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第D−16話 徘徊する生徒に監視をする大人

 ──俺は学校へとやって来た。


 ひとけのない深夜の校舎は、時折ときおり、コウモリがキィーと鳴き、B級ホラー映画の洋館のようなたたずまいを見せ、怪しくそびえたっている。


 俺は自転車を校門の壁にそっと置き、颯爽さっそうと閉めていた門をよじ登り、いとも簡単に乗り越えてから、学校側の大地にタンッと足をつけた。


 いつもは生徒が騒がしい校庭も、今は無人で静かだ。


 それから、すぐに校内に入る歩みを変えて、まずは校庭にあるグラウンドの緑のフェンスがある、隅へと行ってみる。


 壁ぎわへとたどり着き、目先にあるそこの草木が生い茂る空間に向かって、思いっきり小石を投げて、カツンとぶつけてみた。


 すると、壁から投げた小石がゴムのように弾き返される。


 どうやらあの時、マンテが発言していた、学校の周りに見えない壁があるのは本当らしい。


 きっとこの壁の先には海があり、例のワニもいるはず。


 この様子だと屋上からの脱出は……いや、常識からして不可能だ。


 だから、この壁の強度を確かめたかったのだが、どんなに力を入れて投げても、まったく傷もつかず、小石が簡単に弾き返されるくらい、頑丈な壁でもある。


 ……だとしても、小石よりも大きな石は周りに気づかれるかも知れない。


 今の考えでは、この硬い壁を壊して、校門以外から、学校内の外に出るのは無理だ。


 まあ、それよりも先に、地下にいる頼朝から助けないと意味はないのだが……。


****


 ……当たり前だが、学校の出入り口のドアには鍵がかかっていた。


 だが、学校側では、万が一のために強力な助っ人──警備員をやとい、監視している。


 それを上手く利用するのだ。


 俺は地面に置かれていた兵器、大人の拳くらいの砲丸の玉のような石を掴んで投げ、校舎の廊下際ろうかぎわのガラスをいさぎよく割った。


『パリーン!』


 まるで映画のワンシーンのように、芸術的で華やかに崩れ落ちるガラスの滝の破片。


『ジリリリリー!!』


 同時に瞬く間に、学校中にけたたましく広がる警告のベルの音。


「な、何ヤツだああぁー!!」


 脳内を騒がせ、静けさをかき消す、ベルの刺激の音と、俺による自作自演の叫び声。


 これに気づかない警備員はいないはず……。


 すぐさま昇降口先へと、黒い影が駆けつけるのが見える。


 警備員が腰につけた大量の鍵でドアを開けて、外へと飛び出してきた。


 俺はその様子を見計らい、家から持参した懐中電灯の明かりをつけて、昇降口へと忍び込んだ。


 ──そこで壁と下駄箱の間に、ふらりとたたずんでいた巨乳の女性? と鉢合わせする。


「……わっ、ナイスバディーなゾンビが化けて出やがった!」


 俺は慌てて後退りする。

 いや、は違う。


 一度、魂を亡くした人間がゾンビになるなら、この表現はおかしい。


 まるで生まれた時から、ゾンビだったみたいな感覚だろう。


 それにゾンビのわりには、死臭ではなく、石鹸せっけんのような、ほのかないい香りがする。


「やーね、何、寝ぼけてるのでしょうか♪」


 女の子の声を発した、その影が喋りながら、こちらに接近してきた。


 俺は聞き慣れた声に、すぐさま警戒心を解く。


 満月に近い月の光に照らされた、この学校の制服を着ていた彼女の正体、それは三年生の馴染みの姿だったからだ……。


「……何だ、美希みきか。驚かすなよ」

紅葉もみじ君、出会っていきなり何だとは失礼ですわね。それよりも、どうしてここに?」

「それは地下に捕まっている、頼朝を助けるために決まってるだろ」

「その件については美希と一致するみたいですね。でも鍵は、警備員の人が持ってますし……どうしましょうか?」


 美希が思い悩みながら、俺に問いかけてくる。


「それなら心配入らないぜ。地下牢を開けれるマスターキーが、職員室にある菓子箱に隠されているんだ。そろそろ警備員が戻ってくるから急ぐぜ」

「えっ、そうなのですか?

やけに詳しいですわね……?」

「俺には何でもお見通しなのさ」


 俺達は鍵を手にするために職員室へと急いだ。


****


「──フフフフ。お見通しとはこっちもデスよ」


 いつもの黒いローブではなく、身なりの整った警備員の制服で、闇に潜んだまま、聞き耳を立てるマンテ。


 そう、しばらくの間、警備員は有給休暇を取っており、この学校の職員が代わる代わる警備員の姿で見張りをしていたのだ。


「しかし、何でマスターキーがある場所とか知っているのデスかね……。

──まあ、いいデス。しばらく様子を見させていただくデス……」


 そう言ったマンテは懐中電灯の電源を入れ直し、再び、夜の見回りを開始した。


****


 ──俺達は職員室に忍び込む。

 誰もいない暗い室内。


 廊下にある非常灯の明かりだけで照らされていて、机の表面だけが浮き彫りにされている。


 俺は手元にある懐中電灯で辺りを見渡して、ゆっくりと移動する。


 各机には、山ほど積み重なったプリントの束。

 中には、この前やった期末試験のテスト答案用紙もあった。


 そういえば現国のテストは難しかったな。

 古文や漢文の問題が減ったわりに、現代文の質問がやたらと難しくなっていた。


 赤点はギリギリ回避できるだろうか。


 まあ、さておき、今は大事な探し物を優先だ。


「──そのテーブルを過ぎた先に大きなコピー機があるだろ、その近くに四角いお菓子の箱が置いてあるはずだぜ」

「ええ、確かにありますわね」


 美希がお菓子の箱を俺に見せて、中身をパカリと開ける。


「普通にクッキーが入ってますわよ?」

「なっ、そんなはずは!?」

「紅葉君、嘘じゃないですわ。ほら、よくご覧になって……」


 確かに中にはクッキーがギッシリと詰まっていて、鍵の入る余地などない。


 俺は念のために、全てのクッキーを取り出して、空箱をしらみ潰しに見るが、どう見ても鍵がある場所は見つからない。


「ここにはないのかな?」 

「誰かが持ち出したのでしょうか?」

「だとすると……」


 改めて、室内のテーブルを光で調べていると、ライトの光にギラリと反応した細長い物体があった。


「もしや、あれかも知れないぜ」


 駆けつけると、見覚えのある輪郭りんかく

 あの銀色の細い固まりに間違いない。


 俺は何とかマスターキーを手に入れた。


 そのテーブルの所持者がマンテだったとは、今は知らずに……。


「さあ、急ぐぜ。このままじゃ朝になってしまう」

「はい、了解ですわ♪」


 俺達二人が扉を開けた瞬間、もう一つの影と鉢合わせする。


 もしかして、もう警備員に見つかったか。

 俺は恐れをなして、その足を止める。


竜太りゅうた、こんな所で何をしてるの?」


 影の正体は由美香ゆみかだった。


 彼女が出入り口のドアの前に立ちつくしているせいで、廊下に出れない。


「──学校のガラスを割ったり、職員室に不法侵入したり、あげくの果てには勝手に物を盗む──お姉ちゃんは、そんな不良少年に育てたつもりはないんだけどな……。

それに隣の女の子は、確か校内で噂の美少女の西都美希さいとみきちゃんかな?」


 発言の声色こわいろからして、由美香が怒っていることは読み取れる。


 相手は、か弱き女性だ。

 このまま体当たりでも突っ切れる。


「はい、そうですよ。美希ですわ。

──ぼそぼそ……。紅葉君、力任せはよくないですわ……」


 俺が体をかがめて、アメフト選手のようにタックルしようとするのに感づいた美希が、小声で止めに入る。


「……あの人が由美香お姉さんですか。全然、似てませんわね」

「……ほっとけ」

「……まあ、それよりもここは美希に任せてもらえますか?」


「……分かったぜ。なるべく手短にな」

「……はい、任されましたですわ~♪」


 美希と二人でヒソヒソ話をしているうちに、何がそんなにおかしいのだろうと思っていた矢先、軽々しく腕を絡めてくる美希。


「なっ!?」

「はい、由美香さん。美希は竜太君の恋人で、今はラブラブデート中なのですわ♪」


 その瞬間、由美香を中心に周りの空気が凍りつく。


「はあ? 美希、何言ってんのさ?」

「だからね、今まで色んな場所に出かけたのですが、もうマンネリ化してしまい、それでスリルある夜の学校の探索はどうかなと思ってみたりして♪

──ほら、暗くて人もいないから、あんなこととかこんなこともやりたい放題~♪」


「ねっ♪」


 美希が可愛く口を尖らせ、俺に向かってウインクする。


 ねっ♪ ではない。


 とんでもないことを言うお嬢様だ。


 今すぐに、このセクハラな機関銃の口を止めないと、俺が悲惨な運命になる。


「竜太、どういうつもり……それは不純異性交遊じゃないかな?」

「いや、由美香。これはだな……」


 由美香がニコニコと笑いながら、俺のほおをぎゅうとつねる。


「このいやらしい破廉恥はれんち魔神が! 下手をしたら退学よ!」

「いだだ、誤解だぜ!?」

「だったら何で、美希ちゃんと二人っきりで、こんな場所にいるのよ?」

「いでで、分かっふた、分かったはら、ちゃんと言ふから、その手を離してふれっ!」


 俺は赤くなった頬をさすりながら、事情を説明する。

 何とか、タイムスリップの話だけは隠し通しながら……。


****


「そうなの、この学校の地下にそんな場所があるなんて……」

「だからさ、お願いだから、そこを通してくれないか」

「いいえ、気が変わったわ。私も行くよ」

「いや、由美香はここに居てくれ。いつ警備員が来るか分からないから、見張っていて欲しいからさ」

「そう、残念だよ。私の方が恋人に相応ふさわしいのにな……」


 由美香が残念そうに俺から視線を逸らし、美希をじっと見つめる。

 二人とも何かを言いたげだったが、互いに沈黙を貫いていた。


 これがよく昼ドラで流れる、ドロドロとした三角関係とか言うやつだろうか。


「まあ、こればっかりは仕方ないか。美希ちゃん、竜太をよろしくね」


 由美香は、まるで息子を送り出す母親のように、美希に優しい表情で見送っていた……。


****


 ──俺と美希はマスターキーを使い、禁断のエレベーターを降り、例の頼朝がいる地下へとやって来た。


「ここに来たのは久しぶりですわね」


 幾つもの牢屋が並ぶ中、美希が俺の後ろに付いていきながら、俺のシャツのそでを軽く引っ張る。


「あの、薄暗くて怖いですから、あまり先に進まないでもらえますか?」

「大丈夫だぜ。今日は吸血鬼じゃない日だからさ」

「それは分かってますが……あなた、どこからその情報を?」

「さあな、知り合いから聞いたのさ」


 その点に関しては間違ってはいない。


 少し前の過去にマンテが話していたとは言っても、それだと理解に苦しむだろう。


 美希も由美香も、俺が人生をさかのぼりしたことは知らない。

 彼女達にとっては一度きりの人生だからだ。   


 俺達が頼朝の場所に進もうとした時、かまいたちのような風が俺の腕を微かにかすめる。


 その腕を触ると、赤い血が流れているのが分かる。


「美希、俺から離れていろ!」


 俺は即座にそれに反応した。

 こんな芸当ができるヤツは一人しかいない。


 美希が近くの洞穴に隠れたのを確認し、俺はその攻撃を仕掛けてきた先に声をあげた。


「さあ。とっとと出てこい。このイカれ教師が!」

「グフフフフ。確かに繁を倒したことだけはあるデスね」


 その先の前方に見覚えのある黒ローブの人物、マンテが行く手を塞いでいる。


「マンテ、どうしてここが分かったのさ?」

「どうしたもこうしたも、わたしは初めから、あなた達の動きを見ていたデスよ」


 マンテは口を開く。


 繁の頭に隠していた、小型カメラで俺達を撮影していたこと。


 学校の警備員は休暇中で、代わりに自分が担当していたこと。


 職員室の自分のテーブルに、わざとマスターキーを置いていたこと。


 それを確認して、俺達、由美香と出会い、モタモタしているうちに、ここへ先回りしていたこと。


 すべては彼による、たくみな策略だった……。


「──さて、お喋りはこのへんで終わりデスよ。何やらあなたには危険な香りがするデス。このわたしの考えを見抜いているような感覚デスよ」


 マンテがローブの裾に両手を沈めた瞬間に、俺は後ろへと飛び退く。


 真空波のような攻撃が俺がいた地面を、カンナの切り裂きのようにスパリと削る。


「そう、まさにそれデス。わたしの隠し武器の存在にさえ気づくなんて……。

やはり殺し屋として、生かしておけない人間デスね……」


 マンテが袖口から二本の刀──細長い日本刀をするりとぎらつかせる。


 それに加えて、俺は丸腰だ。

 どうすればいいのか……。


「さあ! 受け取るデスよ!」


 マンテが片方の日本刀を、こちらに投げてくる。


 ザクリと地面に深々と刺さる切れ味を持ち、まさに殺し屋の武器にマッチしている。


「これはハンデでもあり、その刀はわたしからの宣戦布告デス。

……わたしはあなたと、その刀で対等に戦いたいのデスよ」

「よく言ってくれるぜ……俺もなめられたもんだな」


 俺は刺さっていた日本刀を引き抜き、マンテと向かい合わせになる。


「さあ、逃げずに覚悟を決めて構えるデスよ……」

「言われなくてもやってやるさ」


 今、頼朝を救うために、俺とマンテによる二人の戦いが始まろうとしていた。


 明日の朝刊の見出しに地球の歴史として、この事件がデカデカと載りそうな、そんな最初で最後の決戦として……。







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