目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第C−7話 作戦会議は大学ノートで

 ──四人揃って、にぎやかな夕食を終えた後、一階で食器洗いなどの家事をしている晶子しょうことすいを残し、俺と乱蔵らんぞうは、二階の乱蔵の部屋にお邪魔していた。 


 今夜は俺と晶子は休憩をねて、このよろず屋に泊まる。


 ──女子による手料理を嗜む食卓を囲む中、すいの話によると、すいの両親は新たな商売道具の勉強をするために、海外へと旅立ったらしい。


 しかし、それから一年が過ぎても、なんの音沙汰おとさたもないまま……。


 すいの想像によると、両親は海外で生活をいとなむのが楽しくなり、姿をくらましたのかと……。


 それならば、『すいも幼馴染みの乱蔵と勝手に同棲しちゃいます♪』との話になり、偶然にも親から離れて、一人暮らしをしていた乱蔵と意気投合して、今は二人で、このよろず屋を切り盛りしているとか……。


「──それでっですね、いかに彼女の心を掴むかっすけど……」


 ──乱蔵が学習机から、ピンクの表紙のB5サイズの大学ノートを取り出し、黒いボールペンで、何やらカリカリと書いている。


 俺はそれを横目で見て、思わず笑いをこらえた。


 横枠の便せん形の用紙に『りきとしょうこのどっきりラブラブ大作戦、は~と♪』と、乙女が書いたような可愛らしい丸字の文筆で書かれていたからだ……。 


案外あんがい、俺より、お前の方が意外と女に向いてるかも知れないな。思いきって性転換手術するか?

それともオカマを目指すか?」

「……何を喋ってるんっすか。僕は真面目に李騎りきの相談にのってるんっすよ……」 


 乱蔵が書く手を休めて、軽蔑したジト目でこちらを見ている。


「おお、こわ。まさにウサギににらまれたカエルだな」

「……あれ、それウサギではなく、蛇じゃなかったっすか?」

「ふふふ、知らないのか?

令和になって、国語の教科書の中身も変わったのさ」

「……へえー。そりゃ、初耳っすね。僕の学んでる教材には載ってないっすよ?」

「まあ、まだ都心だけなんで安心しろ。それはともかく、今は作戦会議に集中しろよ……」 


 俺は、混乱している乱蔵の頭をポンポンと軽く叩く。


「……そうっすね。

……であるからに李騎は、もうちっとアピールした方がいいっす」


 再び、恋愛担当の若き教師の乱蔵が、ノートに書かれた俺の名前に、HBの鉛筆でハートマークをグリグリと描いている。


「俺のアピールが足りないのか?」

「そうっす。いかに鈍感な彼女でも、熱烈にアタックすればイチコロっすよ♪」

「俺はバレーは下手だ。アタックとかはできないぞ」

「誰が今、バレーの話をしたっすか?」

「乙女心満開な乱蔵ちゃんが~!」

「いや。仕掛けてきたのは李騎っしょ。

……と言うか、真面目に人の話を聞いてるっすか?」

「そんな危ないエッチな話なら、ヘッドホンがいるな」

「……ちっ、違うっす、天然も大概たいがいにしろっすっ!!」


「ふぐあっ!?」 


 乱蔵が俺の頭に『バチン!』と、巨大なハリセンをかます。


 彼は一体どこに、そんな大きな武器を隠しもっていたのか? 

 トラエモンの四次元ポケットでもあるのか?


「そこで明日の朝、ここの近くにあるマッグドナルドに彼女を誘うっす」


 乱蔵がハンバーガーの絵を書いて、その横にラブリータイムと書き続けている。


「おい、まてまて、俺達はロマー・チックというむすめを探しているのだが?」

「それ、すいから聞いたっす。彼女、アメリコ人なんっすよね。アメリコではハンバーガーは主食のはずっすよ。だから間違いなく、ここには来るっす」

「それならいいが……で、俺はそこで何をすればいいんだ?」

「なーに、簡単なことっすよ」


 乱蔵がカリカリと白紙のページを埋めていく。

 その内容は意外な作戦だった。


「……ほんと、こんな作戦が上手くいくのか?」

「まあ、よろず屋の腕を信じろっす♪」

「包丁一本売るのがやっとで、あんなにも物が売れない商売人なのにか?」

「あっ、あれは、たまたまっす。いつもならバカのようにジャンジャン売れるっすよっ!」


 何かとむきになるのが怪しいが、俺はそれを明日、実行する事にした。


****


「──二人とも先にお風呂、入っちゃいな!」


 ふと、廊下からすいの声が伝わってくる。


「何なら、すいも一緒に入るっすか。いつも一緒だろ?」


 乱蔵がドアを開けて、一階に向かって、階段ごしに叫ぶ。


「ふざけないで。なにキモいこと言ってんのよ。いつもアンタが先でしょーが!」


 すいが声を張り上げて、去っていくのが目にとれた。

 どうやら同棲とは言っても、羞恥心しゅうちしんはあるらしい。

 あの年頃で、一緒に入るとかはないだろう……。


 ──俺は改めて、乱蔵の部屋の辺りを見渡す。


 オレンジの絨毯じゅうたんに散らばっているのは、萌え系イラストの美少女のゲームソフトのようだ。


 この乱蔵の心の叫びからして、多少は女慣れしているのは、この手のギャルゲーのやり過ぎからだろうか。


「もしかして乱蔵は、これらのゲームの内容から研究を重ねて、すいと付き合っているのか?」

「いんや。僕、初めてじゃないっすよ。彼女で四人目っす」

「マッ、マジかよ。最近の若者はパネェな!」

「いや、動転しすぎっす。ギャル語になってるっすよ? 

……もしかして、あちらの経験ゼロっすか?」


 俺は何も言えずに黙りこむ。

 そういえばキスもしたことがない……。


「ガチっすか。今どき珍しいウブで純情派なんっすね。僕からも応援するっす」


 乱蔵が号泣しつつ、ガシッと俺の両手が握られる。


「さあ、絶対に、この恋を成就じょうじゅさせるために頑張るっすよ。

李騎、明日はファイトっ、

オーっすっー!!」


 乱蔵がそのまま俺の両手を、頭上に上げる。


 その拍子にピシッと、腕から嫌な音がした。

 俺は痛みで、床に崩れ落ちた。


 コイツ、いや乱蔵は、ただの体だけがデカいでくの坊なヤツと油断した。

 これが筋肉がつった痛み、もしや肉離れか……。


「……いや、すまんっす。こりゃ、腕がれてるっすね。やり過ぎたっす……」

「いいってことよ。慣れてるからな……。

傷ついた俺の筋肉組織を修復せよ……」

「リカバー!」


 みるみるうちに光輝きながら、回復していく俺の腕を見て、乱蔵はビックリ仰天ぎょうてんな顔つきをしていた。


 それから、唖然あぜんとして動かない彼に、自分の置かれた状態を、手短かに説明する。


「──そういうことだから、生半可なことだと、そちらが怪我をするぜ。明日は本気でかかってこいよ」

「ああ、分かったっす!」

「へえ、驚いたな。俺が人間じゃなくても、難なく受け止めるんだな。商売人だけあって、状況の飲み込みが早いよ」

「いんや、今はグローバルな時代なんっすよ。みんな、臨機応変に対応できる商人を目指してるんっすから」

「色々と勉強熱心なんだな。まだ若いのに感心するよ……」

「……すいが、あんなパープリンな考えっすからね。彼女一人に任せていたら、こんなお店、あっという間に潰れるっす」

「はははっ、それは間違いないな……。

はっ!?」


 二人して仲良く笑っていると、背後にぞくりと何者かの殺気を感じる。


「だっ、誰がパープリンですって……?」


 後ろに亡霊のように、ゆらゆらと立ちはだかる、小さな憎悪……。


「あれれ、すい。いつの間に、部屋の中にいるんっすか?」

「さっきからお風呂に入る様子がないから、こっちから来たのよ。

アンタ、覚悟は出来てるよねっ!!」


 すいが素早く、乱蔵の元に座りこむ。


「なんっすか。すいも口だけで、実は話に加わりたいんっすね♪」

「……アンタはどういう頭の作りしてんの。何でそーなるのよ!

それからお客さんがいる時くらい、きちんと部屋は片付けなさい!」


「ギャピー!?」


 思いっきり、すいに足の太ももをつねられた乱蔵が、黒ひげ危機一髪の当たりのごとく、天井に向かって飛び跳ねていた……。


****


「……あのさあ、李騎きゅん。途中からだけど話は聞かせてもらったよ。宇宙人と人間に境界線はないわ。せいぜい頑張ってね」


 すいが乱蔵をボコスカと殴りながら、俺に勝利のブイサインをする。

 どうやら、すいには俺のすべてを知られたらしい。


 壁に耳あり、扉に目あり。


「ちなみに、その能力とかは、晶子ちゃんは知ってるの?」


 すいが乱蔵と一緒にゲームソフトを段ボール箱に片付けながら、親身な顔で聞いてくる。


「いや、晶子は何も知らないよ」

「そっか、宇宙人も色々と大変なんだね。でも、いつかは言わないと、時間が経つほど彼女を傷つけるわよ」

「分かってる。明日、明かそうと思う」

「うんうん、頑張れ~♪」


****


「……ところで、いきなりで悪いんだが、一服してもいいか?」

「ああ、宇宙人では二十歳なんだよね。未成年もいるし、匂いがこもるから、そこのベランダで吸ってね」

「センクス~!」


 俺はベランダに出て、ズボンから煙草を取り出し、吸い始める。


「いやー、カッコいいっす。李騎兄貴、僕にも一本いいっすか?」

「……いや、お前は駄目だから」


 しつこく隣をつきまとう、興味津々な未成年の乱蔵を押しやってだ。


 乱蔵の頭はたんこぶでいっぱいで、顔は引っ掻き傷だらけである。

 まるで機嫌が悪い猫から、フルボッコされたかのように。


 いや、猫パンチでたんこぶはできないか。

 もしここまでボコれるなら、どんな腕力(脚力?)なのだろうか。


「……新星の猫型ロボットの誕生か?」

「なんすか、さっきからブツブツ何か言ってるけど、猫の話っすか?」

「まあ、綺麗な猫パンチにもトゲがあるかな」

「……それ、例えは、薔薇ばらじゃないっすか?」

「そうだぜ。お前には薔薇は似合わない。愛くるしい顔で猫パンチを繰り出す、究極の破壊の戦士……」

「……いや、僕はそんなお惚けなキャラじゃないっすから。せっかくの煙草吸ってる凛々しい様が台無しっすよ」


 俺は煙草をもみ消して、空き缶の灰皿に捨てる。

 夏とはいえ、夜が更けるとさすがに外は肌寒い。


 俺は身震いしながら部屋へと戻る。


 すると、そこには……。


「……何か、すいちゃんが戻って来ないからと来てみれば……。

李騎、それはどういうつもりですか?

それを見ていた、すいちゃんと乱蔵もです!」

「……あっ、晶子ちゃん。これはね……」


 ……一番バレてはいけない晶子が、部屋の中で待ち構えていた。


 あたふたとするすいと乱蔵をさしおき、明らかに怒っている彼女。


「今すぐそれを出しなさい!!」


 晶子が俺のズボンのポケットをまさぐり、煙草が入った箱を掴みとる。

 そして、それを自身のポケットへとしまった。


「煙草は未成年が吸ってはいけません。これは没収ぼっしゅうです!!」

「ああ、俺の楽しみを奪いやがって、鬼畜きちくだ」

「誰がですか! 

私は体の心配をしているんです。これからの長旅で体を壊したら、困るでしょ!!」


「……さあ、後がつかえてます。お風呂に入って、さっぱりしてきて下さい」

「はいはい」


「では、旦那様、いってらっしゃい~♪」


 ヒラヒラと手を振る晶子を残し、俺が部屋を抜けようとすると、乱蔵もオプションでついてくる。


「李騎兄貴、一緒に入るっす。お背中流すっすよ」

「お前、すいだけじゃなく、俺にまで手をだして……やっぱり両刀使いか?」


 俺は悪寒を感じ、ささっと、その場から離れる。


「違うっすよ。男同士の裸の付き合いっす。それに一緒に入った方が、入浴時間も短縮されるっすよ。さあさあ」


 乱蔵が後ろから俺を押し出し、俺たちは風呂場へと向かう。


「しかし、晶子ちゃんは普段は大人しいのに、怒らすとスゲー怖いお嬢様っすね……僕もタジタジっすよ」

「そうだろ。でもちゃんと芯があって、しっかりしてる女の子だろ?」

「まあ、李騎兄貴がそう思うならいいんっすけどね……僕ならまっぴらごめんっす……」

「そうか、すいも意外と気が強そうだが?」

「いえいえ、ああ見えて、すいは純情可憐な乙女なんっすよ」


 人間がよく語る、恋は盲目もうもくと言うのは本当らしい。


 俺たちはお互いの嫁? の自慢話を交わしながら風呂へと入るのだった……。


****


 ──その後、みんなが寝静まり、オレンジ色の豆電球のみが光る夜中に、俺は今日の状況を、一冊の手帳にまとめていた。


 これで今日眠ったら、失ってしまう記憶は、明日へと引き継がれる。


 俺はメモを閉じて、緩やかに就寝するのだった……。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?