──あれから、自転車をがむしゃらに走らして数分後……。
まだ、いかがわしい車は停まってはいないらしく、どうやら
俺は自転車を庭に置き、玄関のドアに触れ、鍵のかかっているかどうかの有無を確認し、鍵が開いてある入り口のドアを開けて、家の中へと入り込む。
玄関には二足の靴が揃えてあった。
白の運動靴に、黄色のビニールサンダル。
いつもの両親の靴に間違いない。
「父さん!」
俺は脱衣場にあったフェイスタオルで汗を拭きながら、リビングに向かって叫ぶと、台所付近で料理をしている父さんと偶然、目が合う。
「おお、
「ああ、
「……何だ、深刻そうな顔してどうした?」
父さんが耳にはめていたワイヤレスイヤホンを取り、俺の話題に乗ろうとする。
「父さん、ここにいると危ないから離れた方がいい」
「何だ?
今作ったばかりの雑炊も冷めてしまうじゃないか」
「こんな時に何言ってるんだ。命がかかってるんだぜ!」
「……そう感情的になるな。まあ、これでも聴いて落ち着け」
父さんが、俺にイヤホンを渡す。
一体どんな曲を聴いてるのかと、興味本心でそれをはめてみる。
……女性歌手によるバリバリの演歌だった。
「なっ、さゆたんの声は最高だろ?」
いや、まんまと乗せられた……。
今はこんなことをしている場合じゃない。
俺はポケットにそのイヤホンをしまい、今置かれた状況を説明する。
「……父さん、そうじゃないんだ。今からとんでもなく危ない目にあうんだよ」
「まあ、落ち着け。それよりお前も、お
駄目だ。
これでは話にならない。
『ドカーン!』
ふと、玄関先から、物凄い破壊音が響いた。
「来たぜ……」
「何だ、新手の金貸し屋か?
差し押さえになるような借金は作ってないぞ?」
「父さんは来ないで。ヤツの狙いは父さんだからさ」
「そうか、よく分からんがほどほどにな。
──じゃあ、弓の様子でも見てくるか」
父さんがふらりと、風邪で寝ている母さんがいる寝室へと向かう。
それを見送った俺は、台所にあった
「ふふふっ、あの生のカボチャさえも軽々と輪切りに出来る、ドラゴンサバイバル包丁の存在を知っているとは、中々やるなあ」
もくもくとした砂埃の中から、七三わけの髪型で眼鏡をかけた青年が現れる。
「……お前が繁だな」
「ご名答だよ。僕が
「断ると言ったらどうするのさ?」
「それならここで、
「はん、せいぜい言ってろさ!」
俺は一気に間合いを詰めて、繁に対してナイフで斬りかかる。
膝下から、胸元に向けての斜め斬りをするが、繁はそれを軽く重心をずらした状態で避ける。
「炎よ、アイツを焼きつくせ!」
すると、何も手にしていない繁の手のひらから炎が飛び出る。
これには
「何だ? お前はマジシャンか!?」
「それに答える義理はない!」
俺は
肩を切ることにより、炎を使えなくさせる考えだ。
しかし、それさえも繁は斜めに後退してかわす。
そして、繁がこちらに向かって炎を放った。
「それを待っていたぜ!」
俺はリビングにあった消火器からの薬剤の煙で、その炎を消火する。
目的は消火活動ではない。
その煙を繁の周囲に振りまく。
「くっ、ごほごほ。周りが見えない!?」
繁が煙に咳き込みながら、辺りを見回す。
俺はその煙の流れにそって、ナイフで
「くたばれ!」
確かに肉を刺した手応えはあった。
だが、傷ついたのは服だけで、肝心の肉体には傷がつかない。
その束の間、繁の左手からの炎の突きを食らいそうになり、一歩足をずらす。
金属のような固いものを刺したかのように、ナイフを握った手がビリビリと痺れていた。
「……お前、ひょっとして体は人間じゃないのかよ!?」
「ああ、人間なんて、弱くて
「──
「ふふ、それを知る前に、お前はここで永遠に終わりなんだよ!」
繁が両手から炎を出して、俺を狙う。
俺が何とか避けた炎は、地面に落ちても燃え広がることなく、触れた瞬間に白い煙に変わる。
「面白い炎だろ。対象者以外は燃えない炎なんだよ。辺りに燃え広がったら、いざという時、楽しい戦いの舞台で戦えなくなるからね」
「……なぜ、そうまでして俺の父さんを狙うのさ?」
俺は度重なる炎の玉を
いくら刃渡りが長めなナイフでも、近接攻撃しか出来ないことは素人でも読めている。
俺は徐々に追いつめられていた。
「──まあ、先輩と弟子のような関係だよ。それ以上は知る必要はないっ!」
繁が両手から炎を生み出して、巨大なボールにして俺に向かって投げる。
発動するときの隙さえ読んでいれば、あんな火の玉は避けられる。
俺はその攻撃を余裕でかわすが、避けた先には繁が先回りしていた。
「しまったぜ!?」
「あはは。こんな初歩的な罠に引っかかるなんてさ。
──今からでも遅くはない。
すぐに龍牙もやってやるさ。先にあの世に行って、タケシに謝ってこい!」
背後から繁が炎を
やがて、その火の玉で俺を攻撃する
『ドカーン!!』
不意に目を閉じると、何やら温もりのある光が感じられる。
次にまぶたを開けた時、目の前には一筋の白い長剣が刺さっていた。
俺から離れたキッチンのシンク辺りから、父さんがひょこりと顔だけを出している。
「竜太、その剣を使え。俺が昔、使用していた切れ味抜群の剣だ!」
「父さん、ありがとう!」
「何だ? 俺の昔の職種に関しては触れないんだな?」
「まあ、父さん
「……ふむ、いかにもわが息子。
よく分かってるな」
そう言いながらもただならぬ殺気を感じたのか、父さんが顔を引っ込め、物陰にささっと隠れる。
「お前ら、僕を無視して何を話しているんだ!」
繁が炎を集めて、火の雨を降らす。
ちろちろと小さく舞う火の粉が、地面に当たっては消えていく。
俺の体に当たった炎だけがくすぶり、服を焦がし、小さな穴を開ける。
その一つ一つが細かすぎて、相手にしたらキリがない攻撃だ。
「……ああ、もう面倒くさい攻撃だぜ!」
『ブンッ!』
俺の空中での一太刀で、無数の炎の粒がかき消される。
それに眼鏡を外し、心から
「……なっ、何だと。たった一振りで?
最近覚えた、僕のお気に入りの技なのに!?」
繁だけでなく、正直、俺も驚いた。
銃刀法に厳しく、きちんと資格を持たないと、ろくに刀も所持できない日本の法律。
一体、この剣はどこで入手したのだろうか……。
まあ、今は目の前の敵に集中だ。
「──あれ、いないぜ?」
俺が考え事をしていて、目を離していた間に繁の姿が消えていた。
どこに行ったのかと、キョロキョロと周囲を見渡していると、台所からカサリと物音がした。
「──ははっ、見つかっちゃったなあ、なあ、龍牙パパさん♪」
「……竜太、すまんな……」
父さんは微動も出来ずにいた。
俺が床に置いていたドラゴンサバイバル包丁を手にした繁が、その刃先を父さんの喉元に向けていたからだ。
「おっと、そこから動くなよ。まずは、くそ生意気なお前から片付けてやる。僕はこの男さえやれればオッケーなんだったが、気が変わったよ。僕の邪魔をする
「……竜太、
父さんが食い込むナイフに気にせずに、俺を説得している。
その首先から、一粒の血がこぼれた。
「それはできないぜ……」
俺は上段の構えで握っていた剣を下ろす。
「……無駄さ。子供というものは、日頃から世話になっている親の命は奪えないのさ」
繁が父さんを近くの紐で縛り、俺にナイフを向けてジワリジワリと近づいてくる。
「……父さん、ごめん。俺にはできないぜ」
今まで色んな人が命を奪うさまを見てきた。
誰だって、死ぬ出来事は
だけど生き物は永遠には生きれない。
だからこそ、人は強く生きていくべきだと思っていた。
生きている限り、育ての親に感謝して生きようと……。
そう、今、その育ての親を眼前から失うわけにはいかない……。
それに由美香の悲しむ顔も見たくなかった……。
「──いいから、竜太、
そのままやれぇぇぇー!!」
「駄目だ、やっぱり俺にはできないぜ」
「はははっ、中々泣かせてくれる親子愛じゃないか。そのまま切り裂いてやる!」
「ごめんよ、父さん……」
「竜太、何をしてるんだ!」
父さんが何回も
これが相手との力量が離れすぎた精神が生んだ、戦意喪失というものなのか……。
「本当、つまらないガキだよ。どのみち二人ともあの世行きなのに……。
──まあ、せいぜい、痛みに泣いて、
次の瞬間、俺の喉元にナイフが突き刺さろうとする。
俺は歯医者の虫歯治療のように、きつく目を
「──竜太、いいからイヤホンをしなさい!」
──そこへ、後ろから母さんが現れ、俺のポケットをまさぐり、両耳にイヤホンを付けられた。
耳に流れる演歌のメロディー。
その隙に、母さんの髪が金色に染まり、周りの空気が凍りついたように動かなくなった……。
──騒がしかった生活音が途絶え、鳥の鳴き声、虫の声、何もかもが聞こえない無の空間になる……。
なぜだかは知らないが、元の髪色に戻った母さんも特殊な力が使えるみたいだ。
その証拠として、繁がナイフを下ろした格好で静止していたからだ。
****
「竜太、大丈夫?」
母さんが俺からイヤホンを外し、縛られた父さんの縄を外す。
その父さんも母さんと同じイヤホンをしていた。
不思議と俺達三人だけは、自由に動けるようだ。
「龍牙さん、うまくいきましたね」
「弓、でかしたな。ちょうどいいタイミングだった」
父さんがイヤホンを外し、絨毯にあった剣を手に取り、動かない繁の横に並び、彼の体を問答無用で胴切りにする。
すると、再び凍っていた時が動き出した。
「ぐわあああ!?」
そのまま、床に転がる二つに分かれた繁の胴体。
繁は痛みのせいか、バタバタと暴れている。
大量の血液を吸った絨毯が、真っ赤に染められていく。
「ああ……、何でだろう……。僕の計画は完璧だったはずだ……!?」
「いや、繁、違うな……今日は運がなかっただけさ」
「……なっ、このガキ、まるですべてを見透かしているような……まっ、まさか!?」
「その、まさかだぜ!」
「そうか……、どうも変だと思っていたら、やっぱり……あの女の仕業か……。
ミ、ミコトの裏切り者ー!!」
ジタバタと上半身で立ち上がっては、床に突っ伏しての繰り返しで、人間に不馴れな野生の犬のように、ギャンギャンとわめく繁。
「さあ、下らないお喋りはそこまでだ!」
『スパン!』
父さんが素早く剣を流し、繁の首を軽々とはねた。
その先端がソファーの
「竜太、もう大丈夫だ。ありがとな」
──父さんが一枚の白い紙切れの封筒を、俺の前に取り出す。
その父さんが、ゆっくりと開いた封筒の中身の紙には、『繁という眼鏡の男に注意しろ』と、荒々しい赤い字で書かれていた。
「さっき、弓の看病をしていたら、どこからか高校生くらいの女の子が現れてな、この手紙を俺にくれたんだ……何やら緊急事態だから、すぐに読んでくれと。
──そして、ついでに弓の風邪も治してくれてな……。
『──普通はうつらない宇宙風邪?
をうつしてごめんなさい』と謝っていたな」
「確か、ミコトとか言ってましたね。あの子も能力者みたいですね」
「……何なんだ、最近はマジシャンごっこが流行ってるのか?」
俺が、その能力の件について不思議になり、両親に尋ねてみる。
「なーに、神様の置き
「ここまで派手に暴れて、今さら
「まだ竜太には話せない大人の事情さ」
「はん、言ってろさ」
だが、案の定、うまく丸めこまれそうだ。
そこへ、黒いボールのような物が俺達親子の会話に割って入る。
それは、にやけながら転がってきた繁の首だった。
「……お前ら、これで済んだと思うなよ。あの方なら……この狂った世界を救えるからだ」
首だけになった状態でも喋れるのか。
なるほど、ロボットだけのことはある。
「偉大なるマンテ教師に……栄光あれ……」
「なっ、お前はあのマンテの知り合いなのか!?
何か知っているなら教えろ!」
「ふふふ、無念……」
やがて、繁の瞳から光が途絶え、今度こそ完全に動かなくなる。
ミコトが警告していた、教師の
どうやら今回も、マンテとは友好な関係は結べそうにない。
俺は静かに立ち上がる。
「竜太、待て。こんな夜中にどこへ行く?」
「父さん、母さん。
「待つんだ、竜太!」
「……どうしたの、お父さん?
そんなに
──そこへ大量の紙袋が入ったレジ袋を持った、由美香と鉢合わせする。
しかし、俺は彼女をスルーした。
そのあっさりとした、俺の塩対応に固まる由美香。
「由美香、竜太を追ってくれ。そして、もし竜太に何かがあったら止めてくれ」
「分かったわ。お父さん」
──やっぱり、長年一緒に暮らしている、俺の父さんだけのことはある。
俺が命を投げ捨ててでも、マンテを倒すことに気づいたか。
だけど、いくら考えても、こうするしか手はないのだ。
俺は庭に置いていた自転車に乗り、俺が通う『希望乃百合ヶ
マンテに何とか立ち向かい、地下牢に閉じ込められている仲間を、