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(
わたし達は、いつのまにか海岸線にいて、穏やかな波打ち
あの大渦に飲まれて、溺れてしまったはずなのに、こうして生きているのは、どうしてなのか……。
「
「もしかして、
「そうや。渦に飲まれる瞬間に、アタイの水の魔法で、水のバリアの球体を作ったんよ。それで後は、流れるままに飲み込まれたんよ」
舞姫の詳しい説明によると、わたし達はその球体に包まれ、渦のなすがままに流れて、水中を移動して、そのまま波の勢いで、この場所に流れ着いたらしい。
「助かりました。ありがとうです」
「礼には及ばんよ。アタイもガチで、無我夢中だったわ。
それにさっきも、咲ちゃんが気絶した時は、超ビックリしたさかい」
どうやら、わたしは魔力の連続消費のせいと、泳ぎ疲れたせいか、疲労のあまり寝入ってしまったようだ。
こう見えてわたしは、肝っ玉はすわっている方なので、決して怖くて気絶したわけじゃない。
まあ、舞姫が心配しないように、ここは適当に相槌を打っておこう。
「それにしても、ここはどこでしょう?」
景色は夕暮れから、すでに夜へと舞台を移しており、少し海風が冷たい。
だが、この場所は見覚えがある。
「……まさか、ここは
「そうみたいやね。さっきぐるりと、砂浜を散策してた時、この看板に書いてあったさかい♪」
そう答えた舞姫が、『トンデンランド海水浴場』と墨で書かれた等身大な木の看板を、砂浜に突き刺して、どや顔でわたしに見せる。
「……ていうか、公共物を勝手に持ってきたら、駄目でしょ!」
「いや、超ベリーカッケー、ゴシック体だったんで♪」
「今すぐ、元の場所に戻しなさい!」
「へーい……」
膨れっ面をしながらも、看板を持って、持ち場を離れようとする舞姫。
「……待って下さい。また怪物が出るかも知れませんから」
「……そんなこと言って、実はぼっちが怖いんやろ?」
ジト目でわたしを、寂しがり屋と過小評価して見下す舞姫。
「……舞姫、脳天にガツンと咲の雷を食らいたいですか?」
「わっ、わーとる。だから両手をアタイに向けんで。
ガチで冗談じゃんっ!?」
わたしが両手から雷を発生させ、指の間から、バチバチと静電気を見せる仕草に対して、慌てて制止に入る舞姫。
つまり、わたし達はいつの間にか、東京湾を流されて渡り、この
「……まあ、今日はもう真っ暗さかい、ここで野宿になるかいな。
……ところで咲ちゃん、これ食べる?」
舞姫がバランス栄養食『カロリーメイド』ブロックタイプのチョコ味の袋を、わたしに差し出す。
これはバランスとは名前ばかりで、本当は脂肪の塊で太るらしいが、今は贅沢を言っている場合じゃない。
空腹をまぎらわすために、わたしはその包み紙を破り、ひたすらカジカジと、ハムスターのように少しずつかじる。
こういう危機的な状況に対して、食料がまったく無いよりかはましだ。
「しかし、よくこんなの持ってましたね?」
「ああ、アッコで買えたんよ」
舞姫が100メートル先にそびえる、
一瞬、わたしの脳みそが呆れ返り、スコーンと頭から、
何でもありときたものだ……。
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わたし達が、その場違いなコンビニに入ろうとすると、見覚えのある吸血鬼の女性とすれ違う。
「あれ? まさかアンタは
「あっ、舞姫ちゃん、それに咲ちゃんじゃん!
やっと会えた♪」
弥生が嬉し泣きで、わたしと舞姫にハグをする。
……無理もない。
あの穴から落ち、半日かけて、この異世界で、ようやく三人は合流できたからだ。
「もしかして、今、あのレジにいるのは、あの
「そうだけど……?」
「アンタもなかなかやるわね」
「えっ……そんなんじゃないわよ」
「いや、どう見ても、二人っきりのデートやん」
「もう、舞姫ちゃん、あまりからかわないで。デートと言っても、雰囲気だけだから。本当に勘弁してよ……」
弥生が苦笑いしながら、コンビニの袋からパンを取り出す。
それは彼女が、昔から好きなタマゴサンドだった。
そして、後ろの自動ドアを開け、緑色の体のゴブリンがちょこまかと、こっちにやって来る。
背丈は低く、多少目つきが鋭いが、その鼻の下が特徴的なイケメン面からに、こちらが噂の繁のようだ。
そんな彼が袋から取り出したのは、レンジで温めたばかりの包装紙で、三角の紙袋に包まれていたホカホカのシャケおにぎり……。
……えっ、弥生と同じ食べ物じゃない。
パンとおにぎりという、両極端な組合せ?
普通、仲が良いなら、食事の統一はしないのか?
何だ、このカップル? の協調性のない異様なライフスタイルは?
しかも、カップル(だよね?)のはずなのに、お互い割り勘ときたものだ……。
……というか、ここのコンビニは、わざわざおにぎりも温められるんだ。
まるで、お弁当の温めみたいだな……。
「──それにしても、田舎設定な異世界だけあって、星がよく見えて綺麗だね……」
弥生が耳に重なる長い髪をかきあげ、タマゴサンドをおしとやかに食べている。
「……しかし、アンタら、よく無事だったわね?」
確かに舞姫のいう通りだ。
これまでわたしと舞姫は、様々なモンスターと出会ってきた。
スライムゼリー、ゴブリン、ガーゴイル、おまけにトロールなどと、わたしと舞姫が相手にした怪物だけでも、多くの数との死闘を繰り広げてきたのだ。
それなのに、あの二人は防具や体には傷ひとつもなく、平然としているのは、どうしてだろう……。
「……そうだね。私達の時は、気配は何となく感じていたけど、モンスターは全然出てこなかったよ?」
「えっ、ガチで?」
要するにわたしと舞姫が、先回りしてモンスターを片っ端から退治したから、後から続いた弥生組は、厳しい戦闘による苦脳は一回もなく、余裕で移動して来たらしい。
これはわたし達の努力の
ここは舞姫との二人の
「さてと、今晩はここで野宿になりますね」
「咲ちゃん、一緒に寝ようね♪」
わたしの発言に、弥生が『きゃっ♪』と片腕に飛びつく。
そんな弥生の可愛らしさに、女ながら、ちょっとキュンとした。
並み居る男どもが、彼女にときめくのも分かるような気がする。
──さて、今や女性がするアウトドアがブームで、電気や水のある当たり前な生活から一点して、全くのゼロから挑む、アウトドア風な体験の始まり。
いささか女性のみでは、防犯の対策も頭の隅で考えないといけないが、今回は男手の繁がいるから、大丈夫だろう。
「しかし、咲が驚いたのは、この世界でも現実と同じお金が使える所ですね」
「そうそう、アニメイドでの軍資金が役にたったわね」
「……僕は無駄遣いはしたくないな。ずっと欲しかった品物があるからさ」
「……繁君、それ何かな。やっぱ、エッチぃやつかな?」
その言葉を口にした弥生自身が、顔を両手で覆いながら、恥ずかしげな素振りをする。
「男の子も複雑ですね」
「だよね。僕はもうタマラン~! みたいな思春期の逃れられない宿命だよね!」
「おい、お前ら、勝手に納得するなよ!」
繁が鬼のような
「「きゃー、舞姫さんタスケテー。ケダモノに襲われるぅー!」」
わたしと弥生がハモりながら、都合よく
そうこうしてる間に、いつのまにか
飯ごうに水と米をいれて、着火材と一緒の薪に火をつけ、その飯ごうを火の
持参した木のまな板を利用して人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉などを手際よくトントンと、リズミカルな音を立てて切って、水の入った鍋へと入れていく。
その大きなアルミ色の鍋の隣には、長方形の黄色な箱が置いてある。
それから推測して、どうやらキャンプ場の定番のカレーライスを作っているようだ。
「へぇー、舞姫ちゃん。料理上手なんだね」
「これはトリビアだな。
あの『深けえ~、深けえ~』の音声入りボタンが欲しいよな」
「ところで何で、あのテレビ放送、終わったんだろうね?」
「寿司と一緒でネタ切れは怖しだな」
繁と弥生によるボケなツッコミのクロスカウンターが、舞姫の手前で炸裂する。
「……お前ら、横でふざけてる暇あるんなら、ちったあ、手伝えやぁぁー!!」
舞姫が東北地方の伝統行事にあたる、なま○げ祭りの再来のように、ぎらついた包丁を動かす手を止めて、逆ギレする。
だけど、相変わらずわたしを含めた三人とも、お茶らけた会話ばかりで調理にはノータッチ。
それを無視して、一人かやの外で支度をしている舞姫。
彼女が怒るのも無理もない……。
こうして四人仲良く調理? をして、満天の星空の下で団らんを囲んだのだった……。
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(
星空の
食事を終え、みんながテントで寝静まっている最中、一人でたき火の番をしていた僕の隣に、一人の女性がチョコンと、遠慮気味に座る。
名前は確か、弥生さんの友達の
「春賀さん、明日は早いよ。こんな時間まで起きていて、大丈夫なのかい?」
僕が身につけてる黒のアナログ腕時計は、すでに夜中の23時を指している。
やたらと肌を露出した、雷衣装のペッタン
「繁。少しお話があります」
「ははっ、告白なら勘弁してよ。僕にはすでに意中の人がいるからさ」
「……例え、その人が、この世にいなくてもですか?」
僕は笑いをひきつらせ、春賀さんの方を向く。
本当にアイツは、色々とお喋りが過ぎる……。
「……春賀さん、さては舞姫から、何かを吹き込まれたな?」
「わたしのことは咲と呼んでください。
それから茶化さないで下さい。真剣な話です」
「……何だよ?」
「彼女、いや、
「はぁ? 生きてる……?」
僕はたき火で温めた、銀の鍋に入ったホットミルクを、熊のデザインのマグカップに注ぎ、咲ちゃんに手渡す。
「……熱いから気をつけて」
『ありがとう』と、素直に
そうして僕は、再び彼女の話に向き合う。
「はっはっはっ。
そんなわけないじゃないか。
「でも咲は今日、この世界で
「……ただの見間違えだよ」
「いえ、咲がゴブリンにやられる前に、光魔法で私を助けてくれました。
……円は命の恩人です」
「つまり、何かお礼がしたいのか……?
……でも円とは限らないよ?」
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──そう、彼女が生きているという、夢見ごとは信じない。
僕は冷たくなった脱け殻の薬指に、銀の指輪をはめた、あの頃から誓ったからだ。
君との出会いは大切にしたい。
この世から生を受けなくなっても、永遠の愛を誓うことを約束した。
もう、どんな素敵な女性が現れて、アプローチされても、僕の一途な想いは揺るがない。
あの永久の眠りについた円の冷たい指にはめたエンゲージリングに、想いを
もし、円が生きていたら、どうするか、僕の答えはすでに決まっている。
だから、もう一度きちんと話をしたい。
この何年も秘めている、切ない片想いの物語に終止符をうつために……。
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「……分かった。お礼の件は、こっちでも考えてみる。
──でも僕からの頼みもある。
……咲ちゃん、今度は僕にも、円に会わせて欲しい」
「……了解しました。マスター」
「ははっ、
「確かフェ○ツ・ナイトというアニメ作品からですね」
「なるほど、テイバーの名台詞か。
意外だな。咲ちゃんもアニメに詳しいんだね」
それから僕達は、あの人気アニメの話を楽しく話し終え、僕はたき火の調子を見ながら、僅かに残った手元の枯れ木を投げ入れる。
そろそろ、この炎も消え入りそうだ。
「じゃあ、咲ちゃん、もう遅いから、おやすみ」
「はい、おやすみなさいです」
僕は咲ちゃんが、再度テントに戻るのを確認して、胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
「もし、それが本当なら凄いよな。
毎回、円のサプライズには驚かされるよな……」
くせ毛のパーマの黒髪をなびかせながら、彼女らしくもなく、こちらに向かって清楚に笑う写真の姿が、胸をきつく掴んで、離さなかった……。