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第B−18話 一枚の写真

****


さきside)


 わたし達は、いつのまにか海岸線にいて、穏やかな波打ちぎわの砂浜に打ち上げられていた。


 あの大渦に飲まれて、溺れてしまったはずなのに、こうして生きているのは、どうしてなのか……。


さきちゃん、ほんまに良かった。無事かいな……?」

「もしかして、舞姫まいひめが助けてくれたのですか?」

「そうや。渦に飲まれる瞬間に、アタイの水の魔法で、水のバリアの球体を作ったんよ。それで後は、流れるままに飲み込まれたんよ」


 舞姫の詳しい説明によると、わたし達はその球体に包まれ、渦のなすがままに流れて、水中を移動して、そのまま波の勢いで、この場所に流れ着いたらしい。


「助かりました。ありがとうです」

「礼には及ばんよ。アタイもガチで、無我夢中だったわ。

それにさっきも、咲ちゃんが気絶した時は、超ビックリしたさかい」


 どうやら、わたしは魔力の連続消費のせいと、泳ぎ疲れたせいか、疲労のあまり寝入ってしまったようだ。


 こう見えてわたしは、肝っ玉はすわっている方なので、決して怖くて気絶したわけじゃない。


 まあ、舞姫が心配しないように、ここは適当に相槌を打っておこう。


「それにしても、ここはどこでしょう?」


 景色は夕暮れから、すでに夜へと舞台を移しており、少し海風が冷たい。

 だが、この場所は見覚えがある。


「……まさか、ここは屯田とんでん海水浴場?」

「そうみたいやね。さっきぐるりと、砂浜を散策してた時、この看板に書いてあったさかい♪」


 そう答えた舞姫が、『トンデンランド海水浴場』と墨で書かれた等身大な木の看板を、砂浜に突き刺して、どや顔でわたしに見せる。


「……ていうか、公共物を勝手に持ってきたら、駄目でしょ!」

「いや、超ベリーカッケー、ゴシック体だったんで♪」

「今すぐ、元の場所に戻しなさい!」

「へーい……」


 膨れっ面をしながらも、看板を持って、持ち場を離れようとする舞姫。


「……待って下さい。また怪物が出るかも知れませんから」

「……そんなこと言って、実はぼっちが怖いんやろ?」


 ジト目でわたしを、寂しがり屋と過小評価して見下す舞姫。


「……舞姫、脳天にガツンと咲の雷を食らいたいですか?」

「わっ、わーとる。だから両手をアタイに向けんで。

ガチで冗談じゃんっ!?」


 わたしが両手から雷を発生させ、指の間から、バチバチと静電気を見せる仕草に対して、慌てて制止に入る舞姫。


 つまり、わたし達はいつの間にか、東京湾を流されて渡り、この屯田町とんでんちょうのある大陸に戻ってきたようだ。


「……まあ、今日はもう真っ暗さかい、ここで野宿になるかいな。

……ところで咲ちゃん、これ食べる?」


 舞姫がバランス栄養食『カロリーメイド』ブロックタイプのチョコ味の袋を、わたしに差し出す。


 これはバランスとは名前ばかりで、本当は脂肪の塊で太るらしいが、今は贅沢を言っている場合じゃない。


 空腹をまぎらわすために、わたしはその包み紙を破り、ひたすらカジカジと、ハムスターのように少しずつかじる。


 こういう危機的な状況に対して、食料がまったく無いよりかはましだ。


「しかし、よくこんなの持ってましたね?」

「ああ、アッコで買えたんよ」


 舞姫が100メートル先にそびえる、目映まばゆい光を放った24時間営業中のコンビニ、『ナインイレブン』の店を指さす。


 一瞬、わたしの脳みそが呆れ返り、スコーンと頭から、宇宙そらへと飛び出しそうになる。


 流石さすがは宇宙人の作った異世界。

 何でもありときたものだ……。


****


 わたし達が、その場違いなコンビニに入ろうとすると、見覚えのある吸血鬼の女性とすれ違う。


「あれ? まさかアンタは弥生やよいたん?」

「あっ、舞姫ちゃん、それに咲ちゃんじゃん! 

やっと会えた♪」


 弥生が嬉し泣きで、わたしと舞姫にハグをする。


 ……無理もない。


 あの穴から落ち、半日かけて、この異世界で、ようやく三人は合流できたからだ。


「もしかして、今、あのレジにいるのは、あのしげるたんかいな?」

「そうだけど……?」

「アンタもなかなかやるわね」

「えっ……そんなんじゃないわよ」

「いや、どう見ても、二人っきりのデートやん」

「もう、舞姫ちゃん、あまりからかわないで。デートと言っても、雰囲気だけだから。本当に勘弁してよ……」


 弥生が苦笑いしながら、コンビニの袋からパンを取り出す。


 それは彼女が、昔から好きなタマゴサンドだった。


 そして、後ろの自動ドアを開け、緑色の体のゴブリンがちょこまかと、こっちにやって来る。

 背丈は低く、多少目つきが鋭いが、その鼻の下が特徴的なイケメン面からに、こちらが噂の繁のようだ。


 そんな彼が袋から取り出したのは、レンジで温めたばかりの包装紙で、三角の紙袋に包まれていたホカホカのシャケおにぎり……。


 ……えっ、弥生と同じ食べ物じゃない。

 パンとおにぎりという、両極端な組合せ?

 普通、仲が良いなら、食事の統一はしないのか?


 何だ、このカップル? の協調性のない異様なライフスタイルは? 


 しかも、カップル(だよね?)のはずなのに、お互い割り勘ときたものだ……。


 ……というか、ここのコンビニは、わざわざおにぎりも温められるんだ。

 まるで、お弁当の温めみたいだな……。


「──それにしても、田舎設定な異世界だけあって、星がよく見えて綺麗だね……」


 弥生が耳に重なる長い髪をかきあげ、タマゴサンドをおしとやかに食べている。


「……しかし、アンタら、よく無事だったわね?」


 確かに舞姫のいう通りだ。

 これまでわたしと舞姫は、様々なモンスターと出会ってきた。


 スライムゼリー、ゴブリン、ガーゴイル、おまけにトロールなどと、わたしと舞姫が相手にした怪物だけでも、多くの数との死闘を繰り広げてきたのだ。 


 それなのに、あの二人は防具や体には傷ひとつもなく、平然としているのは、どうしてだろう……。


「……そうだね。私達の時は、気配は何となく感じていたけど、モンスターは全然出てこなかったよ?」

「えっ、ガチで?」


 要するにわたしと舞姫が、先回りしてモンスターを片っ端から退治したから、後から続いた弥生組は、厳しい戦闘による苦脳は一回もなく、余裕で移動して来たらしい。


 これはわたし達の努力の賜物たまものの成果だ。

 ここは舞姫との二人の貢献こうけんに、素直に喜べと口には出さないが……。


「さてと、今晩はここで野宿になりますね」

「咲ちゃん、一緒に寝ようね♪」


 わたしの発言に、弥生が『きゃっ♪』と片腕に飛びつく。

 そんな弥生の可愛らしさに、女ながら、ちょっとキュンとした。


 並み居る男どもが、彼女にときめくのも分かるような気がする。 


 ──さて、今や女性がするアウトドアがブームで、電気や水のある当たり前な生活から一点して、全くのゼロから挑む、アウトドア風な体験の始まり。


 いささか女性のみでは、防犯の対策も頭の隅で考えないといけないが、今回は男手の繁がいるから、大丈夫だろう。


「しかし、咲が驚いたのは、この世界でも現実と同じお金が使える所ですね」

「そうそう、アニメイドでの軍資金が役にたったわね」


「……僕は無駄遣いはしたくないな。ずっと欲しかった品物があるからさ」

「……繁君、それ何かな。やっぱ、エッチぃやつかな?」


 その言葉を口にした弥生自身が、顔を両手で覆いながら、恥ずかしげな素振りをする。


「男の子も複雑ですね」

「だよね。僕はもうタマラン~! みたいな思春期の逃れられない宿命だよね!」


「おい、お前ら、勝手に納得するなよ!」


 繁が鬼のようなツノを立てたかのように、わたしと弥生に怒鳴る。


「「きゃー、舞姫さんタスケテー。ケダモノに襲われるぅー!」」


 わたしと弥生がハモりながら、都合よくケダモノの行動をあおる。


 そうこうしてる間に、いつのまにかだんまりを決め、舞姫は明々とした光が届くコンビニの近くで、着々と夜ご飯の準備を進めていた。


 飯ごうに水と米をいれて、着火材と一緒の薪に火をつけ、その飯ごうを火のともる丈夫な木枝に吊して、次の料理へと取りかかる。


 持参した木のまな板を利用して人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉などを手際よくトントンと、リズミカルな音を立てて切って、水の入った鍋へと入れていく。


 その大きなアルミ色の鍋の隣には、長方形の黄色な箱が置いてある。


 それから推測して、どうやらキャンプ場の定番のカレーライスを作っているようだ。


「へぇー、舞姫ちゃん。料理上手なんだね」

「これはトリビアだな。

あの『深けえ~、深けえ~』の音声入りボタンが欲しいよな」

「ところで何で、あのテレビ放送、終わったんだろうね?」

「寿司と一緒でネタ切れは怖しだな」


 繁と弥生によるボケなツッコミのクロスカウンターが、舞姫の手前で炸裂する。


「……お前ら、横でふざけてる暇あるんなら、ちったあ、手伝えやぁぁー!!」


 舞姫が東北地方の伝統行事にあたる、なま○げ祭りの再来のように、ぎらついた包丁を動かす手を止めて、逆ギレする。


 だけど、相変わらずわたしを含めた三人とも、お茶らけた会話ばかりで調理にはノータッチ。


 それを無視して、一人かやの外で支度をしている舞姫。

 彼女が怒るのも無理もない……。


 こうして四人仲良く調理? をして、満天の星空の下で団らんを囲んだのだった……。


****


しげるside) 


 星空のとばりの下、月の光を浴びた夜が静かに更けていく。


 食事を終え、みんながテントで寝静まっている最中、一人でたき火の番をしていた僕の隣に、一人の女性がチョコンと、遠慮気味に座る。


 名前は確か、弥生さんの友達の春賀咲はるがさきさんだったはず……。


「春賀さん、明日は早いよ。こんな時間まで起きていて、大丈夫なのかい?」


 僕が身につけてる黒のアナログ腕時計は、すでに夜中の23時を指している。


 やたらと肌を露出した、雷衣装のペッタンのよい子なお姫様は、もういい加減に寝る時間だ。


「繁。少しお話があります」

「ははっ、告白なら勘弁してよ。僕にはすでに意中の人がいるからさ」

「……例え、その人が、この世にいなくてもですか?」


 僕は笑いをひきつらせ、春賀さんの方を向く。

 本当にアイツは、色々とお喋りが過ぎる……。


「……春賀さん、さては舞姫から、何かを吹き込まれたな?」

「わたしのことは咲と呼んでください。

それから茶化さないで下さい。真剣な話です」

「……何だよ?」

「彼女、いや、紅円くれないまどかが、もし生きていたらどうしますか?」

「はぁ? 生きてる……?」


 僕はたき火で温めた、銀の鍋に入ったホットミルクを、熊のデザインのマグカップに注ぎ、咲ちゃんに手渡す。


「……熱いから気をつけて」


『ありがとう』と、素直にうなずく彼女。

 そうして僕は、再び彼女の話に向き合う。


「はっはっはっ。

そんなわけないじゃないか。

げんに僕は、彼女の葬儀にも出席したし、遺体だって確認したんだよ」

「でも咲は今日、この世界でまどかに会いました」

「……ただの見間違えだよ」

「いえ、咲がゴブリンにやられる前に、光魔法で私を助けてくれました。

……円は命の恩人です」


「つまり、何かお礼がしたいのか……?

……でも円とは限らないよ?」


****


 ──そう、彼女が生きているという、夢見ごとは信じない。


 僕は冷たくなった脱け殻の薬指に、銀の指輪をはめた、あの頃から誓ったからだ。


 君との出会いは大切にしたい。

 この世から生を受けなくなっても、永遠の愛を誓うことを約束した。 


 もう、どんな素敵な女性が現れて、アプローチされても、僕の一途な想いは揺るがない。


 あの永久の眠りについた円の冷たい指にはめたエンゲージリングに、想いをゆだねた時から……。


 もし、円が生きていたら、どうするか、僕の答えはすでに決まっている。 


 だから、もう一度きちんと話をしたい。

 この何年も秘めている、切ない片想いの物語に終止符をうつために……。


****


「……分かった。お礼の件は、こっちでも考えてみる。

──でも僕からの頼みもある。

……咲ちゃん、今度は僕にも、円に会わせて欲しい」

「……了解しました。マスター」

「ははっ、だなんて、どこで覚えてきたのやら?」

「確かフェ○ツ・ナイトというアニメ作品からですね」

「なるほど、テイバーの名台詞か。

意外だな。咲ちゃんもアニメに詳しいんだね」


 それから僕達は、あの人気アニメの話を楽しく話し終え、僕はたき火の調子を見ながら、僅かに残った手元の枯れ木を投げ入れる。


 そろそろ、この炎も消え入りそうだ。


「じゃあ、咲ちゃん、もう遅いから、おやすみ」

「はい、おやすみなさいです」


 僕は咲ちゃんが、再度テントに戻るのを確認して、胸ポケットから一枚の写真を取り出す。


「もし、それが本当なら凄いよな。

毎回、円のサプライズには驚かされるよな……」 


 くせ毛のパーマの黒髪をなびかせながら、彼女らしくもなく、こちらに向かって清楚に笑う写真の姿が、胸をきつく掴んで、離さなかった……。

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