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(
「
「はいっ、雷よっ!」
アタイらは、とある敵に対して苦戦中だった。
相手は空を自由に飛び回る、一匹の鳥人間のガーゴイル。
蛇のような長い首に、竜のような翼を生やした、文字通りの
『ガアガア!』
「コイツ、パネェわ。またギリで避けたんかいな」
さっきからコイツは、アタイらの魔法をすんなりとかわす。
それから、その度にアタイらに、挑発的なカラスのような鳴き方をする。
完全にアタイら人間(今は人の姿ではないけど……)を、なめきっている鳴きぶりだ。
「やっぱ、空飛んでるだけあって、超つえーわ」
「多分、上からでは、咲達の魔法攻撃は、丸見えで筒抜けなのでしょうね……」
「咲ちゃん、どないしよ?」
「そうですね……」
『ガアガア!』
「危ない、咲ちゃん!」
その会話を
アタイが気づかなかったら、咲ちゃんは今頃、コイツにやられてた。
コイツには、鳥としての最低限のマナーはないのか。
道端に平気でごみをポイ捨てしそうな、自己チューでサイテーなヤツやわ。
不法投棄は立派な犯罪やで。
「ムカつくわね。アタイらにも翼があったらいいのに……」
「そうですね……あっ!」
「どないしたん?」
「翼が無ければ作ればいいんですよ!」
「はっ? 作る?」
咲ちゃん、こんな緊迫した戦いで、何の冗談を言ってるのやろ。
その状況が上手いこと、飲み込めんわ。
まさか、ここでヤツの気を引くために、手料理でもする気かいな?
相手は鳥やけん、鶏の丸焼きとか出したら、めっさ怒るやろーね。
下手をしたら、共食いになるけんね。
「
「あるけど、どないするの?」
「あと、靴の紐も
咲ちゃんの不可思議なことを発言に、頭を傾げながらも彼女にそれらを手渡すと、その場で何かを作り始める。
何やろ、ガチで想像つかんわ……。
ゴミ袋の手さげ口に、靴紐で結んでいくと、あっという間に
さらにアタイの靴紐に、咲ちゃんの靴紐を結んで付けて、二メートルくらいに伸ばした紐の端を握り、先に繋がったビニールを上空へと上げる。
「……なるほど。即席の
「舞姫、この紐を片方、掴んでいて下さい。それからこれを……」
アタイにピンクのゴム手袋をはめさせる咲ちゃん。
一体、この娘は何がしたいん?
まさかアタイに、親戚の咲ちゃんのお婆ちゃんの介護しろ、とか言うんじゃなかろ?
咲ちゃんのお婆ちゃんって、どんな感じの人やろーか?
想像からして、お煎餅を食べながら、テレビのラジオ体操を観て、軽々とスクワットかいな。
そんなに元気なお婆ちゃんやったら、逆にこっちが面倒を見られそうや。
まあ、今は妄想は置いとこ。
「しっかり握っていて下さいよ!」
『ガアガア!』
あー、ホンマどないしよ。
何も分かっとらんガーゴイルが、こっちに来るやんか。
咲ちゃんは近距離まで来たガーゴイルに、袋の紐のもう片方を持ち、急接近を
「せやあああっー!!」
『ガアガア!?』
普段では聞き慣れない、マグロ猟師みたいな野太いかけ声を上げた咲ちゃんが、そのゴミのビニール袋を、ガーゴイルの頭に被せて紐を手離す。
『ガアガア!?』
そうなれば、ガーゴイルは袋に顔を塞がれ、まともに呼吸はできなく、ジタバタと暴れる始末。
「では、いきますよ!」
「ちょっと待ち、アタイが間近におるんよ!?」
「心配は無用です。
雷よ、ガーゴイルを貫けっ!」
『ガアガア!』
早くも異変に気づき、ピカッと天から降り注ぐ雷光から、逃げ出そうとするガーゴイル。
だけど、袋に覆われて、暴れたせいか紐が頑丈に絡まっており、その場から少ししか動けない。
『ガアガア!』
ならば、ひたすら揺れ動いて、直撃を防ごうと空飛ぶガーゴイルが、小刻みに動いた時、雷がアタイが掴んでいる靴紐を伝い、ガーゴイルの体へと炸裂する。
『ガアアアアー!?』
ガーゴイルの体が雷を受けて、激しく光り、ビニール袋に火がついて勢いよく燃え広がる。
そしてガーゴイルは、ブスブスと身体中から焦げた体で地べたに倒れ、
シャボン玉のような光と一緒に消えていった……。
なるほど。
それでアタイに、電気を通さないゴム手袋を着けたワケか。
咲ちゃん、冴えとる。
これはノーベル化学びっくらこいた賞並みやわ。
「よっしゃー、咲ちゃんやるやん!」
「いえ、舞姫のフォローのお陰です」
「なにぉー、また謙虚になってさ。
このこの~♪」
「や、止めてください!」
初めて、よちよちができた赤ん坊のように、嫌がる咲ちゃんの頭を撫で回す。
『ガアガア!』
『ガアガア!』
『ガアガア!』
そこへ、その安息を奪い去る複数の鳴き声。
「なっ、一匹だけじゃなかったん?」
先ほどのガーゴイルの遺志を引き継いだのか、新たなガーゴイルが、約30匹の軍勢を引き連れて、こちらにやって来た。
どうやら、お仲間さんのようだわ。
「舞姫……」
咲ちゃんが、ガチ顔でこちらを睨む。
本人は意識していないのかは知らないが、たまにアタイを
でも、長年連れ添ってきた、仲間だから分かる。
あれは、何かをひらめいた時の目だ。
「……なんやね。何か策でもあるんかいな?」
「……ここは逃げましょう」
あてが外れて、その場でズルッとスッ転ぶアタイ。
「やっぱ、そうなるんかいな……」
「はい。多勢に無勢ですから」
アタイらは大慌てで、ガーゴイルの群れから、尻尾をまいて逃げ出した……。
****
ガーゴイル集団からの、しつこい追跡から逃れるために、アタイらは
幸い、そこは他に誰もいない。
中は薄暗く、電灯も乏しい内部だったが、天井には電線らしきものが張っていて、端には線路が敷いてある。
「どうやら、ここは電車が走る場所みたいですね」
咲ちゃんが、錆びついた線路を指先でなぞって呟く。
「……と言うことは、わざわざ道を歩かんでもいいってことやん」
何なんや、この理不尽な環境は。
異世界か何か知らんが、もうちっと分かりやすく案内しな。
アタイの足と咲ちゃんの作戦が超、損したやん。
****
アタイらが線路わきを歩いていると、やがて洞窟から視界が開け、大きな海が眼下に広がる。
それを繋げるのが、一本の白銀の大きな橋。
線路上の
「……なるほど、この異世界と現実世界のマップはリンクしているようですね」
「どういうことなん?」
「つまり、この橋は現実の
そして、ここの海は現実では、東京湾なんですよ」
「なるへそでワールド~♪」
咲ちゃんから、この異世界の詳しい舞台設定を聞かされながら、その先を進んでいくと、何やら大きな影が橋を封鎖している。
初めは橋の修理をしている業者か、または安全に通行を管理する警備員かと思った。
だけどその影が、巨大なヘチマの棒のようなものを振るう仕草を見た瞬間、アタイの頭が即座に判断したつーの。
コイツは、あのモンスターの仲間だわ。
二メートルほどのパネーデカイ図体に、肥満体で妖精のように尖った耳。
赤い素肌に、
あれはスマホゲームで拝見した覚えがある。
通称、道の門番のモンスター、トロールだわ。
『ガアアア!』
アタイらを見かけると、久々の相手に対してか、
「咲ちゃん、どうすんのさ!?」
「はいっ、こうなったら戦うしか、手はありません!」
咲ちゃんは身構えて、魔法を発動する。
「雷よ、貫けっ!」
雷がトロールの頭上を襲う。
『ガアアア!』
しかし、トロールはその雷を持っていた棍棒で受け止める。
本来ならば、その棒から避雷針のように感電するはずなのに何ともない。
それよりも、あのちんけな棒で魔法のエネルギーを、受け止めているとかありえんわ。
どういう武器の構造やろ?
『ガアアア!』
トロールが雷を纏った棍棒を振り回し、橋ごとアタイらに攻撃してくる。
あんなん食らったら、ただじゃすまんわ。
超ヤバいじゃん。
『グルルル!』
トロールの攻撃をすれすれでかわし、何とか攻撃に持ち込もうとするアタイ。
いくら魔法が使えるとはいえ、アタイもか弱い女性。
あの棍棒に当たれば、ただではすまんやろーね。
『グルルル!』
くそっ、ホンマ、ムカつくわ。
この狭い線路内で、なりふり構わず棍棒を振り回しやがって、このカボチャ頭は、ちっとは休む事をしらんのかいな。
あかん、これじゃあ、魔法を唱える暇さえないわ。
おまけに橋の横幅は、大人二人分のスペースしかなく、狭くて動きづらい。
さらに橋の下には、広大な海もある。
これでは攻撃も限られる。
はて、どうしたもんかいな。
アタイが器用に避けるせいか、トロールは今度は相手を変え、後ろ側にいた咲ちゃんへと攻撃をしかける。
「咲ちゃん、気よつけな。そっちいったさかい」
咲ちゃんは、素早くトロールが棍棒を振りかざす脇をすり抜けながら、アタイと合流する。
「あのモンスターは動きは鈍いですから、心配はいらないです」
「でも魔法が効かないけんね」
トロールが持っている武器を指さすアタイ。
「……あれ、ただの棍棒じゃなかろ?」
「はい。多分、魔力を吸収する特殊な武器なのでしょう。
だから、あの棍棒さえ、何とかすればいいはずです」
咲ちゃんが頭を抱えながら、解決策を巡らせている。
「……そうですね。舞姫、咲にいいアイデアがあります」
「せやな、手短に聞かせてもらおうかいな」
二人して、こそこそと会話を繰り広げる。
「……確かに少々荒っぽい作戦やけど、それしか、アイツの裏はかけれんみたいやね」
そうこうしているうちに、デカイ怪物がのしのしとやって来る。
「行くわよ、せりゃあああ!」
真正面からトロールに飛び込み、ヤツの体を押さえるアタイ。
「水よ、コイツを押し流しなっ!」
そして、トロールの間近でアタイは魔法を放ち、トロールの持っていた棍棒を勢いよく流す。
そのトロールの手から武器が無くなった瞬間、逃げられないように、ソイツの両手を手錠のようにガシッと掴む。
「咲ちゃん、今よ!」
「はい、お気遣いありがとうです。
雷よっ、トロールにビリビリの鉄槌を!」
『ガアアアア!?』
その僅かな隙をついて、咲ちゃんの両手から発した雷撃が、水で濡れたトロールの頭に直撃した。
ちなみにアタイは、例のゴム手袋をはめていたから、感電はしないわ。
『ガアアアア……グルルル……』
雷撃で見事に黒こげとなったトロールは、鈍い音を立てて、その場にひれ伏した。
「やったわ!」
感嘆して、その場で跳び跳ねてピースサインをするアタイ。
「舞姫、まだです!」
「えっ?」
アタイの背後に全身から煙を上げながら、傷だらけのトロールが待ち構えていた。
『グルルル、ガアアアア!』
トロールがアタイに向かって、棍棒を振りかざす。
これがぶち当たったら、ただじゃすまない。
何回も言わせてもらうけど、魔法を使えるとはいえ、
「雷よっ!」
そこへ咲ちゃんが、トロールが大振りで攻撃する隙をついて、アタイの前方に飛び出し、雷の魔法を放って、トロールの頭に直撃させる。
『ガアアアア!?』
鈍い音を立てて、再び線路にぶっ倒れるトロール。
ブスブスと焦げ臭い煙を発しながら、今度こそ、さらさらと星屑のような砂金に成り果て、静かに消えていった。
いや、さっきの『ぶち当たる』にしろ、『ぶっ倒れる』などの言葉は乙女の発言として失礼やな。
もっと乙女らしい、上品な言葉を使わんと。
だけどこれで、あのどデカイモンスターを仕留めたとなれば、結果、オーライかいな。
「やりー、さすが咲ちゃん。相変わらずナイスフォローやわ♪」
「いえ、舞姫のお陰です」
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『ガタンゴトン、ガタンゴトン!』
しかし、その喜びも束の間……。
聞き慣れた車輪の音が近づいてくる。
「えっ、何の音かいな? もしかして?」
アタイの読みは的中した。
『……ガタンゴトン、ガタンゴトン!』
今度は汽笛を鳴らし、アタイたちが歩いてきたトンネルから、六車両の電車がこっちへと走ってきたけんね。
しかも急いでいるのか、速度も速い。
このまま電車にはねられたら、命の保証はないわ。
タケシはこの世界で命を落とすと、現実で命は無くなると言っていた。
四肢はバラバラになり、確実に意識は闇に沈むだろう……。
よって、待ち受けるのは死者へのゲート……。
一歩間違えたら、超サイテーな事態になるわね……。
「舞姫、海に飛び込んで下さい!!」
「咲ちゃん、ちょい待ち!?」
咲ちゃんに突き飛ばされて、橋の下の海へと落ちていくアタイ。
ちょっとタンマ。
アタイは金づちで泳げないつーね。
それから、ドボンと音を立てて、咲ちゃんも飛び込んでくる。
手には枕木ほどの大きな丸太を、2本抱えていた。
「舞姫、この丸太に掴まって下さい」
でもさ、二人して海に飛び込んたものの、次の行き先が分からんつーに。
ただ闇雲に泳いで、無駄な体力は消費したくないわ。
それに、現実は甘くなかったわね。
少し泳いだ先に、巨大な蟻地獄のような渦が待ち構えていたつーの。
「咲ちゃん、このまんまじゃヤバいやん?」
「非常に絶望的ですが、何とかなるでしょう」
「……えっ、今、絶望的とか言ったん?
よけーヤバいじゃん?」
「舞姫、今の言葉は忘れて下さい」
「はっ、なんでかいな?」
「これはスリルあるアトラクションと思って、やり過ごしましょう」
「こんな命がけの遊びとかあるんかいな!?」
あーあ、アタイの命もこれまでか。
こうなれば、もうどうしようもならんわ。
自然の驚異には勝てへんしな……。
「あー、死ぬ前にアニメイドのオムライス、腹一杯食べたかったわ。
もち、弥生たんと三人でな……」
「それに関しては咲も同感です」
そのまま、アタイらはそんな愚痴をこぼしつつ、渦の中へと飲み込まれていった……。