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僕らはこの異世界からの出口を探し、辺りを散策して見つけた元学校の敷地内で、壁に埋め込められた茶色の扉を発見した。
そこをタケシの鍵で開けて、その先の扉が開けた緑色の光に染まった空間に向かい、一歩先へと進み始めていく。
先頭は
万が一に備えて、男性陣が前と後ろにつく。
ひょっとしたら、何か行く先でハプニングが起こるかも知れないと、弥生が考えた意味深なアイデアだった。
(よし、今のところは何ともないな……)
次々と問題なく、現実世界へと流れていくみんな。
もし、前方で何か異変が起きたら、この流れは止まるはず。
それがないということは、この先は安全で、特に異常はないということになる。
みんな、あのゴーレムとの闘いで疲れきっていたから、少しでも気が休まる場所に行かせたかった。
だからか、僕は、
最後の僕が扉をくぐって、ゲートに飛び込む。
すると、僕の体が七色に光り、周りの空間が、段々と高い目線になっていく。
あの動きづらかった小さなゴブリンから、やっと人間の姿に戻れるのだ。
それに今度は姿が変わる途中でも、痛みがないから、楽に身を任せられる。
僕の心は、
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「──よう、お疲れさん♪」
しかし、喜びも瞬時に地獄へと替わる。
ゲートを抜け、住み慣れた床に足を踏み入れた瞬間、そのこめかみに冷たい感触が突きつけられたからだ。
そこは、いつもの僕の散らかった部屋の中だった。
念入りに戸締まりをしたはずの部屋には電灯が明々とついており、目の前には僕よりも背の高い豚顔の一人の男がいた。
そのこめかみから通じる、人工的なピストルの肌触りから、命を簡単にやり取りをする冷たさが伝わってくる。
「さて、最後の一名様もご案内だな」
周りには元の人の姿に戻ったみんながいて、僕以外の全員が白い縄で縛られていた。
実に真琴らしい反応だ。
常に周りを観察して、仲間に指示を出す生徒会長だけのことはある。
即座に異変に気づいての、早脱ぎの対応力にも驚いたものだ。
だが、この現実世界では、異世界のような魔法は使えないはずだが……。
「これで全員みたいだな。手をわずらわせやがって」
「やりましたな。旦那の言う通りに、
ノッポの豚顔の男の後ろにいた、背の小さな方の豚顔の男が、白い荷物用の縄で僕の両手足を強く縛る。
そのままノッポが僕に近寄り、地べたに這いつくばり、動けない僕の
「
……両親が薬物使用で、多額の借金作って死にやがって、二人分の生命保険ごときでは、全額は返金できねえざまだ」
「え、両親が薬を使ってだって……?」
僕は我が耳を疑った。
まさか、親がそんな物に手を出していたとは……。
「まあ、旦那。コイツ自身に多額の保険金をかけてるかも知れねえですぜ」
小さな背丈な豚顔に似合わず、偉そうにニヤニヤしている失礼なヤツだ。
「そうだな、相棒。それに人間の内臓も高く売れるからな」
「噂の臓器売買ですかい。さすが旦那。
二人組の豚顔が、僕らにピストルを向けたまま、好き放題に語っている。
『……今だぜ!!』
そこへ、誰もいない空間から、真琴らしき男の声がした。
「……何ヤツ? ぐぶぉ!?」
そして、ノッポのお腹が衝撃で、その部分にサッカーボールが当たったかのように
そのまま苦しく膝を
「旦那、どうしたんでい? はぐぁ!?」
今度は僅かな隙をつき、小さな豚顔の頭が凹み、地面に叩きつけられる。
それは一瞬の出来事だった。
はっと気がつくと、二人組は苦痛な表情で、仲良く床に転がっていたからだ。
「ギャピィー、痛い、いてーよ!!」
さらに、小さい方は発情期のように、両手足をバタバタさせて泣き叫んでいる。
「うるさい、
男がピーピー泣くんじゃねえ!」
すぐにノッポは立ち上がり、その部下に
『──繁。聞こえるか?』
僕のすぐ横に、聞き慣れた吐息がかかる。
どうやら真琴が、あの二人をやったらしい。
しかし、何で姿が見えないのか?
『……俺は今、タケシから貰った魔法のリングを指にはめている。
……これをはめたら、現実でも異世界の魔法が使える優れものさ』
「……まさか、あのタケシ達、宇宙人も、これのお陰で、現実世界でも不思議な力が使えたのか?」
『ご名答、名探偵ヤトソン君♪
……まあ、俺のは消耗品だけどな』
「それは誉め言葉と受け止めていいのかな?」
『誉めて
そんな僕達が小声で会話をしてる
「テメエ、さっきから、一人で何をブツブツ言ってやがる……」
明らかにノッポは怒りで、顔がゆでダコのようになっていた。
どうやら、真琴の姿が分からないのは本当らしい。
「旦那、コイツも薬をやっていて、頭をやられてる可能性はありますぜ」
「……まあ、あの夫婦だったからな。息子がやってても不思議ではないな」
そう言い放ち、ノッポがピストルの標準を僕に向ける。
「じゃあな、せいぜい死んで、大金になってくれよ。ボーイ!」
『バキューン!』
畳の殺伐とした部屋に、乾いた銃撃音。
だが、ノッポが発砲したピストルは、彼の手先から、スッポリと無くなっていた。
「何だ、どういう事だ!?」
「旦那、援護しやす!」
『バキューン!』
小さい方が負けじと、僕に弾丸を放つ。
「あがっ!?」
こちらのピストルは宙を舞っていた。
今度は小さい方が銃を無くし、赤くなった手を痛みでおさえている。
その二人組の珍風景を見て、僕はニヤリとほくそ笑んでいた。
『うまくいったな♪』
さりげないタイミングで、僕に語りかける真琴。
ナイスコンビネーションアタックである。
「旦那。一体、どうなっているんだ?」
「……いや、今、確かに人の気配を感じたな」
『バキューン!!』
ノッポが懐からコンパクトな猟銃を出し、迷わずに、姿が見えない真琴のいる方向へ撃ち放つ。
『おっと、これはやベーぜ……』
ピストルのように一直線ではない散弾銃は、射程が広範囲に広がる。
これには見えない真琴も、大幅に避けるしかない。
だが、その
ちょうど真琴の足元に、茶色の紙袋が置いてあったからだ。
ノッポは、そのカサリとした音を聞き逃さなかった。
真琴が舌打ちしながら、『繁、たまには掃除くらいしろよ』と
「そこかっ!」
「……させるかぁー!!」
そこへ咲のタックルが、ノッポの顔面にぶち当たる。
「グハッ!?」
サングラスが粉々に砕け散り、鼻血を吹きながら倒れるノッポ。
咲の後ろには、縄を振りほどいた舞姫がいた。
どうやら舞姫が咲を投げたらしい。
まさに、ぶちかまされた人間魚雷。
「おま、どうやって縄から抜けたんだ? ……ぐべっ!?」
さらに小さい方の顔面には、弥生の頭が直撃する。
「昔から
だからこんな縄抜けとか、道具なしでも楽勝さかい。ざまー、みなさんわ♪」
舞姫が誇らしげに高笑いする。
──そう、この娘は昔からこうだったわけではない。
昔から円に張りついていて、気弱だった舞姫は、円がいなくなると、頑張ってその性格を克服し、姉がいなくても強く生きるために、多少ヤンキーに染まった、子ギャル系へと姿を変えた。
今では言葉遣いさえも、ギャルのそれと変わらない。
でも、ただ単に、この道を選んだわけではない。
円を失った僕を支えるために、姉のようなイメージを捨て、別人格の妹としての唯一無二な存在へとなった。
よく『誰かがピンチの時は迷わずに助ける』とは、人助けに献身的な円がいつも喋っていた名台詞だ。
その言葉のように今、妹の舞姫は実行していた。
そして、ここで僕達を守るのに身を挺して頑張っている。
一見、円とは違うイメージを持たれがちだが、姉妹だけあり、血は争えない──。
「──おのれ、食らえ……」
小さい方が胸ポケットをガサゴソと探り出す。
「そうは、させません!」
「グハッ!?」
その動作をさせまいと、咲が軽くジャンプして、小さい方の顎にひざ蹴りを食らわす。
これは非常に痛いはず……。
「……ぶはっ!? 小腹が空いたから……ポケットにあるカキビーを食らいたかっただけですぜ……ぐぶっ……」
あまりの脳への衝撃に、めまいを起こしたのか、そのまま泡を吹いて倒れこむ。
あえなくダウンして崩れ落ちる小さい方の着ていた黒いスーツから、カキビーの小分け袋以外に、処方せんの風邪薬のような大量のビニール袋も飛び出してくる。
白いチョークのような粉からして、間違いなく、薬物だろう。
彼らは借金の肩代わりになると、儲け話を持ち込み、また新たなるカモを探していたのだろう。
「……もしもし、警察ですか……家宅に不法侵入と、薬物所持の疑いで怪しい二名の男を捕らえました……現住所は……」
すかさず気絶した豚顔コンビを、縄で柱に縛りつけたあと、ピンクでデコられたスマホで通報する咲。
──即座に駆けつけた警察の現行犯逮捕により、二人組による、その
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繁君という名の長い旅が終わった。
彼はすべてのしがらみを解き、自由の身になったのだ。
それは長い長い旅路だった。
幾ばくかの誤解はあったが、最終的には無事に解決した。
また、あの壊されていた案内板の木の看板は、円が異世界へと誘導するために自ら壊して行ったものだと、彼女と同行していた真琴の話にも驚いたけど……、
「ちょっ、真琴、パンツくらいはきなさいよ!」
真琴がはめていた指環が砕け、魔法の効果が切れ、丸裸の姿を晒しても、何ごともなく語る彼を見て、
恥ずかしさのあまり、つい近くにあった目覚まし時計を、彼の顔面に向かって投げてしまったのは、少し反省している……。
『このビューティフルフェイスに何しやがる!?』と、鼻血を吹きながら、泣いていたな……。
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「繁君。これからどうするの?」
(………)
もう、あの宇宙人が消えたせいか、私には彼の心は読めない。
いや、その方が良いのかも知れない。
彼の事が好きだから、もっと知りたいと思うなら、私の口から聞いてみればいい。
恋愛とは、お互いのことを探るために、ひたすら会話を繋ぐことの繰り返し。
喋りが苦手なら、文章を起こせばよい。
紙とペンを持って筆談してもいいし、スマホやPC、LINAなどのメール機能で文字を繋ぐのも良い。
私は心を
でも、それは間違いだった。
好きという形はどんな形でもあって、相手に伝われば良いのではない。
それでは一方的なストーカー行為になり、向こうから怪しまれてしまうのは当然だ。
本当の恋愛とは、相手のことも親身に考えて、受け身になることも大切だからと知ったのだ……。
「──ごめん。とりあえず、明日の朝に動こうと思うんだ」
「……えっ、明日は学校なのに、何か用があるの?」
「ちょっと
「だったら私も一緒に……」
「ううん、言ったよね。大した用事じゃないからさ……」
私は彼を問いつめたが、はぐらかすだけで話してくれそうにない。
どうせ、いつかは明らかになるのに、そうまでして隠す意味があるのだろうか。
それとも仲が良いふりをしていて、やっぱり私のことは、眼中にすらないのだろうか。
「ごめん。帰りにカフェによる約束だったよね。この埋め合わせは今度するから」
そう言った繁君の背中は、少し寂しげに見えた。
こんな時、心を読めないのがもどかしい。
だけど、これからは、それにも慣れないといけない。
学校生活と一緒で、恋愛にも楽なんてものはない。
甘えを捨てるんだ。
だけど、その頃の私は、まだ彼の真意に気づいていなかった。
あの現場を目撃するまでは……。