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第B−17話 スリルあるアトラクション

****


舞姫まいひめside)


さきちゃん、そっち回ったさかい!」

「はいっ、雷よっ!」


 アタイらは、とある敵に対して苦戦中だった。


 相手は空を自由に飛び回る、一匹の鳥人間のガーゴイル。

 蛇のような長い首に、竜のような翼を生やした、文字通りの怪物モンスターだ。


『ガアガア!』

「コイツ、パネェわ。またギリで避けたんかいな」


 さっきからコイツは、アタイらの魔法をすんなりとかわす。


 それから、その度にアタイらに、挑発的なカラスのような鳴き方をする。

 完全にアタイら人間(今は人の姿ではないけど……)を、なめきっている鳴きぶりだ。


「やっぱ、空飛んでるだけあって、超つえーわ」

「多分、上からでは、咲達の魔法攻撃は、丸見えで筒抜けなのでしょうね……」

「咲ちゃん、どないしよ?」

「そうですね……」


『ガアガア!』

「危ない、咲ちゃん!」


 その会話をって、突っ込んでクチバシ攻撃をしかけてくる、油断もならない卑怯なヤツ。


 アタイが気づかなかったら、咲ちゃんは今頃、コイツにやられてた。


 コイツには、鳥としての最低限のマナーはないのか。


 道端に平気でごみをポイ捨てしそうな、自己チューでサイテーなヤツやわ。

 不法投棄は立派な犯罪やで。


「ムカつくわね。アタイらにも翼があったらいいのに……」

「そうですね……あっ!」

「どないしたん?」

「翼が無ければ作ればいいんですよ!」

「はっ? 作る?」


 咲ちゃん、こんな緊迫した戦いで、何の冗談を言ってるのやろ。

 その状況が上手いこと、飲み込めんわ。


 まさか、ここでヤツの気を引くために、手料理でもする気かいな?

 相手は鳥やけん、鶏の丸焼きとか出したら、めっさ怒るやろーね。

 下手をしたら、共食いになるけんね。


舞姫まいひめ現実世界リアルのコンビニで買った、大きなタイプの『燃えるゴミ袋』はまだありますか?」

「あるけど、どないするの?」

「あと、靴の紐も頂戴ちょうだいできますか?」


 咲ちゃんの不可思議なことを発言に、頭を傾げながらも彼女にそれらを手渡すと、その場で何かを作り始める。


 何やろ、ガチで想像つかんわ……。


 ゴミ袋の手さげ口に、靴紐で結んでいくと、あっという間に物体ができあがる。


 さらにアタイの靴紐に、咲ちゃんの靴紐を結んで付けて、二メートルくらいに伸ばした紐の端を握り、先に繋がったビニールを上空へと上げる。


「……なるほど。即席のたこだわ」

「舞姫、この紐を片方、掴んでいて下さい。それからこれを……」


 アタイにピンクのゴム手袋をはめさせる咲ちゃん。 


 一体、この娘は何がしたいん?


 まさかアタイに、親戚の咲ちゃんのお婆ちゃんの介護しろ、とか言うんじゃなかろ?


 咲ちゃんのお婆ちゃんって、どんな感じの人やろーか?


 想像からして、お煎餅を食べながら、テレビのラジオ体操を観て、軽々とスクワットかいな。

 そんなに元気なお婆ちゃんやったら、逆にこっちが面倒を見られそうや。


 まあ、今は妄想は置いとこ。


「しっかり握っていて下さいよ!」

『ガアガア!』


 あー、ホンマどないしよ。

 何も分かっとらんガーゴイルが、こっちに来るやんか。


 咲ちゃんは近距離まで来たガーゴイルに、袋の紐のもう片方を持ち、急接近をこころみる。


「せやあああっー!!」

『ガアガア!?』


 普段では聞き慣れない、マグロ猟師みたいな野太いかけ声を上げた咲ちゃんが、そのゴミのビニール袋を、ガーゴイルの頭に被せて紐を手離す。


『ガアガア!?』


 そうなれば、ガーゴイルは袋に顔を塞がれ、まともに呼吸はできなく、ジタバタと暴れる始末。


「では、いきますよ!」

「ちょっと待ち、アタイが間近におるんよ!?」

「心配は無用です。

雷よ、ガーゴイルを貫けっ!」

『ガアガア!』


 早くも異変に気づき、ピカッと天から降り注ぐ雷光から、逃げ出そうとするガーゴイル。


 だけど、袋に覆われて、暴れたせいか紐が頑丈に絡まっており、その場から少ししか動けない。


『ガアガア!』


 ならば、ひたすら揺れ動いて、直撃を防ごうと空飛ぶガーゴイルが、小刻みに動いた時、雷がアタイが掴んでいる靴紐を伝い、ガーゴイルの体へと炸裂する。


『ガアアアアー!?』


 ガーゴイルの体が雷を受けて、激しく光り、ビニール袋に火がついて勢いよく燃え広がる。


 そしてガーゴイルは、ブスブスと身体中から焦げた体で地べたに倒れ、

シャボン玉のような光と一緒に消えていった……。


 なるほど。

 それでアタイに、電気を通さないゴム手袋を着けたワケか。


 咲ちゃん、冴えとる。

 これはノーベル化学びっくらこいた賞並みやわ。


「よっしゃー、咲ちゃんやるやん!」

「いえ、舞姫のフォローのお陰です」

「なにぉー、また謙虚になってさ。

このこの~♪」

「や、止めてください!」


 初めて、よちよちができた赤ん坊のように、嫌がる咲ちゃんの頭を撫で回す。


『ガアガア!』

『ガアガア!』

『ガアガア!』


 そこへ、その安息を奪い去る複数の鳴き声。


「なっ、一匹だけじゃなかったん?」


 先ほどのガーゴイルの遺志を引き継いだのか、新たなガーゴイルが、約30匹の軍勢を引き連れて、こちらにやって来た。


 どうやら、お仲間さんのようだわ。


「舞姫……」


 咲ちゃんが、ガチ顔でこちらを睨む。


 本人は意識していないのかは知らないが、たまにアタイをにらむような目つきになり、背筋が凍るほど怖い時がある。 


 でも、長年連れ添ってきた、仲間だから分かる。


 あれは、何かをひらめいた時の目だ。


「……なんやね。何か策でもあるんかいな?」

「……ここは逃げましょう」


 あてが外れて、その場でズルッとスッ転ぶアタイ。


「やっぱ、そうなるんかいな……」

「はい。多勢に無勢ですから」


 アタイらは大慌てで、ガーゴイルの群れから、尻尾をまいて逃げ出した……。


****


 ガーゴイル集団からの、しつこい追跡から逃れるために、アタイらはわずかな隙をついて、近くの洞窟に逃げ込んだ。


 幸い、そこは他に誰もいない。


 中は薄暗く、電灯も乏しい内部だったが、天井には電線らしきものが張っていて、端には線路が敷いてある。


「どうやら、ここは電車が走る場所みたいですね」


 咲ちゃんが、錆びついた線路を指先でなぞって呟く。


「……と言うことは、わざわざ道を歩かんでもいいってことやん」


 何なんや、この理不尽な環境は。 

 異世界か何か知らんが、もうちっと分かりやすく案内しな。


 アタイの足と咲ちゃんの作戦が超、損したやん。


****


 アタイらが線路わきを歩いていると、やがて洞窟から視界が開け、大きな海が眼下に広がる。


 それを繋げるのが、一本の白銀の大きな橋。


 線路上のかたわらに立てかけている木の看板には『トンデン橋』と書かれてある。


「……なるほど、この異世界と現実世界のマップはリンクしているようですね」

「どういうことなん?」

「つまり、この橋は現実の屯田町とんでんちょうと、秋葉島あきばじまを繋ぐかけ橋なのでしょう。

そして、ここの海は現実では、東京湾なんですよ」

「なるへそでワールド~♪」


 咲ちゃんから、この異世界の詳しい舞台設定を聞かされながら、その先を進んでいくと、何やら大きな影が橋を封鎖している。 


 初めは橋の修理をしている業者か、または安全に通行を管理する警備員かと思った。 


 だけどその影が、巨大なヘチマの棒のようなものを振るう仕草を見た瞬間、アタイの頭が即座に判断したつーの。


 コイツは、あのモンスターの仲間だわ。


 二メートルほどのパネーデカイ図体に、肥満体で妖精のように尖った耳。


 赤い素肌に、藁葺わらぶき色のこしみのを着け、眼光が鋭く、牙からだらけてはみ出した、爬虫類のような細い舌。


 あれはスマホゲームで拝見した覚えがある。

 通称、道の門番のモンスター、トロールだわ。 


『ガアアア!』


 アタイらを見かけると、久々の相手に対してか、としながら、棍棒を握りしめ、ドシドシとこちらへと、まっすぐに向かって来たわ。


「咲ちゃん、どうすんのさ!?」

「はいっ、こうなったら戦うしか、手はありません!」


 咲ちゃんは身構えて、魔法を発動する。


「雷よ、貫けっ!」


 雷がトロールの頭上を襲う。


『ガアアア!』


 しかし、トロールはその雷を持っていた棍棒で受け止める。


 本来ならば、その棒から避雷針のように感電するはずなのに何ともない。


 それよりも、あのちんけな棒で魔法のエネルギーを、受け止めているとかありえんわ。


 どういう武器の構造やろ?


『ガアアア!』


 トロールが雷を纏った棍棒を振り回し、橋ごとアタイらに攻撃してくる。


 あんなん食らったら、ただじゃすまんわ。

 超ヤバいじゃん。


『グルルル!』


 トロールの攻撃をすれすれでかわし、何とか攻撃に持ち込もうとするアタイ。


 いくら魔法が使えるとはいえ、アタイもか弱い女性。

 あの棍棒に当たれば、ただではすまんやろーね。


『グルルル!』


 くそっ、ホンマ、ムカつくわ。

 この狭い線路内で、なりふり構わず棍棒を振り回しやがって、このカボチャ頭は、ちっとは休む事をしらんのかいな。


 あかん、これじゃあ、魔法を唱える暇さえないわ。

 おまけに橋の横幅は、大人二人分のスペースしかなく、狭くて動きづらい。


 さらに橋の下には、広大な海もある。

 これでは攻撃も限られる。


 はて、どうしたもんかいな。


 アタイが器用に避けるせいか、トロールは今度は相手を変え、後ろ側にいた咲ちゃんへと攻撃をしかける。


「咲ちゃん、気よつけな。そっちいったさかい」


 咲ちゃんは、素早くトロールが棍棒を振りかざす脇をすり抜けながら、アタイと合流する。


「あのモンスターは動きは鈍いですから、心配はいらないです」

「でも魔法が効かないけんね」


 トロールが持っている武器を指さすアタイ。


「……あれ、ただの棍棒じゃなかろ?」

「はい。多分、魔力を吸収する特殊な武器なのでしょう。

だから、あの棍棒さえ、何とかすればいいはずです」


 咲ちゃんが頭を抱えながら、解決策を巡らせている。


「……そうですね。舞姫、咲にいいアイデアがあります」

「せやな、手短に聞かせてもらおうかいな」


 二人して、こそこそと会話を繰り広げる。


「……確かに少々荒っぽい作戦やけど、それしか、アイツの裏はかけれんみたいやね」


 そうこうしているうちに、デカイ怪物がのしのしとやって来る。


「行くわよ、せりゃあああ!」


 真正面からトロールに飛び込み、ヤツの体を押さえるアタイ。


「水よ、コイツを押し流しなっ!」


 そして、トロールの間近でアタイは魔法を放ち、トロールの持っていた棍棒を勢いよく流す。


 そのトロールの手から武器が無くなった瞬間、逃げられないように、ソイツの両手を手錠のようにガシッと掴む。


「咲ちゃん、今よ!」

「はい、お気遣いありがとうです。

雷よっ、トロールにビリビリの鉄槌を!」

『ガアアアア!?』


 その僅かな隙をついて、咲ちゃんの両手から発した雷撃が、水で濡れたトロールの頭に直撃した。


 ちなみにアタイは、例のゴム手袋をはめていたから、感電はしないわ。


『ガアアアア……グルルル……』


 雷撃で見事に黒こげとなったトロールは、鈍い音を立てて、その場にひれ伏した。


「やったわ!」


 感嘆して、その場で跳び跳ねてピースサインをするアタイ。


「舞姫、まだです!」

「えっ?」


 アタイの背後に全身から煙を上げながら、傷だらけのトロールが待ち構えていた。


『グルルル、ガアアアア!』


 トロールがアタイに向かって、棍棒を振りかざす。


 これがぶち当たったら、ただじゃすまない。


 何回も言わせてもらうけど、魔法を使えるとはいえ、所詮しょせんは、ただのやわな人間なんだからね……。


「雷よっ!」


 そこへ咲ちゃんが、トロールが大振りで攻撃する隙をついて、アタイの前方に飛び出し、雷の魔法を放って、トロールの頭に直撃させる。


『ガアアアア!?』


 鈍い音を立てて、再び線路にぶっ倒れるトロール。


 ブスブスと焦げ臭い煙を発しながら、今度こそ、さらさらと星屑のような砂金に成り果て、静かに消えていった。


 いや、さっきの『ぶち当たる』にしろ、『ぶっ倒れる』などの言葉は乙女の発言として失礼やな。


 もっと乙女らしい、上品な言葉を使わんと。


 だけどこれで、あのどデカイモンスターを仕留めたとなれば、結果、オーライかいな。


「やりー、さすが咲ちゃん。相変わらずナイスフォローやわ♪」

「いえ、舞姫のお陰です」


****


『ガタンゴトン、ガタンゴトン!』


 しかし、その喜びも束の間……。

 聞き慣れた車輪の音が近づいてくる。


「えっ、何の音かいな? もしかして?」


 アタイの読みは的中した。


『……ガタンゴトン、ガタンゴトン!』


 今度は汽笛を鳴らし、アタイたちが歩いてきたトンネルから、六車両の電車がこっちへと走ってきたけんね。


 しかも急いでいるのか、速度も速い。

 このまま電車にはねられたら、命の保証はないわ。 


 タケシはこの世界で命を落とすと、現実で命は無くなると言っていた。


 四肢はバラバラになり、確実に意識は闇に沈むだろう……。


 よって、待ち受けるのは死者へのゲート……。

 一歩間違えたら、超サイテーな事態になるわね……。


「舞姫、海に飛び込んで下さい!!」

「咲ちゃん、ちょい待ち!?」


 咲ちゃんに突き飛ばされて、橋の下の海へと落ちていくアタイ。


 ちょっとタンマ。

 アタイは金づちで泳げないつーね。


 それから、ドボンと音を立てて、咲ちゃんも飛び込んでくる。


 手には枕木ほどの大きな丸太を、2本抱えていた。


「舞姫、この丸太に掴まって下さい」 


 でもさ、二人して海に飛び込んたものの、次の行き先が分からんつーに。


 ただ闇雲に泳いで、無駄な体力は消費したくないわ。


 それに、現実は甘くなかったわね。


 少し泳いだ先に、巨大な蟻地獄のような渦が待ち構えていたつーの。


「咲ちゃん、このまんまじゃヤバいやん?」

「非常に絶望的ですが、何とかなるでしょう」

「……えっ、今、絶望的とか言ったん?

よけーヤバいじゃん?」

「舞姫、今の言葉は忘れて下さい」

「はっ、なんでかいな?」

「これはスリルあるアトラクションと思って、やり過ごしましょう」

「こんな命がけの遊びとかあるんかいな!?」


 あーあ、アタイの命もこれまでか。

 こうなれば、もうどうしようもならんわ。

 自然の驚異には勝てへんしな……。


「あー、死ぬ前にアニメイドのオムライス、腹一杯食べたかったわ。

もち、弥生たんと三人でな……」

「それに関しては咲も同感です」


 そのまま、アタイらはそんな愚痴をこぼしつつ、渦の中へと飲み込まれていった……。








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