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D1章 誘いの言葉

第D−1話 揺らぐ恋愛感情(1)

 季節は12月上旬、木々の葉っぱが枯れ、落ち葉が踊る寒空さむぞらの東京の商店街。


 一人の少女が、白のダッフルコートと青のジーンズ姿で、その枯れ葉をサクサクと踏みしめながら、街中をウキウキ気分ではしゃいでいる。


 将来、彼氏が出来たための予行練習として、緑色のミリタリージャンパーに、黒のボトムスの俺は、彼女のストレス発散な買い物に半日中、付き合わされた。


 靴に洋服にアクセサリー、化粧品と、俺の両手を塞いだドッシリとした大量の買い物袋。


 まだ、これで終わりではない。

 昼食後には第二部もあるらしい……。


「もう、勘弁してほしいぜ」


 何だかんだで、肩幅の広い体から大きな息をつく、俺の名前は竜太りゅうた

 野球球児のような丸刈りで、168センチの微妙な背丈に、三角眼で目つきが悪めで、眉が濃く、高校二年生で年齢は17歳。

 特にひいでた魅力はない、普通で地味な男子だ。


 それと、今ここで一緒にファミレスで食事をしているのは、大学生になり、キャンパスライフを謳歌おうかしている、163センチの20歳の姉の由美香ゆみか

 俺とは違い、薄い眉に二重のパッチリした瞳で、それなりに鼻筋が通っている美少女。

 また、胸はそれなりにあり、ごく普通なCカップである。


 ──彼女と一緒に歩くと、男性陣からの熱い目線が、半端なく目立ってしょうがない。

 まあ、本人は特に意識していないらしいが……。


 そんな似ても似つかない俺達は、血を分けた紅葉もみじ家の姉弟きょうだいでもあった。


「しかし、半端なく寒いな……」


 彼女との割り勘を押しのけ、『男だから全額払うよ』と俺が会計を済ませ、暖かな喫茶店から出ると、あっという間に体が冷えてきた。


 ブルブルと肩を震わせ、身を拒めてると、そんな冷えきった体など、いざ知らず、パラパラと粉雪のような雪が舞い降りてくる……。


「初雪か、道理どうりで寒いわけだぜ」


****


 ──ふと、俺は冷たくひんやりとした、コンクリートの床から目を覚ました。


 天井には太陽の代わりに、大きな換気せんが、ファンファンと異音を立てながら、回っている。

 カバーは付いていないき出しの状態で、その黒いホコリで汚れきった羽は何も考えずに、ただ命令のままに回転していた。


 壁全体は土色で覆われ、地中をくりぬいたかのような洞窟のような室内。

 雪に例えたら、あのの作りに近いだろうか。  

 ただし、天井は少々高めで、四メートルくらいあるので、頭をぶつける心配はないし、周囲も、二メートルほどの幅はある。


 しかし、目の前にある、錆び付いた鉄の扉は頑丈で、この狭い部屋の中でしか、身動きはとれないが……。


「よう、目が覚めたか。おはようさん。坊さんの死刑囚さんよ」


 俺の隣で古びた布切れを使い、ゴシゴシと茶色の革靴の手入れをしている、青年から声をかけられる。


 彼は同居人の柊頼朝ひいらぎよりとだ。

 年齢は18歳。

 身長170で中肉中背、度の強い眼鏡をかけていて、長い黒髪を腰にまでのばして、後ろに束ね、灰色のリボンで髪を結んでいる。

 顔立ちはやや幼く、その身なりによっては女子、いや、男のに見えなくもない。

 その童顔の相性にぴったりな、上下の冬使用の青色のジャージが、やけに似合っている。


「おはよ……。

何だよ、朝っぱらから嫌みか?

俺の坊主頭のどこに不平があるんだよ?」


 俺は天井の蛍光灯にて、キラリと光る自慢の坊主頭を見せながら、頼朝にガツンと文句を言う。


 昔から変わらない俺の坊主スタイル。

 シャンプーで洗髪するのは楽だし、濡れた髪はすぐに乾くし、毛先の手入れをする心配もない。

 ちなみに俺も上下青色のジャージ姿だ。


「まあ、ぼちぼち見納めなフルフェイスメットに近いけどな」

「いや、これヘルメットじゃねーよ、坊主頭だからさ」

「ははっ、間違っても銀行強盗はするなよ」

「それなら寝てる間に頼朝もバリカンでって、その強盗仲間に入れるぜ」

「ははっ、いや、それは勘弁してほしいな」


 俺は、あの時から、運命が変わった。


 いつまでも家族水入らずで、幸せだったはずだ。


 そう、あの日から……。


****


「今日は楽しかったね。竜太。

……何、がらにもなく、緊張してるの?」


 いつもの長い髪を紫のゴムひもで結び、ツインテールにした彼女。

 その姉の由美香が、俺の頬をツンツンとつつく。


 いつもは、ただの飾りのないロングヘアだから、気になって質問を投げかけたら、実は今日のデート用の髪型らしい。


「それにしてもさ、夕食はロマンチックな夜景を見ながら、ムード満点の外食にしたかったけど、まさか財布を落とすなんてね……。

しかも二人ぶんの……。

……お陰で、もう帰らないといけないなんて……」

「だから、由美香が持っとけば良かったんだぜ……」

「だって、ロッカーに入れておくから任せてよって、言ってたのは竜太でしょ?

スケート場が後払い制度で良かったよ」

「ははっ、さては寒すぎて暖を求めて、財布に足が生え、トコトコと歩いて逃げたか」

「もう、私は冗談じゃなく、真剣な話をしてるんだからね!」


 ぶぅーと、お子様のように頬を膨らませ、ふてくされた表情で、やけに突っかかってくる由美香。


「まあ、そう、あんまり『キャンキャン』吠えるなよ。そんなには大金は入れてなかったんだろ?」

「うん。大した金額じゃなくて良かったよ。警察に届け出はしたけど、無事に戻ってくるかな……って、ところで『キャンキャン』って私は犬かよ!」 


 ──そんな由美香は、一見カンカンに怒っているように見えたが、俺の勘違いのようだった。

 風の冷たい日の沈みかけた冬空にも関わらず、彼女の表情は、太陽のようにキラキラとまぶしかったからだ。


 ふと、持ち前の黒のスマホで時刻を確認する。

 夕方が迫り来る4時。

 家には、まだ両親は帰宅していない。


 詳しい理由は聞きそびれたが、今日は新幹線にて、遠方まで色々とお世話になった知り合いと、仲良くデートを楽しみ、帰宅は夜中になるらしい。


 また、デート場所がこんなに寒いのに、なぜか海というのが謎だったが、何やらその知人が前世の記憶とかいう不思議な夢を見て、ピンと来たらしい。 

 いつまでも夫婦、仲良く暮らす秘訣ひけつだとか……。


 両親の意味不明なデート先に、頭を傾げる俺に由美香はそう語っていた……。


「さあ、今日は竜太の好きなハンバーグにしようかな。帰りにお馴染みのスーパーによっていい?

あそこの店主さんとは、顔がいていて、ツケが出来るから」


 彼女は両手のこぶしをボクサーのようにグッと握り、わざわざ俺のために手作り料理を振る舞うと発言している。


「おおっと、ここで爆弾発言出たぞ」

「失礼ね。ハンバーグは丸いけど、ちゃんとした食べ物だよ」


 俺の手をふんわりと包むこむように優しく握りながら、歩道をずんずんと突き進んでいく。


 どうやら、彼女なりに急いでいるようだ。

 別に両親から見たら、ただの仲の良い姉弟にしか見えないのに……。


 いや、今の俺と姉の由美香は、そうは思っていないらしい。

 俺達は禁断の甘い果実な関係に落ちそうだった……。


 もし、姉弟じゃなかったら、あっという間に恋人通しになっていたかも知れない。

 それくらい俺達は心が通じ合っていた。


「ねえ、竜太。今日はまだ一緒に居られるよね?

久しぶりに逢ったから積もる話もしたいし」

「ああ、大家さんには帰りは遅くなると伝えてあるし、大丈夫だぜ」


 親から離れ、高校になってから、近場で一人暮らしをしている俺に、由美香がにこりとながら、握っている手に力をこめる。


 彼女が俺のことを愛していることは、目にまるように理解できる。

 ……ただ、これは恋愛感情ではない。


 ──俺が高校生になり、彼女を姉から女性として意識しだし、放課後に呼び出して……、

……辛抱堪しんぼうたまらずに、彼女に勢いで告白した、あの学校での中庭を思い出す。


 夕日に照らされ、うれいを浴びた彼女は、俺からの視線をそらさずに、まっすぐな瞳で悟らせるように、あの時、言っていた。


 いつも一直線で、真面目な父さんの面影を、俺に重ねて見ていたこと、だからこれは好きではなく、憧れの想いだったこと。


 だけど、それが本当だとしたら、なぜ俺の気持ちを知ってからも、こんな風に距離を置かずに接してくるのか。


 このように俺の手を拒絶きょぜつせずに、やんわりと握りかえしたりする部分など、明らかに俺に好意があることは確かだった……。 


 ──そう、俺と由美香は仲の良い姉弟だと、二人は貫き通していた。

 ……家族にも内緒で、この想いを秘めたままで暮らしている。

 それが、むずかゆくても、こうするしか方法はない。

 だって、俺達は血の繋がった姉弟なのだから……。



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