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第B−6話 今度っていつだろう

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しげるside)


「あー、非常につらかった、疲れた……」


 一時限目の地理の授業中に、柳瀬やなせの命令で、ずっと立たされていた僕は、首を軽く回して、こり固まった筋肉をほぐす。


 約一時間も、水が並々と入ったブリキのバケツを持ち、教室の出入り口の近くで銅像のごとく立っていたからだ……。


◇◆◇◆


 ──時は、一時限目の授業中にさかのぼる……。


 廊下でバケツを持つ、カカシのような僕の懲罰の姿に、時折ときおり、大きな荷物を運ぶ、赤い体操着の女の子らがくすくすと笑いながら、廊下を過ぎ去ってゆくさまを見せられ、心がいたたまれなかった。


 いくら悪いことをしたと言っても、こんな屈辱は耐えられなかったのだ。


 恐らく、僕のこの状況に、周りの人間は影から面白がって後ろ指を指し、僕のこの姿を理由に、とことんはずかしめなネタにするのだろう。


 もしかしたら、すでに写メとかを撮られて、SNSにアップされているかも知れない。

 明日から、まともに登校できるだろうか。


 そこへ……。 


「あっ、繁たん。おひさ、おっは!」


 昔から僕のそばに居た、聞き覚えのあるダミ声。

 幼馴染みの紅舞姫くれないまいひめが『はあ~い~!』と、こちらに大きく手を振ってくる。 


 なぜかニコニコしているが、何か良いことでもあったのだろうか。


「ちょい、アンタもすみに置けないじゃん!」

「はっ? 隅っこ? 整理収納アドバイザーの資格の話か?」


 ハッピースマイルな舞姫側が理解していても、こちらは意味不明である。


「ちゃうよ。アンタ、ほんと超ニブタンね。まあ、教えたからいいけどさ」

「何だ、近いうちに抜きうちテストでもあるのか?」

「違うつーの。

アタイの大事な初めてを奪っておいて、それはないっしょ。

ほんま手離したくないほどに、ビックな男だったわ!」


 自身のほっぺに重ねた手をすりすりと寄せて、赤くなりながら、熱論する愛らしい乙女。


「僕の熱い想いを受け止めてくれなんて、男としての器といい、その童顔な印象とは超パネェ違ったわ!」


 すぐ隣を通りすぎる体操着の女子生徒達が、何やらひそひそと良からぬ噂話をしているが、僕は舞姫と付き合った経験は全然ないし、もちろんそんな度胸もない。


 この舞姫の話はフィクションであり、全くの誤解である。 


 ……それにしても、魚釣りに出かけて、大物を釣り上げた話題でもないのに、ビックとは何だ?

 僕は釣りはやらない派だよ。


「だから水泳部に入った時に見た、繁たんの膨らみパネェーわ」


「……あれを、毎度惜しみなく、見られるのが原因で辞めたってほんまー?」


 こちらの意見を通さずに、立て続けに責め立てる舞姫。


 まあ、高校に入って、すぐに水泳部を辞めたのは、あながち嘘ではないが、そんなデタラメな噂が拡散されているとは……。


 ……だが、この世に男女間の身分は平等であり、女性が弱いからという理由で、何でも好き勝手にできるということは、言い訳に過ぎない。

 この舞姫の容赦なき爆弾発言の連鎖も、ハラスメント疑惑で、十分に訴えられるはずだ。


 ──しかし、学生の僕には弁護士を雇えるお金が十分にない。

 それに30分とか、または一時間1万円の弁護士の給料システムの計算式とかも、僕からしたらありえない。

 これが長期間になれば、サラリーマンでも大変な金額になりかねないだろう……。


「──ちょっと、繁たん、アタイの話、ちゃんと聞いとるん?」

「……あっ、ごめん。聞いてなかったよ」

「だから、いつでもオッケーなように、部屋ベリー綺麗にしときなよ。じゃあね」


 そう言って、舞姫はあっさりと去っていった。

 彼女の横顔からして、切なげな表情を浮かべているように見えたのは、僕の気のせいだろうか。


 そんな物思いにふける僕の後ろ側から、見覚えのある女の子が過ぎ去ろうとする。


「き、君は?」

「あっ、なに?

……あっ! あなたはさっきの!?」


 僕の呼びかけに立ち止まる女の子。

 あの登校時に出会ったに間違いない。


 向こうも内心驚いており、こちらを見つめて、片手で口を塞ぐ、驚きな仕草。

 その可愛らしい表情に、少しばかりときめきを覚える。 


「あのさ、柳瀬にバレずに良かったね」

「はい、ありがと。繁君。

それから私は立花弥生たちばなやよい。気軽に弥生って呼んでね」

「うん。や、や……、」


 別に恋人通しでもないのに、親しげに弥生と下の名前で気軽に言えたら、苦労はしない。


「や、や、や……」

「や?」


 僕の至近距離に臆することなく、グイっと近づき、胸元が見えそうな色っぽいポーズで、こちらをじっと見つめる彼女。


 非常に彼女との距離が近い。

 彼女の吐く息がかかり、女の子らしいシャンプーの香りがする。

 しかも相手は美少女ときたものだ。

 これでドキドキしない男はいないだろう。


 それから彼女は黙りこくり、僕の顔をまじまじと眺めて、何か言いたげな顔つきになる。


 この子も、僕の外見が気に入ったのだろうか。


 こんな顔のどこがいいのか。

 女という生き物はよく分からない。


「そう無理しなくていいよ。

初めは立花でいいから」


 立花さんが、聖母のように優しく笑いかける。


「ありがとう。立花さん。お気遣い感謝するよ」

「それは、どういたしまして」


 綺麗な歯並びを見せながら、にこやかに笑う立花さん。


 このほのぼのとした、僕ら二人の間柄あいだがらは、周りの人から見たら、どんな関係に見えているのだろうか……。


「……ちょっと、弥生たん。

折角せっかく、授業、早上がりしたんに、なんモタモタしよん! 二時限目は移動教室だからいそぐっしょ!」


 廊下の遠くの方で、少しキレ気味な舞姫が彼女を呼んでいる。


「あっ、ごめん。

……繁君、ごめんね。

また今度、ゆっくりお話しようね。

ばいばい」

「ああ。分かったよ。またね」


 立花さんが僕に丁寧に一礼をして、慌てて、怒りの声の主を追いかけていく。


(あれ、今度っていつだろう……?

それに立花さんは、何で僕の名前を知ってるんだ?)


 色々と脳内に疑問点を浮かべる中、授業のチャイムが響き渡り、教室から出てきたクラスメイトに絡まれても無関心を保つ僕。


 そのままボケーと廊下で突っ立ったまま、『心ここにあらず』的な心境だった……。




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