──四人揃って、
今夜は俺と晶子は休憩を
──女子による手料理を嗜む食卓を囲む中、すいの話によると、すいの両親は新たな商売道具の勉強をするために、海外へと旅立ったらしい。
しかし、それから一年が過ぎても、なんの
すいの想像によると、両親は海外で生活を
それならば、『すいも幼馴染みの乱蔵と勝手に同棲しちゃいます♪』との話になり、偶然にも親から離れて、一人暮らしをしていた乱蔵と意気投合して、今は二人で、このよろず屋を切り盛りしているとか……。
「──それでっですね、いかに彼女の心を掴むかっすけど……」
──乱蔵が学習机から、ピンクの表紙のB5サイズの大学ノートを取り出し、黒いボールペンで、何やらカリカリと書いている。
俺はそれを横目で見て、思わず笑いをこらえた。
横枠の便せん形の用紙に『りきとしょうこのどっきりラブラブ大作戦、は~と♪』と、乙女が書いたような可愛らしい丸字の文筆で書かれていたからだ……。
「
それともオカマを目指すか?」
「……何を喋ってるんっすか。僕は真面目に
乱蔵が書く手を休めて、軽蔑したジト目でこちらを見ている。
「おお、こわ。まさにウサギに
「……あれ、それウサギではなく、蛇じゃなかったっすか?」
「ふふふ、知らないのか?
令和になって、国語の教科書の中身も変わったのさ」
「……へえー。そりゃ、初耳っすね。僕の学んでる教材には載ってないっすよ?」
「まあ、まだ都心だけなんで安心しろ。それはともかく、今は作戦会議に集中しろよ……」
俺は、混乱している乱蔵の頭をポンポンと軽く叩く。
「……そうっすね。
……であるからに李騎は、もうちっとアピールした方がいいっす」
再び、恋愛担当の若き教師の乱蔵が、ノートに書かれた俺の名前に、HBの鉛筆でハートマークをグリグリと描いている。
「俺のアピールが足りないのか?」
「そうっす。いかに鈍感な彼女でも、熱烈にアタックすればイチコロっすよ♪」
「俺はバレーは下手だ。アタックとかはできないぞ」
「誰が今、バレーの話をしたっすか?」
「乙女心満開な乱蔵ちゃんが~!」
「いや。仕掛けてきたのは李騎っしょ。
……と言うか、真面目に人の話を聞いてるっすか?」
「そんな危ないエッチな話なら、ヘッドホンがいるな」
「……ちっ、違うっす、天然も
「ふぐあっ!?」
乱蔵が俺の頭に『バチン!』と、巨大なハリセンをかます。
彼は一体どこに、そんな大きな武器を隠しもっていたのか?
トラエモンの四次元ポケットでもあるのか?
「そこで明日の朝、ここの近くにあるマッグドナルドに彼女を誘うっす」
乱蔵がハンバーガーの絵を書いて、その横にラブリータイムと書き続けている。
「おい、まてまて、俺達はロマー・チックという
「それ、すいから聞いたっす。彼女、アメリコ人なんっすよね。アメリコではハンバーガーは主食のはずっすよ。だから間違いなく、ここには来るっす」
「それならいいが……で、俺はそこで何をすればいいんだ?」
「なーに、簡単なことっすよ」
乱蔵がカリカリと白紙のページを埋めていく。
その内容は意外な作戦だった。
「……ほんと、こんな作戦が上手くいくのか?」
「まあ、よろず屋の腕を信じろっす♪」
「包丁一本売るのがやっとで、あんなにも物が売れない商売人なのにか?」
「あっ、あれは、たまたまっす。いつもならバカのようにジャンジャン売れるっすよっ!」
何かとむきになるのが怪しいが、俺はそれを明日、実行する事にした。
****
「──二人とも先にお風呂、入っちゃいな!」
ふと、廊下からすいの声が伝わってくる。
「何なら、すいも一緒に入るっすか。いつも一緒だろ?」
乱蔵がドアを開けて、一階に向かって、階段ごしに叫ぶ。
「ふざけないで。なにキモいこと言ってんのよ。いつもアンタが先でしょーが!」
すいが声を張り上げて、去っていくのが目にとれた。
どうやら同棲とは言っても、
あの年頃で、一緒に入るとかはないだろう……。
──俺は改めて、乱蔵の部屋の辺りを見渡す。
オレンジの
この乱蔵の心の叫びからして、多少は女慣れしているのは、この手のギャルゲーのやり過ぎからだろうか。
「もしかして乱蔵は、これらのゲームの内容から研究を重ねて、すいと付き合っているのか?」
「いんや。僕、初めてじゃないっすよ。彼女で四人目っす」
「マッ、マジかよ。最近の若者はパネェな!」
「いや、動転しすぎっす。ギャル語になってるっすよ?
……もしかして、あちらの経験ゼロっすか?」
俺は何も言えずに黙りこむ。
そういえばキスもしたことがない……。
「ガチっすか。今どき珍しいウブで純情派なんっすね。僕からも応援するっす」
乱蔵が号泣しつつ、ガシッと俺の両手が握られる。
「さあ、絶対に、この恋を
李騎、明日はファイトっ、
オーっすっー!!」
乱蔵がそのまま俺の両手を、頭上に上げる。
その拍子にピシッと、腕から嫌な音がした。
俺は痛みで、床に崩れ落ちた。
コイツ、いや乱蔵は、ただの体だけがデカいでくの坊なヤツと油断した。
これが筋肉がつった痛み、もしや肉離れか……。
「……いや、すまんっす。こりゃ、腕が
「いいってことよ。慣れてるからな……。
傷ついた俺の筋肉組織を修復せよ……」
「リカバー!」
みるみるうちに光輝きながら、回復していく俺の腕を見て、乱蔵はビックリ
それから、
「──そういうことだから、生半可なことだと、そちらが怪我をするぜ。明日は本気でかかってこいよ」
「ああ、分かったっす!」
「へえ、驚いたな。俺が人間じゃなくても、難なく受け止めるんだな。商売人だけあって、状況の飲み込みが早いよ」
「いんや、今はグローバルな時代なんっすよ。みんな、臨機応変に対応できる商人を目指してるんっすから」
「色々と勉強熱心なんだな。まだ若いのに感心するよ……」
「……すいが、あんなパープリンな考えっすからね。彼女一人に任せていたら、こんなお店、あっという間に潰れるっす」
「はははっ、それは間違いないな……。
はっ!?」
二人して仲良く笑っていると、背後にぞくりと何者かの殺気を感じる。
「だっ、誰がパープリンですって……?」
後ろに亡霊のように、ゆらゆらと立ちはだかる、小さな憎悪……。
「あれれ、すい。いつの間に、部屋の中にいるんっすか?」
「さっきからお風呂に入る様子がないから、こっちから来たのよ。
アンタ、覚悟は出来てるよねっ!!」
すいが素早く、乱蔵の元に座りこむ。
「なんっすか。すいも口だけで、実は話に加わりたいんっすね♪」
「……アンタはどういう頭の作りしてんの。何でそーなるのよ!
それからお客さんがいる時くらい、きちんと部屋は片付けなさい!」
「ギャピー!?」
思いっきり、すいに足の太ももをつねられた乱蔵が、黒ひげ危機一髪の当たりのごとく、天井に向かって飛び跳ねていた……。
****
「……あのさあ、李騎きゅん。途中からだけど話は聞かせてもらったよ。宇宙人と人間に境界線はないわ。せいぜい頑張ってね」
すいが乱蔵をボコスカと殴りながら、俺に勝利のブイサインをする。
どうやら、すいには俺のすべてを知られたらしい。
壁に耳あり、扉に目あり。
「ちなみに、その能力とかは、晶子ちゃんは知ってるの?」
すいが乱蔵と一緒にゲームソフトを段ボール箱に片付けながら、親身な顔で聞いてくる。
「いや、晶子は何も知らないよ」
「そっか、宇宙人も色々と大変なんだね。でも、いつかは言わないと、時間が経つほど彼女を傷つけるわよ」
「分かってる。明日、明かそうと思う」
「うんうん、頑張れ~♪」
****
「……ところで、いきなりで悪いんだが、一服してもいいか?」
「ああ、宇宙人では二十歳なんだよね。未成年もいるし、匂いがこもるから、そこのベランダで吸ってね」
「センクス~!」
俺はベランダに出て、ズボンから煙草を取り出し、吸い始める。
「いやー、カッコいいっす。李騎兄貴、僕にも一本いいっすか?」
「……いや、お前は駄目だから」
しつこく隣をつきまとう、興味津々な未成年の乱蔵を押しやってだ。
乱蔵の頭はたんこぶでいっぱいで、顔は引っ掻き傷だらけである。
まるで機嫌が悪い猫から、フルボッコされたかのように。
いや、猫パンチでたんこぶはできないか。
もしここまでボコれるなら、どんな腕力(脚力?)なのだろうか。
「……新星の猫型ロボットの誕生か?」
「なんすか、さっきからブツブツ何か言ってるけど、猫の話っすか?」
「まあ、綺麗な猫パンチにもトゲがあるかな」
「……それ、例えは、
「そうだぜ。お前には薔薇は似合わない。愛くるしい顔で猫パンチを繰り出す、究極の破壊の戦士……」
「……いや、僕はそんなお惚けなキャラじゃないっすから。せっかくの煙草吸ってる凛々しい様が台無しっすよ」
俺は煙草をもみ消して、空き缶の灰皿に捨てる。
夏とはいえ、夜が更けるとさすがに外は肌寒い。
俺は身震いしながら部屋へと戻る。
すると、そこには……。
「……何か、すいちゃんが戻って来ないからと来てみれば……。
李騎、それはどういうつもりですか?
それを見ていた、すいちゃんと乱蔵もです!」
「……あっ、晶子ちゃん。これはね……」
……一番バレてはいけない晶子が、部屋の中で待ち構えていた。
あたふたとするすいと乱蔵をさしおき、明らかに怒っている彼女。
「今すぐそれを出しなさい!!」
晶子が俺のズボンのポケットをまさぐり、煙草が入った箱を掴みとる。
そして、それを自身のポケットへとしまった。
「煙草は未成年が吸ってはいけません。これは
「ああ、俺の楽しみを奪いやがって、
「誰がですか!
私は体の心配をしているんです。これからの長旅で体を壊したら、困るでしょ!!」
「……さあ、後がつかえてます。お風呂に入って、さっぱりしてきて下さい」
「はいはい」
「では、旦那様、いってらっしゃい~♪」
ヒラヒラと手を振る晶子を残し、俺が部屋を抜けようとすると、乱蔵もオプションでついてくる。
「李騎兄貴、一緒に入るっす。お背中流すっすよ」
「お前、すいだけじゃなく、俺にまで手をだして……やっぱり両刀使いか?」
俺は悪寒を感じ、ささっと、その場から離れる。
「違うっすよ。男同士の裸の付き合いっす。それに一緒に入った方が、入浴時間も短縮されるっすよ。さあさあ」
乱蔵が後ろから俺を押し出し、俺たちは風呂場へと向かう。
「しかし、晶子ちゃんは普段は大人しいのに、怒らすとスゲー怖いお嬢様っすね……僕もタジタジっすよ」
「そうだろ。でもちゃんと芯があって、しっかりしてる女の子だろ?」
「まあ、李騎兄貴がそう思うならいいんっすけどね……僕ならまっぴらごめんっす……」
「そうか、すいも意外と気が強そうだが?」
「いえいえ、ああ見えて、すいは純情可憐な乙女なんっすよ」
人間がよく語る、恋は
俺たちはお互いの嫁? の自慢話を交わしながら風呂へと入るのだった……。
****
──その後、みんなが寝静まり、オレンジ色の豆電球のみが光る夜中に、俺は今日の状況を、一冊の手帳に
これで今日眠ったら、失ってしまう記憶は、明日へと引き継がれる。
俺はメモを閉じて、緩やかに就寝するのだった……。