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D3章 歪みきった学校生活

第D−6話 何の変哲のない登校

 ──希望乃百合ヶきぼうのゆりがおか高等学校。

 大それたネーミングセンスと思われがちだが、実際の中身は普通の学校である。


 凛とした白い壁に、五階建ての耐火性と耐震性が備えられたコンクリートで頑丈な作り。

 一階に職員室や校長室、二階から三年、三階は二年、四階は一年で、各学年は三クラス制度となっていて、五階は視聴覚室や科学実験室、図書室などの特別教室となっている。


「あっ、紅葉もみじ君。おはようございます」

「おはよう、西都さいとさん」


 季節は梅雨が明けたばかりで、外ではセミたちによるボランティアの合唱会が披露されている7月上旬。


 夏の暑い日差しが容赦ない登下校門から、よく手入れされた木々の生い茂る校庭へと、俺に向かって登校して来る一人の美少女……。

 俺より一つ年上の高校三年の西都美希さいとみきだ。


 長い赤茶けた髪をポニーテールにしており、その髪を纏めた大人の握りこぶしくらいの赤いリボンが、ティーンズ雑誌のモデルのような顔立ちの彼女を、より可愛らしく引き立てていた。


 また、彼女は年齢に関係なく、『下の名前で呼んで』と言ってはいるが、当の本人の口調はガチガチの目上目線なお嬢様スタイル。


 そんなお嬢様学校らしい夏の伝統な、服は白く、襟元が水色のセーラー服に、くるまひだな紺のプリーツスカート。

 襟のついた白いシャツと、夏用の薄い生地な黒ズボンの格好な男子とはえらい違いだ。


 しかも美希の体は肉付きがほど良く、安産型の体型で、胸も異様に大きいので、男としては反応にも困る。

 確か、女子仲間からの話では、胸のサイズはEからFくらいだとか……。


 まだ、あんなあどけない少女が桁外れなサイズで……普通なら信じられない……。


 一体、どのような発育をしているのか。

 毎日、牛乳1リットルでも、がぶ飲みしているのだろうか?


「あー。それにしても今日も朝から暑いですわね」


 このカンカン照りな強い日差しの中、歩いてきて、暑かったのだろう。


 胸の赤いネクタイを緩めて、胸元をさらけ出し、授業で使用するピンクの下敷きで起こした風をパタパタとセーラー服の中へと送っていた。 


 これは、ヤバい。

 下手をすれば、チラリと下着が見えかねない。


 まさに、届きそうで、届かないもどかしさ。 


 うぐぐ、これが高嶺たかねの花か……。


「な、何でしょう。どうかしたのかしら……はっ!?」


 そんな赤裸々(せきらら)とした、俺のモジモジとした反応をジロジロと見る美希。


「今、紅葉君。私を目で犯そうとしたでしょ。変態丸出しですわ!」


『バコーン!』


「ふぐっ!?」


 彼女が何を妄想したのは定かではないが、顔面に思いっきり、美希からのグーのパンチをバコンと食らい、俺は鼻血を吹き出しながら、その場でダウンする。


「乙女を襲う輩には正義の鉄槌を。

ざまあないですわ!」


 そこへ、ワー♪ というチアガールのような黄色い歓声が飛び交う。


「キャー。西都さんカッコいいー!」

「私が男だったらほれてるわ♪」

「へへん、男子が少ないからと調子こいて、いい気味よー!」


 地べたに倒れて、ヒクついている俺をよそに、美希の周りには、ワラワラと女子達が集まってくる。

 いつもの美希のためによる、精鋭せいえい騎士団の登場だ。


 彼女を悪い男から死守するために結成された、ボディーガードのような存在で、若き女性の騎士団。


 ……毎度ながら……いや、まだ彼女らは、親から独立もしてない子供だろ!? とツッコミたくなる。


 そう、ここでは男としての権限は弱い。

 何ごとに対しても、やたらと女性優先の学校。


 世間で言うレディーファーストが、ちょっぽけで可愛らしく見える言動。


 ここでは男子は弱者と扱われる。 


 ──俺は両親の都合により、今年転校してきて知ったのだが、この学校は二年前までは生徒には男子がいなく、まさに『百合ヶ丘』の学校名に『女子高』だったらしい。


 恐らく、この学校で男子が弱者なせいは、その名残からだろうか……。


 美希は俺にあっかんべーをしながら、多数の取り巻きに囲まれて、東側の校舎へと去っていった……。


****


「ねえねえ、竜太りゅうた君。昨日の英語の宿題はやってきたのかしら?」

「決まってるだろ、見てみろよ」

「あっ、それ、も~らい♪」

「なっ、いきなり何だよ。かっ、返せよな!」

「駄目よ、ここでは男子は女子の言いなりよ。昨日は色々あって出来なかったのよね……こんなとき、成績がいい奴がいてくれると助かるわ」


 クラスの女子の取り巻きから、英語の文法を日本語に訳したノートをぶんどられる俺。


 俺は立場が弱いことを良いことに、上手く女子達に利用されていた。 


 この二年のクラスには生徒は40名ほどで、二学年には男子は俺一人しかいない。


 だから、女子達にとって格好の的である。


 ちなみに去年も一人男子がいたらしいが、とある問題を起こして、急遽きゅうきょ退学という流れの尾ひれを付けられていた。


 ──よく、女子達に囲まれて、ハーレムでうらやましいと妄想する男もいるが、現実とはこんなものだ。


 相手が男なら、女は色目を使う。

 ただし、そこが共学ならではだ……。


 ──ここでは、男子と一緒で女子も生き物。

 性別が違うだけで、やっていることは一緒である。


 遅刻、早退、早弁、宿題忘れ、授業のサボリ、女子同士のセクハラなどなど……。

 男子がやるような行為を平然とやってのける。


 要するに男子の前ではいい子ぶって、猫を被っているらしい。

 それを知ったのも、つい最近だったが……。


「──なっ、何、あの?」

「ゲッ、超絶美少女じゃん?」

「ちょっと、あれには負けるわ。ガチでメイクやり直させて!」


 ──その騒動をはねのけ、何やら廊下の窓際で女性陣がガヤガヤと騒がしい。


 何だろう? と、俺も窓際から校庭を見ると、その女性と目が合う。


「あっ、竜太、いたいた。ちょっとそこで待っててね!」


 白のブラウスに赤いスカートの由美香ゆみかが、ウサギのようにピョンピョンしながら、俺に向かって手を振っているではないか!?


「何、あの娘。ひょっとしてあんたの彼女?」

「ああーん、ちょっと彼女がアイドルみたいに可愛いからって、お高くとまってんじゃねーぞ?」


 ……はい、ごめんなさい。


 由美香のせいで、廊下で俺よりも背が高く、筋肉質な別のクラスの不良女子二人に絡まれました……。


 二人とも銀髪で、みつ編みをしていて、身長は190くらいはある。


 ガンつきも細くて鋭く、本当に女子高生か?


 何か煙草くさいし、ガム噛んでるし、何やら、目が血走ってて怖い。


 そんなたじろぐ俺に、その片割れの不良娘が、俺の目の前に木刀を突きつける。


「ちいと、痛い目にあわないと、いけんようやね?」


 そのまま、木刀で頭を殴られると感じ、俺は頭上を手で覆い、身をすくめてしまう。


『ガキーン!』


「なっ、なんやと!?」


 そこへ手を払われ、宙を舞う木刀に、呆然ぼうぜんとしているヤンキーむすめ


「私の大事な弟に何をするのよぉぉー!!」

「ぐっ、ぐぶぅ!?」 


 俺の前に早足で駆けつけた由美香のジャンプ蹴りが、その不良女子のわき腹にぶち当たっていた。


「ぐっ……痛い……うっ……」


 壁にすがり、痛む腹を押さえて、ヨロヨロと立ち上がる、怒りのヤンキー娘……。


 その彼女を挑発しながら、さあ、来るなら来なさいと、いさましく構える由美香。


「……うっ、うぐ……姉ちゃん。

──うわーん、ポンポンが痛いよー!」


 ……が、あくまでもカッコつけたかったらしく、その蹴られたヤンキー娘、いや、か弱き女子が、その場に両ひざをおろし、わんわんと泣き叫ぶ始末であった……。


 その予想外の反応に俺達は、お互いに顔を見合わせて、あきれ返り、仕舞いには構えさえもとく由美香……。


「おお、大丈夫かね。よちよち……」

「姉ちゃん痛いよ、将来、元気な赤ちゃん生むための、かよわなポンポンやられたよ……」

「そうかね。大丈夫でちゅよ~♪」


 ……なぜ、相方(姉ちゃん?)が、赤ん坊言葉でなぐさめているのは謎だが……。


「……お前ら、今度こそ覚えとけよ!」


 こうして、不良二人組は逃げるように去っていった。


 いや、覚える義理まではないか……。


****


「竜太、大丈夫?

もう、たまには立ち向かわないと駄目だよ」

「だって、相手は女だぜ」

「それは考えがおかしいかな。ケンカを仕掛けてきた相手に性別は関係ないよ。対等にいかないと、さっきみたいになめられるよ」

「……そ、それより、ここに何の用だよ?」


「あっ、そうそう。

──はい。水筒忘れてるよ♪」


 由美香が肩にかけていた黒のスポーツバッグの中身から、ステンレスの小型な水筒を出し、俺の胸にやんわりと押しつける。


「何だよ。それならスマホで知らせてくれればいいものを……」

「そのスマホも忘れてたよ?」

「……あがっ、しもうたぜ!?」

「ふふっ、本当におっちょこちょいね。可愛い弟ちゃん~♪」


 そこへ、ジタバタと足音がとどろいてくる。


「先生、校内への不法侵入者はこちらです!」

「分かった。お前は裏側へ回れ。回り込んで捕まえるぞ!」


 ドカドカと上履きの音が近づき、野太い男性の声が近づいてくる。


 どうやら近所の野次馬が、教師を呼んだようだ。


 お前ら、こういう時だけはクソ真面目なんだな。


「ありゃ、しょうがないわね?」


 由美香、まさに絶対絶命。

 もしバレたら、大学や内定にも影響を呼びかけない。


「どうするのさ!?」

「ふふっ、お姉ちゃんに任せなさい♪」


 ふと、その場から姿が消えて、開いていた窓から飛び降りる由美香。


「なっ、由美香、ここは三階だぜ!?」


 俺は青ざめて、窓の下を見ると、由美香は器用に、壁の縦に繋がった雨どいの筒を下り、二階の窓へと飛び降りていた。


 それから、そのまま二階の三学年の渡り廊下を余裕ぶって、走って逃げる……。


「まさに猿かよ……」


 下手をすれば落ちて、大ケガになりかねない。


 昔から、由美香はきもが座っていた……。


****


「おやおや?

これは何の騒ぎデスかな?」


 そこへ、全身黒ローブの男がスルスルと滑るように歩いてやって来る。


 担任のロブオ・マンテ。

 黒人のマンテ教師だった。


 胸には常に十字架のネックレスをぶら下げているが、本人曰くギリスト教の信者でもなく、これは、己の身を守るためだとか。


『……あなたにも、そのうちこの意味が分かる日が来ますよ』と、意味深に言っていた言葉が、何か胸に引っかかる……。


「さあ、皆さん、ホームルームを始めますから、大人しく席につくのデス」


 マンテ教師が教壇に立ち、いつもの戯言たわごとの世間話を始めたのだった……。

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