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第C−22話 沈黙による「ありがとう」が苦しい(2)

****


「おーい、チック。そっちは順調か?」

「うんや……。何か砂の中へ引っ込んだんやけど、どうしたらええ?」

「なら、その潜った穴に塩を入れてみなよ」

「ふーん、なるほど。この塩の出番かいな……」


 黒の水着の上に、腕まくりした長袖の白いTシャツ。


 それをラフに着こなすチックが、砂の穴に持参した透明な筒に入った塩を入れると、ポーンとその穴から飛び出る、長細い灰色のまて貝。


「へえ、面白い貝やな」

「塩を入れる事で、海の水が戻ってきたと勘違いして、地表へ出てくるのさ」

「フムフム。なるへそ。李騎りきは詳しいな」

「そんな事ないよ。俺も親父から教わったから」

「へぇー。李騎のパパさん、物知り博士や。凄いわ~♪」


 そう、俺達は家族水入らずで、この晴れ晴れとした天気な鳥々(とりどり)海水浴場に来ていた。


 その家族連れのメンバーに晶子しょうこ、チック、すい、乱蔵らんぞうもいる。


 残念ながら龍牙りゅうがさん夫妻たちは、急用で来れなくなったらしいが……。


 ──こうして、今、みんなで潮が引いたのを見計らい、まさに潮干狩りにいそしんでいる。


 チックに至っては、海に関しては初めての経験らしく、さっきから一人できゃっきゃっと、無邪気にはしゃいでいるさまだ。


「あの、李騎、どうですか?

チックちゃんと選んだのですが……。

ちょ、ちょっと大胆でしょうか……?」


 そこへ黄色の水着姿の晶子が現れる。


 彼女は顔を赤らめ、華奢な白い体を腕で隠し、照れくさそうにモジモジしていた。


「ぶぶっー!!」


 そんな彼女が腕を離した瞬間、俺は鼻血を噴き出し倒れそうになる。


 大胆なビキニ姿にドンと構えたお饅頭のような胸が、今にもそのセクシーな水着からこぼれ落ちそうで、俺の意識は早くもぶっ飛びそうだった。


「きゃっ、大丈夫?

李騎、李騎、しっかりして!?」

「いや、素敵なヒ○ラヤ山脈が拝めたよ……」


 俺は親指を天空のエデンへと突き立て、ひざまくらをした晶子に、柔らかなグットサインを送る。


「ははっ、やっぱ、李騎には刺激が強すぎたかいな?」

「チックちゃん、これを想定して、わざと仕掛けましたね!?」

「はっ、はて、ワタクシは何も知らんよ。何のことかいな?」


 晶子の問いかけから、尻尾をまいて逃げるチック。


「ちょっと、すいちゃん、チックちゃんを捕まえて!」

「あっ、はい、任せて!」


 青のタンクトップビキニ、通称タンキニ姿のすいが、素早く回り込み、晶子と協力しながら取り囲んでゆく。


「つ、捕まえた。自分だけ、その色気のない格好なんて不公平だよ。晶子ちゃん、逃がさないで捕まえてて!」

「分かったよー♪」


 晶子がチックの体を押さえ、すいが、チックの上着をするすると脱がそうとする。


「ああ、何するんや!?

ハズいからやめてな!?」

「何言ってるの。海に来たからには水着くらい披露しないと。さあ、李騎の前で御開帳~♪」


「な、何だ……?」


 何も知らない俺の目の前で、チックがあらわな姿にされる。


「ぶぶっー!?」


 また、鼻の中から強烈なマグマがほどばしる。

 俺は、またもや鼻血を噴きながら、ぶっ倒れた。


 それもそのはず、チックの水着の覆われた布面積はほとんどなく、黒の細い紐を着用した、ほぼ全裸な格好だったからだ。


 それに加わる巨大な胸にくびれた腰、きゅっと締まったヒップ。


 モデル並みの体型のチックが着用したからに、健全な俺の心がかき乱される……。


「お、お前は、こんな浜辺で、何ちゅう格好をしているんだよ!?」

「ははっ、アメリコは水着なくても、裸で自由に入れるさかい。だから水着持ってなかったから、李騎のお母さんから借りたと」

「……そうか、俺の母さんは、こんな派手でグラマーな水着を着るのか。大人しそうに見えて大胆だな……」


「……や、やだわ。違うわよ、李騎。そんなの恥ずかしくて、着れるわけないでしょ。

それは私のお友達からの貰い物よ。

あと、素敵な誕生日プレゼントありがとう♪」


 そこへ、黒のワンピース姿の俺の母さんが、弁解を求める。


 首には晶子が誕生日プレゼントで選んだ、三日月のブローチがついたネックレスをしていた。


「良く似合ってるよ。遅くなったけど、改めて誕生日おめでとう!」

「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ~♪」


 それにしても、母さんも真っ白な肌で色っぽい。


 いや、いくらワンピースで、腰に白のパレオを巻いていても、胸元が開けて強調されていて、今の水着でも、十分セクシーな水着であることは間違いない。


 ……というか、旦那がいる主婦が、他の男を誘惑する水着とか着用するか?


 いくら倦怠期けんたいきにしろ、結婚してるのなら、このような行為はつつしむはず。


 普通に考えたら、おかしいのだ……。


 まあ、可愛らしいから、今日は許すけど……。


 ……ああ、しかし、これはやばすぎる。 


 いくら胸がなくても、あと、もう少しで胸の谷間が見えそうだ……。


 今ここに、俺のロリ思想が実現しそうだ……。


 ──それより、話は変わるが、無事に回復して良かった。

 俺達の懸命な判断が、母さんを救ったのだ……。


「……いいなあ。みんな、大きいからな……」


 悔し顔のすいが、自分のスカスカの胸に触れながら、ボソッと答える。


「なーに、まな板すいちゃま。心配いらないっすよ。彼氏が揉めば、大きくなるっちゅう話っすから………あれ、顔が赤いっすよ。どうしたっすか?」

「……ほんと、アンタ、相変わらずな性格だね。マジで公衆の面前で、セクハラ発言はやめろおおおお!」

「ひえぇー、般若はんにゃ心境な、すいが怖い~♪」


 怒りに身を狂わせたすいが、乱蔵を追いかけ回す。


 修羅場のように見えて、どことなく、すいも乱蔵も笑っていて、心から嬉しそうだった。


****


「……ところで、李騎君」


 休憩を兼ねて、テントの日陰で横たわり休んでいる所で、飲み物欲しさ? にクーラーボックスをあさる親父が話しかけてくる。


「なっ……何だよ、親父。飲み物ならオレンジでいいぜ」


 俺はキンキンに冷えた、オレンジジュースの缶を受け取る。


「……い、いや、晶子ちゃんの件なのだが……」

「何だよ、親父。もったいぶらないで言えよ?」


 奥歯に物が挟まったような、遠慮がちな親父の問いかけをスルーしながら、缶ジュースのプルタブを開け、豪快に飲みこむ。


 すると、親父が俺の間近に迫り……。


「……もう、晶子ちゃんとエッチは済ませたのか?」

「ぶぶっー!?」


 俺は勢いよく、飲んでいたオレンジジュースを噴いた。


「ごほごほ……。まっ、まだに決まってるだろ。俺達は高校生だぞ……?」

「まあ、それもそうだな。だがな、ワシが昔の頃は……」


 また、親父の例の自慢話が始まった。


 ──当時、会社員の幹部だった親父が、16歳で身籠った高校生の母さんを、彼女の両親から奪い取り、彼女を高校から中退させ、会社さえも退職し、この鳥々県まで駆け落ちした話。


 それから人里離れたエジブド村で母さんは俺を産み、何とか親父は小さな自営業(子供の時から好きだったアメリコザリガニ関係の仕事らしい?)でやりくりしながら、徐々に富を築いていった日々……。


 そう、例え、欲望に身をゆだねても、お互い愛し合って子供ができたら、その時点で、子供ではなく、親になる。


 親は子供に対して、何不自由なく育てなくてはならない。


 また、親になったら、生まれてくる罪のない子供に対して、逃げるわけにはいかない。


 親としての責任を持ち、己と闘い、二人で愛情を注いで育てることが大事だと、ワシは思っていると……。


 この赤裸々な話は、耳にタコが出来るほど聞かされた……。


「それよりさ、村では母さんは葬儀までしたのに、母さんが生きていても、周りの人から、何も反応がないのはおかしいよな?」

「それはワシの能力で、湖涼こりょうが亡くなった件に関わった、全ての人の記憶を消したからだ。問題ない」

「……そうか。確かメモリーロスト? 

だったかな?

相変わらず、親父の能力は物理法則を無視してるよな……」


 俺はその職業を生かして『食べていけるんじゃ?』の言葉を言いかけたが、辛うじて飲み込む。


 親父も俺とは違い、純血の宇宙人だ。

 もし、この人間の変身がバレたら大変だ。


 あのタケシの母親が殺害され、タケシまでもが、研究員から実験により、狂わされた性格になったように、人間全員が、みんな友好的ではない事に……。


「それよりも李騎君、晶子ちゃんには、自分が宇宙人と打ち明けたそうだな。

それから彼女とは、うまくいっているのか?」

「…まあ、何とかね。でも灰色タイツの宇宙人の姿を見せた時は、腰を抜かしていたけどな……」

「フム。それは初耳だな」

「……だって、俺は宇宙人と人間のハーフの血筋で、普段から人間の格好だから、中々信じてもらえなくてさ……。

わざと宇宙人ソックリに変身して、ようやく分かってくれたよ。

……そして、ついでに俺の好きな気持ちを伝えたら……『私も好きでした』と喜んでたな」

「そうか。あれから色々あったからな……。まあ、生きている限り、人生はいつからでもやり直せる。ワシもあの事件以来、昼間からの酒は控えて、なるべくなら、湖涼と仲良く過ごしたいと思っている……。

李騎君もこれからも頑張れよ……」

「ああ、言われなくても分かってるさ」


 そのまま親父がよいしょと腰をあげ、クーラーボックスから丸々と肥えたスイカを出して、他のみんながいる砂浜へと歩いて行く。


「李騎。今からスイカ割りを始めますよ~!」


 太陽の恵みと同じく、ビキニが眩しい天女様は、これから俺とどんな行く先を過ごすのだろうか……。 


◇◆◇◆


「──晶子。大事な話がある」


 あれから数日前、無事に母さんを救いだし、近くの救急病院へ搬送されたのを見送りながら、俺は隣にいる晶子の手にそっと触れていた……。


「何ですか、李騎?」

「──突然のことだけど、俺はお前が好きだ」


 そして、俺はストレートな感情を彼女にぶつけた。


 今、言わないと一生後悔するかも知れない。

 もう、こんなチャンスはないかもと、そう思っての告白だった。


「私も好きですよ、友達ですよね?」


 晶子は、相変わらずのマニュアル設定で応じてくる。


「そうじゃない。恋人にしたいくらい好きなんだ」

「はっ、そうなのですか……?」


 晶子の目が定まらず、宙を泳ぐ。

 何か悪いことでもあったのだろうか?


「どうかしたのか?」

「はい、私もずっと李騎のことが気になっていました。でも李騎からは何の反応もなくて、だったら、片想いでもいいやと思っていましたから……。

これは夢ではないのですね……」


 どうやら、俺の思い過ごしだったらしい。

 あの花畑から今にいたり、二人の気持ちは揺れ動いていたようだ。


「ああ、夢なんかで終わらないさ。俺達は恋人同士なんだから……」

「はい、私も李騎の事が大好きです!」


 俺達は優しく微笑み合い、お互いに次の好きの言葉を黙ったまま、唇同士を繋げた。


**** 


 ──俺はテントからスイカ割りの光景を眺めながら、あの時に触れた君への口づけを思い出す。


 そして、俺は急に立ち上がると、その砂場で遊んでいる晶子を、後ろからきつく抱き締めた。


「李騎、いきなりどうしたのですか?」


 愛しの彼女の背中は、それ以上は何も喋らなかった。

 俺は切なくなり、みんながいる前でも構わずに、彼女をさらにぎゅっと抱き締めた。


「李騎……」


 友達として、止まっていた二人の時計は、今から動き出す。


 ありがとうの温もりが肌に伝わる。


 だが、今の俺達には分かる。


 口には恥ずかしくて言えないが、その沈黙は十分に伝わっている。


「ありがとう」


 それだけで胸のつっかえが取れそうだ。

 そんな沈黙による「ありがとう」が苦しい……。


 でも、この苦しさはいつかは優しさへと変わる。


 そう、俺達がそうだったから……。


 だから、もう一度だけ、俺からみんなに言わせてほしい。


 『本当にありがとう……』




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