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第B−20話 要塞並みの防御力

****


しげるside)


 僕達は、和やかな朝食を終えて、すぐさま学校のある場所へと移動した。


 いつも通い慣れている場所だけあり、すいすいと足取りが軽やかだった。


 青葉の茂った、桜並木の大通りの歩道を抜ける僕ら。

 幸い、この異世界では、歩行者が用心するような車という代物はないようだ。


 それに通行人にも、正式な人の姿はなく、モンスターなどに仮装した人間しかいない。


 これには現実世界と同じ作りなうえに、謎な部分もあった。


 それとも、あの宇宙人親子が、地球の乗り物や、人間の考えなどをうまく表現しきれなかったのか?


 この世界の真相は、闇に包まれていた……。


****


 ……そして、辿り着いた目的地。


「何やね、この雰囲気は?」


 舞姫まいひめが、驚きを隠せないのも無理もない。


 その学校は現実世界の建物とは違い、漆黒に彩られていたからだ。


 校舎も運動場も、すべて闇に染まっている。


 さらに、周りは薄い霧が立ちこめていた。


 まるで誰も、この学校には入らせないバリケードの空間のように……。


 ……一瞬、僕らは場所を間違えたのかと思ったが、何度、門の表札で確認しても、『星屑修二ほしくずしゅうじ学園ハイスクール♪』と書いてある。


 最後の文字が♪ なのは、タケシによるお茶目なイタズラだろうか?


 やがて、僕らが黒いブロックを積み重ねた校舎前に来たとき……。


『へーい。よくここまで来たね』


 そこには、あのタケシが地べたにあぐらをかいて、透明なパックに入ったわらび餅を苦戦しながら箸で刺し、のほほん? と待っていた。


「来たね、じゃねーえわよ。このー、何度もアタイらをアブねー目に会わせてからに!」


 舞姫がタケシに怒声を浴びせる。

 彼女が怒鳴るのも無理もない。


 今まで何とかモンスターを倒してきたらしいが、一歩間違えてやられたら、現実世界でも命を亡くすことになる。


 この宇宙人はそれを認識した上で、手のひらで僕らを転がしていた。


 人生ゲームのすごろくで常に1ばかりが出て、毎回嫌な命を捧げたイベントづくし。


 そこにはモンスターが出たから、一回戻る。


 まさに、にっちもさっちもいかない無限ループだった。


 僕らからしては、ただの嫌がらせではすまない……。


「苦戦してるようだね。繁ちゃん!」

「どうしたんだい。マイハニー達よ♪」


 そこへ、カメレオンとトラの二人がひょっこりと顔を出す。


 その異様な組み合わせより、カメレオンは僕には不明だが、トラの呼び方に対してのちゃん付けに我が目を疑う。


 僕が知っている相手で、僕の名前をで呼ぶ人は生まれてこのかた、一人しかいない。 


「……まさか、まどかなのか?」

「あらら、姿が違っても、一発で分かるものなんだ?」


 円と呼ばれたトラが、僕の前に立つ。


「繁ちゃん、しばらく見ない間に、また大きくなったね」

「円、どうしてこんな所に?」

「詳しい話は後だよ。とりあえずここから脱出したいんでしょ」


 ふと、円が後ろを振り向くと、そこには弥生さんが困惑気味で、僕と円を見つめていた……。


****


弥生やよいside)


(あの円が僕の前にいる。これは夢みたいだ……)


 私は、そんな繁君の心の声を聞いて、唖然あぜんとする。


 ──円とは誰なの?


 私には全然ふってくれなかった心の話。

 一人の女として、気になるのも当然だ。


「あなたは繁君の何なのよ!」


 私は円に思わず、大声を張り上げていた。


「ちょっと弥生さん、彼女は幼馴染みであって……」

「そんなこと、言われなくても分かるわよ!」

「分かるも何も、僕は何も言ってないよ?」

「……何よ、私にはすべてお見通しなのよ!」


 繁君に食ってかかる私。

 もう何もかもバレてもいいや。


 私が本気になったら、人の心が読める能力なんて、今さら何の役に立つのか。


 結局、色々知りすぎて、私の心は割れたガラスのように粉々で、その破片で体をむしばんでいる。


「大体、繁君は酷いよ……。私がビッチだから本気になれないの?

それより初めから、その円が好きで、私のことは弄んでいたの!」

「だから、円は近所に住んでいた友達でさ……」

「男と女の友達なんて、裏を返せば、恋人と似たようなものじゃん。

いつもデートばかりで、どうせもうある程度まで進んでるんでしょ!」

「違うよ、それは誤解だよ!

……それに円は、もうこの世には……」


『パチーン!』


 私は繁君の頬を、怒りの感情のままにビンタした。


「言いわけなんて聞きたくない!

所詮しょせん蒼井あおい君も、他の男子と同じ単なるケダモノだったんだね……」

「弥生さん、違うよ。僕は……」

「……もう、最低、信じられないよ。

……蒼井君とは一緒にいられない。さよなら……」


 私は涙ぐみながら、学校の敷地とは違う、外れた方向へと走り去る。


 顔はうつむき、前を向く余裕さえもない。


 どんなに悲しみを拭っても、傷あとから滲んでくる想い。


 ああ、これで何度目だろう。

 さよなら、私の本気だった恋……。


「──弥生さん、待ってよ!」


 後方から、彼が懸命に名前を呼んでいるが、私は振り向きもせず、この場所から立ち去った……。


****


(繁side)


「弥生さん、だから違うんだ。待ってよ!」

『……いや、これは面白そうだから、先には行かせないよ』


 タケシが大量の黒いレンガのブロックで、僕の目の前を封鎖する。


 ……そのブロックには見覚えがあった。

 先ほど見た、校舎の壁の色。


 それは学校の外側を固めた、塀にあたるレンガだった。


『嫉妬からくる、複雑に噛み合わない恋愛感情。

……あの女の子は、素敵な自由研究の材料になりそうだ。

……邪魔をするなら、今ここでコイツで滅びなよ』


 すると、レンガが次々と上へと重なり、5メートルほどの巨大な人型ロボットのような姿へ変化する。


「繁たん、危ない、避けな!」


 その巨体が放つ巨大なパンチを察して、舞姫が僕の体を突き飛ばす。


 舞姫は、まともにそれの攻撃を受け、校舎の左側にある花壇へと吹っ飛んでゆく。


『まずは、一匹か。真琴まこと君、でかした。よくやったね!』

「へへっ、タケシが言った通り、奴等をこの世界でうまく利用して倒したら、大金がもらえる話だからな!」


 タケシが褒め称えると、ロボットのようなレンガから男の声がする。


 レンガから響く、この嫌みのようなキザな台詞。


 先のカメレオン顔な真琴に他ならない。


「あの巨体は、ゴーレムですね。

普段から攻撃と防御が強い割りには、思考回路が昆虫並みですが、それを補い、人間の力で内部から操作をする。

……これは考えたものです」

「……と言うことは、円達はタケシとグルなのか?」

「……そう考えたくはないですが、さきたちを、初めから待ち伏せしていたようですね」


 咲ちゃんが、警戒しながら身構える。


 攻防が優れていて、なおかつ好きなように操作できるとか、ゴーレムの盲点をついた最強のモンスターの誕生ではないだろうかと。


『じゃあ、僕は彼女を追うから。二人とも後始末は任せたよ』


 ヒュルヒュルと、そうめんの糸のようになって、消えていくタケシ。


 それの消え去る姿に応対して『イエッサ!』と敬礼する円。


「繁ちゃん、本当鈍いんだから。

私達がグルなんて気づくのが遅いわよ。

さあ、タケシの言う通りに作戦変更よ。

真琴、遠慮なくやっちゃって♪」

「アイアイサー、了解!」


 円がゴーレムの頭に立ち、僕と咲ちゃんに殴りかかる。


 その拳が地面を叩く度に、激しい振動と地鳴りがして、コンクリートにヒビが生えてゆく。


 貴重な戦力の舞姫がいなくなった今、僕と咲ちゃんは逃げ回るしかなかった。


「ふふっ。いつまでそうやって逃げるつもりなの?

そんなんだから、繁ちゃんは私がいなくなっても、根性なしの意気地いくじなしなのかな?」

「よっ、余計な、おっ、お世話だ……!」

「それ、息も絶え絶えになった男の子が言う台詞かな?」

「真琴、ガンガンいっちゃえ~それそれそれ~♪」


 僕と咲ちゃんは、ひたすら迫力のあるパンチを紙一重で避ける。


 巨大な体ゆえに、パンチをしてくる感覚は鈍いからだ。


 よく観察しておけば、余裕でかわせる。


 だが、問題なのは、こちらから攻撃するタイミングだ。


 下手をすれば、ゴーレムの体に乗っている円にまでダメージを受けてしまう。


 また、僕の炎の魔法では黒焦げになりかねない。 


 ましてや、今日の朝に作戦を練った時に四人で明かしたうちの一人でもある、咲ちゃんの雷の魔法なんかは、円が避雷針になる恐れがあり、もってのほかだ。


 これは何とかして、円をゴーレムから降ろさないと……今は下手な攻撃はできない。


 そんなゴーレムのパンチを避けながら、咲ちゃんが僕の近くに戻ってくる。


「どうですか、あれは倒せそうですか?」

「……うむむ、初めて酒を覚えて泥酔でいすいした大人な気分かな。難しいよ」


 まだ酒とは無縁な関係。

 未成年だが、ありえない感情をぶつけてみた。


 えっ、例えが分かりにくい?

 僕は、まだ駆け出しのひよこだぞ。


「繁たん。何を一人で呟いとん?」

「おわわっ!?」


 横から、予想外な舞姫の顔が飛んでくる。


 スペシャルサプライズにしては、心臓に悪い。


「あれの直撃を食らって、体は大丈夫なのかい?」

「心配せんで。とっさに水のバリアで防いだんよ」


 確かに舞姫の言う通り、あちこちの服は破れてるが、体には傷はないようだ。


 彼女自体、何事もなかったようにピンピンしている。


 しかし、見えそうで見えない破れた服の格好に、羞恥心しゅうちしんを奪われそうでエロいな。

 恐らく『でへへ……』と顔は緩み、鼻の下が伸びているだろう。


「繁たん。どこ見てんのよ、前々《まえまえ》!」


 途端に僕の意識はゴーレムへと戻る。

 その前を強烈なパンチが流れていく。


(……いや、待てよ、流れていく……?)


「……そうか、二人ともひらめいたぞ!」

「ようやくですか、探偵さん。

早速、聞かせてもらいましょうか」

「咲ちゃん、は一言多いかな。

……まあ、いいか。二人とも、とりあえず集まれ!」


 ……ごにょごにょ。


「……そんな単純な作戦で上手くいくでしょうか?」


 オドオドしている咲ちゃんの背中を、僕はバシッと叩き、ゴーレムの前に押し出す。


「いや、咲ちゃん、もっと自信持って。円にお礼がしたいと、昨夜言ってたじゃん。期待してるよ」

「……ですが、心の準備が……」

「大丈夫。誠意を見せれば、きちんと伝わるよ」


「──繁たん。アタイはガチで構えとけばいいんやね?」


 それに対して舞姫は、バレー選手のレシーブのような格好で、ガッチリと決めていた。


「マア、マイヒメモ、ガンバリナ♪」

「何なのさ、その投げやりな言い方。咲ちゃんとのこの差はなに!」


 舞姫が突っかかるのを無視しながら、ゴーレムへと向き直る。


「じゃあ、頼んだよ♪」

「……繁たん、人の話を聞かんかい!

……まあ、いつものことだし、しょうがないか」


 僕が後ろに下がる中、舞姫が咲ちゃんと進撃を始めた。


 それからすぐさま、咲ちゃんがゴーレムのパンチをひらりと宙でかわし、上空から頭上にいる円に呼びかける。


「円さん、折り入って、大事な話があります」

「何かな? 今さら、仲裁ちゅうさいなんて無意味だよ!」

「いえいえ、そう言う意味ではありません。

あの時はゴブリンから、私を助けて下さり、ありがとうございます」

「はあっ? どうも……」


 咲ちゃんの誠意のこもったお礼に、あのゴーレムの動きがピタリと止まる。


 やっぱり、ゴーレムの中にいる真琴自身では動いてなく、円の命令を聞かないと動けないようだ。


 恐らく、ゴーレムの頭に、電信関係の操作できるボタンなどが配置しているはず……。


 その頭上を確認して僕に無言で、『ここにありますよ♪』と、指さしポーズを見せる咲ちゃん。


 やっぱり、僕の読みは当たった。


「……それでお礼として、咲から粗品をプレゼントしたいのですが……とりあえずゴーレムから降りてきてもらえませんか?」


 無理のない自然体で、地に降り立った咲ちゃんが、お菓子の詰め合わせのカラフルな水玉模様の紙の小包を取り出す。


「ありがとう。うん、いいよ。

……あっ、それは私が大好きなミキドのドーナツだ♪」


 すると、嬉し顔の円が何の疑いもなしに、ひょこひょことゴーレムの腕を伝いながら、降りてくる。


 そう、円の欠点は、誰ともフレンドリーに接する、その無邪気さと、甘い食べ物に弱い点。

 長年、連れ添った、幼馴染みの性格を上手く利用したのだ。


 そして、地面を進む円とゴーレムからの至近距離が、開いたのを認識して……、


「今だ、舞姫!」

「わぁーてるわよ。水よ、アイツを包み込めっ!」


 舞姫の水の魔法で、操縦者を失ったゴーレムを水風船のように包む。


「ふっ、そんな蚊の鳴いたようなショボい攻撃が効くかよ。円ちゃん、悪いな。

今から手動操作に切り替えるぜ」

「はーい。私もチョコレートドーナツが食べたいから、了承するね~♪」


 円は咲ちゃんに釣られ、呑気にお茶菓子を頬張る中、真琴の言う通り、水の魔法ではゴーレムはびくともしないようだ。


 手動に切り替えた巨体が、そのままこちらに近づいてくる。


 僕も炎で援護してもこのざまだ。


 まあ、水に炎だから、水蒸気爆発しか起こせないが、その爆発でさえも、何ごともなく平然としている。


 流石さすが、要塞並みの防御力を誇るモンスターだけのことはある。


「……だが、これならどうだ。咲ちゃん!」

「でやああああっ!!」


 そこへ、咲ちゃんの叫びによる雷の呪文で、水に包まれたゴーレムに、雷を浴びせる二段攻撃。


「はががががかままー!?」


 この感電には、さすがに内部にいた真琴も、ただではすまないだろう。


「きゅうううう……」


 しばらくして、ゴーレムの体から煙が吹き出し、後ろのハッチから、案の定、口から煙を吐きながら、まっ黒焦げになったカメレオン真琴が出てきたのだった……。



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