目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

C1章 花畑と砂漠を行き交いして

第C−1話 花畑の絨毯にて(1)

 夏なのに、菜の花のたわむれる不思議な広場。

 そこは一面綺麗な黄色に染まった、花畑の絨毯じゅうたんだった……。


 ──俺の名前は蝶野李騎ちょうの りき

 年齢は18歳。

 身長170センチ、体重約50キロのやせ形。

 特に視力は1.0と問題はなく、眼鏡はしていない。

 見た目も顔つきも平凡で、どこにでもいそうな黒い短髪な高校生だ。


李騎りき、遅いですよ。まだそこまでしか進んでないのですか?」

「そう言うなよ。晶子しょうこ。俺だって一生懸命なんだぜ」

「でも、その努力がこれっぽっちなんて、話にならないですね。これじゃあ、明日の夕刻までに間に合いませんよ。私がやった方が早いです」


 茶髪のショートの女の子が、俺から菜の花の髪飾りにする束を強引に取り上げる。


 彼女は氷望晶子ひもち しょうこ。  

 150くらいの小柄にやせ形。


 彼女は眼鏡をかけているが、これは伊達眼鏡であり、実際の視力は裸眼でも2.0はある。


 年齢は俺と同じ18歳で、胸はやや大きめなDカップ。

 目は大きく、綺麗な二重まぶたで、鼻筋も通った、美少女と言えるほどの美しい顔立ち。


 まさにピチピチの可愛い女子高生(死語)とは、彼女のことを言うのだろう。


 晶子とは、とある場所で知り合ったのだが、同世代という間柄あいだがら、すぐに打ち解けて仲良くなった。


 今では、俺にとって、数少ない友達の一人だ……。


「まったく、相変わらず編み方が下手ですね。何度教えたら、分かるのでしょうか?

いいですか、また教えますから、こっちに寄ってください」

「……えっ?

いや、ここからでも十分見えるから」

「何も、今日が初めてじゃないでしょ。照れながら何を言ってるのですか?

……しかたがないですね。私がそちらに寄りますよ」


 グイグイと遠慮なしに、こちらへと寄ってくる晶子。


 そばにいて、見えそうなたわわな開けたラインに、耳元に伝わる息の温度。


 俺の中の何かの感情が弾けていた。


「……では、いいですか、よく見ていてくださいね。まずはひねって、こうして回してですね……」


 そうやって晶子が菜の花を手に取り、俺にも理解しやすいように、オーバーな動きで教えようとしているが、目のやり場に困る。

 目の前で二つのお饅頭まんじゅうが、ユッサユッサと揺れているからだ。


 しかも、晶子が着ている白い服装も、キャミソールの下着のようなワンピースの色っぽい姿。

 彼女は俺と一緒の時は、いつもこんな、たわわな胸のはだけた服ばかり着用している。


 さらに、周囲の親達や、俺がとがめても、本人は言うことを聞かない。

 もしかして晶子は、俺を誘惑しているのか?


「……それでこうです。ここまでの流れは理解できましたか?」

「うむ、見事なア○デス山脈を拝めたよ……」


「ぶぶっー!!」


 そして、その揺れっぷりに食されて、勢いよく、真っ赤なマグマを噴出する俺の山脈。 


「これは大変です。鼻血が出てますよ? 

どこかにぶつけました?」

「……ああ。そのア○デス山脈に顔を埋めて、あの世へ行きたいよ……」

「あらら、大量出血に虚言きょげんな台詞ですか……。

これはいけません。重症ですね! 

ちょっと待って下さい。今、救急車を呼びますから!」


 晶子が持っていたトートバッグから、白のスマホを出して、通話しようとするが、俺は、その華奢きゃしゃな白い腕を掴み、人助けをする行動を静止させる。


「……待ってくれ、俺はもう手遅れだ。

だから最後に俺の願いを聞いてくれ……」

「……はい、分かりました。自分の身は自分が一番分かると言いますよね。それで願いとは何ですか?」

「とりあえず、もませて……じゃなくて、

……いや、この花冠はなかんむりの作り方が意味不明だから、この花冠を、きちんと俺の目の前で完成させるまで、よく見せて教えてくれないか?」

「……えっ?

もう、この作業のやり方は、かれこれ一週間近くにもなるのですよ。昨日もそう言ってましたよね?」

「ごめん、難しいから、中々覚えられなくてさ……」


 俺は晶子に申し訳なさそうに、てっぺんの重心を傾ける。


「……分かりました。本当は今日で覚えてほしかったのですが、今回だけは特別ですよ」


 そう、俺は物忘れが激しい……。


 だが、これにはきちんとした理由がある。

 そして、その事は晶子には隠している。

 彼女に余計な心配はさせたくなかった。


 何しろ、この体は姿だったからだ……。


****


 ──ここだけの話になるが、実は俺、蝶野李騎は姿だ。

 姿形を人間に変えて、この街で暮らしている。


 俺も初めは、こうしたかったのではない。

 同じ宇宙人の親から、こんな話を聞かされていたからだ……。


◇◆◇◆


 ──ふと、一昔前に一組の宇宙人の家族が人間に上手く利用されて、研究所のサンプルにされた件が脳裏に浮かぶ。


 ──人間と心が通じ合い、姿を変えなくても、こんな全身が灰色タイツな宇宙人の姿でも文句や不満を言わない街。


 そう、アメリコのニューヨーグは、まさに自由と平和の国だった。


 しかし、その平和な日常も、長くは続かなかった……。


 宇宙人の一人の少年が暴走し、彼が発動した緑のゲートから、大量の異世界の怪物がこちらへと侵入し、たちまちニューヨーグは血の海と化した。


 人という人をゴミのように消していく、恐るべき怪物達。

 その数に圧倒され、ちからや権力がある大人でも、この大いなる暴走は止められなかった。


 やがて、瞬く間に、そのゲートから来た怪物から、殺戮さつりくを繰り返され、人類存続の危機が迫り、ニューヨーグの人口が半分以下に激減……。


 ……何とか武力で、ほとんどの怪物たちを消失できた最中さなか、アメリコ政府は一つの決断を下した。


 これを逆手にとれば、もしかしたら、この怪物のちからは、全世界に通用する最強の兵器になるのではないかと……。


 そう考えた軍関係者は、この元凶でもあり、怪物の召喚しょうかん能力を使いすぎ、弱っていた一人の宇宙人の少年を捕らえ、アメリコの地下研究所へと連れていった……。


◇◆◇◆


「──君、具合は大丈夫かい?

私達は君をむしばんでいる病気を治療したいんだ」 

『……な、何、オジサン達は誰なの?』

「ふふふ。私達は世界中から選りすぐれたエリートのドクターの集団だよ。だから私達にかかれば、君のこんなやまいなんて、すぐに治せるさ」

『本当に?  

こんなゲートを制御できない、最悪な状態なのに?』

「はははっ、安心したまえ。まあ、とにかく、これを飲みなさい」


 白衣を着て、アゴまで髭を生やしたドクターの一人が、殺風景なテーブルに、手のひらサイズの栄養ドリンクの茶瓶を置く。


 ──それを何も知らずに、ゴクリと飲み干す少年。


 すると、少年は白目をきながら、その場にバタンと倒れこむ。


『……あっ、なっ、かっ、体が動かない……どうして?』

「……ふふふ。どうだいボウヤ。大量のアスピリンに睡眠薬をまぜ混んだ、栄養ドリンクの味は?

さあ、コイツを連れて行け」

『なっ、どういうこと? 話が違うんだけど?』

「いや、違わないさ。これからボウヤには遊園地のお化け屋敷のように、たっぷりと遊んでもらうさ」


 ドクターが少年の体に、黒いスタンガンを突き立てる。


「安心しな。次、目覚めたら、社会に貢献こうけんできるからな。それまでおやすみ、ボウヤ」


『バチバチ!!』


 少年は意識を無くし、その体を研究所の関係者達が、二つの備え付けのベットへ運ぶ。


『タケシ!?』


 その隣のベットには、その少年の母親がいた。


『あなた達、そろいも揃い、私と私の息子をどうする気ですか!?』

「ああ、今、この国はお前らの暴走により、潰されつつある。この軍事力に優れているアメリコが、たった二人の宇宙人によってだ。これを利用しない手はないだろ?」

『……なっ、あなた達は狂っています。私が知っている人間とは、お互いに助け合い、弱い者を救い、支えていくものと知りましたが……』

「ああ、まあ、それは、あながち嘘ではないさ。地球の平和の役に立ってくれるからな」


 そう言い放った一人のドクターが、母親の首に鋭く光るメスをあてがう。


「じゃあな……」


 その首を切り裂き、大量の白い血にまみれながらも、ドクターはケタケタと笑いを止めなかった。


 こうして、母親は残り少ない超能力を使い、地球に生存している宇宙人の仲間へと、最期のテレパシーを使った。


『──人間には、この姿をさらさずに、密かに過ごし、くれぐれも人間の悪行あくぎょうには気をつけなさい』と……。


****


 それからだ。

 俺達、宇宙人が人間そっくりの姿に化けて、この地球で生活するようになったのは……。


 そうして、今はこの姿になり、李騎と名乗り、宇宙人の住みかだったアメリコから引っ越し、日本にて、この女の子と出会った。


 初めは向こうは、下心で近づいてきてるのでは? と思っていた。

 だが、彼女にはそんな雰囲気は全くなかった。


 俺はまだ、人間も捨てたものじゃないなと、そう思いをめぐらせていた。

 そのうち徐々に、晶子の純粋無垢な性格に惹かれていったからだ。


 だけど、この人間を維持する体には、副作用もあった。


 一日を終えて、次の日を迎えると、昨日覚えていた、肝心の内容を忘れてしまうのだ。


 晶子と出会ってから、一週間が経ち、何とかメモに書き置きを残し、晶子の顔と名前や、周囲を取り巻く人々の名前までは覚えたのだが、今度は菜の花の髪飾りの作り方が分からない。


 俺はそのことに真剣に悩んでいた。


「はあ、いっそのこと、この悩みを打ち明けようか……でも、晶子の両親には何て説明すればいいんだ……」


 俺はジーパンのポケットから、四角い箱を探る。

 いつものように、アレは鎮座ちんざしていた。


「晶子、わりぃ。ちょっとトイレに行ってくるな」

「分かりました。でも李騎、この前みたいに、影に隠れてじゃなくて、きちんとしたトイレでするのですよ?」

「ラジャー♪」


 まあ、この前は知らなかっただけだ。


 飼っているペットの散歩中とは違い、地球人の素行は変わっている。


 どこでもするのは、罰金が発生するのだ。


 この地球で生き抜くためには、人間だけのルールにも従わないといけない。


 だから俺も従うまでだ。

 それが人間の生き方ならそうしよう。

 迂闊うかつに、宇宙人だとバレるわけにはいかない。


 そう、ちょっとした行動が命取りになる。

 人間がやるギャンブルという行為は、こうやって身近にもひそんでいる。

 人間とは大変な生き物だな……。


****


 大空に光り輝く真夏の太陽の日差しが、白い肌を焼く。

 ダイヤのような宝石の攻撃は、宇宙人に対しても容赦ようしゃない。


「ふう。今日も暑い日になりそうだ……」


 俺は目の前の巨木にもたれかかり、ポケットに隠していた煙草(二十歳を越えた宇宙人だから、バレなければ問題はないはずだ)をゆっくりと吸いながら、一時ひとときの安らぎに浸っていた……。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?