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第D−2話 揺らぐ恋愛感情(2)

「ただいま~!」


 俺達は両親が住む自宅に到着し、由美香ゆみかがドアホンに喋りかけて、玄関のブザーをブーと鳴らす。


 当たり前だが、両親は外出中なので、シーンと静まりかえっていて、部屋からの返事はない。


「まあ、鍵がかかっているから当然だろ。マッチ一本、火事の元って言うからさ♪」

竜太りゅうた、それ、意味が違うと思うけど?」

「いや、鍵をマッチに例えてだな……」

「はい、その話題終了~!」


 自身のうんちく発言に酔いしれてる所で、由美香が砂利を敷いた庭にある、大きな石の裏にあった合鍵を手にいれ、ガチャガチャと鍵を開ける。


「さて、ご飯にするね」


 玄関に入った瞬間に、何やら、がさごそと物音がする。 

 そして、俺達は靴を脱ぐ際に、不可思議な部分がひっかかった。


 見覚えのある黒のスニーカーに、ピンクのロングブーツ。

 両親の二足の靴が、静かにお帰りを告げていたからだ……。


「……お母さん、帰ってきてるの?

今日は久々に弟が遊びに来たよ」


 由美香の答えに対して、突如響き渡るドアらしき開放音。


 気のせいだろうか。

 何者かの気配と足取りをと感じた。


「しかし、凄い臭いだぜ、何だろ、血なま臭いというか……」


 俺がリビングに足を踏み入れた瞬間、がらりと世界が変わった。


「なっ……」


 部屋中がペンキのような色で満ちていた。


 辺りを覆いつくす赤の色に、錆びいたプーンと鼻につく鉄の香り。


 ──正確には、人間の血液だった。


 その部屋の真ん中で、血だらけで仰向けに横たわる俺達の父さん。


 お腹には、深々とナイフが刺さっていた。


「き、きゃあああ、誰かー!!」


 持っていた食材の入ったビニール袋をどさりと落とし、変わり果てた父さんの姿に発狂する由美香。 

 辺りに食材が散乱し、袋の中にあった玉子パックの玉子が、ひび割れた状態でポーンと袋から飛び出す。


 それに答えたかのように、近くにやって来るピーポーと鳴り響くパトカーのサイレン。

 早くも何者かが、警察に通報したようだ。

 そのわりには、やたらと早いのが気になる。

 俺達に罪をなすりつけた、犯人による仕業だろうか……。


 ──ガラリと玄関のドアが強引に開けられ、土足でドシドシと無数の足音を立て、俺達の前へやって来た、ざっと10人ほどの機動警察。


 部屋の周りは警察官によって、完全に封鎖され、逃げ道はない。


紅葉もみじ家の父親、紅葉龍牙もみじ りゅうがの殺人の現行犯で、そこの二人を逮捕しろ!」

「はっ、かしこまりました!」


 モジャモジャな白髪頭に、アゴ髭を生やした上司の指示により、俺達はその中の若い警察官二人から腕を絞められ、強引にガチャリと手錠をかけられる。


「まっ、待てよ、俺達はやっていないぜ。勝手に決めつけるなよ!」

「……ここの家族は、近所でも人当たりがよく、いつも親切、丁寧の噂……。

とても周りに、恨みや憎しみを買うような人間がいるとは思えん……」

「……だ、だったら、話は早いだろ」

「だが、家庭内の暴力による反発といえば、話は別だ。コイツらを連れていけ!」

「なっ、この石頭ワカメジジイが!

解釈が違うだろ?

──なあ、由美香も何とか言ってくれ!?」


 俺は、彼女に助けを求めたが、余程のショックのせいなのか、うつむき、長い髪を前にさらしたまま、返事もしない。


 そのまま、俺達二人は外に連れ出され、パトカーに詰められようとされる。


「……おい、ちょっと待つのデス」


 そこへ、前方から白の仮面を被った、異様な姿な全身黒ローブの男が呼び止める。

 頭をすっぽりと覆ったフードに、さらにマスクをしていて顔は分からないが、しわがれた声からして、かなり年配の男性の声と判別できる。


「その二人は私が預かるのデス」

「何をわけの分からん事を……。

構わん、発進せよ!」

「はっ!

了解しました!」


 見た目が二十歳くらいの若い警察官が、ハンドルを握りしめ、強引にアクセルを踏もうとする。


 すると、男がローブをひらつかせながら、その車の前方に回り込み、強制的に停めさせる。 


『キキィー!』

 と、けたたましい摩擦音を叫びながら急停止する車体。


「おっ、お前、危ないではないか!」

「まあまあ、金なら山ほどある。これで、この二人を買うので問題はないはずデス」


 男が持っていたアルミ製のアタッシュケースを、警察車両のボンネットに載せて、パカッと開けると、中には大量の一万円札の束がギッシリとしまわれていた。


「ざっと三億はある。足りないなら、もっとはずむデス。もう、この金で警察官辞めて、とんずらして高飛びしてもいいんデスヨ」

「分かった。やむを得んな……」

「ふっ、話が分かるポリ公で良かったデス」


 髭面の警察官の口元が、微かにいるのを確認した男が、その警察官に、そのケースを渡す。


「どうやら私達の勘違いのようだ。この件に関しては、秘匿ひとく捜査とする。さあ、さっさと現場から立ち去れ!」


****


「……あ、ありがとな。おじさん」

「礼にはおよびません。さあ、これからはワタクシ達と一緒に暮らすデス」

「えっ、他にも仲間がいるのかよ?」

「当然デス。君達みたいな弱者を守る情報機関デスから。さあ、彼女さんも一緒に来るデス」


 おじさんが傷心しょうしんしきった由美香に、そっと救いの手を差しのべる。


 だが、未だに亡くなった父さんのショックが、隠せないのだろう。

 さっきから由美香は、ガタガタと震えていたままだった。


「大丈夫デス。もう怖くはありませんデス。アナタたちに神の祝福があらんことを……」


 胸元からキラリと十字架のネックレスを取り出し、何やらブツブツ言いながら、天に祈りを捧げているおじさん。


 やがて、落ち着きを取り戻した由美香にも、おじさんは優しく状況を説明して、俺達二人は、おじさんが運転する黒い車に乗せられた。


 俺は、あの天にお祈りをしていた光景から、このおじさんはとある有名なギリスト教の信仰者かと思った。


 ──だが、それは間違いだった。

 俺達は、見事におじさんにだまされ、地下の施設へと幽閉ゆうへいされたのだった……。


****


 ──そこでは、とある怪物と人間をうまく同居させ、この地球で怪物でも問題なく、平和に共存できる環境を目指していた。


 その怪物とは、過去に絶滅したと言われていた

 吸血鬼の生き残りの末裔まつえいが、この東京の地下施設で、息を潜めて生きていたのだ……。


 また体には、その吸血鬼のウイルスを注射され、反抗したり、脱獄だつごくをしようとするやからには、吸血鬼が苦手な十字架などを振りかざしたりし、逃げなくさせる、卑劣ひきょうきわまりない研究員や幹部達。

 そして、みずからの支配者である、この裏切りのおじさん……。 


 さらに、俺達二人も体を縛られ、そのウイルスを注射されて、モルモットのように研究材料にされる羽目になったのだ……。


 ──季節は真冬。

 俺と由美香の暗黙な地下施設での暮らしが、

 今、幕を開ける……。


****


 ──時、同じくして……。


「ふふふ、少しばかり、時空をゆがめて見たけど、これから、あの二人はどう動くかしら?」

「そうか、季節を夏から冬に変えて、あの二人を禁断な関係に持ち込んだのか。中々面白いな」

「私の腕前なら、このような時空転移や、恋愛術の操作なんて簡単なものよ。

──まあ、死んでしまった人達は元には戻せないけどね……」

「そうか、よほど、彼のことが好きだったんだ……」

「ええ。好きだった。

でもいいわ。今はこうして、素敵なしげるさんと出会えたのだから……」

「ミコト……。君は素直で可愛いね。あんな分からず屋の弥生やよいと別れて、正解だったよ……」


 ──160くらいのやせ形に、肩まで伸びた茶色の癖のない髪型が美しい。

  それは懐かしい彼女の面影おもかげだった。

 少し小鼻でパッチリとした二重で、それなりの美少女で肌は白く、若い頃の弥生に化けた宇宙人のの姿。


 そう、人間には華盛りがある。

 どんなに可愛くても、美人でも、老化によって枯れてしまう。


 それでも、その人を生涯愛せるか。

 それとも、そこで愛は冷めてしまうのか。

 どうやら僕は、後者の選択肢だったようだ……。 


 そんな僕達は、遮光カーテンを閉めきったワンルームの部屋で、笑いを交えた世間話をしていた。


 時折ときおり、酒のツマミを口に含み、グラスに入ったワインを飲みながら、室内で電灯がわりにつけている光輝く水晶玉。

 恋人同士でもあり、楽しげに語らいを紡ぐ二人は、これから待ち受ける竜太達の余興よきょうを、その水晶玉を通じて、のんびりと楽しんでいたのだった……。







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