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「おーい、チック。そっちは順調か?」
「うんや……。何か砂の中へ引っ込んだんやけど、どうしたらええ?」
「なら、その潜った穴に塩を入れてみなよ」
「ふーん、なるほど。この塩の出番かいな……」
黒の水着の上に、腕まくりした長袖の白いTシャツ。
それをラフに着こなすチックが、砂の穴に持参した透明な筒に入った塩を入れると、ポーンとその穴から飛び出る、長細い灰色のまて貝。
「へえ、面白い貝やな」
「塩を入れる事で、海の水が戻ってきたと勘違いして、地表へ出てくるのさ」
「フムフム。なるへそ。
「そんな事ないよ。俺も親父から教わったから」
「へぇー。李騎のパパさん、物知り博士や。凄いわ~♪」
そう、俺達は家族水入らずで、この晴れ晴れとした天気な鳥々(とりどり)海水浴場に来ていた。
その家族連れのメンバーに
残念ながら
──こうして、今、みんなで潮が引いたのを見計らい、まさに潮干狩りに
チックに至っては、海に関しては初めての経験らしく、さっきから一人できゃっきゃっと、無邪気にはしゃいでいるさまだ。
「あの、李騎、どうですか?
チックちゃんと選んだのですが……。
ちょ、ちょっと大胆でしょうか……?」
そこへ黄色の水着姿の晶子が現れる。
彼女は顔を赤らめ、華奢な白い体を腕で隠し、照れくさそうにモジモジしていた。
「ぶぶっー!!」
そんな彼女が腕を離した瞬間、俺は鼻血を噴き出し倒れそうになる。
大胆なビキニ姿にドンと構えたお饅頭のような胸が、今にもそのセクシーな水着からこぼれ落ちそうで、俺の意識は早くもぶっ飛びそうだった。
「きゃっ、大丈夫?
李騎、李騎、しっかりして!?」
「いや、素敵なヒ○ラヤ山脈が拝めたよ……」
俺は親指を天空のエデンへと突き立て、ひざまくらをした晶子に、柔らかなグットサインを送る。
「ははっ、やっぱ、李騎には刺激が強すぎたかいな?」
「チックちゃん、これを想定して、わざと仕掛けましたね!?」
「はっ、はて、ワタクシは何も知らんよ。何のことかいな?」
晶子の問いかけから、尻尾をまいて逃げるチック。
「ちょっと、すいちゃん、チックちゃんを捕まえて!」
「あっ、はい、任せて!」
青のタンクトップビキニ、通称タンキニ姿のすいが、素早く回り込み、晶子と協力しながら取り囲んでゆく。
「つ、捕まえた。自分だけ、その色気のない格好なんて不公平だよ。晶子ちゃん、逃がさないで捕まえてて!」
「分かったよー♪」
晶子がチックの体を押さえ、すいが、チックの上着をするすると脱がそうとする。
「ああ、何するんや!?
ハズいからやめてな!?」
「何言ってるの。海に来たからには水着くらい披露しないと。さあ、李騎の前で御開帳~♪」
「な、何だ……?」
何も知らない俺の目の前で、チックが
「ぶぶっー!?」
また、鼻の中から強烈なマグマがほどばしる。
俺は、またもや鼻血を噴きながら、ぶっ倒れた。
それもそのはず、チックの水着の覆われた布面積はほとんどなく、黒の細い紐を着用した、ほぼ全裸な格好だったからだ。
それに加わる巨大な胸にくびれた腰、きゅっと締まったヒップ。
モデル並みの体型のチックが着用したからに、健全な俺の心がかき乱される……。
「お、お前は、こんな浜辺で、何ちゅう格好をしているんだよ!?」
「ははっ、アメリコは水着なくても、裸で自由に入れるさかい。だから水着持ってなかったから、李騎のお母さんから借りたと」
「……そうか、俺の母さんは、こんな派手でグラマーな水着を着るのか。大人しそうに見えて大胆だな……」
「……や、やだわ。違うわよ、李騎。そんなの恥ずかしくて、着れるわけないでしょ。
それは私のお友達からの貰い物よ。
あと、素敵な誕生日プレゼントありがとう♪」
そこへ、黒のワンピース姿の俺の母さんが、弁解を求める。
首には晶子が誕生日プレゼントで選んだ、三日月のブローチがついたネックレスをしていた。
「良く似合ってるよ。遅くなったけど、改めて誕生日おめでとう!」
「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ~♪」
それにしても、母さんも真っ白な肌で色っぽい。
いや、いくらワンピースで、腰に白のパレオを巻いていても、胸元が開けて強調されていて、今の水着でも、十分セクシーな水着であることは間違いない。
……というか、旦那がいる主婦が、他の男を誘惑する水着とか着用するか?
いくら
普通に考えたら、おかしいのだ……。
まあ、可愛らしいから、今日は許すけど……。
……ああ、しかし、これはやばすぎる。
いくら胸がなくても、あと、もう少しで胸の谷間が見えそうだ……。
今ここに、俺のロリ思想が実現しそうだ……。
──それより、話は変わるが、無事に回復して良かった。
俺達の懸命な判断が、母さんを救ったのだ……。
「……いいなあ。みんな、大きいからな……」
悔し顔のすいが、自分のスカスカの胸に触れながら、ボソッと答える。
「なーに、まな板すいちゃま。心配いらないっすよ。彼氏が揉めば、大きくなるっちゅう話っすから………あれ、顔が赤いっすよ。どうしたっすか?」
「……ほんと、アンタ、相変わらずな性格だね。マジで公衆の面前で、セクハラ発言はやめろおおおお!」
「ひえぇー、
怒りに身を狂わせたすいが、乱蔵を追いかけ回す。
修羅場のように見えて、どことなく、すいも乱蔵も笑っていて、心から嬉しそうだった。
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「……ところで、李騎君」
休憩を兼ねて、テントの日陰で横たわり休んでいる所で、飲み物欲しさ? にクーラーボックスを
「なっ……何だよ、親父。飲み物ならオレンジでいいぜ」
俺はキンキンに冷えた、オレンジジュースの缶を受け取る。
「……い、いや、晶子ちゃんの件なのだが……」
「何だよ、親父。もったいぶらないで言えよ?」
奥歯に物が挟まったような、遠慮がちな親父の問いかけをスルーしながら、缶ジュースのプルタブを開け、豪快に飲みこむ。
すると、親父が俺の間近に迫り……。
「……もう、晶子ちゃんとエッチは済ませたのか?」
「ぶぶっー!?」
俺は勢いよく、飲んでいたオレンジジュースを噴いた。
「ごほごほ……。まっ、まだに決まってるだろ。俺達は高校生だぞ……?」
「まあ、それもそうだな。だがな、ワシが昔の頃は……」
また、親父の例の自慢話が始まった。
──当時、会社員の幹部だった親父が、16歳で身籠った高校生の母さんを、彼女の両親から奪い取り、彼女を高校から中退させ、会社さえも退職し、この鳥々県まで駆け落ちした話。
それから人里離れたエジブド村で母さんは俺を産み、何とか親父は小さな自営業(子供の時から好きだったアメリコザリガニ関係の仕事らしい?)でやりくりしながら、徐々に富を築いていった日々……。
そう、例え、欲望に身を
親は子供に対して、何不自由なく育てなくてはならない。
また、親になったら、生まれてくる罪のない子供に対して、逃げるわけにはいかない。
親としての責任を持ち、己と闘い、二人で愛情を注いで育てることが大事だと、
この赤裸々な話は、耳にタコが出来るほど聞かされた……。
「それよりさ、村では母さんは葬儀までしたのに、母さんが生きていても、周りの人から、何も反応がないのはおかしいよな?」
「それはワシの能力で、
「……そうか。確かメモリーロスト?
だったかな?
相変わらず、親父の能力は物理法則を無視してるよな……」
俺はその職業を生かして『食べていけるんじゃ?』の言葉を言いかけたが、辛うじて飲み込む。
親父も俺とは違い、純血の宇宙人だ。
もし、この人間の変身がバレたら大変だ。
あのタケシの母親が殺害され、タケシまでもが、研究員から実験により、狂わされた性格になったように、人間全員が、みんな友好的ではない事に……。
「それよりも李騎君、晶子ちゃんには、自分が宇宙人と打ち明けたそうだな。
それから彼女とは、うまくいっているのか?」
「…まあ、何とかね。でも灰色タイツの宇宙人の姿を見せた時は、腰を抜かしていたけどな……」
「フム。それは初耳だな」
「……だって、俺は宇宙人と人間のハーフの血筋で、普段から人間の格好だから、中々信じてもらえなくてさ……。
わざと宇宙人ソックリに変身して、ようやく分かってくれたよ。
……そして、ついでに俺の好きな気持ちを伝えたら……『私も好きでした』と喜んでたな」
「そうか。あれから色々あったからな……。まあ、生きている限り、人生はいつからでもやり直せる。ワシもあの事件以来、昼間からの酒は控えて、なるべくなら、湖涼と仲良く過ごしたいと思っている……。
李騎君もこれからも頑張れよ……」
「ああ、言われなくても分かってるさ」
そのまま親父がよいしょと腰をあげ、クーラーボックスから丸々と肥えたスイカを出して、他のみんながいる砂浜へと歩いて行く。
「李騎。今からスイカ割りを始めますよ~!」
太陽の恵みと同じく、ビキニが眩しい天女様は、これから俺とどんな行く先を過ごすのだろうか……。
◇◆◇◆
「──晶子。大事な話がある」
あれから数日前、無事に母さんを救いだし、近くの救急病院へ搬送されたのを見送りながら、俺は隣にいる晶子の手にそっと触れていた……。
「何ですか、李騎?」
「──突然のことだけど、俺はお前が好きだ」
そして、俺はストレートな感情を彼女にぶつけた。
今、言わないと一生後悔するかも知れない。
もう、こんなチャンスはないかもと、そう思っての告白だった。
「私も好きですよ、友達ですよね?」
晶子は、相変わらずのマニュアル設定で応じてくる。
「そうじゃない。恋人にしたいくらい好きなんだ」
「はっ、そうなのですか……?」
晶子の目が定まらず、宙を泳ぐ。
何か悪いことでもあったのだろうか?
「どうかしたのか?」
「はい、私もずっと李騎のことが気になっていました。でも李騎からは何の反応もなくて、だったら、片想いでもいいやと思っていましたから……。
これは夢ではないのですね……」
どうやら、俺の思い過ごしだったらしい。
あの花畑から今に
「ああ、夢なんかで終わらないさ。俺達は恋人同士なんだから……」
「はい、私も李騎の事が大好きです!」
俺達は優しく微笑み合い、お互いに次の好きの言葉を黙ったまま、唇同士を繋げた。
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──俺はテントからスイカ割りの光景を眺めながら、あの時に触れた君への口づけを思い出す。
そして、俺は急に立ち上がると、その砂場で遊んでいる晶子を、後ろからきつく抱き締めた。
「李騎、いきなりどうしたのですか?」
愛しの彼女の背中は、それ以上は何も喋らなかった。
俺は切なくなり、みんながいる前でも構わずに、彼女をさらにぎゅっと抱き締めた。
「李騎……」
友達として、止まっていた二人の時計は、今から動き出す。
ありがとうの温もりが肌に伝わる。
だが、今の俺達には分かる。
口には恥ずかしくて言えないが、その沈黙は十分に伝わっている。
「ありがとう」
それだけで胸のつっかえが取れそうだ。
そんな沈黙による「ありがとう」が苦しい……。
でも、この苦しさはいつかは優しさへと変わる。
そう、俺達がそうだったから……。
だから、もう一度だけ、俺からみんなに言わせてほしい。
『本当にありがとう……』