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第B−8話 何も知らない

****


しげるside)


「……おかしいな。確かに人の気配がしたんだけどな?」


 僕は、玄関のドアを開けて、キョロキョロと周囲を見渡すが、辺りには誰もいない。


「……おっ、いつも早いな。もう来てるな」


 偶然見かけた、郵便受けの新聞を取りながら、あまりの寒さにブルッと身震いをする。

 そらを眺めると、冷えきった夜空に、無数の星々が輝いて、無尽蔵に呼吸をしていた。


『ニャ~オ♪』


 そこへ僕の足元に対して、するすると絡んで来て、能天気な表情をした、丸々と肥えた黒猫。


「何だよ、君の仕業しわざかい?」


 僕は、その大きな黒猫を優しく抱きかかえる。

『また』と言うからに、この黒猫の悪ふざけは日常茶飯事である。


「早起きしたから、もう、お腹空いたのかい?」


 僕は灰色のジーパンのポケットから『キャットフード・de・にゃんよ』と記載されたスティックの小袋を出して、黒猫に与える。


 端から見ても分かる、手慣れた手口。


 このアパートの室内では動物は飼えないから、こうして僕が外で、この猫の面倒を見ているのだ。


「ほら、食べなよ。いっぱい食べて、大きくなれよ」


 いや、これ以上、この黒猫が肥えたら、丸々と太った大木になりかねない。


 僕は、今、この猫を危険な動物に育て上げようとしているかもしれない。

 まさに、猫ニャンニャンボンバー。


『ニャオ~ン♪』


 十分に腹が満たされたのか、僕の手のひらの餌を食べ終わった黒猫が、するりと足元へと降りる。


「じゃあな」


 僕はクールに去っていく黒猫に手を振り、玄関のドアを閉めるのだった……。


◇◆◇◆


(繁回想シーン)


「──繁ちゃん、覚悟できてる?」


 まどかがガタガタと震えて、小さき体で僕を見上げる。


「そんなに怖いなら、止めとけばいいのに」

「嫌だよ、学割とは言っても、高いフリーパス券買ったんだよ。元はとらないと」


 そう強がっていても、円は明らかに怯えていた。

 いつもの強気な顔とは裏腹に、今にも泣きそうな笑みを浮かべていたのだ……。


****


 ──晴天の清々しい本日。


 僕ら二人は、この新規オープンしたばかりの遊園地で、様々なアトラクションを楽しんだ。


 勉学のことは忘れて、思いっきり、羽を休めてはしゃぎ、思うがままに遊び尽くした。


 そして、カフェでの昼食中に、向かい合わせの席でハンバーガーを食べながら、『まだ閉館まで時間はあるから、どうせなら残りのアトラクションも、心ゆくまで楽しもう』という話になり、その結果がこれだ。


 円が最後まで勇気が出せずに避けていた、最終さいご戦場いくさば、お化け屋敷の登場である。


「さあ、いっ、行くよ、繁ちゃん……」


 ……とか言いながらも、一歩踏み出し、また一歩後ずさる円。

 さっきからこの繰り返しで、こっちの調子が狂う。 


 そこへ、お坊さんのような頭の店員さんが、『並んでいる他のお客様のご迷惑になりますから、入るのが嫌でしたら、止めてもらえますか?』と注意しても、円は、『私たちは大丈夫ですから、平気ですから』の一点張り。 


 この調子で、あれから30分は経過している。


 僕らの後ろには長い行列ができていて、明らかに不機嫌そうな顔をしているお客さんもちらほらいた。


「だあぁぁー! ほんと、どうしようもない円だなあっ!」

「きゃっ、ちょ、ちょっと、繁ちゃんってばっ!?」


 辛抱しんぼうたまらなかった僕は、円の体ごと肩へと担ぎあげて、そのままお化け屋敷の中へダッシュして行った──。


****


「……繁ちゃーん、怖かったよ~」


 円から血の気が引いており、顔は恐怖で引きつっていた。

 彼女は今にも泣きそうな、しかめっ面を浮かべている。


 昔から円は、こういう心霊やホラー系が大の苦手だった。


 このお化け屋敷に入った時もビクビクしていて、足が立ち止まり、そのまましゃがみこみ、目をつむって耳を塞ぐさま。


 後から来た後列のお客さんの邪魔になってしまった。


 そんな嫌々な円を、また肩へと担ぎあげて、お化けを怖がる暇もないマジな顔で猛烈ダッシュした僕。

 その異常な光景を見て、脅かす側の幽霊たちが、『大丈夫ですか、出口はあちらですよ』と、さりげなく優しくフォローしてくれた。


 まさに怯える霊ならぬ、救う霊あり。

 僕は幽霊にも救われた……。


****


「……さて、繁ちゃん。これで全部、回れたね♪」


 阿鼻叫喚あびきょうかんだった先ほどとは、別人のように満足げに背伸びをする円。


 さっきまでの泣きっ面は、どこへいったのやら。

 この女の子は、漫画のように感情がコロコロと変化するから、ずっと見ていても飽きない。


「はあ、ゴールデンウィークも今日で終わって、明日からまた学校か。憂鬱ゆううつだな」

「こらっ、そんなこと言わない。学生のうちは勉強してなんぼの世界だよ」

「円は本当、前向きだな」

「いやいや、繁ちゃんがジメジメと後ろめたすぎるんだよ。

大事にしていたにゃんちゃんが亡くなったくらいで落ち込まないの。

人生は損ばかりじゃないよ」


 円は飼っていた猫に対しての僕の想いを、見透かしていたようだ。


 円、今日は誘ってくれてありがとうな……。


****


(繁side)


 ──ふと、木目の天井に、ライトが点いた円形の蛍光灯が見える。

 どうやらいつの間にか、眠っていたようだ。


 目覚まし時計の針は午前3時40分を指していた。


 テレビは放送休止時刻なのか、白黒映像で奇怪な砂嵐のノイズ音を発しており、周りは様々な雑誌で散らかっていた。


 今度の休日に出かける予定でお世話になる、一人旅の資料やカタログたちである。


「さてと、ゲームにも飽きたし、最新の情報もゲットしたから、本格的に寝るかな」


 まだ、朝の登校まで時間はあると思った僕は、かたわらにあった青のブランケットを被り、寝直すことにした。


 冷たいフローリングの床が心地よい。 

 僕の意識は闇へと閉ざされた……。


****


『キーンコーン、カーンコーン~♪』


 昼休みを告げるチャイムが校内に鳴り渡る。

 僕はこの休み時間が、どうも苦手だった。


 この性格上、昔から友人のいない僕は、一人で昼食をしていたからだ。


 いわゆる、ぼっち飯である。


 一人で教室で食事していたら目立つし、トイレで食べるのも気が引ける。


 また、屋上は恋人たちの巣窟になっているから、僕のような非リア充にはNGである。


(しょうがないな……)


 今日はよく晴れていて暖かいから、外のあのお気に入りのベンチで食べようと、一階の中庭広場へとを進めた。


****


 そこには珍しく先客がいた。


 肩まで伸びた癖のない茶髪の女の子、あの立花弥生たちばなやよいさんだった。


 彼女もここで食事だろうか。

 でも、ここは僕しか食事を堪能たんのうしない秘密の場所のはず……。


 ……しかも、そこで妙な違和感が残る。

 彼女は手には食品や飲み物などのたぐいは何も持ってなく、手ぶらなのだ。

 それに何やら、意味深な鋭き目線でこちらを見つめてくる。


 まるでエスパーみたいに、僕の心の声を聞いているかのように……。


「立花さん、どうしたのさ?」

「……繁君、私に何か隠してることない?」

「いや、別に何もないけど?」

「……ふーん?」


 そう言うと、彼女はまた僕をじっと見つめて、一時ひとときを置く。


 この沈黙の時間ときは何だろうか?

 彼女なりに、何か考えている動作なのだろうか?


「……そう。なら、他を当たるしかないわね」


 立花さんは意味深な台詞を言い放ち、無色透明な空気のように去っていった。


 まさに初めから、そこにいなかったかのように……。


 ふと、僕は思った。

 僕は立花さんのことを、ほとんど知らないのだ。


 それなのに立花さんは、あのきっかけからか知らないが、向こうから積極的にガンガン接してきてくれる。


 つい最近の、朝の登校時に接触した偶然の事故からいきなりだ。


 彼女は、いったい何を考えているのだろう……。







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