「グオオオオー!!」
それに一歩後ずさった美希が、俺に背中を見せる形になり、マンテの前に構える。
「美希、アイツはもう普通じゃない。逃げるんだ!」
「何ですか、何度向かって来ても、こんな教師なんて、美希の敵じゃないですわよ」
「グオオオオー!
ミンナマトメテ、滅ぶデスー!」
もはや
黒いローブの胸元から、もう一本の空の注射器が滑り落ちる。
「……まさか、マンテ。吸血鬼のウイルスを、
恐らく一本目は俺と戦う前に打ち、吸血鬼として
あの時、俺の刀で体を貫かれたり、
また、どうして一回目のウイルスを打ち、
さらに体の中の血液が、心臓で綺麗に循環されて、効き目が弱まった所で二本目の接種を
だが、それにより許容範囲をオーバーし、身も心も吸血鬼に染まってしまったようだ……。
狂った吸血鬼に成り果てたマンテは、真っ赤に充血した眼と口からはみ出た牙を鈍く光らせ、美希にガバッと襲いかかる。
「グフフ、クタバレ!」
「何の、──きゃああああ!?」
マンテのストレートパンチを両手でガードした美希が、反動で壁ぎわまで吹っ飛ばされる。
そのまま美希は壁に叩きつけられ、その衝撃で壁が
一方で美希は口から
「フフフフ……口のわりにはタイシタコトナイお嬢デスネ♪
──さて、あとは二人。どう料理するデスカネ……」
マンテがヨダレを垂らしながら、美希を妄想で
どうやら吸血鬼になっても血は吸わず、人間としての自我はあるようだ。
何てタフなジジイだろうか……。
「では、覚悟はイイデスカ!」
その発言の
「ぐはっ!?」
コンマ数秒とかからずに、その鉄拳を食らい吹き飛ぶ俺。
そして、俺に追いついたマンテの二撃目の先に
マンテのパンチを由美香が受け止めた時、二人から肌を痺れさせるような衝撃波が周りに放たれた。
「由美香!……いやミコト!?」
「大丈夫、お姉ちゃんに任せて……」
そう強がりを言った、偽由美香の体がよろめき、ガクンと片ひざをつく。
「困ったね。この感覚は左腕を骨折したかも知れないね……いや、これは完全に折れてるか……」
由美香が左腕を下ろし、ブラブラさせながら苦笑いをしている。
表情は青ざめ、額からは脂汗が吹き出していた……。
「ミコト、無茶はよせ!」
「無茶も何も今ここで先生を止めないとどうするのよ……
「確かにそうだが……」
「だったらここはお姉ちゃんに任せなさい……♪」
突然、由美香の全身から、虹色のシャボン玉のような光が飛び出す。
「本当はこの能力だけは使いたくなかったんだけどね……あの相手じゃ、やむを得ないか」
「ミコト! お前まさか……」
俺は瞬時に、状況を
ミコトの体がシャボン玉になりながら、透明になっていく姿を見て、彼女は自らの生命と引きかえに、自爆をしようとしていることに……。
「だから、さっきから言ってるでしょ。
私は由美香だってば~♪」
「こんな時にまで、つまらない冗談はよせよ……」
段々と姿が消えかかっているミコトは、こちらを見て笑いながら、俺の目先で片手をブンブンと振る。
「何、
「ミコト……お前やっぱり、由美香じゃなかったんだな……」
「あちゃー、バレちゃった♪」
「あんなワケわからない攻撃とかしていたらバレバレだぜ」
「やっぱり拳を光らせたのが、
「そういう問題じゃないぜ……」
「まあ、今さらいいか……さて、時間がないわ。後は頼んだよ~♪」
「ミコト!?」
ミコトが俺からぴょんと可愛くジャンプして離れ、マンテの隣に着地し、彼の体に触れる。
「……短い間だったけど楽しかったよ。もうすぐ寝かせていた本物の由美香も目を覚ますはず……彼女を幸せにしてあげてね」
ミコトが由美香の変身を解いて、全身灰色タイツの姿でマンテに抱きつき、そのまま二人は密着した状態になる。
ミコトが発した能力により、ミコトの体ごとマンテと一緒に、金色の輪っかで縛りあげた。
ミコトとマンテは焼豚チャーシューのような縛りとなり、二人はびくとも動けない。
「グオオオオ、貴様、ナンのつもりデスカ?」
「さあ、マンテ先生。私と一緒にさよならの閉会式をしましょうか~♪」
「きっ、貴様、ヤ、ヤメロオー!?」
ミコトの体の所々が、ゆで卵の殻のようにひび割れ、その間からまばゆい閃光を放つ。
光の中でも笑顔の彼女は、俺に向かって、にこやかに手を振った。
「バイバイ♪」
『カッ!!』
俺は、あまりの眩しさに目を閉じる。
次の瞬間、薄暗い洞窟内の世界が激しい光に包まれた……。
****
……はずだったが。
──俺が再び視界を広げると、ミコトもマンテも何ともない。
光が止んだ先には、ミコトとマンテの間に一筋の剣が刺さっていたからだ。
この白く透明色に輝く剣には見覚えがある。
「この剣は、父さんの剣か?」
「そうだ。由美香からスマホで連絡があってな。無事に間に合って良かった」
洞窟の暗闇から出てきた父さんが自慢げに現れる。
「いいえ、竜太。
何と、その後ろには母さんもついてきていた。
「竜太、由美香から聞いたが、こんな時間にガラスを割ったり、物を盗んだり、校内で暴れたりなどと、学校で騒ぎなんて起こしたら、停学どころじゃすまないぞ」
「帰ったら、みっちりお説教させてもらいますね」
「ごめん、父さん、母さん」
俺は深々と頭を下げて、両親に謝罪する。
ちなみに
「まあ、いい。今はそれよりも、目の前の狂った教師を
「それに対しては同感ですね」
父さんと母さんが、マンテに向けて、ゆっくりと歩きだす。
その流れについてこれないミコトは、輪っかの能力を解いて、マンテからそそくさと離れようとした。
「さて、お嬢さん、ちょっと剣を返してもらうよ」
「あっ、はい?」
ミコトが不思議そうに固まった瞬間、彼女の間にあった剣がふと消える。
いや、消えたのではない。
カメラで残像も写らない速度で、父さんが手に取ったのだ。
人並み外れたアクション俳優も顔負けな、場違いな動き。
何て、速さなのだろう。
これには、あのミコトも目が点になっていた。
「よお、イカれた先生よ。俺達の子供や仲間を、よくもこんな危ない目にあわせてくれたよな?」
「何デスカ、部外者は引っ込んでなさいデス!」
「ところがどっこい、俺はこいつらの保護者だ。
『はい、そうですね』って、そういうわけにはいかないんだな!」
『スパンッ!』
父さんが剣を持った腕を素早く振るうと、マンテの左腕が牢屋の片隅へと吹き飛んでいた。
「グアアアアー!?」
マンテが無くなった片腕を
「ばっ、馬鹿な、吸血鬼のウイルスで肉体を強化シテイルノニ、アッサリと両断されるなんて……シンジラレナイデス……」
「ふっ、お前なんて、俺が昔戦ったドラゴンに比べたら、大したことはないさ」
父さんが意味深な言葉を発しながら、剣をふるって返り血を飛ばし、ふんっと鼻で笑っていた。
「ハア、何の話デスカ……?」
「何だ、じゃねえよ」
『スパンッ!』
今度はマンテの右ひじが切り裂かれる。
「ギャアアアー!」
「ギャアギャアうるさいのは、どの口だ?」
俺には何となくだが、父さんの気持ちが分かる。
あんな父さんを見るのは初めてだった。
誰が見ても分かるくらいに、父さんは明らかに心の底から怒っていた。
「さあ、イカれた化け物教師。あの世に行く前に何か言い残すことはないか?」
「ヤカマシイ、死ぬのはオマエデス!」
「そうか、じゃあさらばだ!」
片腕のマンテが飛びついて父さんの首に食らいつこうとする時──母さんの髪が金髪に変化していた。
なるほど、母さんが時間を止めて、その間に父さんが移動して攻撃をする。
そういうカラクリか。
次に時が動き出した俺が気づくと、ものの数秒もかからずに、マンテの胸が十字に斬られていた。
「龍牙、必殺、十文字斬り!!」
「グアアアアー!?」
胸を切り裂かれたマンテが、物凄い雄叫びをあげながら、地面へと落下する。
「心臓を真一門に斬った。もうお前は助からない」
父さんは半端なく強かった。
なぜか、戦い慣れていて無駄な動きもなく、ハチャメチャに強すぎる。
どうやら父さんの圧勝みたいだった……。
****
「グフフ……究極のウイルスを投入したのになぜ……負けるのデスか……」
「さあな、相手が悪かったんだろ?」
「……グフフ……そうデスか。こんな負け方をするなら……教師などやらずに……殺し屋としての……腕を磨いた方が良かったデスね……」
「いや、殺し屋より
「そうデスか……。わたしの日頃の行いが間違えていたデスか……無念デス……グブッ……!」
しばらくして、吸血鬼から人間に戻ったマンテは静かに、その瞳をふせた。
そして、念のためにと、父さんはマンテをその場でスパンと打ち首にする。
「父さん。かっ、勝ったのか?」
「ああ、竜太。俺たちの完全勝利だ!」
「やっ、やったぞー!」
****
「──
「ああ、そうな。もう少しだけ待ってくれ……」
俺は首を無くし、
その注射器の容器に貼りつけてあるシールには『吸血鬼耐性ワクチン』という名前で印刷された文体が刻まれていた。
俺がその注射器を持って、頼朝のいる牢屋を開けると、美希がすかさず頼朝を抱きしめる。
「頼朝、もう心配はいらないですわ」
「はっ、どういうことだ?」
助けられた頼朝は、俺達のしてきた
「さて、頼朝、熱い
「なっ、何だ、いきなり? 離せ、美希!?」
「嫌ですわよ。頼朝、観念してくださいな♪」
美希が頼朝を背後からがんじがらめにし、俺は身動きがとれない頼朝の首根っこに、その注射針を指した。
「ぎゃぴいいぃー!?」
頼朝が痛みでビクンとのけ
あまりの痛みに頼朝は気を失ったが……。
これでようやく頼朝は助かる。
俺は何とか最期にしてミッションを達成したのだ。
──そこへ、俺の両親と世間話をしていた、全身灰色タイツのミコトがこっちに来る。
「しかし、まさか、本当に歴史を変えてしまうとはね。あなた、中々見所があるわよ」
「何だ、告白なら遠慮するぞ」
「何言ってるの、あれだけ熱い口づけを交わしたくせに」
ミコトが口を丸めて、俺にキスのポーズの真似事をしている。
「紅葉君、けだもの街道まっしぐらですわね……もしあのキスのことを、由美香さんに知れたらどうなるかしら?」
美希がトコトコとやって来て、ミコトを押しのけて俺を挑発してくる。
「そっ、それだけは勘弁してくれ!」
「じゃあ、口封じとして駅前の喫茶店で。一番高いイチゴとチョコたっぷりの美味しいジャンボパフェをおごってもらおうかしら。ねえ、ミコトちゃん♪」
「はい、パフェとか初めて聞きました。楽しみです」
「分かったぜ、しょうがないな……」
くっ、こればかりはしょうがない。
俺は黙って、美希の言うことを聞くしかないようだ。
「ちなみに一つが千円だから、ここにいるみんなで計算して、紅葉君も食べるから……約五千円ぶんいただきま~す♪」
「何、そんなにするのかよ!?
俺の今月分の小遣いがぁー!?」
俺は半べそをかきながらも、泣く泣く了解をした。
「はははっ、竜太も隅に置けないな」
「そりゃ、そうですよ。私たちの自慢の息子ですから」
気絶した頼朝を背負った父さんと、傍に寄り添う母さん。
二人は仲むつまじく、俺と美希の会話に対して、いつまでもおおらかに笑っていた。
さあ、夜も深まってきたし、今日はもう帰ろう。
俺達が暮らす、幸せな温もりがある家路へ……。