──季節は7月上旬、木々の葉っぱが青々しく繁り、木に止まったセミがミンミンと騒がしい、夏真っ盛りの東京の商店街。
一人の少女が白のキャミソールと、黄色のミニスカートというセクシーな姿で、地面の砂利をサクサクと踏みしめながら、街中をワクワク気分で騒いでいる。
将来、彼氏が出来たための予行練習として、緑色の半袖Tシャツに黒のボトムスの俺は、彼女のストレス発散な買い物に半日中、付き合わされた。
靴に洋服にアクセサリー、化粧品と俺の両手を塞いだ、ズッシリとした大量の買い物袋。
まだ、これで終わりではない。
昼食後には第二部、今晩作る、夕ご飯の食材の買い出しもあるらしい……。
「もう、勘弁してほしいぜ」
何だかんだで俺は、額の汗を青のハンカチで拭きながら、肩から大きな息をつく。
俺の名は
野球球児のような丸刈りで、168センチの微妙な背丈に、三角眼で目つきが悪めで眉が濃く、高校二年生で年齢は17歳。
特に
それと、今ここで一緒にファミレスで食事をしているのは、大学生になり、キャンパスライフを謳歌している163センチの20歳の姉の
俺とは違い、薄い眉に二重のパッチリした瞳で、それなりに鼻筋が通っている美少女。
また、胸はそれなりにあり、ごく普通なCカップである。
彼女と一緒に歩くと、男性陣からの熱い目線が、半端なく目立ってしょうがない。
まあ、本人は意識していないらしいが……。
そんな似ても似つかない俺達は、血を分けた
****
──今、俺達二人は昼休憩も兼ねて、エアコンの冷房がよく効いたファミレスで昼ご飯を食べていた。
俺はカレーライス、由美香はチョコレートケーキを食している。
飲み物は俺はオレンジで、彼女はアイスコーヒーだ。
「昼ご飯、そんなんで足りるのか?」
「うん、ちょっと食欲がなくてね。夏バテかな……」
「夏バテだからって、食べないのは体に悪いぜ」
「ありがとう。竜太は優しいね」
「そうでもないさ」
「……だったら、あーんして食べさせてよ」
「そりゃ、ごめんだな。俺達は
すると、俺の発言に何があったかは知らないが、由美香が静かにフォークをカチャンと丸皿に置き、切なそうに顔を
「まあ、そんなに落ち込むなよ。好きな男を作って、その時にしてもらえばいいじゃないか」
「……何も分かってない」
「えっ、何さ?」
「……竜太は何も分かってない!!」
そして、なぜか怒った表情になり、大声で叫んだ由美香は、いきなりガバッと席を立ち、テーブルに二人分の代金をバンッと置いて、そのまま立ち去る。
すぐさま隣の家族連れのお客さんの父親が俺をなだめながら、
『何だ、フラれたのか。まあ、星の数ほど女はいる。次があるさ。頑張れ』
とか言うことを話していたが、その言葉はとりあえず無視する。
今はそれどころではないのだ……。
「おい、由美香、どうしたのさ!?」
俺も食事を中断して、彼女の後を急いで追いかけた……。
****
──やがて、商店街から外れて、そよ風が優しく吹く、ひとけのない草原に出た所で、由美香の姿を発見したが、何やら様子がおかしい。
由美香は、手に何か光るものを持っていたからだ。
あれは鋭利な刃物、包丁か!?
近くの雑貨屋で購入したのだろうか……。
彼女は、そのギラリと光る尖った先端を見せて、俺を驚かそうとする。
「由美香、危ない真似事は止せよ!」
「……竜太は何も分かってない……。
──私達は、
本当の
「何だって?」
一体、何の冗談だろうか。
彼女の言っていることが、意味不明だ。
本人は真顔だから、なおさらだったが、俺は、あのファミレスで何か悪いものでも食べたのかと思ったほどだ。
こう言うときは下手に相手を刺激せずに、相手の言う話をよく聞いてあげる。
昔、由美香と姉弟喧嘩ばかりしていた時に母さんが、俺によく言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
『竜太、相手は弱い立場の女性で、お前は男の子なのだから、我慢することを覚えないと。
間違っても女性に暴力などをふるったら駄目』だと……。
──俺は黙って、由美香を見つめていると、彼女が包丁を、再び俺に向かって突きつける仕草を続ける。
恐らく、これはハッタリだ。
いくらなんでも、距離が離れすぎている。
その間は約5メートルといった所だろうか……。
それくらいなら、もし刺されそうになっても、余裕で
「竜太、あなたは私達のお母さんから生まれてきてないの……。
──あなたは
「さっきから何の、わけの分からないことを言ってるんだ?」
「元々、私を生んで、お母さんは体が弱り、二人目の男の子は流産したの……。
──それからお母さんは子宝に恵まれなくて、悩んだうえに偶然、交通事故で亡くなった別の両親の知り合いが赤ちゃんポストに、その子供を引き渡していて、そこに届けられた施設で、その赤ちゃんを引き取った──それが竜太、あなたよ……」
「……何だ、本当にわけが分からないぜ。その証拠はあるのかよ……?」
「……これを見て、遺産証明書よ」
俺は由美香が投げてきた、一通の茶色の封筒を受け取る。
宛名には『紅葉由美香』と書かれてあり、中に折り畳まれた手紙を取り出す。
その父親の遺産の相続人には由美香の名前しかない。
由美香が、万が一のために遺産を受け取れなかった場合でも、俺の名前は載っていない。
ふと、下にある文面が気になり、眼で追ってみる。
『紅葉竜太は養子であり、正当に考えて、紅葉龍牙の遺産の相続人には当てはまらない』と書いてあった。
なぜか、母さんも相続人に
「何だよ、これ……」
さらに、木の葉のように、はらりと手元に滑り落ちた、古ぼけた1枚の写真。
それを拾い、写真を見てみると、見たこともない学生のような若さの大人の男女二人が写っている。
また、その若い女性が赤ちゃんを抱っこしていたが、一緒に写っているのは見覚えのある赤ちゃん……。
……その赤ん坊は俺の母さんがアルバムで見せてくれた、俺の小さい時の赤ちゃんの顔写真にそっくりだった。
「──つまり、俺は紅葉家の子供じゃない……」
だが、不思議と
本物の両親がどうあれ、それよりも由美香への想いの方が
もしかして、由美香はこのことを知ってから、俺に優しく接するようになったのか?
だから俺を弟ではなく、一人の男性として意識するようになったのか?
あのファミレスでの発言が浮かび出す。
何も分かっていない俺は、知らないうちに由美香を傷つけていたのだ。
相変わらず、俺にはデリカシーというものがないな……。
「──竜太、それでも私はあなたのことを好きになったら駄目なの?」
「いや、
『ピリリリリ~♪』
その修羅場だったムードをガツンと壊してくれた、ありがたい通話のコール音。
俺はポケットにあるスマホを手前にかざす。
見たことのない電話番号だった。
「何だ、誰からの電話だ?」
「……私のことはいいから、早く電話に出て……」
「……ああ、ごめんな」
俺はスマホの通話ボタンを指でスライドさせる。
「……もしもし、どちら様ですか?」
『あの、竜太君ですか?』
「そうだけど……この声はミコトか?
わざわざ電話とかしてどうしたのさ?」
『はい、ミコトです。
──すみません、
「何だって?」
『こうなったら僕、
「……マジかよ」
どうして神様という代物は、俺をとことん縛るのだろうか。
これでは運命を回避しようとしても一緒だ。
運命という中には
「それで今、繁とか言うヤツはどこにいるんだ?」
『さっき車に乗って移動したところ。急いで、時間がない』
「だあー! よりにもよって車かよ!?
分かったぜ。今すぐ帰るからさ……」
「きゃっ!?」
俺は通話を切り、隙をついて由美香に素早く近づき、彼女が持っていた包丁の柄を目がけて、パーンと素手で包丁を払いのけ、彼女の両腕をしっかりと握る。
包丁を持つ手が震えていたことから、相当な無理をしていたようだ。
あれほど、
やっぱり日頃から握っている身近な刃物でも、いざ人に向けるとなると勝手が違ってくる。
慣れない行為に神経をすり減らすとは、まさにこのことだ。
「由美香、気持ちは分からないでもないが、少し頭を冷やせよ」
「竜太、ご、ごめんなさい……」
俺は彼女の両腕を掴み、冷静になりながら説得し、何とか彼女の理性を元に戻そうとする……。
──しかし、デート場所が近所の商店街で良かった。
ここからなら、自宅まで走っても10分も掛からないだろう。
『ピリリリリ~♪』
また、スマホが鳴り出し、俺は
「今度は誰だよ!」
そして、荒々しいことをぼやきながら、スマホを耳に当てた。
『竜太か? 俺だ、父さんだ』
「あっ、ごめん。父さん、どうしたの?」
『すまんな、弓が新幹線に乗る前に、突然体調不良で風邪をひいてたらしく、今、家に帰って休ませているんだ……。
──竜太、すまないが、看病に必要な品があるなら、帰りに薬局で買い物をしてきてくれないか? 頼んだぞ……』
「……な、何でこんな時に限って……」
そう、悪いことは積み重なるものだ。
このまま、両親と繁と鉢合わせしたら、それこそ悲惨な結末が待ち構えている。
しかし、あの宇宙風邪は人には感染しないんじゃなかったのか?
「由美香、悪いが、ちょっと頼みたいことがある。食材の買い物ついでに、このメモ用紙に書かれた品物を買ってきてくれないか?
俺は、ちょっと急用ができちゃってさ……」
俺が電話の主を父さんだと、由美香に明かすと、彼女はようやく明るい顔で落ち着きを取り戻し、いつもの穏やかな態度に戻る。
「……まあ、お父さんからの伝言なら、しょうがないわね」
「このデートの埋め合わせは必ずするからさ。じゃあ、この買い物の荷物は宅配便で送ろうか」
俺は宅配業者にメールで用件を伝えると、自宅に向かって走り出す。
「……でも竜太、私の気持ちは変わらないからね。だから、あまり気にしないで」
「ありがとう」
これで由美香が被害に遭うことはないし、繁と争いになっても犠牲は減らせるはずだ。
「くそ、お願いだから間に合ってくれ!」
俺は由美香に一時の別れを済まし、靴底を上げてダッシュしながら一目散に家路へと急ぐ。
『──チャリンチャリン♪』
「わっ、お兄ちゃんあぶない!」
「なっ、のわっ!?」
そこへ俺の目の前をヒューンと風のように突っ切る赤いママチャリ。
そのママチャリが、そのまま近くのトマト畑へとドカーンと突っ込み、乗っていた子供ごと倒れこむ。
そこから前輪が半分埋まった自転車を放って、全身泥まみれで這い上がり、フラフラとこちらへやって来る、小学校高学年くらいの三つ編みの少女。
それは、まるで腹を空かしたゾンビの行進のようだった……。
「──あっ、このガキ、危ないじゃないか!」
「あぅ、お兄ちゃんごめんなさい。自転車を乗る練習してるんだけど、ほじょ輪がないからうまく走れなくて……」
泥んこの少女がいけない行為だと感じ取り、真っ先に俺に
だけど、一歩間違えば俺は大ケガをしていた。
こんな歩行者が歩く道端でも構わずに、自転車の暴走練習をさせている、この子の両親はどこにいるんだ?
ちゃんと親としての
……とガツンと言わないと、気がすまなかった。
そこへ、ふと俺の頭の中に、悪魔の
「……そうか、その手があったぜ!」
俺は畑に倒れていた自転車を起こし、サドルに
「すまんな、しばらく借りるぜ」
「えっ、お兄ちゃん?」
そのまま、少女から強制レンタルした自転車で、立ちこぎを始めた俺を眺めながら、少女が、それを判断して泣き叫ぶまで、数秒はかからなかった。
「うわーん。ママー、変なお兄ちゃんに自転車取られたよー!!
大好きなパパからの誕生日プレゼントだったのにー!!」
すまん、少女よ、今日ばかりは許せ。
俺達の将来がかかっているのだ。
「悪いな、後でちゃんと返すからさっ!」
俺はチャリのペダルを踏みしめ、速度をグングン上げながら、泣いている少女から遠ざかる。
車などと違い、渋滞規制はないから、これなら繁よりも先に到着しそうだ。
俺は、はやる気持ちを抑え、目的地に向かって、無心にこぐのだった……。