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『キーンコーン~、カーンコーン~♪』
まるで鈴虫達の合唱だった、教室内の生徒達のガヤガヤ声が、このチャイムの知らせで、しんと静けさに包まれる。
「で、では、出席を取ります」
気が弱そうで、少し脅しただけで、逆手をとれそうな、このクラスの担任。
20歳そこそこの新米教師でもある彼は、教卓に立ち、緊張の面持ちで出席簿を広げた。
「なっ、名前を呼ばれたら、返事をするように」
「あっ、
「はい」
「あっ、
「はい」
担任がその名前を弱々しく呼ぶたびに、着席している生徒が、山彦のように返事を返す。
まさに大名行列による、通過儀礼のようだった。
「たっ……立花」
そこへ順調だった返しの言葉がなくなり、一瞬静まりかえる教室。
それもそのはず、出席簿とにらめっこしている担任以外、誰がどう見ようと、肝心の
……それから、担任が不思議に思い、その出席簿から、目線を上げようとする数秒の間に……、
「わひっ♪」
「……立花さん、返事は、
「では、次は
「……ありがと、
担任からの応答に、上手に対応したこの女の子、
たった今、遅刻スレスレで、担任からは分かりにくい後ろ側のドアから進入して、席に着いただけに、これはありがたい。
「いえ、友人として、当たり前のことをしたまでです」
「うれしい。ありがと♪」
小学生からという古い付き合いでもあり、緑の長い髪型に、パッツン前髪な女の子の咲ちゃんが、謙遜した思いを返す。
特に目立った身体的特徴はなく、150の小柄な幼児体型だが、本当に気がきいていて、優しい大和撫子な存在。
私は、こんな素敵な子と出会って、本当に良かった。
「ところでさ、気になるんだけど、何であの返答にしたの?」
「ええ、咲から見たら、弥生は少々お惚けなイメージがありましたので、ああいう返事にしました」
「……はっ? 咲ちゃん、今、何て?」
いや、待てよ? と考えを整理する私。
やがて、私が考え抜いて、導きだした言葉は……。
「What? Kill you!」
「あれ? 乱暴な口調には変わりないですが、それなりに英語を喋るとか、案外、お利口さんなのですね。
体育での着替える時間も面倒なのか、体操着で通学してきているからに、脳みそ筋肉な運動バカなのかと?」
「この女ー! 絶対許さん!」
青色の竹筒テザインな筆箱の中身から出した、三角定規とコンパスの先を咲ちゃんに向け、敵対する意志を標示する。
やっぱり、こいつは昔から私の敵だ。
「こ、こら。あ、朝から騒々しいですよ。立花さんも、大人しく席に戻りなさい」
担任を先置いて、そのまま互いの腕を掴み、取っ組み合いになる私達二人。
教室内は血を血で洗う戦国時代と化した。
もう、誰にも私達二人を止められない。
「……ったく、ほんと~に犬猿の仲だよな」
そこへ、一人の男子生徒が黒ぶち眼鏡を整えながら、争いの中枢へと割って入る。
凛としたクールな顔立ちに、眼鏡がよく似合い、知的で頭脳明晰ときて、さらに健康的に日に焼けた茶系な肌の男子。
肩まである青い髪型に170センチ、
その麗しい肉体美は、噂が噂を呼んだ女子達から覗き見され、校内の水泳の授業で証明済みだ。
ちなみに実力テストの結果は、いつもぶっちぎりの首位。
天は神に二物も三物も与えた。
「キャー、ステキー。生徒会長の
「いいぞ、やっちゃえ!」
「いや、やるのは犯罪だろ……」
「だけどさ、動物でも人間の喧嘩じゃないからよくね?」
「それなら動物愛護法でお縄だよ」
さっきから好き放題、言っている生徒達の群れ。
その多彩な言葉を受け流すかのような体勢で、二人へとにじりよる遠久山。
「お嬢さんら、そんなに
遠久山のくちびるには一輪のバラ、それは情熱のアッモーレ。
まさにキザな男に相応しい。
「「うっさい、お前は邪魔するなっー!!」」
そこへ思わずハモる二人の声。
『バコーン☆』
「あーれーぇぇぇぇー!?」
二人のダブルパンチを食らい、換気のために空けていた、窓の外へと吹っ飛ぶ遠久山。
彼はそのまま流れ星となり、塵となって消え果てた──。
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「──ふざけんなよ、筆者。別に消えてねーからな」
それから数分後……。
全身の服がボロボロの雑巾になりながらも、真琴が再度、姿を現す。
「いや、だいじょーぶ。セクハラにはならねえよ、そんなに激しく、服は破けてねーから」
真琴が一応訂正を入れるが、それよりも、この女子二人の勝負の行方が気になるのは、私達や野次馬連中だけではないはずだ!
『ガルルル、キャンキャン!』
『キキー、ウッキー!』
──教室内で繰り広げられる、犬と猿の喧嘩。
二人はいよいよ巨大化し、凶暴な怪獣となり、思うがままに、この
『キャイン、ギャワワーン!』
『キキキィィィ!』
そして、小さな現場から大きな戦争へ……!
「「そんなわけあるか!!」」
また二人の声がハモる。
実は本当は仲良しなのかも知れない。
……なるほど、だから犬猿の『仲』なのか。
「まあ、いいわ。時間が惜しいから、今日のところはこの辺で許してあげるわ」
咲ちゃんに関わるのも面倒になり、さりげなく、この場から身を引く私。
「はっ? 辺?
今さら二等辺三角形の定理ですか。あなたの頭は、小学生の算数で成り立っているのでしょうか?」
「この
冷静沈着に応対する咲に、火花を散らし、感情的に吠えたてる私。
まさに一触即発。
それから清々しい真琴の制裁を軽々とスルーし、この私達二人の喧嘩は止められず、平穏だった頃の世界は取り戻せそうになかった──。
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「──ねえねえ、知ってる? 鼻の下が長いイケメン君の話?」
「ええ、あの三学年の人だよね」
「そうそう、確か名前は、
仲の良い三人組の女子達の話題に、私の耳が都合良く反応する。
「ねえ、もしかしてさ、その人、こんな顔じゃなかった?」
私は指で目尻をつり上げ、奥二重の人相で話題に加わる。
「きゃはは、弥生たん、それうけるわ!」
その中のリーダー的存在な、赤髪のゆるふわパーマなボブカットの
彼女は二学年になって、知り合ったばかりの
160センチにヤンチャな性格であり、肉付きはほどよく、自称Cカップなバストやヒップなど、出るところは出ているセクシーなスタイル。
また、褐色肌に、長くヤスリで整えた爪にはピンクのマニキュア。
「それでウチの繁たんに何か気でもあるん?」
ウチと言うことは、繁君の恋人なのだろうか?
おずおずと舞姫に、そこのところをストレートに聞いてみる。
「いんや、ただの幼馴染みだからし」
それを聞いてほっとしたような、残念だったような、私の心の奥底で、複雑な想いが交錯する。
「なん? アイツと話したいんなら、住所、教えようか?」
舞姫に応じて、うんうんと縦に首を振る私。
すると、舞姫は自分の机から赤い表紙のノートを取り出し、熊の可愛らしいノックのシャーペンで乱雑な地図を描く。
「ここが学校で、桜の木が並ぶ大通りを抜けるやろ……」
舞姫の説明を鵜呑みにしながら、シャーペンの先を目で追う私。
こうして、数分が過ぎ……。
「……へい、完成。いっちょあがり!」
舞姫が出来上がった即席物の
「ありがとう」
「礼には及ばんさかい。しかしアイツもようやく前を見るようになったか」
「……えっ、何の話?」
「いやな、気にせんといて。オバちゃんのひとりごとやけん」
「いや、舞ちゃん、まだ、そんな歳じゃないでしょ」
「きゃはは、
仲間の鋭い突っ込みに、またもやゲラゲラと品なく笑う舞姫。
「とりあえずさ、アタイから聞いとくけど、その綺麗な
いやらしそうに舌を舐めずりながら、ニヤニヤと笑う舞姫。
「はっ、何が?」
「ふふふ、覚悟しいや。鼻の下が長い男のは、超痛いわよー」
その台詞の意味は、よく分からなかったが、私は机に戻る舞姫に視線を送りながら、念入りに地図をよく見て、彼の所在を確認するのだった……。