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B5章 激震が及ぶ世界と秘めていた鼓動

第B−19話 胸が切なくなるばかり

****


しげるside)


 僕が在学している、星屑修二ほしくずしゅうじ学園私立高等学校。


 この高校にも飛び級制度がある。


 飛び級とは、高校に二年以上在学して、なおかつ、一つの学科で、優秀な成績を修めた者だけが利用できる制度。


 ざっくばらんに言うと、高校の途中で大学に進める制度である。


 しかし、優秀な成績とは、テストの点でひたすら満点という意味ではない。


 海外などの国際社会に関わり、ずば抜けた学業を手にして、スポーツなどで日本の高校を圧倒した、素晴らしい素質を持った者が得られる特権である。


 海外ではさておき、まだ日本の高校では実績経験はあまりない。


 また、もし飛び級で大学に入学できると言われても、実際に入学を認めてくれる日本の大学は極端に少ない。


 ここら辺で、飛び級が許される有名な大学は、千春ちはや大学くらいだ。


 僕の幼馴染みのまどかは、まさに大学への飛び級で、この学校を卒業した、数少ない生徒の一人だ。


 円は昔から運動神経に長けており、特に水泳の競技大会で数々の賞をとり、海外のスポーツ界にも進出。


 その優れた自由型のクロールは、数多くのスポーツ業界を釘付けにした。


 そんな円になぜ、それほどまでに水泳に打ち込むのが好きなのか、一度だけ理由を訊いてみたことがある……。


◇◆◇◆


(繁回想シーン)


「うーん。何ていうかさ。

しげるちゃんは、大雨の災害にあってさ、目の前の増水した川で溺れてる人がいたらどうする?」

「……そうだな。危ないから、即座に通報して、救急隊員に頼むかな」

「ノンノン」


 ちっちっと軽く舌打ちしながら、ひとさし指を左右に振る円。


「人任せじゃなく、その場で助けないと駄目だよ。人の命がかかってるんだから」

「……いや、普通に考えたら、一緒に溺れるだろ」

「だから、それを可能にするために、水泳で、私は頑張っているんだよ。

……繁ちゃんも、水泳部に入部すればいいじゃん。きっとこの良さが分かるよ」

「うーん。そうだな。僕も少し考えてみるか」

「もう、焦れったいんだから。

男の子でしょ。考えるより、行動するのが肝心よ」


 円がどこからともなく、入部届けの紙を出して、僕に赤のボールペンを握らせる。


 なぜボールペンなのか。

 鉛筆とは違い、その場で消させないためだろうか。


 しかも赤色というのも気になる。


 ふふっ。

 だが、こんな事もあろうかと、僕は修正ペンを持ってきてるぞ。


「……じゃあ、考えよりも、行動に移す円は、オトコ女と言うことなのか……」

「もう、繁ちゃん、何言ってるの。

これは言葉のアヤだよ。しみじみと語らないでよね!」


 半分キレ気味な円から、問答無用でボコられる。


「……わっ、分かったから、石を握ったグーで、僕をボコボコ殴るなよ。痛いじゃんか」

「……そっか、マゾな繁ちゃんは、メリケンサックで叩く方がお好みか……」

「それ、もっと悪いからさ!?」


 冗談はよしてくれ。

 そんな鋭利な武器でやられたら、命に関わる。


 僕は心底から、生死をさまようところだった……。


◇◆◇◆


 ──紅円くれないまどか。17歳。

 飛び級により高校二年の卒業式の日。


 他の三年生に混じって式を迎える円は、紅一点な存在で、僕から見ても輝いて映った。 


 式に参加した同級生からの憧れや、歓喜な視線に対して、彼女は全貌ぜんぼうな冷静なたたずまい。


 彼女は、まさに完璧な女性で、隙がなかった。


 その彼女が唯一、隙を見せるのは、周りに知り合いがいない時を察した、僕の前だけだった。


「円、二年間おつかれさん」


 卒業証書の入った紺色な筒を胸に抱き、同級生の女子と記念写真を撮っていた円に、ねぎらいの言葉をかける。


「もう、繁ちゃん。大袈裟おおげさだよ。頑張れば、叶わない夢はないよ」

「それが上手い具合にならないのが、人生というものだ」

「……ぷっ、繁ちゃん。何かジジクサイよ。ひょっとして頭から白髪生えた?」

「……かっ、からかうなよ。僕はいつだって、大真面目だぞ」

「だから普通、そこは自分で真面目だとか言わないよ」


 すると、円が僕の耳元に近寄る。


「……心配しないで。遠くに行くわけじゃないから」


 僕へとにこにこと微笑み、そのまま優しくハグしてくる。


「ずっと、ずっと、一緒だから……」


 それを聞いた僕の瞳から、温かい感情がこぼれだす。


「千春大学に進学しても、繁ちゃんの近所で暮らすから大丈夫。

……だから、私の夢も応援しててね」


 円の将来の夢。


 それは救急救命士。

 まさに人助けが好きな彼女らしい。


 大好きな水泳も、大学のサークル活動で続けると話してくれた。


 彼女は水泳選手としてでも、売れそうな予感だったが、それはあくまでも趣味。


 円はそれを救助に活かし、少しでも沢山たくさんの人を助けたいと、心から願っていた。


 そうしたら、過去に起きたあの酔狂者による、ビルの爆破事故も防げるかも知れないからと……。


 ……今度はその事件が、水の近くで起きても、犠牲者が未然に防げて、多くの人の身の安全を確保できる可能性だってある。


 川や海などの土砂災害による、二次災害に巻き込まれたらなおさらだ。


 もうあんな風に両親を失い、嘆き悲しむのは僕だけで十分だと……。


 円はきっぱりと言った。

 繁ちゃんは存分に闘ったと……。


 だから、もうこれ以上、子供に不慮の事故で、愛する肉親を失う時間を過ごさせたくない。


 子供は親がいてなんぼだ。

 子供には、かけがえのない人生に寄り添ってくれる親が必要だと……。


「円、まどか……」

「うん、今は存分に泣いていいよ」


 周りの生徒の目も気にせず、僕はひたすら抑えきれない感情をぶつけた。


 そんな僕に円は、赤子を泣き止めるように、僕の頭をよしよしと撫でる。


 わんわんと年甲斐もなく泣きじゃくる僕にとって、彼女は母親のような存在で、女神のような愛で満ちていた。


「私が正式に車の免許とったら、一緒に繁ちゃんのご両親のお墓参りにいこ。

あそこは遠いから、まだ二人で行ったことないでしょ」


 ──やまなしにいる遠方の実家の土地に、僕の両親は眠っている。


 両親が亡くなった当初は、よく叔父さんとお墓に行っていたが、最近は叔父さんとも疎遠になり、高校に入ってからは、まだ一度も参っていない。


「ねっ♪」


 彼女は意味深に、そう問いかけ、僕の肩をそっと叩く。


「だから、もう泣かないの。男の子は強くなくちゃ」

「……円。ごめん」

「頑張れ。男の子♪」


****


 紅円、17歳。


 まだ学生だけど、心は立派な大人の母性愛にちなんだ考え。


 肉親がいない僕は、甘えられる場所が彼女であることを、改めて認識させられた。


 そうこう考える場所に、この空間に一筋の亀裂が入る。


「まだだ、まだ、このままでいさせてくれよ!」


 僕の叫び声は届かず、段々とその空間が裂けていき、辺りが光に覆われていった……。


****


(繁side)


「──朝か。いつの間にか寝てたのか」


 どうやら眠りについていたらしい。


 記憶が曖昧あいまいだが、無意識のうちに眠っていたのだろう。


 僕はゆっくりと体を起こした。


「繁君。大丈夫、何かうなされていたけど?」

「のわっ、弥生やよいさん!?」

「きゃっ、どうしたの?」


 そりゃ、目が覚めて周りが薄暗くて、自分の枕元に予期せぬ人がいたら、誰だって驚く。


「本当に大丈夫?」

「……いや、ちょっと悪い夢を見ていただけだよ」


 僕は空っぽの脳ミソを震わせながら、現状を理解しようとする。


 緑の蛍光色に彩られたテントの中にいて、ご丁寧に、クリーム色のブランケットまで被せられていた。


「……あのさ、僕はどうやってここまで?」

「うん、私の魔法で、ちょちょいと運んだよ。こんな感じに」


 弥生さんが足元にあった紙屑を拾い、それを手のひらで浮かしてみせる。


 そういえば彼女は、風の魔法を操れるのだった。


「弥生さん。今、何時くらいだろう?」

「うーん。よく分からないけど、もう外は明るいよ」


 僕はテントから抜け出した。

 確かに明るい。


 彼方にある霧に潜む、山の日の出からして、朝になったばかりのようだ。


 異世界で過ごした初めての夜、そして、二日目にあたる朝日。


 この世界は現実世界とリンクしている。


 ならば、次は学校に行き、事の真相を確かめないと。


まちぃーや、繁たん」


 どこからか姿を現した、白のエプロンドレスを着た舞姫まいひめが、僕を呼び止める。


「そんなせかせかして、何を急いでんのかいな。朝はきちんと食べんと元気でんよ」


 舞姫が即席のたき火で、目玉焼きとベーコンを焼きながら、僕の口に焼きたての食パンを入れこむ。


「ホガホガ、アディー!?」

「こらこら。口に物が入ってるのに、喋らんといてね」


「まったく、年長者さんの割りには、お行儀が悪いですね。さきの前で、はしたないです」


 いや、舞姫が勝手な事をしたのだからね?

 普通、人の口の中に、強引に物を入れるかな?


 僕は郵便ポストじゃないぞ?


「とりあえず、繁君も座って食べようか」


 弥生さんがそんな僕の手を取り、草原に広げた青のレジャーシートに座らせる。


 今日も澄みわたるような青空で、いい天気だ。


 ほんわかと暖かい風が心地よい。


 弥生さんがれてくれたマグカップを手に持ち、僕は落ち着きを取り戻し、存分にコーヒーの味を満喫する。


 ほんのり苦くて甘い、青春の味がした。


「繁たん。焦ったって、何も浮かばんよ。腹を満たしてから考えんと」


 僕のかじりかけのトーストを置いた皿に、いい焼き加減な目玉焼きと、ベーコンをのせる舞姫。


 この食材も、あのコンビニから調達したのだろうか。


 彼女たちは、アニメイドでお金を使うとか言っていたが、一体いくら持ち合わせているのか?


 最近の女学生はお金持ちだ。

 そんなに何か、稼げるバイトをしているのだろうか?


「では、食べながらで失礼だけど、作戦会議をするよ」


 朝食を食べた口の汚れを、手持ちのハンカチで拭き、気を持ち直した僕に、舞姫からスケッチブックと黒マジックを手渡される。


 そして、無我夢中で、その紙にイラストを書き始めた。


「僕らは四人とも無事で合流もできた。

そして、今はトンデンランドにいる」


 ぷぷっ。


 だけど、当の三人は、かゆいものに手が届かないように、必死に笑いを堪えていた。


「……ねっ、繁君に任せて良かったでしょ」

「くっくっくっ、確かに超下手やわ」

「いえ、これは才能がありますよ。あのピカリ画伯に並ぶべきかと」


「咲ちゃん。それ、誉め言葉かいな?」

「いえ、咲の率直な感想を述べたまでです」

「咲ちゃん、パネェーゲスやわ」


 何か三人とも、僕を見てケタケタと笑っている。


 いや、彼女達の視線を追うと、正確には僕の書いたイラストを見て、お笑いのような反応をしているようだ。


 失礼だが、僕は過去にイラスト部門で、県大会まで登りつめた事もあるんだぞ……。


 まあ、いいか。


 そのうち、僕のイラストセンスに気づいたプロの方から誘われて、商業誌デビューも夢じゃない。


 その時は意地でも、サインなんかしてやるもんか。


「それでこれから僕達は、学校に向かおうと思う」

「あの星屑修二学園かいな。アッコに何かあるん?」


 舞姫がフォークで、目玉焼きをつつきながら聞いてくる。


「トンデンランドで目立つ建物はそこしかない。多分、タケシはここで僕らを待ってるはずだよ」


 スケッチブックを見せながら説明するが、彼女たちは僕の説明など上の空で、仲間通しでキャイキャイとはしゃいでいる。


「ようやくゴールが見えてきたね♪」

「弥生、何か楽しそうですね」

「うん。やっとみんなに会えたからかな。遠足みたいな気分だよね♪」


「……やはり、大人しい繁とのデートは不満でしたか……」

「……で、弥生たん、ついに我慢できんで、性欲爆発して押し倒したそ?」


「違うわよ。何でそうなるのよ!?」


 からかうような二人の態度を押しのけ、僕を見つめて、屈託もなく笑う弥生さん。


「繁君。最後まで頑張ろうね」


 僕には彼女のその励まし方が、あの円に似ていて、胸が切なくなるばかりだった……。







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