僕ら男性陣には、うまく状況が飲み込めないのだ。


「……あっ、赤ちゃんが生まれるのか?」


 その沈黙を破ったのは僕からだった。


「えっ、赤ちゃんなの?」

「そうよ。だからしっかりしなさい」 


 彼女が男の子の頭を再度、柔らかく撫でる。


「いつまでも泣いてたら、お兄ちゃん失格だぞ。ほら、もうメソメソしない」

「うん、わかった。ありがとう、

おねえちゃん」


****


「ごめん、今日は災難だったな」


 二人で男の子と救急隊員を無事に見送り、僕は売店で購入してきた、バニラのソフトクリームを彼女に差し出す。


「ありがと。別に悪くはないわよ。こんな日だからこそよ。イベントにはハプニングもつきものよ」

「だけどさ、学生にとっても、貴重な休日がさ……」

「はい、ほらそこ! 大の男が女みたいにウジウジしない!」


 僕の目の前に2刀の鋭き剣……いや、人差し指と中指の先っちょが、僕の目頭にズブリと突き刺さる。


「ギャピー!? めっ、目がぁぁー!」

「ふふっ、繁ちゃん、なんつう声出してるのよ」


 少女からの目潰しをまともに食らい、その場でまぶたを押さえて、暴れ回る僕。


 それを見て、ケラケラと魔性に笑う少女。


 この痛みはマシュマロのような柔らかな感覚ではない。

 もっとザックリとした、まさに氷山の一角に小指をぶつけたような衝撃。

 これはマジで痛い。


 ……というか、この末恐ろしい技、プロレスでも禁じ手だぞ。


「ほら、人が困っている時は迷わずに救いの手を伸ばしてあげる、弱い人は体を張って守ってあげる。人として当然の行為でしょ」


 ……だから今、君による殺意の手が伸ばされ、非常に困っているのだけど……と言い留まる。


 感受性の豊かな彼女だから、僕の些細ささいなツッコミで怒らせたら『焼け石に水』かも知れない……。


「……それよりさ、次はあれに乗らない?」


 僕のその出来事はいざ知らず、彼女が上下に緩やかに動きながら、回転している白い木馬の集団、通称メリーゴーラウンドを指さす。


まどかは顔に似合わず、メルヘンチックだよな」

「もう、しげるちゃんは、いつも一言多いんだから。

ほら、早くアイス食べて、さっさと行くよ」


 アイスのコーンのみになり、それを端から品よくかじる円が、僕の緑のTシャツの裾を引っ張り、グイグイと進む。


「ちょっと待ってよ。あのさ、僕に拒否権はないのかい?」

「はっ? 繁ちゃん、何を寝言言ってるの? 奴隷は黙って、お嬢様の言うことを聞くものよ」


 ポンポン菓子のように花火の鳴る晴天の真下で、賑やかな喧騒けんそうが流れる遊園地。


 そこでできた、僕と円の階級カースト制度。

 お嬢様、いや女王様は、したっぱの虫けら(奴隷だって?)に対して、『アイスの早食いにムチ』と酷い扱いである。


 僕は円に、半ば強引にグイグイと引っ張られながら、次のアトラクションへと向かうのだった……。


****


(繁side )


 屯田町とんでんちょうのシンボルマークとして、静かに立ち尽くす、星屑修二ほしくずしゅうじ学園私立高等学校。


 おもに将来、大学で天文学を学ぶための学力をつけさせる私立高校で、東京の高校では、一位か二位くらいの勉学の難易度を誇るエリート学校。


 五階建ての白いビルの建物の一階に三学年、二階に二学年、三階に一学年、それより上の階は音楽室や家庭科室などの教育を学ぶ部屋が立ち並ぶ。


 また生徒数は男子が100名、女子60人程度と男子が比較的多くて、学年ごとに7クラスあり、一見普通そうな高校のイメージでもある。


 ──ちなみに、このぶっ飛んだ学校の名前の由来は、昔、流れ星が大好きで、隕石が落下した場所に立ち寄り、その星屑を集め、落下してきた場所の特定の研究などをしていた『修二しゅうじ』君の名前から取り、後に天文学の学者となった彼自らが、この学校を設立した。


 『星屑』が好きな『修二』からの名を、軽いジョークのようなネーミングセンスでもある。


 ──こうして、学校へとを進めると、校門にはすでに彼女の姿はなかった。


 腕時計を見ると、登校時間終了の8時20分をとうに過ぎている。


 どうやら遅刻確定は僕のようだ。


 さて、目の前の巨大なハンペンのような怪物(生活指導の柳瀬)を、どうやって攻略するか。

 これは非常に骨が折れそうだ。


「おい、小僧。

こんな時間に登校とはいい度胸だな!」


 あれま? どうしまちゅうかとネズミのようにチョロチョロしてたら、早くもきょたいなにゃんちゃんに見つかりまちゅた~☆


「「お前は変なナレーションを入れるな!!」」


 僕と柳瀬の声が綺麗にハモる。


 あい、私(筆者)が調子に乗りすぎました……。


「それはそうと、お前見ない顔だな。ネクタイの色からして三学年か?」

「はい、そうです。すみません。実は寝坊しまして」


 素直に真実を述べる僕。

 下手に誤魔化ごまかすと、後でバレたら怖いからだ。


「ふん、今年は受験生なのにいい身分だな。そんな感じだと、どこの大学にも進学できんぞ」

「……では、そういう理由わけでして……」

「待て、まだ話は終わってないぞ」


 校門をくぐろうとする僕の肩をガシッと掴み、目をギラリと光らせ、鬼のような形相で迫る柳瀬。


 やっぱりそうなりますか……。


 身長180の筋肉質な巨体に、細目だが、威圧感のあるスポーツ刈り。

 おまけに白の体操服に、赤のショートパンツ、右手には竹刀を持っている。


 そんな小学生の身なりをした子供が、そのまま大人になったかのような柳瀬の体格は、今まさに怒りのオーラで満ちていた。


「覚悟はできてるんだろーな!」


 柳瀬がどこからか、二つのブリキのバケツを取り出し、僕の前に立ちふさがる。


 そこへ、僕らをすり抜ける一つの人影がいた。


 あの彼女だった。


 いつの間にか、赤の体操着に着替えていて、『てへっ♪』と可愛く舌を出し、僕らの横を申し訳なさそうに、素早く忍び足で通りすぎる。


 もちろん、柳瀬は彼女に背を向けている体勢なので、全然気づかない。


 僕は見事にやられた。

 そう、彼女は僕を効率よく、上手く利用したのだ。

 まさに彼女の計画に、はめられたのだった……。


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