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D6章 史上最大の攻防戦

第D−15話 戦ってから奪い取るもの

 ──あれから、自転車をがむしゃらに走らして数分後……。


 身体中からだじゅう、汗びっしょりな俺は何とか自転車で自宅に到着し、玄関の隣にある庭の駐車場で気配を消す。


 まだ、いかがわしい車は停まってはいないらしく、どうやらしげるよりも先に来れたようだ。


 俺は自転車を庭に置き、玄関のドアに触れ、鍵のかかっているかどうかの有無を確認し、鍵が開いてある入り口のドアを開けて、家の中へと入り込む。


 玄関には二足の靴が揃えてあった。

 白の運動靴に、黄色のビニールサンダル。

 いつもの両親の靴に間違いない。


「父さん!」


 俺は脱衣場にあったフェイスタオルで汗を拭きながら、リビングに向かって叫ぶと、台所付近で料理をしている父さんと偶然、目が合う。


「おお、竜太りゅうた。えらい早かったな」

「ああ、由美香ゆみかに買ってくるように頼んだからさ──それよりも俺の話を黙って聞いてくれないか?」

「……何だ、深刻そうな顔してどうした?」


 父さんが耳にはめていたワイヤレスイヤホンを取り、俺の話題に乗ろうとする。


「父さん、ここにいると危ないから離れた方がいい」

「何だ? ゆみが風邪をひいてるのにか?

今作ったばかりの雑炊も冷めてしまうじゃないか」

「こんな時に何言ってるんだ。命がかかってるんだぜ!」

「……そう感情的になるな。まあ、これでも聴いて落ち着け」


 父さんが、俺にイヤホンを渡す。

 一体どんな曲を聴いてるのかと、興味本心でそれをはめてみる。


 ……女性歌手によるバリバリの演歌だった。


「なっ、さゆたんの声は最高だろ?」


 いや、まんまと乗せられた……。

 今はこんなことをしている場合じゃない。


 俺はポケットにそのイヤホンをしまい、今置かれた状況を説明する。


「……父さん、そうじゃないんだ。今からとんでもなく危ない目にあうんだよ」

「まあ、落ち着け。それよりお前も、おかゆ食べるか? 美味しいぞ」


 駄目だ。

 これでは話にならない。


『ドカーン!』


 ふと、玄関先から、物凄い破壊音が響いた。


「来たぜ……」

「何だ、新手の金貸し屋か?

差し押さえになるような借金は作ってないぞ?」

「父さんは来ないで。ヤツの狙いは父さんだからさ」

「そうか、よく分からんがほどほどにな。

──じゃあ、弓の様子でも見てくるか」


 父さんがふらりと、風邪で寝ている母さんがいる寝室へと向かう。


 それを見送った俺は、台所にあった大きい包丁らしきものを持ち、敵襲に備えた。


「ふふふっ、あの生のカボチャさえも軽々と輪切りに出来る、ドラゴンサバイバル包丁の存在を知っているとは、中々やるなあ」


 もくもくとした砂埃の中から、七三わけの髪型で眼鏡をかけた青年が現れる。


「……お前が繁だな」

「ご名答だよ。僕が蒼井繁あおい しげるだよ──さあ、龍牙りゅうがの元へ案内してくれるかい?」

「断ると言ったらどうするのさ?」

「それならここで、ってもらうだけだよ 」

「はん、せいぜい言ってろさ!」


 俺は一気に間合いを詰めて、繁に対してナイフで斬りかかる。


 膝下から、胸元に向けての斜め斬りをするが、繁はそれを軽く重心をずらした状態で避ける。


「炎よ、アイツを焼きつくせ!」


 すると、何も手にしていない繁の手のひらから炎が飛び出る。


 これには流石さすがの俺も驚いた。


「何だ? お前はマジシャンか!?」

「それに答える義理はない!」


 俺はひるまずに、今度はジャンプして、上から肩口へと斬りかかる。

 肩を切ることにより、炎を使えなくさせる考えだ。


 しかし、それさえも繁は斜めに後退してかわす。


 そして、繁がこちらに向かって炎を放った。


「それを待っていたぜ!」


 俺はリビングにあった消火器からの薬剤の煙で、その炎を消火する。


 目的は消火活動ではない。

 その煙を繁の周囲に振りまく。


「くっ、ごほごほ。周りが見えない!?」


 繁が煙に咳き込みながら、辺りを見回す。


 俺はその煙の流れにそって、ナイフで五月雨さみだれのように繁の体を刺す。


「くたばれ!」


 確かに肉を刺した手応えはあった。


 だが、傷ついたのは服だけで、肝心の肉体には傷がつかない。

 その束の間、繁の左手からの炎の突きを食らいそうになり、一歩足をずらす。


 金属のような固いものを刺したかのように、ナイフを握った手がビリビリと痺れていた。


「……お前、ひょっとして体は人間じゃないのかよ!?」

「ああ、人間なんて、弱くてもろい生き物だからね。タケシに頼んで、当の昔に人の体を捨てて、防刃ぼうじん仕様のような機械の体を手に入れたんだ」

「──随分ずいぶん、そのタケシがお気に入りのようだな。人間を違法改造するなんて、何者さ?」

「ふふ、それを知る前に、お前はここで永遠に終わりなんだよ!」


 繁が両手から炎を出して、俺を狙う。


 俺が何とか避けた炎は、地面に落ちても燃え広がることなく、触れた瞬間に白い煙に変わる。


「面白い炎だろ。対象者以外は燃えない炎なんだよ。辺りに燃え広がったら、いざという時、楽しい戦いの舞台で戦えなくなるからね」

「……なぜ、そうまでして俺の父さんを狙うのさ?」


 俺は度重なる炎の玉をくぐり抜け、攻めようとするが、ナイフだけあり、ダメージをあたえるのは難しい。


 いくら刃渡りが長めなナイフでも、近接攻撃しか出来ないことは素人でも読めている。


 俺は徐々に追いつめられていた。


「──まあ、先輩と弟子のような関係だよ。それ以上は知る必要はないっ!」


 繁が両手から炎を生み出して、巨大なボールにして俺に向かって投げる。


 発動するときの隙さえ読んでいれば、あんな火の玉は避けられる。


 俺はその攻撃を余裕でかわすが、避けた先には繁が先回りしていた。


「しまったぜ!?」

「あはは。こんな初歩的な罠に引っかかるなんてさ。

──今からでも遅くはない。

すぐに龍牙もやってやるさ。先にあの世に行って、タケシに謝ってこい!」


 背後から繁が炎をあやつりながら、一点に集める仕草に覚悟を決めた俺。 


 やがて、その火の玉で俺を攻撃するわずかな間に、光輝く何かが入り込む。


『ドカーン!!』


 不意に目を閉じると、何やら温もりのある光が感じられる。


 次にまぶたを開けた時、目の前には一筋の白い長剣が刺さっていた。


 俺から離れたキッチンのシンク辺りから、父さんがひょこりと顔だけを出している。


「竜太、その剣を使え。俺が昔、使用していた切れ味抜群の剣だ!」

「父さん、ありがとう!」

「何だ? 俺の昔の職種に関しては触れないんだな?」

「まあ、父さんいわく、世の中、知らない方が良いこともある……だろ?」

「……ふむ、いかにもわが息子。

よく分かってるな」


 そう言いながらもただならぬ殺気を感じたのか、父さんが顔を引っ込め、物陰にささっと隠れる。


「お前ら、僕を無視して何を話しているんだ!」


 繁が炎を集めて、火の雨を降らす。

 ちろちろと小さく舞う火の粉が、地面に当たっては消えていく。


 俺の体に当たった炎だけがくすぶり、服を焦がし、小さな穴を開ける。


 その一つ一つが細かすぎて、相手にしたらキリがない攻撃だ。


「……ああ、もう面倒くさい攻撃だぜ!」


『ブンッ!』


 俺の空中での一太刀で、無数の炎の粒がかき消される。


 それに眼鏡を外し、心からおじづく繁。


「……なっ、何だと。たった一振りで?

最近覚えた、僕のお気に入りの技なのに!?」


 繁だけでなく、正直、俺も驚いた。

 何気無なにげなくやってみた動作だったが、ここまで剣の威力があるとは……。


 銃刀法に厳しく、きちんと資格を持たないと、ろくに刀も所持できない日本の法律。


 一体、この剣はどこで入手したのだろうか……。


 まあ、今は目の前の敵に集中だ。


「──あれ、いないぜ?」


 俺が考え事をしていて、目を離していた間に繁の姿が消えていた。


 どこに行ったのかと、キョロキョロと周囲を見渡していると、台所からカサリと物音がした。


「──ははっ、見つかっちゃったなあ、なあ、龍牙パパさん♪」

「……竜太、すまんな……」


 父さんは微動も出来ずにいた。


 俺が床に置いていたドラゴンサバイバル包丁を手にした繁が、その刃先を父さんの喉元に向けていたからだ。


「おっと、そこから動くなよ。まずは、くそ生意気なお前から片付けてやる。僕はこの男さえやれればオッケーなんだったが、気が変わったよ。僕の邪魔をする紅葉もみじ一家はすべて滅ぼす!」

「……竜太、躊躇ためらうな。父さんに構わずに、父さんごと、それで叩き斬れ!」


 父さんが食い込むナイフに気にせずに、俺を説得している。


 その首先から、一粒の血がこぼれた。


「それはできないぜ……」


 俺は上段の構えで握っていた剣を下ろす。


「……無駄さ。子供というものは、日頃から世話になっている親の命は奪えないのさ」


 繁が父さんを近くの紐で縛り、俺にナイフを向けてジワリジワリと近づいてくる。


「……父さん、ごめん。俺にはできないぜ」


 今まで色んな人が命を奪うさまを見てきた。

 沢山たくさんの人が、様々な理由で散っていった。


 誰だって、死ぬ出来事はつらいし、遺された遺族は苦しむはめになる。


 だけど生き物は永遠には生きれない。


 だからこそ、人は強く生きていくべきだと思っていた。

 生きている限り、育ての親に感謝して生きようと……。


 そう、今、その育ての親を眼前から失うわけにはいかない……。 

 それに由美香の悲しむ顔も見たくなかった……。


「──いいから、竜太、

そのままやれぇぇぇー!!」

「駄目だ、やっぱり俺にはできないぜ」


 かたくなな心境のまま、俺は剣を絨毯じゅうたんに放り投げた。


「はははっ、中々泣かせてくれる親子愛じゃないか。そのまま切り裂いてやる!」

「ごめんよ、父さん……」


「竜太、何をしてるんだ!」


 父さんが何回もげきを飛ばしてきても、俺は再び、剣を取ろうとは思わなかった。 


 これが相手との力量が離れすぎた精神が生んだ、戦意喪失というものなのか……。


「本当、つまらないガキだよ。どのみち二人ともあの世行きなのに……。

──まあ、せいぜい、痛みに泣いて、足掻あがくんだな!」


 次の瞬間、俺の喉元にナイフが突き刺さろうとする。

 俺は歯医者の虫歯治療のように、きつく目をつむる。


「──竜太、いいからイヤホンをしなさい!」


 ──そこへ、後ろから母さんが現れ、俺のポケットをまさぐり、両耳にイヤホンを付けられた。


 耳に流れる演歌のメロディー。


 その隙に、母さんの髪が金色に染まり、周りの空気が凍りついたように動かなくなった……。


 ──騒がしかった生活音が途絶え、鳥の鳴き声、虫の声、何もかもが聞こえない無の空間になる……。


 なぜだかは知らないが、元の髪色に戻った母さんも特殊な力が使えるみたいだ。


 その証拠として、繁がナイフを下ろした格好で静止していたからだ。


****


「竜太、大丈夫?」


 母さんが俺からイヤホンを外し、縛られた父さんの縄を外す。


 その父さんも母さんと同じイヤホンをしていた。


 不思議と俺達三人だけは、自由に動けるようだ。


「龍牙さん、うまくいきましたね」

「弓、でかしたな。ちょうどいいタイミングだった」


 父さんがイヤホンを外し、絨毯にあった剣を手に取り、動かない繁の横に並び、彼の体を問答無用で胴切りにする。

 すると、再び凍っていた時が動き出した。


「ぐわあああ!?」


 そのまま、床に転がる二つに分かれた繁の胴体。


 繁は痛みのせいか、バタバタと暴れている。

 大量の血液を吸った絨毯が、真っ赤に染められていく。


「ああ……、何でだろう……。僕の計画は完璧だったはずだ……!?」

「いや、繁、違うな……今日は運がなかっただけさ」

「……なっ、このガキ、まるですべてを見透かしているような……まっ、まさか!?」

「その、まさかだぜ!」

「そうか……、どうも変だと思っていたら、やっぱり……あの女の仕業か……。

ミ、ミコトの裏切り者ー!!」


 ジタバタと上半身で立ち上がっては、床に突っ伏しての繰り返しで、人間に不馴れな野生の犬のように、ギャンギャンとわめく繁。


「さあ、下らないお喋りはそこまでだ!」


『スパン!』


 父さんが素早く剣を流し、繁の首を軽々とはねた。


 その先端がソファーのはしに転がり、繁の体がピクリとも動かなくなる。


「竜太、もう大丈夫だ。ありがとな」


 ──父さんが一枚の白い紙切れの封筒を、俺の前に取り出す。


 その父さんが、ゆっくりと開いた封筒の中身の紙には、『繁という眼鏡の男に注意しろ』と、荒々しい赤い字で書かれていた。


「さっき、弓の看病をしていたら、どこからか高校生くらいの女の子が現れてな、この手紙を俺にくれたんだ……何やら緊急事態だから、すぐに読んでくれと。

──そして、ついでに弓の風邪も治してくれてな……。

『──普通はうつらない宇宙風邪? 

をうつしてごめんなさい』と謝っていたな」

「確か、ミコトとか言ってましたね。あの子も能力者みたいですね」


「……何なんだ、最近はマジシャンごっこが流行ってるのか?」


 俺が、その能力の件について不思議になり、両親に尋ねてみる。


「なーに、神様の置き土産みやげさ♪」

「ここまで派手に暴れて、今さら誤魔化ごまかすのかよ?」

「まだ竜太には話せない大人の事情さ」

「はん、言ってろさ」


 だが、案の定、うまく丸めこまれそうだ。


 そこへ、黒いボールのような物が俺達親子の会話に割って入る。

 それは、にやけながら転がってきた繁の首だった。


「……お前ら、これで済んだと思うなよ。あの方なら……この狂った世界を救えるからだ」


 首だけになった状態でも喋れるのか。

 なるほど、ロボットだけのことはある。


「偉大なるマンテ教師に……栄光あれ……」

「なっ、お前はあのマンテの知り合いなのか!?

何か知っているなら教えろ!」

「ふふふ、無念……」


 やがて、繁の瞳から光が途絶え、今度こそ完全に動かなくなる。


 ミコトが警告していた、教師のたくらみ。

 どうやら今回も、マンテとは友好な関係は結べそうにない。


 俺は静かに立ち上がる。


「竜太、待て。こんな夜中にどこへ行く?」

「父さん、母さん。不甲斐ふがいない息子でごめん!」

「待つんだ、竜太!」


「……どうしたの、お父さん?

そんなに血相けっそうを変えて?」


 ──そこへ大量の紙袋が入ったレジ袋を持った、由美香と鉢合わせする。


 しかし、俺は彼女をスルーした。

 そのあっさりとした、俺の塩対応に固まる由美香。


「由美香、竜太を追ってくれ。そして、もし竜太に何かがあったら止めてくれ」

「分かったわ。お父さん」


 ──やっぱり、長年一緒に暮らしている、俺の父さんだけのことはある。

 俺が命を投げ捨ててでも、マンテを倒すことに気づいたか。


 だけど、いくら考えても、こうするしか手はないのだ。


 俺は庭に置いていた自転車に乗り、俺が通う『希望乃百合ヶきぼうのゆりがおか高等学校』へと、移動を開始した。


 マンテに何とか立ち向かい、地下牢に閉じ込められている仲間を、頼朝よりとを助け出すために……。

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