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(
僕達は、和やかな朝食を終えて、すぐさま学校のある場所へと移動した。
いつも通い慣れている場所だけあり、すいすいと足取りが軽やかだった。
青葉の茂った、桜並木の大通りの歩道を抜ける僕ら。
幸い、この異世界では、歩行者が用心するような車という代物はないようだ。
それに通行人にも、正式な人の姿はなく、モンスターなどに仮装した人間しかいない。
これには現実世界と同じ作りなうえに、謎な部分もあった。
それとも、あの宇宙人親子が、地球の乗り物や、人間の考えなどをうまく表現しきれなかったのか?
この世界の真相は、闇に包まれていた……。
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……そして、辿り着いた目的地。
「何やね、この雰囲気は?」
その学校は現実世界の建物とは違い、漆黒に彩られていたからだ。
校舎も運動場も、すべて闇に染まっている。
さらに、周りは薄い霧が立ちこめていた。
まるで誰も、この学校には入らせないバリケードの空間のように……。
……一瞬、僕らは場所を間違えたのかと思ったが、何度、門の表札で確認しても、『
最後の文字が♪ なのは、タケシによるお茶目なイタズラだろうか?
やがて、僕らが黒いブロックを積み重ねた校舎前に来たとき……。
『へーい。よくここまで来たね』
そこには、あのタケシが地べたにあぐらをかいて、透明なパックに入ったわらび餅を苦戦しながら箸で刺し、のほほん? と待っていた。
「来たね、じゃねーえわよ。このー、何度もアタイらをアブねー目に会わせてからに!」
舞姫がタケシに怒声を浴びせる。
彼女が怒鳴るのも無理もない。
今まで何とかモンスターを倒してきたらしいが、一歩間違えてやられたら、現実世界でも命を亡くすことになる。
この宇宙人はそれを認識した上で、手のひらで僕らを転がしていた。
人生ゲームのすごろくで常に1ばかりが出て、毎回嫌な命を捧げたイベントづくし。
そこにはモンスターが出たから、一回戻る。
まさに、にっちもさっちもいかない無限ループだった。
僕らからしては、ただの嫌がらせではすまない……。
「苦戦してるようだね。繁ちゃん!」
「どうしたんだい。マイハニー達よ♪」
そこへ、カメレオンとトラの二人がひょっこりと顔を出す。
その異様な組み合わせより、カメレオンは僕には不明だが、トラの呼び方に対してのちゃん付けに我が目を疑う。
僕が知っている相手で、僕の名前を
「……まさか、
「あらら、姿が違っても、一発で分かるものなんだ?」
円と呼ばれたトラが、僕の前に立つ。
「繁ちゃん、しばらく見ない間に、また大きくなったね」
「円、どうしてこんな所に?」
「詳しい話は後だよ。とりあえずここから脱出したいんでしょ」
ふと、円が後ろを振り向くと、そこには弥生さんが困惑気味で、僕と円を見つめていた……。
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(
(あの円が僕の前にいる。これは夢みたいだ……)
私は、そんな繁君の心の声を聞いて、
──円とは誰なの?
私には全然ふってくれなかった心の話。
一人の女として、気になるのも当然だ。
「あなたは繁君の何なのよ!」
私は円に思わず、大声を張り上げていた。
「ちょっと弥生さん、彼女は幼馴染みであって……」
「そんなこと、言われなくても分かるわよ!」
「分かるも何も、僕は何も言ってないよ?」
「……何よ、私にはすべてお見通しなのよ!」
繁君に食ってかかる私。
もう何もかもバレてもいいや。
私が本気になったら、人の心が読める能力なんて、今さら何の役に立つのか。
結局、色々知りすぎて、私の心は割れたガラスのように粉々で、その破片で体を
「大体、繁君は酷いよ……。私がビッチだから本気になれないの?
それより初めから、その円が好きで、私のことは弄んでいたの!」
「だから、円は近所に住んでいた友達でさ……」
「男と女の友達なんて、裏を返せば、恋人と似たようなものじゃん。
いつもデートばかりで、どうせもうある程度まで進んでるんでしょ!」
「違うよ、それは誤解だよ!
……それに円は、もうこの世には……」
『パチーン!』
私は繁君の頬を、怒りの感情のままにビンタした。
「言いわけなんて聞きたくない!
「弥生さん、違うよ。僕は……」
「……もう、最低、信じられないよ。
……蒼井君とは一緒にいられない。さよなら……」
私は涙ぐみながら、学校の敷地とは違う、外れた方向へと走り去る。
顔は
どんなに悲しみを拭っても、傷あとから滲んでくる想い。
ああ、これで何度目だろう。
さよなら、私の本気だった恋……。
「──弥生さん、待ってよ!」
後方から、彼が懸命に名前を呼んでいるが、私は振り向きもせず、この場所から立ち去った……。
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(繁side)
「弥生さん、だから違うんだ。待ってよ!」
『……いや、これは面白そうだから、先には行かせないよ』
タケシが大量の黒いレンガのブロックで、僕の目の前を封鎖する。
……そのブロックには見覚えがあった。
先ほど見た、校舎の壁の色。
それは学校の外側を固めた、塀にあたるレンガだった。
『嫉妬からくる、複雑に噛み合わない恋愛感情。
……あの女の子は、素敵な自由研究の材料になりそうだ。
……邪魔をするなら、今ここでコイツで滅びなよ』
すると、レンガが次々と上へと重なり、5メートルほどの巨大な人型ロボットのような姿へ変化する。
「繁たん、危ない、避けな!」
その巨体が放つ巨大なパンチを察して、舞姫が僕の体を突き飛ばす。
舞姫は、まともにそれの攻撃を受け、校舎の左側にある花壇へと吹っ飛んでゆく。
『まずは、一匹か。
「へへっ、タケシが言った通り、奴等をこの世界でうまく利用して倒したら、大金がもらえる話だからな!」
タケシが褒め称えると、ロボットのようなレンガから男の声がする。
レンガから響く、この嫌みのようなキザな台詞。
先のカメレオン顔な真琴に他ならない。
「あの巨体は、ゴーレムですね。
普段から攻撃と防御が強い割りには、思考回路が昆虫並みですが、それを補い、人間の力で内部から操作をする。
……これは考えたものです」
「……と言うことは、円達はタケシとグルなのか?」
「……そう考えたくはないですが、
咲ちゃんが、警戒しながら身構える。
攻防が優れていて、なおかつ好きなように操作できるとか、ゴーレムの盲点をついた最強のモンスターの誕生ではないだろうかと。
『じゃあ、僕は彼女を追うから。二人とも後始末は任せたよ』
ヒュルヒュルと、そうめんの糸のようになって、消えていくタケシ。
それの消え去る姿に応対して『イエッサ!』と敬礼する円。
「繁ちゃん、本当鈍いんだから。
私達がグルなんて気づくのが遅いわよ。
さあ、タケシの言う通りに作戦変更よ。
真琴、遠慮なくやっちゃって♪」
「アイアイサー、了解!」
円がゴーレムの頭に立ち、僕と咲ちゃんに殴りかかる。
その拳が地面を叩く度に、激しい振動と地鳴りがして、コンクリートにヒビが生えてゆく。
貴重な戦力の舞姫がいなくなった今、僕と咲ちゃんは逃げ回るしかなかった。
「ふふっ。いつまでそうやって逃げるつもりなの?
そんなんだから、繁ちゃんは私がいなくなっても、根性なしの
「よっ、余計な、おっ、お世話だ……!」
「それ、息も絶え絶えになった男の子が言う台詞かな?」
「真琴、ガンガンいっちゃえ~それそれそれ~♪」
僕と咲ちゃんは、ひたすら迫力のあるパンチを紙一重で避ける。
巨大な体ゆえに、パンチをしてくる感覚は鈍いからだ。
よく観察しておけば、余裕でかわせる。
だが、問題なのは、こちらから攻撃するタイミングだ。
下手をすれば、ゴーレムの体に乗っている円にまでダメージを受けてしまう。
また、僕の炎の魔法では黒焦げになりかねない。
ましてや、今日の朝に作戦を練った時に四人で明かしたうちの一人でもある、咲ちゃんの雷の魔法なんかは、円が避雷針になる恐れがあり、もってのほかだ。
これは何とかして、円をゴーレムから降ろさないと……今は下手な攻撃はできない。
そんなゴーレムのパンチを避けながら、咲ちゃんが僕の近くに戻ってくる。
「どうですか、あれは倒せそうですか?」
「……うむむ、初めて酒を覚えて
まだ酒とは無縁な関係。
未成年だが、ありえない感情をぶつけてみた。
えっ、例えが分かりにくい?
僕は、まだ駆け出しのひよこだぞ。
「繁たん。何を一人で呟いとん?」
「おわわっ!?」
横から、予想外な舞姫の顔が飛んでくる。
スペシャルサプライズにしては、心臓に悪い。
「あれの直撃を食らって、体は大丈夫なのかい?」
「心配せんで。とっさに水のバリアで防いだんよ」
確かに舞姫の言う通り、あちこちの服は破れてるが、体には傷はないようだ。
彼女自体、何事もなかったようにピンピンしている。
しかし、見えそうで見えない破れた服の格好に、
恐らく『でへへ……』と顔は緩み、鼻の下が伸びているだろう。
「繁たん。どこ見てんのよ、前々《まえまえ》!」
途端に僕の意識はゴーレムへと戻る。
その前を強烈なパンチが流れていく。
(……いや、待てよ、流れていく……?)
「……そうか、二人ともひらめいたぞ!」
「ようやくですか、
早速、聞かせてもらいましょうか」
「咲ちゃん、
……まあ、いいか。二人とも、とりあえず集まれ!」
……ごにょごにょ。
「……そんな単純な作戦で上手くいくでしょうか?」
オドオドしている咲ちゃんの背中を、僕はバシッと叩き、ゴーレムの前に押し出す。
「いや、咲ちゃん、もっと自信持って。円にお礼がしたいと、昨夜言ってたじゃん。期待してるよ」
「……ですが、心の準備が……」
「大丈夫。誠意を見せれば、きちんと伝わるよ」
「──繁たん。アタイはガチで構えとけばいいんやね?」
それに対して舞姫は、バレー選手のレシーブのような格好で、ガッチリと決めていた。
「マア、マイヒメモ、ガンバリナ♪」
「何なのさ、その投げやりな言い方。咲ちゃんとのこの差はなに!」
舞姫が突っかかるのを無視しながら、ゴーレムへと向き直る。
「じゃあ、頼んだよ♪」
「……繁たん、人の話を聞かんかい!
……まあ、いつものことだし、しょうがないか」
僕が後ろに下がる中、舞姫が咲ちゃんと進撃を始めた。
それからすぐさま、咲ちゃんがゴーレムのパンチをひらりと宙でかわし、上空から頭上にいる円に呼びかける。
「円さん、折り入って、大事な話があります」
「何かな? 今さら、
「いえいえ、そう言う意味ではありません。
あの時はゴブリンから、私を助けて下さり、ありがとうございます」
「はあっ? どうも……」
咲ちゃんの誠意のこもったお礼に、あのゴーレムの動きがピタリと止まる。
やっぱり、ゴーレムの中にいる真琴自身では動いてなく、円の命令を聞かないと動けないようだ。
恐らく、ゴーレムの頭に、電信関係の操作できるボタンなどが配置しているはず……。
その頭上を確認して僕に無言で、『ここにありますよ♪』と、指さしポーズを見せる咲ちゃん。
やっぱり、僕の読みは当たった。
「……それでお礼として、咲から粗品をプレゼントしたいのですが……とりあえずゴーレムから降りてきてもらえませんか?」
無理のない自然体で、地に降り立った咲ちゃんが、お菓子の詰め合わせのカラフルな水玉模様の紙の小包を取り出す。
「ありがとう。うん、いいよ。
……あっ、それは私が大好きなミキドのドーナツだ♪」
すると、嬉し顔の円が何の疑いもなしに、ひょこひょことゴーレムの腕を伝いながら、降りてくる。
そう、円の欠点は、誰ともフレンドリーに接する、その無邪気さと、甘い食べ物に弱い点。
長年、連れ添った、幼馴染みの性格を上手く利用したのだ。
そして、地面を進む円とゴーレムからの至近距離が、開いたのを認識して……、
「今だ、舞姫!」
「わぁーてるわよ。水よ、アイツを包み込めっ!」
舞姫の水の魔法で、操縦者を失ったゴーレムを水風船のように包む。
「ふっ、そんな蚊の鳴いたようなショボい攻撃が効くかよ。円ちゃん、悪いな。
今から手動操作に切り替えるぜ」
「はーい。私もチョコレートドーナツが食べたいから、了承するね~♪」
円は咲ちゃんに釣られ、呑気にお茶菓子を頬張る中、真琴の言う通り、水の魔法ではゴーレムはびくともしないようだ。
手動に切り替えた巨体が、そのままこちらに近づいてくる。
僕も炎で援護してもこのざまだ。
まあ、水に炎だから、水蒸気爆発しか起こせないが、その爆発でさえも、何ごともなく平然としている。
「……だが、これならどうだ。咲ちゃん!」
「でやああああっ!!」
そこへ、咲ちゃんの叫びによる雷の呪文で、水に包まれたゴーレムに、雷を浴びせる二段攻撃。
「はががががかままー!?」
この感電には、さすがに内部にいた真琴も、ただではすまないだろう。
「きゅうううう……」
しばらくして、ゴーレムの体から煙が吹き出し、後ろのハッチから、案の定、口から煙を吐きながら、まっ黒焦げになったカメレオン真琴が出てきたのだった……。