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第B−23話 彼の真意に

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しげるside)


 僕らはこの異世界からの出口を探し、辺りを散策して見つけた元学校の敷地内で、壁に埋め込められた茶色の扉を発見した。


 そこをタケシの鍵で開けて、その先の扉が開けた緑色の光に染まった空間に向かい、一歩先へと進み始めていく。


 先頭は真琴まこと弥生やよい、続いてさき舞姫まいひめ、最後尾が僕の順。


 万が一に備えて、男性陣が前と後ろにつく。


 ひょっとしたら、何か行く先でハプニングが起こるかも知れないと、弥生が考えた意味深なアイデアだった。


(よし、今のところは何ともないな……)


 次々と問題なく、現実世界へと流れていくみんな。


 もし、前方で何か異変が起きたら、この流れは止まるはず。


 それがないということは、この先は安全で、特に異常はないということになる。


 みんな、あのゴーレムとの闘いで疲れきっていたから、少しでも気が休まる場所に行かせたかった。 


 だからか、僕は、みょうに安心しきっていた。


 最後の僕が扉をくぐって、ゲートに飛び込む。


 すると、僕の体が七色に光り、周りの空間が、段々と高い目線になっていく。


 あの動きづらかった小さなゴブリンから、やっと人間の姿に戻れるのだ。


 それに今度は姿が変わる途中でも、痛みがないから、楽に身を任せられる。


 僕の心は、安堵あんど歓喜かんきで満ちていた──。


****


「──よう、お疲れさん♪」


 しかし、喜びも瞬時に地獄へと替わる。


 ゲートを抜け、住み慣れた床に足を踏み入れた瞬間、そのこめかみに冷たい感触が突きつけられたからだ。


 そこは、いつもの僕の散らかった部屋の中だった。


 念入りに戸締まりをしたはずの部屋には電灯が明々とついており、目の前には僕よりも背の高い豚顔の一人の男がいた。


 そのこめかみから通じる、人工的なピストルの肌触りから、命を簡単にやり取りをする冷たさが伝わってくる。


「さて、最後の一名様もご案内だな」


 周りには元の人の姿に戻ったみんながいて、僕以外の全員が白い縄で縛られていた。


 若干じゃっかん、一名だけ姿が見えないが、扉とゲートの境目に服を脱ぎ散らかしている所から見て、恐らくカメレオン真琴による能力だろう。


 実に真琴らしい反応だ。

 常に周りを観察して、仲間に指示を出す生徒会長だけのことはある。

 即座に異変に気づいての、早脱ぎの対応力にも驚いたものだ。


 だが、この現実世界では、異世界のような魔法は使えないはずだが……。


「これで全員みたいだな。手をわずらわせやがって」

「やりましたな。旦那の言う通りに、蒼井家あおいけで張りこんで正解でしたぜ」


 ノッポの豚顔の男の後ろにいた、背の小さな方の豚顔の男が、白い荷物用の縄で僕の両手足を強く縛る。


 そのままノッポが僕に近寄り、地べたに這いつくばり、動けない僕のあごを掴む。


蒼井繁あおい しげるだな。……悪いが俺から借りた金を返して欲しいんだが、アテはあるのかな?

……両親が薬物使用で、多額の借金作って死にやがって、二人分の生命保険ごときでは、全額は返金できねえざまだ」

「え、両親が薬を使ってだって……?」


 僕は我が耳を疑った。

 まさか、親がそんな物に手を出していたとは……。


「まあ、旦那。コイツ自身に多額の保険金をかけてるかも知れねえですぜ」


 小さな背丈な豚顔に似合わず、偉そうにニヤニヤしている失礼なヤツだ。 


「そうだな、相棒。それに人間の内臓も高く売れるからな」

「噂の臓器売買ですかい。さすが旦那。うつわが違いますぜ」


 二人組の豚顔が、僕らにピストルを向けたまま、好き放題に語っている。


『……今だぜ!!』


 そこへ、誰もいない空間から、真琴らしき男の声がした。


「……何ヤツ? ぐぶぉ!?」


 そして、ノッポのお腹が衝撃で、その部分にサッカーボールが当たったかのようにへこんでいた。


 そのまま苦しく膝をかがめて、倒れるボスらしき人物。


「旦那、どうしたんでい? はぐぁ!?」


 今度は僅かな隙をつき、小さな豚顔の頭が凹み、地面に叩きつけられる。


 それは一瞬の出来事だった。

 はっと気がつくと、二人組は苦痛な表情で、仲良く床に転がっていたからだ。


「ギャピィー、痛い、いてーよ!!」


 さらに、小さい方は発情期のように、両手足をバタバタさせて泣き叫んでいる。


「うるさい、やかましいぞ、相棒!

男がピーピー泣くんじゃねえ!」


 すぐにノッポは立ち上がり、その部下に激怒げきどしている。


『──繁。聞こえるか?』


 僕のすぐ横に、聞き慣れた吐息がかかる。

 どうやら真琴が、あの二人をやったらしい。


 しかし、何で姿が見えないのか?


『……俺は今、タケシから貰った魔法のリングを指にはめている。

……これをはめたら、現実でも異世界の魔法が使える優れものさ』

「……まさか、あのタケシ達、宇宙人も、これのお陰で、現実世界でも不思議な力が使えたのか?」

『ご名答、名探偵ヤトソン君♪

……まあ、俺のは消耗品だけどな』

「それは誉め言葉と受け止めていいのかな?」

『誉めて千切ちぎり倒すのは、魅惑なトークの基本だぜ』


 そんな僕達が小声で会話をしてる最中さいちゅう、あの二人組がノソノソと立ち上がる。


「テメエ、さっきから、一人で何をブツブツ言ってやがる……」


 明らかにノッポは怒りで、顔がゆでダコのようになっていた。


 どうやら、真琴の姿が分からないのは本当らしい。


「旦那、コイツも薬をやっていて、頭をやられてる可能性はありますぜ」

「……まあ、あの夫婦だったからな。息子がやってても不思議ではないな」


 そう言い放ち、ノッポがピストルの標準を僕に向ける。


「じゃあな、せいぜい死んで、大金になってくれよ。ボーイ!」


『バキューン!』


 畳の殺伐とした部屋に、乾いた銃撃音。


 だが、ノッポが発砲したピストルは、彼の手先から、スッポリと無くなっていた。


「何だ、どういう事だ!?」

「旦那、援護しやす!」


『バキューン!』


 小さい方が負けじと、僕に弾丸を放つ。


「あがっ!?」


 こちらのピストルは宙を舞っていた。

 今度は小さい方が銃を無くし、赤くなった手を痛みでおさえている。


 その二人組の珍風景を見て、僕はニヤリとほくそ笑んでいた。


『うまくいったな♪』


 さりげないタイミングで、僕に語りかける真琴。


 ナイスコンビネーションアタックである。


「旦那。一体、どうなっているんだ?」

「……いや、今、確かに人の気配を感じたな」


『バキューン!!』 


 ノッポが懐からコンパクトな猟銃を出し、迷わずに、姿が見えない真琴のいる方向へ撃ち放つ。


『おっと、これはやベーぜ……』


 ピストルのように一直線ではない散弾銃は、射程が広範囲に広がる。

 これには見えない真琴も、大幅に避けるしかない。


 だが、その大袈裟おおげさな動きがあだとなった。

 ちょうど真琴の足元に、茶色の紙袋が置いてあったからだ。


 ノッポは、そのカサリとした音を聞き逃さなかった。


 真琴が舌打ちしながら、『繁、たまには掃除くらいしろよ』と愚痴グチこぼしていた声は、僕にしか聞こえなかったが……。


「そこかっ!」

「……させるかぁー!!」


 そこへ咲のタックルが、ノッポの顔面にぶち当たる。


「グハッ!?」


 サングラスが粉々に砕け散り、鼻血を吹きながら倒れるノッポ。


 咲の後ろには、縄を振りほどいた舞姫がいた。


 どうやら舞姫が咲を投げたらしい。

 まさに、ぶちかまされた人間魚雷。


「おま、どうやって縄から抜けたんだ? ……ぐべっ!?」


 さらに小さい方の顔面には、弥生の頭が直撃する。


「昔からまどか姉から、ガチでサバイバル術と護身術を教わってたんよ。万が一にそなえてね。

だからこんな縄抜けとか、道具なしでも楽勝さかい。ざまー、みなさんわ♪」


 舞姫が誇らしげに高笑いする。


 ──そう、この娘は昔からこうだったわけではない。


 昔から円に張りついていて、気弱だった舞姫は、円がいなくなると、頑張ってその性格を克服し、姉がいなくても強く生きるために、多少ヤンキーに染まった、子ギャル系へと姿を変えた。


 今では言葉遣いさえも、ギャルのそれと変わらない。


 でも、ただ単に、この道を選んだわけではない。


 円を失った僕を支えるために、姉のようなイメージを捨て、別人格の妹としての唯一無二な存在へとなった。


 紅円くれない まどかとは違う、ただの姉の代わりではなく、一人の女性、紅舞姫くれない まいひめとして生きるようにしたのだ。


 よく『誰かがピンチの時は迷わずに助ける』とは、人助けに献身的な円がいつも喋っていた名台詞だ。


 その言葉のように今、妹の舞姫は実行していた。


 そして、ここで僕達を守るのに身を挺して頑張っている。


 一見、円とは違うイメージを持たれがちだが、姉妹だけあり、血は争えない──。


「──おのれ、食らえ……」


 小さい方が胸ポケットをガサゴソと探り出す。


「そうは、させません!」

「グハッ!?」


 その動作をさせまいと、咲が軽くジャンプして、小さい方の顎にひざ蹴りを食らわす。


 これは非常に痛いはず……。


「……ぶはっ!? 小腹が空いたから……ポケットにあるカキビーを食らいたかっただけですぜ……ぐぶっ……」


 あまりの脳への衝撃に、めまいを起こしたのか、そのまま泡を吹いて倒れこむ。


 流石さすがにタフな男も、これにはノックアウトだ。


 あえなくダウンして崩れ落ちる小さい方の着ていた黒いスーツから、カキビーの小分け袋以外に、処方せんの風邪薬のような大量のビニール袋も飛び出してくる。


 白いチョークのような粉からして、間違いなく、薬物だろう。


 彼らは借金の肩代わりになると、儲け話を持ち込み、また新たなるカモを探していたのだろう。


「……もしもし、警察ですか……家宅に不法侵入と、薬物所持の疑いで怪しい二名の男を捕らえました……現住所は……」


 すかさず気絶した豚顔コンビを、縄で柱に縛りつけたあと、ピンクでデコられたスマホで通報する咲。


 ──即座に駆けつけた警察の現行犯逮捕により、二人組による、その目論もくろみは見事に砕け散ったのだった……。


****


弥生やよいside)


 繁君という名の長い旅が終わった。 

 彼はすべてのしがらみを解き、自由の身になったのだ。


 それは長い長い旅路だった。

 幾ばくかの誤解はあったが、最終的には無事に解決した。


 また、あの壊されていた案内板の木の看板は、円が異世界へと誘導するために自ら壊して行ったものだと、彼女と同行していた真琴の話にも驚いたけど……、


「ちょっ、真琴、パンツくらいはきなさいよ!」


 真琴がはめていた指環が砕け、魔法の効果が切れ、丸裸の姿を晒しても、何ごともなく語る彼を見て、

恥ずかしさのあまり、つい近くにあった目覚まし時計を、彼の顔面に向かって投げてしまったのは、少し反省している……。


『このビューティフルフェイスに何しやがる!?』と、鼻血を吹きながら、泣いていたな……。


****


「繁君。これからどうするの?」


(………)


 もう、あの宇宙人が消えたせいか、私には彼の心は読めない。


 いや、その方が良いのかも知れない。

 彼の事が好きだから、もっと知りたいと思うなら、私の口から聞いてみればいい。


 恋愛とは、お互いのことを探るために、ひたすら会話を繋ぐことの繰り返し。


 喋りが苦手なら、文章を起こせばよい。


 紙とペンを持って筆談してもいいし、スマホやPC、LINAなどのメール機能で文字を繋ぐのも良い。


 私は心を安着あんちゃくに読めるからと、常に攻め手で動き、自分任せに行動してきた。


 でも、それは間違いだった。

 好きという形はどんな形でもあって、相手に伝われば良いのではない。


 それでは一方的なストーカー行為になり、向こうから怪しまれてしまうのは当然だ。


 本当の恋愛とは、相手のことも親身に考えて、受け身になることも大切だからと知ったのだ……。


「──ごめん。とりあえず、明日の朝に動こうと思うんだ」

「……えっ、明日は学校なのに、何か用があるの?」

「ちょっと野暮やぼ用でさ。夕方には帰ってくるよ。それに先生には許可を得ているから。だから心配しないで」

「だったら私も一緒に……」

「ううん、言ったよね。大した用事じゃないからさ……」


 私は彼を問いつめたが、はぐらかすだけで話してくれそうにない。


 どうせ、いつかは明らかになるのに、そうまでして隠す意味があるのだろうか。


 それとも仲が良いふりをしていて、やっぱり私のことは、眼中にすらないのだろうか。 


「ごめん。帰りにカフェによる約束だったよね。この埋め合わせは今度するから」


 そう言った繁君の背中は、少し寂しげに見えた。


 こんな時、心を読めないのがもどかしい。


 だけど、これからは、それにも慣れないといけない。


 学校生活と一緒で、恋愛にも楽なんてものはない。

 甘えを捨てるんだ。


 だけど、その頃の私は、まだ彼の真意に気づいていなかった。


 あの現場を目撃するまでは……。




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