目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第B−5話 超痛いわよ

****


弥生やよいside)



『キーンコーン~、カーンコーン~♪』


 まるで鈴虫達の合唱だった、教室内の生徒達のガヤガヤ声が、このチャイムの知らせで、しんと静けさに包まれる。


「で、では、出席を取ります」


 気が弱そうで、少し脅しただけで、逆手をとれそうな、このクラスの担任。

 20歳そこそこの新米教師でもある彼は、教卓に立ち、緊張の面持ちで出席簿を広げた。


「なっ、名前を呼ばれたら、返事をするように」


「あっ、明智あけち

「はい」


「あっ、安藤あんどう

「はい」


 担任がその名前を弱々しく呼ぶたびに、着席している生徒が、山彦のように返事を返す。

 まさに大名行列による、通過儀礼のようだった。


「たっ……立花」


 そこへ順調だった返しの言葉がなくなり、一瞬静まりかえる教室。


 それもそのはず、出席簿とにらめっこしている担任以外、誰がどう見ようと、肝心の立花弥生たちばなやよいの席は空席だった。


 ……それから、担任が不思議に思い、その出席簿から、目線を上げようとする数秒の間に……、


「わひっ♪」

「……立花さん、返事は、ですよ」


「では、次は遠久山とおやま……」


「……ありがと、さきちゃん」


 担任からの応答に、上手に対応したこの女の子、春賀咲はるがさきちゃんに、貝を割るラッコの仕草のように両手を擦りあわせ、懇願こんがんする私。


 たった今、遅刻スレスレで、担任からは分かりにくい後ろ側のドアから進入して、席に着いただけに、これはありがたい。


「いえ、友人として、当たり前のことをしたまでです」

「うれしい。ありがと♪」


 小学生からという古い付き合いでもあり、緑の長い髪型に、パッツン前髪な女の子の咲ちゃんが、謙遜した思いを返す。


 特に目立った身体的特徴はなく、150の小柄な幼児体型だが、本当に気がきいていて、優しい大和撫子な存在。


 私は、こんな素敵な子と出会って、本当に良かった。


「ところでさ、気になるんだけど、何であの返答にしたの?」

「ええ、咲から見たら、弥生は少々お惚けなイメージがありましたので、ああいう返事にしました」

「……はっ? 咲ちゃん、今、何て?」


 いや、待てよ? と考えを整理する私。

 やがて、私が考え抜いて、導きだした言葉は……。


「What? Kill you!」

「あれ? 乱暴な口調には変わりないですが、それなりに英語を喋るとか、案外、お利口さんなのですね。

体育での着替える時間も面倒なのか、体操着で通学してきているからに、脳みそ筋肉な運動バカなのかと?」

「この女ー! 絶対許さん!」


 青色の竹筒テザインな筆箱の中身から出した、三角定規とコンパスの先を咲ちゃんに向け、敵対する意志を標示する。  


 前言撤回ぜんげんてっかい

 やっぱり、こいつは昔から私の敵だ。


「こ、こら。あ、朝から騒々しいですよ。立花さんも、大人しく席に戻りなさい」


 担任を先置いて、そのまま互いの腕を掴み、取っ組み合いになる私達二人。


 教室内は血を血で洗う戦国時代と化した。

 もう、誰にも私達二人を止められない。


「……ったく、ほんと~に犬猿の仲だよな」


 そこへ、一人の男子生徒が黒ぶち眼鏡を整えながら、争いの中枢へと割って入る。  


 凛としたクールな顔立ちに、眼鏡がよく似合い、知的で頭脳明晰ときて、さらに健康的に日に焼けた茶系な肌の男子。

 肩まである青い髪型に170センチ、華奢きゃしゃな体型に見えて、実は脱いだら凄い細マッチョ。

 その麗しい肉体美は、噂が噂を呼んだ女子達から覗き見され、校内の水泳の授業で証明済みだ。  


 ちなみに実力テストの結果は、いつもぶっちぎりの首位。

 天は神に二物も三物も与えた。


「キャー、ステキー。生徒会長の遠久山真琴とうやま まこと君よ♪」

「いいぞ、やっちゃえ!」

「いや、やるのは犯罪だろ……」


「だけどさ、動物でも人間の喧嘩じゃないからよくね?」

「それなら動物愛護法でお縄だよ」


 さっきから好き放題、言っている生徒達の群れ。

 その多彩な言葉を受け流すかのような体勢で、二人へとにじりよる遠久山。


「お嬢さんら、そんなに眉間みけんにシワを寄せたら、折角せっかく美貌びぼうが台無しだぜ」


 遠久山のくちびるには一輪のバラ、それは情熱のアッモーレ。

 まさにキザな男に相応しい。


「「うっさい、お前は邪魔するなっー!!」」


 そこへ思わずハモる二人の声。


『バコーン☆』


「あーれーぇぇぇぇー!?」


 二人のダブルパンチを食らい、換気のために空けていた、窓の外へと吹っ飛ぶ遠久山。

 彼はそのまま流れ星となり、塵となって消え果てた──。


****


「──ふざけんなよ、筆者。別に消えてねーからな」


 それから数分後……。

 全身の服がボロボロの雑巾になりながらも、真琴が再度、姿を現す。


「いや、だいじょーぶ。セクハラにはならねえよ、そんなに激しく、服は破けてねーから」


 真琴が一応訂正を入れるが、それよりも、この女子二人の勝負の行方が気になるのは、私達や野次馬連中だけではないはずだ!


『ガルルル、キャンキャン!』

『キキー、ウッキー!』


 ──教室内で繰り広げられる、犬と猿の喧嘩。

 二人はいよいよ巨大化し、凶暴な怪獣となり、思うがままに、この屯田町とんでんちょうを破壊し尽くす……。


『キャイン、ギャワワーン!』

『キキキィィィ!』


 そして、小さな現場から大きな戦争へ……!


「「そんなわけあるか!!」」


 また二人の声がハモる。

 実は本当は仲良しなのかも知れない。


 ……なるほど、だから犬猿の『仲』なのか。


「まあ、いいわ。時間が惜しいから、今日のところはこの辺で許してあげるわ」


 咲ちゃんに関わるのも面倒になり、さりげなく、この場から身を引く私。


「はっ? 辺? 

今さら二等辺三角形の定理ですか。あなたの頭は、小学生の算数で成り立っているのでしょうか?」

「このアマー、いい加減にしろ!」


 冷静沈着に応対する咲に、火花を散らし、感情的に吠えたてる私。

 まさに一触即発。


 それから清々しい真琴の制裁を軽々とスルーし、この私達二人の喧嘩は止められず、平穏だった頃の世界は取り戻せそうになかった──。


****


「──ねえねえ、知ってる? 鼻の下が長いイケメン君の話?」

「ええ、あの三学年の人だよね」

「そうそう、確か名前は、蒼井繁あおい しげる君だよね」


 仲の良い三人組の女子達の話題に、私の耳が都合良く反応する。


「ねえ、もしかしてさ、その人、こんな顔じゃなかった?」


 私は指で目尻をつり上げ、奥二重の人相で話題に加わる。


「きゃはは、弥生たん、それうけるわ!」


 その中のリーダー的存在な、赤髪のゆるふわパーマなボブカットのむすめが、お下品きわまりなく、ゲラゲラと爆笑する。


 彼女は二学年になって、知り合ったばかりの紅舞姫くれないまいひめ


 160センチにヤンチャな性格であり、肉付きはほどよく、自称Cカップなバストやヒップなど、出るところは出ているセクシーなスタイル。

 また、褐色肌に、長くヤスリで整えた爪にはピンクのマニキュア。


 流石さすがにピアスは、校則では禁止で、身に付けてはいないが、ズバリ天真爛漫てんしんらんまんな子ギャルとは、彼女のことを指すだろう。


「それでウチの繁たんに何か気でもあるん?」


 ウチと言うことは、繁君の恋人なのだろうか?

 おずおずと舞姫に、そこのところをストレートに聞いてみる。


「いんや、ただの幼馴染みだからし」


 それを聞いてほっとしたような、残念だったような、私の心の奥底で、複雑な想いが交錯する。


「なん? アイツと話したいんなら、住所、教えようか?」


 舞姫に応じて、うんうんと縦に首を振る私。


 すると、舞姫は自分の机から赤い表紙のノートを取り出し、熊の可愛らしいノックのシャーペンで乱雑な地図を描く。


「ここが学校で、桜の木が並ぶ大通りを抜けるやろ……」


 舞姫の説明を鵜呑みにしながら、シャーペンの先を目で追う私。


 こうして、数分が過ぎ……。 


「……へい、完成。いっちょあがり!」


 舞姫が出来上がった即席物のページ千切ちぎり取り、ホクホク顔で私に手渡す。


「ありがとう」

「礼には及ばんさかい。しかしアイツもようやく前を見るようになったか」

「……えっ、何の話?」

「いやな、気にせんといて。オバちゃんのひとりごとやけん」


「いや、舞ちゃん、まだ、そんな歳じゃないでしょ」

「きゃはは、りんちゃん、それ超パネェうけるわ!」


 仲間の鋭い突っ込みに、またもやゲラゲラと品なく笑う舞姫。


「とりあえずさ、アタイから聞いとくけど、その綺麗なつらじゃ、初めてじゃないよね?」


 いやらしそうに舌を舐めずりながら、ニヤニヤと笑う舞姫。 


「はっ、何が?」

「ふふふ、覚悟しいや。鼻の下が長い男のは、超痛いわよー」


 その台詞の意味は、よく分からなかったが、私は机に戻る舞姫に視線を送りながら、念入りに地図をよく見て、彼の所在を確認するのだった……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?