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「あー、非常に
一時限目の地理の授業中に、
約一時間も、水が並々と入ったブリキのバケツを持ち、教室の出入り口の近くで銅像のごとく立っていたからだ……。
◇◆◇◆
──時は、一時限目の授業中に
廊下でバケツを持つ、カカシのような僕の懲罰の姿に、
いくら悪いことをしたと言っても、こんな屈辱は耐えられなかったのだ。
恐らく、僕のこの状況に、周りの人間は影から面白がって後ろ指を指し、僕のこの姿を理由に、とことん
もしかしたら、すでに写メとかを撮られて、SNSにアップされているかも知れない。
明日から、まともに登校できるだろうか。
そこへ……。
「あっ、繁たん。おひさ、おっは!」
昔から僕の
幼馴染みの
なぜかニコニコしているが、何か良いことでもあったのだろうか。
「ちょい、アンタもすみに置けないじゃん!」
「はっ? 隅っこ? 整理収納アドバイザーの資格の話か?」
ハッピースマイルな舞姫側が理解していても、こちらは意味不明である。
「ちゃうよ。アンタ、ほんと超ニブタンね。まあ、教えたからいいけどさ」
「何だ、近いうちに抜きうちテストでもあるのか?」
「違うつーの。
アタイの大事な初めてを奪っておいて、それはないっしょ。
ほんま手離したくないほどに、ビックな男だったわ!」
自身のほっぺに重ねた手をすりすりと寄せて、赤くなりながら、熱論する愛らしい乙女。
「僕の熱い想いを受け止めてくれなんて、男としての器といい、その童顔な印象とは超パネェ違ったわ!」
すぐ隣を通りすぎる体操着の女子生徒達が、何やらひそひそと良からぬ噂話をしているが、僕は舞姫と付き合った経験は全然ないし、もちろんそんな度胸もない。
この舞姫の話はフィクションであり、全くの誤解である。
……それにしても、魚釣りに出かけて、大物を釣り上げた話題でもないのに、ビックとは何だ?
僕は釣りはやらない派だよ。
「だから水泳部に入った時に見た、繁たんの膨らみパネェーわ」
「……あれを、毎度惜しみなく、見られるのが原因で辞めたってほんまー?」
こちらの意見を通さずに、立て続けに責め立てる舞姫。
まあ、高校に入って、すぐに水泳部を辞めたのは、あながち嘘ではないが、そんなデタラメな噂が拡散されているとは……。
……だが、この世に男女間の身分は平等であり、女性が弱いからという理由で、何でも好き勝手にできるということは、言い訳に過ぎない。
この舞姫の容赦なき爆弾発言の連鎖も、ハラスメント疑惑で、十分に訴えられるはずだ。
──しかし、学生の僕には弁護士を雇えるお金が十分にない。
それに30分とか、または一時間1万円の弁護士の給料システムの計算式とかも、僕からしたらありえない。
これが長期間になれば、サラリーマンでも大変な金額になりかねないだろう……。
「──ちょっと、繁たん、アタイの話、ちゃんと聞いとるん?」
「……あっ、ごめん。聞いてなかったよ」
「だから、いつでもオッケーなように、部屋ベリー綺麗にしときなよ。じゃあね」
そう言って、舞姫はあっさりと去っていった。
彼女の横顔からして、切なげな表情を浮かべているように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
そんな物思いにふける僕の後ろ側から、見覚えのある女の子が過ぎ去ろうとする。
「き、君は?」
「あっ、なに?
……あっ! あなたはさっきの!?」
僕の呼びかけに立ち止まる女の子。
あの登校時に出会った
向こうも内心驚いており、こちらを見つめて、片手で口を塞ぐ、驚きな仕草。
その可愛らしい表情に、少しばかりときめきを覚える。
「あのさ、柳瀬にバレずに良かったね」
「はい、ありがと。繁君。
それから私は
「うん。や、や……、」
別に恋人通しでもないのに、親しげに弥生と下の名前で気軽に言えたら、苦労はしない。
「や、や、や……」
「や?」
僕の至近距離に臆することなく、グイっと近づき、胸元が見えそうな色っぽいポーズで、こちらをじっと見つめる彼女。
非常に彼女との距離が近い。
彼女の吐く息がかかり、女の子らしいシャンプーの香りがする。
しかも相手は美少女ときたものだ。
これでドキドキしない男はいないだろう。
それから彼女は黙りこくり、僕の顔をまじまじと眺めて、何か言いたげな顔つきになる。
この子も、僕の外見が気に入ったのだろうか。
こんな顔のどこがいいのか。
女という生き物はよく分からない。
「そう無理しなくていいよ。
初めは立花でいいから」
立花さんが、聖母のように優しく笑いかける。
「ありがとう。立花さん。お気遣い感謝するよ」
「それは、どういたしまして」
綺麗な歯並びを見せながら、にこやかに笑う立花さん。
このほのぼのとした、僕ら二人の
「……ちょっと、弥生たん。
廊下の遠くの方で、少しキレ気味な舞姫が彼女を呼んでいる。
「あっ、ごめん。
……繁君、ごめんね。
また今度、ゆっくりお話しようね。
ばいばい」
「ああ。分かったよ。またね」
立花さんが僕に丁寧に一礼をして、慌てて、怒りの声の主を追いかけていく。
(あれ、今度っていつだろう……?
それに立花さんは、何で僕の名前を知ってるんだ?)
色々と脳内に疑問点を浮かべる中、授業のチャイムが響き渡り、教室から出てきたクラスメイトに絡まれても無関心を保つ僕。
そのままボケーと廊下で突っ立ったまま、『心ここにあらず』的な心境だった……。