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C7章 嵐を乗り越えた先に掴んだ平和

第C−21話 沈黙による「ありがとう」が苦しい(1)

 俺達は親父の瞬間移動で、母さんが眠るアメリコの地下研究所に辿たどり着く。


 薄暗くこけの浮かんだ、池のような緑に染まった風景が、いかにも怪しげな研究所らしさを秘めている。


 そこは、変わり果てた部屋と化していた。


 壁や床のあちこちに、血液が飛び散った痕跡こんせきがあり、足元にはボロ切れの白衣や、物言わぬ人だった物が点々と転がっている。


 誰しも、あのタケシが、やるせない苛立いらだちに身をゆだね、この部屋で無差別的に、風の能力を使用したと勘づきながらも、誰も口を挟まない。


 それほどまでに凄まじい、血塗られた光景だった。


「ひ、ひいい、もう勘弁してくれ、い、命だけはお助けを!?」


 その部屋の片隅で、侵入者に怯えて物陰に隠れる、返り血を浴びた白衣を着た20代くらいの若い一人の男性……。  


 こちらがいくら状況を訪ねても、心を病んでしまったらしく、答えには一切応じようとしない。


「うっ、これはひどいもんだわさ……」


 死臭が漂う研究所に、女性陣の顔色が優れない。


 気がつくと、物陰に隠れていた、あの男性はいなかった。

 どうやら、あまりの恐怖で逃げ出したらしい。


 そんな異様な様子を感じ取った親父が、何やら魔法を唱えている。


「ハウスクリーン、シャットアウト!」


 すると、周りの死体が消え去り、生臭い空気が浄化される。


 壁や床の血痕も綺麗さっぱり消えて、清潔な空間となり、床や壁もキラキラと輝いていた。


 まるで散らかった部屋を、清掃業者が隅々まで大掃除した感覚。


 相変わらず、俺の親父の力には唖然あぜんとされる……。


「お父さん、凄いトリックですね。ありがとうございます」


 青ざめていた晶子が、ほっとして胸を撫で下ろす。


「なに、礼にはおよばんよ。それよりも、湖涼こりょうを探すのが先決だ……。

ワシが少し目を離した隙に、タケシはどこへ彼女をやったのか……」


 父が綺麗になった辺りを能力でさぐると、どうやら人らしき生命反応はあるらしい。


 俺達が無数にあるビーカーやフラスコが並ぶ棚を過ぎると、奥には一つの大きな横倒しの大人が入れるほどのカプセルベッドが置いてあった。


 中には一人の見知った女性。

 頼みの目的の場所はすぐに見つかった。

 俺は手招きして、みんなを集める。


「母さん、今助けるから」


 俺がカプセルの上部にあるモニターに、タケシから聞いた四桁の番号を入力すると、蒸気の溢れだしたような音がなり、カプセルのカバーが上部に開く。


 俺はたまらずに、裸体の母さんの上半身を抱きかかえた。 


 しかし、肝心の母さんの体は冷たく息がない。


「母さん、しっかりしろ!」

李騎りき君、慌てるな。生命反応があったからに、恐らく湖涼は今は仮死状態になっておる……。

何か電撃的な衝撃を与えれば良いかも知れない……」

「そうか、雷系の魔法か。でもじかに食らったら、体に負担がかかるんじゃ……」


「いいか、李騎君。家庭教師から人命救助を学んだだろう。要するにショック療法さ。心臓に電流を流して、蘇生させるのだよ」

「……そんな大層なこと、こんな俺にできるのか……」

「大丈夫だ。私は立て続けに能力を使用して、もう、そんな能力を使えるちからがない。今は李騎君だけが頼りだ……。

だから急げ、時は一刻を争う……」

「……分かったよ」


 俺は片手で天井を指さし、魔法の構想を頭の中で具体的に連想する。


 徐々に熱を帯び、熱くなっていくひとさし指。


「天空からの雷鳴よ、今、命をかえらすために、俺に力を貸したまえ……」

「プチサンダー!」


 ちょうど換気中で開けていた天井の上空の窓から、バリバリと鳴りながら、強烈な落雷が入ってくる。


 そのまとまった雷球は、目の前で静電気のように固まり、バチバチと弾けながら、俺の指先に触れた。


 その時、多少、痺れが走ったが、俺の体は雷撃で光輝き、フルに充電完了になった。


 そうして、雷をまとう俺は、息をすることも忘れ、慎重に母さんの心臓部分を指さす……。


「でやあぁぁー!!」


 その胸に触れた瞬間、研究所の部屋全体が激しく光り、太陽を間近で見たように、目を錯覚させた。


 ──しばらくして光は止む。

 辺りはすっきりとした空間になっていて、あのカプセルは粉々に砕けていた。


 裸体の母さんのみを残して……。


「母さん!」


 俺は母さんを抱きとめて、心臓が動いていることを確認する。


 とくん、とくんと脈打つ鼓動。

 母さんは、見事に息を吹きかえしたのだ。


 だが、しばらくして、相手が女性で裸だったことに気づき、鼻から鉄臭い液体が飛び出る感覚がした……。


「みんな、母さんは無事に助かったぞ!」


 俺は見えそうな胸から、何とか目を逸らし、それなりなスタイルの母さんに動揺しながらも、母さんを床に寝かせ、鼻血を抑えつつ、周りに伝える。


 実は俺はマザコンなのか?  


 いや、歳のわりには、童顔で薄化粧で40代の色っぽさが香る熟女。

 おまけに胸は幼児のように、ぺったんこときたものだ。


 俺はずっとロリコンだと思っていたが、本当はロリババアが好みなのか?


 だが、正直に言わせると、俺の母さんはロリフェイスで可愛くて、目にいれても痛くないくらいあいらしい……。


 今さらだが、親父、アンタが惚れたのも分かった気がする……。


「李騎、やりましたね♪」

「うむ。バッチグーさかい!」


 そんな俺の奇妙な性癖で悩む心境とはいざ知らず、晶子とチックは、万年なうれし顔でお構いもなしに抱きついてきた。


「李騎君。本当によくやった!

そらっ!」


 さらに親父が俺の腰を掴み、上空へと胴上げする。


「親父、危ないって。下ろせよ!?」


 何度も宙へと舞い続ける俺の体。

 いくらやめてと叫んでも、このお祭り騒ぎは止まない。


 俺は鼻血の欲求に堪えながら、感謝の祝福を、みんなから受けていた……。


****


 あれから、数日後の昼過ぎ……。


 俺は母さんが、検査入院をしている病院から抜け、外にある喫煙席で、久々の煙草を味わっていた。


「よっ、相変わらず元気そうだな!」


 そこへ軽く肩を叩かれ、馴染みのある声がした。


 いつものツナギ姿がさまになっているが、院内での衛生面の関係を考えてか、服は汚れていない。


 ちなみに今日は青色の服である。


「……あっ、龍牙りゅうがさんじゃないですか。お久しぶりです。

……えっとこの子たちは?」

「おう、李騎は初めて会うんだったな。紹介するぜ、俺の子供の由美香ゆみか竜太りゅうただ。

ほら、二人とも。彼が李騎だ。お前達にいつも話してる命の恩人だぜ」


 その言葉に反応した二人が、俺をじっといるように見つめながら、行儀よく頭を下げる。


 赤のロングスカートが印象的なおしとやかな姉に、あどけなさが残るベージュのスラックスの弟の二人。


 二人とも上半身には白いカットソーを着ていて、弟の方はその上に、薄手な青のブルゾンをはおっている。


 弟の方は、こんなに日射しが照っているのだが、重ね着して暑くないのだろうか……。


 そして、親子のことだけあり、どちらもどことなく龍牙さんに似ていた……。


「ありがとう。あなたのお陰で、父は無事に帰って来れました。本当にありがとう」

「よっ、よせって、俺は大したことしてないよ」

「いいえ、とんでもない。あなたは私に希望を与えてくれました」

「希望? 何の?」

「何ごとにも挫けずに、頑張って生きていれば必ず報われると。私の母も喜んでいます」

「ははっ、それは大袈裟おおげさすぎるよ」


 俺は清楚可憐な対応をする少女の言葉に苦笑しながら、灰皿に煙草をもみ消す。


 流石さすがに未成年の前で、プカプカと吸うわけにはいかない。


「いんや、兄ちゃんは俺らに希望の光をくれた。だからさ、もっと堂々と威張いばってもいいんだぜ」


 そこへ坊主頭で、飛び入り参加するチビッ子な竜太。


 確か、龍牙さんの話では、小さい頃の姉のように、手のかかるヤンチャな小学生だと聞いた覚えがある。


 姉とは全然性格が違うが……。


「こ、こらっ、竜太。口が過ぎるわよ。調子に乗らない!」

「へーい」


「もう、何回言ったら分かるの?

返事は『はい』でしょーが!」

「はいはい♪」

「アンタ、いい加減にしなさいよ!」


 その取っ組み合いの姉弟きょうだいケンカに、俺は思わず、吹き出して笑ってしまう。


「兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、やっぱ、家族っていいもんだなと思ってさ。改めて俺は本当に、この世界を救ったんだなと実感してるのさ」

「何だよ、それ。もっと英雄気取りしてもいいのに。へんな兄ちゃんだな」


 竜太が腰に手をおいて、俺自身のことなのに、まるで我が物顔のように自信満々だ。


「竜太、安心しろ。李騎は昔からこんなんだ」

「じゃあ、スマホの電話番号の名前リストには、『変に意気がるおかしな人』に書き換えて、登録しておきますね」


「ちぇっ、みんな、揃って言いたい放題だな」

「なあに、それだけ平和になったと言うことさ」


 俺の発言が傑作けっさくだったらしく、みんなして仲良く笑いあう。


 ふと、耳から中庭に生えている若葉の木から、セミの鳴き声が聞こえ始めていた。


 そう言えば、季節は夏の盛り。


 この鳥々(とりどり)県の街中にある海で、何もかもが解決したら、みんなで一緒に遊ぼうと約束した、あの日の親父の言葉を、ふと思い出していた……。



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