『キーンコーン、カーンコーン~♪』
──全ての授業を終え、終業のチャイムが高らかに鳴り、俺達のクラスは放課後のホームルームを終えた。
雑談で賑やかになった生徒達が、いつものように帰宅しようと席を立とうとした時、ふと、マンテから呼び止められる。
「君達には、朝の続きの話で、さらに話したいことがあるデス。名前を呼ばれた人はここに残るのデス」
****
それから数分後……。
マンテに名前を呼ばれたクラスで、特に成績優秀な10名ほどの生徒達が、この場に
……入手方法は謎だったが、マンテが持ち歩く、ギラリと鈍く光り輝いた、銀色の鍵の束。
さらに俺より一回りも大きな、身長180越えの体型に、黒のローブを纏った上からでも分かる、がっしりと引き締まった腰。
その腰に、大量に光った、鍵の束についている紐をくくりつける。
こうして、彼は俺達のクラスメイトを引き連れて、廊下の片隅にある、錆びついた鉄のエレベーターへと、するすると
ふと、そこで
「……先生、ここは作業用エレベーターで、業者以外は入ったらいけないのでは?
……いくら先生でも、身勝手な行為は駄目ですよ?」
「フフフッ。これは、誠に感心な若者デスね。今どき真面目な生徒も居たものデス」
「──きゃっ!?」
マンテが、その正論な発言をした女子の後ろ首を、手刀でトンと素早く叩き、その場で気絶させる。
「……なっ、マンテ先生!?」
「ここから先の地下に行きたい希望者は、わたしに従うのデス。
マンテが、まるで解雇宣言のように、スッと首をかっ斬る仕草をする。
「いやぁ、怖いよ……」
「な、何の冗談ですか!?」
「……こっ、ここで私達をどうするつもり?」
いくらかの女子は恐怖のせいか、言葉を失って、その場から動けなくなっていた。
中にはブルブルと怯えて、泣いている女子もいる。
……そう、これが女の子としての普通の反応だ。
これから始まる、嫌な予感を、本能的に察しているのだろう。
──狩りと、冒険の役目は男性。
女性は子供の面倒を見ながら、料理、掃除、洗濯などの家事に
女性は、どちらかと言えば守る側だ。
普段の
「冗談じゃない。帰らせてもらう!」
「……まっ、待って、私もっ!」
「……グフフッ。帰るのはいいですが、このことはくれぐれも内緒デスよ」
「こんな
「まったく、ご名答デス。頭が賢いからに、柔軟な理解力があってよろしいデスね~♪」
そんな10名ほどの生徒が恐れをなして、自宅へと帰る中、俺と例の眼鏡女子二人だけの三人が、この渡り廊下に残っていた。
なお、風紀委員とクラス委員の女子二人により、影が薄くなりがちな姿で、非常に気まずい雰囲気な俺……。
……その三人組の恋愛漫画のようなトライアングル恋関係?
を察したのか、周囲にいたマンテが、優しく声かけする。
「大した勇気と度胸デスね。三人とも、この学校での教師になれる素質がありますよ。グフフフ……」
奇妙な笑い方をしたマンテの立つエレベーターの扉の入り口には錠前があり、マンテが、そこにするりと鍵を差し込む。
すると、エレベーターの扉がガバッと開き、俺達を迎え入れる。
「いいですか、ここから先は企業秘密デス。反論したり、ここの秘密をバラした生徒は処罰、または退学の対象になるデス」
「じゃあ、何でわざわざ明かすような真似をするのさ?」
「その理由は、黙っていてもいずれバレるからデス。
──つまり理由を知っていれば、それなりの対処は出来るからデスよ」
「どんな理由だよ?」
「いや、それは後に話すデス。
──それより
マンテにズンズンと背中を押されながら、俺達はエレベーターの中に乗り、軽やかなモーターの機械音と一緒に、地下へと降りていった……。
****
無機質な音と共に、降下した到着点、地下20階……。
そこは土を掘り進めた、薄暗い洞窟になっていた……。
また、天井に一メートル間隔に蛍光灯が埋められており、普段は周りが見えにくい暗い洞窟内を、適度に明るく照らしている。
やがて、行き止まりの壁際にある、一つの扉の前に立ち、マンテが鍵を開けた。
一メートル間隔にある、重い銀色の扉の鍵をガチャリと開けた先には、また同じ色と形の扉があり、4度目の扉を開けると、直線の通路になっていて、
左右に挟まれた空の牢屋が配置された通路が、奥深くまで伸びていた。
「ギィ、ギィー!」
しばらく、その誰もいない場所を進んでいくと、遠くから、何やら奇怪な鳴き声が聞こえてくる。
何かの動物を飼育しているのか?
ならなぜ、こんな地下で面倒を見ているのか?
「ギィィー!!」
その答えは一瞬でかき消える。
それは人間の姿をしていた。
どうやら約六畳ほどの一つの牢屋に、一匹を閉じ込めているようだ。
だが、何かが違う。
着ている服は、土でドロドロに汚れていて、目は赤く充血しており、口からは犬歯がはみ出し、鋭く尖った牙のようになっている。
奴らは、檻の中で狂ったように、俺達に向かってギラギラとした、飢えた野獣のような瞳で見ている。
「ギィ、ギィー!!」
檻の中で、耳にキンキンくる叫び声で暴れ狂う、異質な獣達。
中には頑丈な鉄格子を荒々しく掴み、ガチャガチャと鳴らして、
その一匹の眼鏡をかけた、獣の前でピシッと立ち止まるマンテ。
「吸血鬼って知ってるデスか?」
マンテが自身の着ているローブの袖口から、がさごそと生々しい赤の液体のパックを取り出す。
……それは病院の手術で使用する、輸血用の点滴パックに似ていた。
「──彼らのことを言うんデスよ!」
マンテが、それを吸血鬼の騒ぐ、牢屋の鉄格子の隙間から投げ入れる。
「ギィ、ギィィ!!」
無造作に与えられたパックを食いちぎり、中の液体をゴクゴクとラッパ飲みをする吸血鬼と呼ばれた、なぜか、ずれ落ちない眼鏡をかけた一匹の獣……。
その仕草を見て、真っ青な顔で
狂いきった異様な吸血鬼の姿は、どこかで見覚えがあった……。
「さて、紅葉君。
ここいらで、この学校に関した、詳しいお話をするデス……」
マンテは鉄格子から少しずれた土の壁に背を預け、俺に、ゆっくりと話を持ちかけてきた……。
****
──普通、犯罪を起こした、まだ未成年の子供たちは少年院に送られ、そこで更正のプログラムを計画し、まっとうな人間にするように、そこで訓練を重ねる。
しかし、少年院とはいえ、その匂いをマスコミ達は黙ってみていない。
彼らは未成年という存在を獲物に、様々な取材を試みてくる。
……取材をするほどに増えるお金を目当てに、顔を隠して、名前を少年Aや少女Bなどに例え、面白半分で踏みいってくるのだ。
そこを一般の人々が観たら、どう思うか……。
『この人、どこかで見たことがある……』と、SNSなどを通じてマスコミ内に情報を求めて、
……だが、その状況を、犯罪の起こした子供のいる保護者が知ったら、どう感じるか。
いくら心を入れ替えて戻ってきても、社会が許さないのだ。
──学校に登下校を繰り返す度に、仲間や生徒からヤジなどが飛び、いじられて嫌みに繋がり、
あげくのはてには、そこからイジメへとエスカレートする。
やがて、ゆくゆくは学校に行かなくなり、家に引きこもり、親のすねをかじる、三食昼寝つきな
どこの企業の面接にも、親が代わりに
当たり前だ。
本人は目の前に居ないから、真人間か、未だに偽善者気分か、区別がつかないし、どこにそのような、いつ破裂するか分からない不発弾を置いておくのか。
社会に異常な犯罪人を雇用していることが判明したら、会社が不利益に繋がる。
そうなると経営は赤字になり、中小企業だと、即刻に
そうやって解雇され、家に閉じこもり、今度は親が面倒を見る。
例え、親は高齢になっても、一人立ちが出来ない、子供の心配もしなくてはならない。
しばらくして年月が過ぎ、親が車椅子状態になり、やがて寝たきりになると、満足な暮らしや食生活もおくれずに、ストレスを暴発させた子供は、再び犯罪へと手を
──何か事件が起これば、『犯罪者の家族のお前達が、あの犯罪者を真似てやったのだろう』と……。
こうして、行く先の家庭は崩壊して、一家は散り散りになる。
さらに、それが不満で発狂した子供も、犯罪に手を伸ばすはめになり……次から次へと増えて行く、身近な犯罪者……。
手に追えない保護者たちの末路……裏切り、憎しみ、暴力など……。
一人の子供により、家系さえも崩されるはめになる……。
そんなわけありの事情のために、子供の犯罪者を少年院に行かさずに、世間で内緒で
それが、この学校の闇に作られた地下施設である。
表向きには、普通の学校として運営をして、施設に資金援助などをして支え、裏向きの施設は、万が一、何かが起きても、親元を離れた生徒が過ごしている学生寮などという理由で、暗黙で経営させる意表をついたシステム。
……だが、いくら施設とはいえ、残酷なシステムで健康な子供なら、いつまでもそこには置けない。
明らかに泊めるお金と、部屋数が足りないからだ。
だから、国からお金を援助して、独立して暮らしてくれという形になる。
そうなると、その犯罪者の子供の行方が知らされ、また、身近な関係者を歪めてしまう。
なら、病気持ちにして、ほぼ永久的に、施設に閉じ込めてしまおうと
……とある海外で、戦時中に人体実験として利用していた、ある程度なら、不死身な兵士になれた『吸血鬼』という未知のウイルスを、裏ルートにて安価で取り寄せて……。
****
「──以上が、この学校と地下施設についての大体の話になるデス。
……おや、聞いて驚いたデスか?」
「いや……」
マンテの長話を
確かに若いが、そう子供でもなく、俺と同じような年頃に映る。
しかも、彼の服装は明らかに、俺が体育の時に着ている青のジャージと、よく似ていた。
そう、よく見ると胸には
「……そうか、この男子が去年学校にいた……
「そうデス。ご存じでしたか。
彼が吸血鬼になった
──気をつけるデス。ちょうど今日が満月の夜デスから、こうやって腹を空かせて、凶暴になってるデス。
まあ、夕食に牛肉を与えたので、多少は大人しい方デスが……」
──さらに、マンテが話を進める……。
実は『百合ヶ丘』の前の頭文字にある、『
日中に正常な人の姿で地上に這い上がり、その人の形をした吸血鬼が、夜中に暴れ狂わないように、願いをこめ、今年から、『希望乃』百合ヶ丘という学校名に
事実、去年、高校二年の17の時に吸血鬼になり、退学した頼朝のワッペンには、『希望乃』の文字が新しく縫われていないのだ……。
「ギィ、ギィ……」
落ち着いた行動からして、存分に空腹を満たせたのだろうか?
その吸血鬼が、鉄格子から外れた空間で寝転がる。
そのまま、頼朝はグッスリと寝息を立てる……。
「しかし、こいつはそんなにヤバい犯罪をしたのか?」
「母親をやってますデス。幸い母親には命に別状はなかったのデスが、幼馴染みの
──不意に頭痛が走る。
彼と何気ない会話、
ボロボロになった彼の服装、
牢獄で彼に襲われた女性……。
『──去年のクリスマスに、ここに入る前に自身の母親を刺して殺害未遂にさせ、それが理由で、この施設に入所した──』
頭が割れそうに痛い。
この余計に入り込んでくる記憶は、どこから来るのだろう。
俺は、今初めて会った、柊頼朝と面識があるのか?
いや、俺はこの場所を知っている?
「どうかしたデスか、顔色が優れないようデスね。では、帰りましょうか」
「……あっ、そうだな」
「あと、くれぐれもこのことは、他言無用デスよ。話した時は私のお仲間さんから、即座に殺られてるデス」
マンテがこめかみを指さし、俺の耳元でバーンと呟く。
どうやら、この学校には万が一に備え、秘密を漏らすと、無言で葬りさる暗殺者がいるらしい。
あくまでも俺の推測に過ぎないが、マンテが気絶させた生徒を運んでいた彼と同じ、
……いやいや。
今は、それどころじゃない……。
俺は頭を震わせて、理性を取り戻し、頼朝と呼ばれた吸血鬼から離れた。
それよりも、今は彼のことをもっとよく知っている、三学年の美希と納得のゆく話がしたかったのだった……。