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(
僕が在学している、
この高校にも飛び級制度がある。
飛び級とは、高校に二年以上在学して、なおかつ、一つの学科で、優秀な成績を修めた者だけが利用できる制度。
ざっくばらんに言うと、高校の途中で大学に進める制度である。
しかし、優秀な成績とは、テストの点でひたすら満点という意味ではない。
海外などの国際社会に関わり、ずば抜けた学業を手にして、スポーツなどで日本の高校を圧倒した、素晴らしい素質を持った者が得られる特権である。
海外ではさておき、まだ日本の高校では実績経験はあまりない。
また、もし飛び級で大学に入学できると言われても、実際に入学を認めてくれる日本の大学は極端に少ない。
ここら辺で、飛び級が許される有名な大学は、
僕の幼馴染みの
円は昔から運動神経に長けており、特に水泳の競技大会で数々の賞をとり、海外のスポーツ界にも進出。
その優れた自由型のクロールは、数多くのスポーツ業界を釘付けにした。
そんな円になぜ、それほどまでに水泳に打ち込むのが好きなのか、一度だけ理由を訊いてみたことがある……。
◇◆◇◆
(繁回想シーン)
「うーん。何ていうかさ。
「……そうだな。危ないから、即座に通報して、救急隊員に頼むかな」
「ノンノン」
ちっちっと軽く舌打ちしながら、ひとさし指を左右に振る円。
「人任せじゃなく、その場で助けないと駄目だよ。人の命がかかってるんだから」
「……いや、普通に考えたら、一緒に溺れるだろ」
「だから、それを可能にするために、水泳で、私は頑張っているんだよ。
……繁ちゃんも、水泳部に入部すればいいじゃん。きっとこの良さが分かるよ」
「うーん。そうだな。僕も少し考えてみるか」
「もう、焦れったいんだから。
男の子でしょ。考えるより、行動するのが肝心よ」
円がどこからともなく、入部届けの紙を出して、僕に赤のボールペンを握らせる。
なぜボールペンなのか。
鉛筆とは違い、その場で消させないためだろうか。
しかも赤色というのも気になる。
ふふっ。
だが、こんな事もあろうかと、僕は修正ペンを持ってきてるぞ。
「……じゃあ、考えよりも、行動に移す円は、オトコ女と言うことなのか……」
「もう、繁ちゃん、何言ってるの。
これは言葉のアヤだよ。しみじみと語らないでよね!」
半分キレ気味な円から、問答無用でボコられる。
「……わっ、分かったから、石を握ったグーで、僕をボコボコ殴るなよ。痛いじゃんか」
「……そっか、マゾな繁ちゃんは、メリケンサックで叩く方がお好みか……」
「それ、もっと悪いからさ!?」
冗談はよしてくれ。
そんな鋭利な武器でやられたら、命に関わる。
僕は心底から、生死をさまようところだった……。
◇◆◇◆
──
飛び級により高校二年の卒業式の日。
他の三年生に混じって式を迎える円は、紅一点な存在で、僕から見ても輝いて映った。
式に参加した同級生からの憧れや、歓喜な視線に対して、彼女は
彼女は、まさに完璧な女性で、隙がなかった。
その彼女が唯一、隙を見せるのは、周りに知り合いがいない時を察した、僕の前だけだった。
「円、二年間おつかれさん」
卒業証書の入った紺色な筒を胸に抱き、同級生の女子と記念写真を撮っていた円に、
「もう、繁ちゃん。
「それが上手い具合にならないのが、人生というものだ」
「……ぷっ、繁ちゃん。何かジジクサイよ。ひょっとして頭から白髪生えた?」
「……かっ、からかうなよ。僕はいつだって、大真面目だぞ」
「だから普通、そこは自分で真面目だとか言わないよ」
すると、円が僕の耳元に近寄る。
「……心配しないで。遠くに行くわけじゃないから」
僕へとにこにこと微笑み、そのまま優しくハグしてくる。
「ずっと、ずっと、一緒だから……」
それを聞いた僕の瞳から、温かい感情がこぼれだす。
「千春大学に進学しても、繁ちゃんの近所で暮らすから大丈夫。
……だから、私の夢も応援しててね」
円の将来の夢。
それは救急救命士。
まさに人助けが好きな彼女らしい。
大好きな水泳も、大学のサークル活動で続けると話してくれた。
彼女は水泳選手としてでも、売れそうな予感だったが、それはあくまでも趣味。
円はそれを救助に活かし、少しでも
そうしたら、過去に起きたあの酔狂者による、ビルの爆破事故も防げるかも知れないからと……。
……今度はその事件が、水の近くで起きても、犠牲者が未然に防げて、多くの人の身の安全を確保できる可能性だってある。
川や海などの土砂災害による、二次災害に巻き込まれたらなおさらだ。
もうあんな風に両親を失い、嘆き悲しむのは僕だけで十分だと……。
円はきっぱりと言った。
繁ちゃんは存分に闘ったと……。
だから、もうこれ以上、子供に不慮の事故で、愛する肉親を失う時間を過ごさせたくない。
子供は親がいてなんぼだ。
子供には、かけがえのない人生に寄り添ってくれる親が必要だと……。
「円、まどか……」
「うん、今は存分に泣いていいよ」
周りの生徒の目も気にせず、僕はひたすら抑えきれない感情をぶつけた。
そんな僕に円は、赤子を泣き止めるように、僕の頭をよしよしと撫でる。
わんわんと年甲斐もなく泣きじゃくる僕にとって、彼女は母親のような存在で、女神のような愛で満ちていた。
「私が正式に車の免許とったら、一緒に繁ちゃんのご両親のお墓参りにいこ。
あそこは遠いから、まだ二人で行ったことないでしょ」
──やまなしにいる遠方の実家の土地に、僕の両親は眠っている。
両親が亡くなった当初は、よく叔父さんとお墓に行っていたが、最近は叔父さんとも疎遠になり、高校に入ってからは、まだ一度も参っていない。
「ねっ♪」
彼女は意味深に、そう問いかけ、僕の肩をそっと叩く。
「だから、もう泣かないの。男の子は強くなくちゃ」
「……円。ごめん」
「頑張れ。男の子♪」
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紅円、17歳。
まだ学生だけど、心は立派な大人の母性愛にちなんだ考え。
肉親がいない僕は、甘えられる場所が彼女であることを、改めて認識させられた。
そうこう考える場所に、この空間に一筋の亀裂が入る。
「まだだ、まだ、このままでいさせてくれよ!」
僕の叫び声は届かず、段々とその空間が裂けていき、辺りが光に覆われていった……。
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(繁side)
「──朝か。いつの間にか寝てたのか」
どうやら眠りについていたらしい。
記憶が
僕はゆっくりと体を起こした。
「繁君。大丈夫、何かうなされていたけど?」
「のわっ、
「きゃっ、どうしたの?」
そりゃ、目が覚めて周りが薄暗くて、自分の枕元に予期せぬ人がいたら、誰だって驚く。
「本当に大丈夫?」
「……いや、ちょっと悪い夢を見ていただけだよ」
僕は空っぽの脳ミソを震わせながら、現状を理解しようとする。
緑の蛍光色に彩られたテントの中にいて、ご丁寧に、クリーム色のブランケットまで被せられていた。
「……あのさ、僕はどうやってここまで?」
「うん、私の魔法で、ちょちょいと運んだよ。こんな感じに」
弥生さんが足元にあった紙屑を拾い、それを手のひらで浮かしてみせる。
そういえば彼女は、風の魔法を操れるのだった。
「弥生さん。今、何時くらいだろう?」
「うーん。よく分からないけど、もう外は明るいよ」
僕はテントから抜け出した。
確かに明るい。
彼方にある霧に潜む、山の日の出からして、朝になったばかりのようだ。
異世界で過ごした初めての夜、そして、二日目にあたる朝日。
この世界は現実世界とリンクしている。
ならば、次は学校に行き、事の真相を確かめないと。
「
どこからか姿を現した、白のエプロンドレスを着た
「そんなせかせかして、何を急いでんのかいな。朝はきちんと食べんと元気でんよ」
舞姫が即席のたき火で、目玉焼きとベーコンを焼きながら、僕の口に焼きたての食パンを入れこむ。
「ホガホガ、アディー!?」
「こらこら。口に物が入ってるのに、喋らんといてね」
「まったく、年長者さんの割りには、お行儀が悪いですね。
いや、舞姫が勝手な事をしたのだからね?
普通、人の口の中に、強引に物を入れるかな?
僕は郵便ポストじゃないぞ?
「とりあえず、繁君も座って食べようか」
弥生さんがそんな僕の手を取り、草原に広げた青のレジャーシートに座らせる。
今日も澄みわたるような青空で、いい天気だ。
ほんわかと暖かい風が心地よい。
弥生さんが
ほんのり苦くて甘い、青春の味がした。
「繁たん。焦ったって、何も浮かばんよ。腹を満たしてから考えんと」
僕のかじりかけのトーストを置いた皿に、いい焼き加減な目玉焼きと、ベーコンをのせる舞姫。
この食材も、あのコンビニから調達したのだろうか。
彼女たちは、アニメイドでお金を使うとか言っていたが、一体いくら持ち合わせているのか?
最近の女学生はお金持ちだ。
そんなに何か、稼げるバイトをしているのだろうか?
「では、食べながらで失礼だけど、作戦会議をするよ」
朝食を食べた口の汚れを、手持ちのハンカチで拭き、気を持ち直した僕に、舞姫からスケッチブックと黒マジックを手渡される。
そして、無我夢中で、その紙にイラストを書き始めた。
「僕らは四人とも無事で合流もできた。
そして、今はトンデンランドにいる」
ぷぷっ。
だけど、当の三人は、
「……ねっ、繁君に任せて良かったでしょ」
「くっくっくっ、確かに超下手やわ」
「いえ、これは才能がありますよ。あのピカリ画伯に並ぶべきかと」
「咲ちゃん。それ、誉め言葉かいな?」
「いえ、咲の率直な感想を述べたまでです」
「咲ちゃん、パネェーゲスやわ」
何か三人とも、僕を見てケタケタと笑っている。
いや、彼女達の視線を追うと、正確には僕の書いたイラストを見て、お笑いのような反応をしているようだ。
失礼だが、僕は過去にイラスト部門で、県大会まで登りつめた事もあるんだぞ……。
まあ、いいか。
そのうち、僕のイラストセンスに気づいたプロの方から誘われて、商業誌デビューも夢じゃない。
その時は意地でも、サインなんかしてやるもんか。
「それでこれから僕達は、学校に向かおうと思う」
「あの星屑修二学園かいな。アッコに何かあるん?」
舞姫がフォークで、目玉焼きをつつきながら聞いてくる。
「トンデンランドで目立つ建物はそこしかない。多分、タケシはここで僕らを待ってるはずだよ」
スケッチブックを見せながら説明するが、彼女たちは僕の説明など上の空で、仲間通しでキャイキャイとはしゃいでいる。
「ようやくゴールが見えてきたね♪」
「弥生、何か楽しそうですね」
「うん。やっとみんなに会えたからかな。遠足みたいな気分だよね♪」
「……やはり、大人しい繁とのデートは不満でしたか……」
「……で、弥生たん、ついに我慢できんで、性欲爆発して押し倒したそ?」
「違うわよ。何でそうなるのよ!?」
からかうような二人の態度を押しのけ、僕を見つめて、屈託もなく笑う弥生さん。
「繁君。最後まで頑張ろうね」
僕には彼女のその励まし方が、あの円に似ていて、胸が切なくなるばかりだった……。