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第D−7話 様々な人種

「──さてさて、この世界は、様々な人種であふれているデス……」


 朝からセミがミンミンと騒がしいホームルーム。


 エアコンの効いた室内でも多少は暑く、見ているだけで暑そうな黒のローブを脱ごうともしない数学教師で、俺達のクラス担当のマンテ教師。

 そのマンテが、白のチョークで、黒板に何かをカリカリと書き始める。


「人間にも肌の色から、黄色おうしょく人種、白人、私のような黒人など、色々いるデス……それから……」


 広々とした黒板に、牙の生やした人間らしき人物の顔を描くが、あまりの下手くそな絵で、グッと笑いをこらえる生徒もいた。

 長袖のカットソーを着た、オスのライオンか?

 いや、襟元が立っており、口から牙が飛び出しているからに、アレに間違いないだろう……。


「なるへそ、ウーパールーパーか」

「違うデス、何でそうなるデスか!」


 あの普段は落ち着いた大人なマンテも、あまりの理不尽さに怒りの声をあげる。

 まあ、実際には黒のフードを被っているので、表情までは掴めないが……。


「ちっ、ちっ。甘いな、先生。

昔は人間も、両生類の仲間だったんだぜ。その名残が、手のひらに残っていてな……。この指先の間にある水掻きが……」

「もう、紅葉もみじ君は、廊下に立ってるデス。

おい、二人とも、彼を外に連れ出すのデス!」

『あいさ、ほいさっ!』


 マンテの指示により、ダブル眼鏡女子による二人組の若きホープが、俺の目の前に接近する。


『ソラソラソラ、さいっ!』


 やがて、その眼鏡二人が、息のあった掛け声をはっし、そのまま風紀委員とクラス委員の二人から腕をかっさらわれ、ズルズルと引きずられる俺……。


「みんな、アデュー♪」


 こうして、何となく絵? となっていた、お祭り騒ぎな俺は廊下へと消えた。


「さて、これで邪魔者はいなくなったデスね……」


「──であるからに、中性ヨーロッパで流行病が感染し、次々と死傷者を出し、そこから、とある人物が生まれたデス……それが……」

「……それが、ウーパールーパーだぜ!」

「だぁー、大人しく廊下に立ってなさいデス!」


「あはははは。紅葉君、めっちゃうける、最高!」


 廊下からの俺の大声に、教室中の女子達が爆笑の渦に包まれる。


「マンテせんせー。紅葉は面白いやつだから、あまりいじめるなよ」

「そうです。それに今はホームルームです。最後まで先生の話を聞かせた方が後々良くないですか?」


 廊下ごしからでも、眼鏡ダブル女子が、俺をかばってくれている声が聞こえてくる。


 どうやら、二人とも眼鏡をギラギラと輝かせながら? マンテを責めているようだった。


「ぐぬぬ。いささか不満ですが……。

しょうがない。紅葉君を釈放しゃくほうするデス」

『イエッサー!!』


 例の眼鏡女子二人が駆け出し、廊下でマスコットキャラのような格好の俺を回収にかかる。


 さらに彼女らは、今度は引っ越し業者のような、丁寧な取り扱いをしてくる……。


 いや、待てよ。

 俺は行き場を失い、さまよう、燃えない粗大ごみみたいな存在か?


****


「──こうして、誕生したのは流行病で亡くなった人間から蘇った吸血鬼であり……」


 マンテが黒板の書いたライオンのような意味不明なイラストを見せながら、説明をくだす。


 あの絵柄のどこが、吸血鬼なのだろうか?


「アホらし、マンテによるありえへん遠方の、おとぎ吸血鬼の話か……。

耳にタコ、いや、揚げたてサクサクなイカリングが出来てしまうぜ」

「まさに、食べられるピアスデスか。悪くない発想デスね」


 俺の座っている横にマンテが寄り添い、そっと聞き耳を立てていた。


「……のわ、しれっと、き、聞いてたんかい!?」

「まあ、今はホームルームデスから。生徒の意見も尊重デス」


 マンテが気持ち悪くニヤリとにやけながら、ゆらりと立ち上がり、黒板のある教卓へと戻る。


 すると、そこへタイミングよくチャイムが鳴った。


「……では、この話は放課後の後ほど……。

これで朝のホームルームを終わるデス。

──では、今日の日直の紅葉君。号令を……」


「はいっ、キ○ン!」

「タ○レー!」

「辛口!」


 ああ、いつから、ここは酒の味も知らない若者が働く、キ○ンビール工場になったのだろうか。


 未成年だから飲めないけど、このビールのテレビCMはしょっちゅう見る。


 そして、俺は、マンテの指示で今度は教室内に立たされていた。


 後からやって来た別の教師とのタッグで、未成年の飲酒は禁止だと、諭すようにしかられながら……。


****


「──だから、ほんの冗談だし、俺は未成年だから、飲んでないのにさ……」

「きゃははは。詳しい話は聞きましたわよ。

それで一時限目は、教室の一番後ろにずっと立っていたのでしょ。まったく、自業自得じごうじとくですわ」 


 一時限目が終わり、休憩時間にトイレを済ませると、偶然、特別教室に移動中の美希みきと鉢合わせになった。


 彼女は、さっきから俺の話を聞きながら、くすくすと笑っている。


「何だよ、笑いごとじゃないぜ。仕舞いには罰として、うさぎ跳びで運動場を一周とか言うんだぜ。いつの時代の先公の考えだか……」


 俺は、その場でジェスチャーで、廊下内をピョンと飛び回る真似をする。


「そんな元気があれば、大丈夫ですわ」

「いや、さすがに地球一周は出来ないぜ」

「えっ、美希はそのようなことは言ってないですが?」

「ふっ、ただの空豆そらまめさ。聞かなかったことにしてくれ」

「えっと、それは空豆ではなく、空耳そらみみでは?」

「はひっ、やってもうたさー!?」


 俺は思わず変顔になり、その場から飛びはねる。


「くすくす。面白い人ですね。まるであの人みたいですわね」

「……えっ?」

「……あっ、ごめんなさい。彼のこと、柊頼朝ひいらぎよりとのことを知らないんですね」

「……誰だよ、何の話さ?」

「まあ、そのうち今日の放課後に分かりますわ。

──それじゃあ、授業に間に合いませんから」


 俺の反応をおおよそに、美希はすたすたときびすをかえして、去っていく。


「何だ、変なやつだな……。

あーあ、そう言えば!?」


 俺は頭を傾げながら、現状をふと思い出す。 


 そう、二時間目は英語の授業。

 あの英語の宿題のノートを女子連中から、まだ返してもらっていない……。


 このままでは宿題忘れになり、落第生らくだいせいというレッテルを貼られてしまう。


 だが、相手は女子。

 手荒な真似は出来ない……。


『──それは考えがおかしいかな。ケンカを仕掛けてきた相手に性別は関係ないよ。対等にいかないと、さっきみたいになめられるよ』


 ──だが、俺は由美香ゆみかの、あの言葉を思い出していた。


 そうだ。

 相手が女子でも、何人いても、メスのアムールトラでも関係ない。


 売られたケンカは、こちらが成敗せいばいしなくては……。


 俺は、あわただしく、バタバタと教室へ戻った。


****


 そのノートは、すぐに見つかった。


 俺の机の上に、ちゃかりと置いてあったからだ。


 ペラペラとページをめくる。


 すると、宿題の提出箇所で、日本語に訳文した場所にボールペンの落書きで、ガリガリと何かを書かれている。


『ヘーイ、俺、竜太りゅうたは、姉にベッタリなシスコン野郎だぜ。もう、毎日イチャイチャで、最高に好きだぜ!』


 そう書かれた落書きを見た俺は、、氷結された心になり、カチンと固まる。


 このノートには、宿題が書かれてある。

 しかも、修正が出来ないボールペンの字でデカデカとイタズラ書き……。


 つまり、これは教師も見るということだ。 


 さらに、この学校は基本的に恋愛は禁止だ。

 それにくわえ、実の姉を好きになったとなると、下手をすれば停学だけではすまない。


 俺は焦って、黒板の上にある壁時計に目を向けるが、どう考えても、今からやり直しをしても間に合わない。

 俺の脳裏から、退学の二文字が頭から離れない。


「ちっ、見事にはめられたぜ……」


 学校のチャイムを聞きながら、俺は着席する。


 なぜ、女子はよってたかって、こんな嫌がらせをするのだろうか。

 しかも、男とは違う、ジワジワとした陰湿なイジメ。


 俺は、今すぐにでも退学したい気分にかられたが、せめて高校だけでも卒業しないと、バイトをしながら高い学費を払っている由美香に、申し訳ないとしみじみ感じていた……。


****


「すみません。先生。宿題を忘れました」


 俺は白髪頭をした、年配の英語の男性教師に、正直に頭を下げて、ペコペコと謝る。


「何だ、いつも欠かさすに提出するのに珍しいな。どうかしたか?」

「実は昨日から、お腹を崩しまして……」

「そうか、それから仕方ないな」


 俺の言い分を、何の疑いもなく丸めこんでくれる英語の教師。


 今さらながら、いい先生で良かった。


「ところで、調子が悪いんだろう。保健室には行かなくても平気か?」

「……あっ、いえ、来る前に市販薬を飲んだから大丈夫です」


 冗談じゃない。

 このまま保健室に行けば、今、やっている授業を放置することになる。


 そうなれば勉強についてこれなくなり、学力の低下、そして留年から退学となり、由美香にも負担をかけるだろう……。


 いかにもお嬢様達の姑息こそくなイタズラらしい、緻密ちみつに練られた計画である。


 そんな周りの女子からクスクスと笑われ、様々な弱い立場にいる俺は、とりあえず耐えるしかなかった。


 こんな時、頼りになる由美香が隣にいてくれれば……。

 いや、俺とは正反対でそばに、力強い男子がいてくれれば……。


 何で、その男子は、去年退学したのだろうか……。


 それは、一種の甘えに過ぎないかも知れないが、いるはずもない相手に心を通わせながら、俺は心の底から救いを求めていた。



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