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D7章 闇から光へと変わる世界

第D−19話 LOVEなカードを手前に並べて(1)

****


『ジリリリリー!』


 目覚まし時計のベルが激しく鳴り響き、朝の目覚めを告げる。


 俺は暗闇の中、眠たげな重たい体で、その発信源の丸いやつにキッとガンを飛ばし、停止ボタンをポチリと押す。


 現在、朝の5時。

 どうして、こんな早い時間にセットしたのだろう。


 人の安らかな眠りの邪魔をして、もうこんな時計なんか、投げ飛ばして仕舞おうかと思ったほどだ。


「……まだ早いから、もう少し寝直すか」


 俺は布団を被り、安眠を求めて、すやすやと旅立とうとしていたが、ふと頭の片隅から、一つの記憶が思い起こされる……。


「はっ、ちょっと待て、今日は確か……」


 スーパーの肉や野菜の大安売り……でもなく、友達の誕生日会でも、ましてや遊ぶ約束でもない……。


「俺達の大事な結婚式の日じゃないか!」


 俺は布団を蹴飛ばし、漫画のように服をポイポイと脱ぎ捨て、黒の綿パンを履き、薄手の灰色のセーターの上から、ハンガーにかけてあった緑のダウンジャケットを羽織る。


 ──あの事件が過ぎてから、早々と季節は巡り、いくばくかの冬を迎えていた。


 バタバタと支度を終えた俺が、玄関先から扉を開けると、外は一面銀世界だった。


「そういえば、昨日の天気予報で雪が降るって言っていたな」


 ──季節は2月。


 ダウンについたモコモコなフードを頭から被り、北風が吹くたびに、体を小刻みにブルブルと震わす。


「……道理どうりで寒いわけだぜ」


****


「──竜太りゅうた君、入りますわよ」


 美希みきこと、私は彼のいる楽屋のドアに軽く二回ノックをする。


 しかし、彼からの反応がない。

 ここにはいないのだろうか?


 でも、何度確認しても、出入り口のドアに貼りつけたプリント用紙には、新郎、紅葉竜太もみじりゅうたの休憩部屋と書いてある。


 もしかしたら部屋の中で、あまりの空腹で行き倒れになっていないのだろうか。


 今日の式場のご馳走に向けて、お腹一杯食べるから、朝から何も食べていないみたいな……?


「もしそうなら、これは一大事ですわよ!」


 私はドアを思いっきり開けて、警官隊のように突入する。


「よ、よう……」


 そこには竜太君が呆然ぼうぜんと立っていた。

 何やらテンパりな表情で、身だしなみを整えている。


「いや、ちょっと早起きしたから、今まで楽屋で寝ちゃってさ……」


 髪を手グシで撫でながら、一生懸命弁解している可愛い人だ。


「もう、竜太君。今日は君の結婚式ですわよ。これからはお父さんになるんです。しっかりしてください!」

「あい、しかと、このロバの耳に焼きつけたぜ」

「今は下らない冗談言っている場合じゃないでしょ。本当にこんな調子で大丈夫かしら……」


 私は改めて彼を見る。 

 灰色のタキシードに黒いネクタイ。

 まさに孫にも衣装な凛々しい姿。


 さっきまで寝ていたことを証明した、竜太君の寝ぼけまなこに、私の照れ隠しの表情が見え隠れする。


 ……駄目よ、私の恋は華やかに散って、もう終わったのだから……。


「──ところでさ、非常に言いづらいんだけどさ……」

「はい、何でしょうか?」

「ちょっと、お手洗いに行きたいんだけどいいかな?」

「そうですか。いってらっしゃい」

「いや、美希もここから出るんだよ」

「……えっ、どうしてでしょう?」

「……いっ、いいから。はい、退散~!」


 私は強引におしくら饅頭まんじゅうのように、廊下へと押し戻される。


「──もしもし、俺だけど……」


 ……そうか、私に聞こえないように電話がしたかったのか。


 相変わらず不器用な人だ。

 どうしてこんなに胸が締めつけられるほど、彼のことを好きになったのだろう……。


 そう言う私も、恋愛に関しては奥手すぎた……。


「おう、美希。探したぞ。こんな所にいたのか?」


 そこへ、いつものあの人がやって来る。


「何だ、頼朝よりとか。ごめん、ちょっとトイレに行っていただけですわ……」


 私は頼朝から顔をそらし、うつむき加減でその場から逃げるように去ろうとする。


「待てよ。お前、それならどうして……」


 私の片腕をぐいっと掴む頼朝。


「──泣いているんだよ……?」


 彼の心からの優しい気遣いに胸が締め付けられ、ずっと握られている腕さえも痛い。


「ごめんなさい……」


 私は彼に引き寄せられ、不意に抱き締められた。


「分かってる。俺以外に竜太のことも好きだったんだな」

「うん、フラれちゃったわ」

「これに懲りたら、もう浮気なんてするなよ」

「……うん、ごめんなさい。ありがとう」


 私の好意を見抜いていた彼の優しい腕に抱かれながら、私は胸の中で、涙が枯れるまで泣いた……。


****


「……竜太君、遅いよ」

「すまん、寝坊してしまってさ」


 俺達の大事な結婚式に遅れた俺は、スマホでミコトにお願いし、式場の新郎の休憩室で、彼女を俺の姿に変身させていたのだ。


 まあ、式はまだ始まっていないことに安堵あんどして、ため息は出たが……。


「さあ、早く着替えて。もうすぐ竜太君の親御さんなどの関係者や、由美香ゆみかさんが来るから」

「分かった。わざわざありがとうな」


 俺は着ていた服を脱ぎ出す。


 しかし、汗で張りついた服が中々脱げなくて苦戦する。


「ちょ、ちょっと。私の前で着替えないでよ!」


 プヨプヨな俺のお腹を見て、俺のフリをしていた竜太の変身を解き、別の女性になったミコトが顔を赤らめて、両手で顔を覆う。


 ──ちなみに今度のミコトの変身は、見ず知らずの学生──由美香の知り合いという設定で、高校生くらいの女性らしい。


 それから名前は、そのままの呼び名で美琴みことと名乗っている。


 そう、ミコトの愛していたしげるは、もうこの世にいないんだ。

 彼が好きだった弥生やよいになる必要はない。


 まあ、それはさておき……。


「何だよ、ミコトだって、普段、俺達の前では裸同然の灰色タイツ姿じゃないか。恥ずかしがる必要はどこにもないぜ?」

「竜太君、それをセクハラと言うのよ」

「へえ、やるな。ミコトの口からセクハラという単語が出るなんて。

──早速さっそく、人間社会の言葉を覚えたか」

「能書きはいいから、洗面所に行って、さっさと着替えてきなさい!」

「はいはい、分かったよ」


 ヒステリーなミコトの指示により、俺は部屋に備え付けてあるユニットバスの方へ向かった……。


◇◆◇◆


 ──マンテとの激闘を終えた次の日、学校内は騒然としていた。


 マンテと繁の遺体は学校側が秘密裏に処理をしようとしたが、マンテの関係者に口止めされていたり、部活などで早く登校した生徒達の告げ口ですぐさま噂となり、

さらにSNSでの拡散により、たちまちマスコミの間でも大騒ぎになった。


 人知れず、未成年の犯罪者をかくまい、学校の地下牢で人の目を避けて、吸血鬼を育てていたことにも批判が起きたのだ。


 彼ら吸血鬼はすぐさまにマンテが開発していたワクチンを接種して、普通の人間として過ごせるようになったが、保護者の間では、この学校へのデモの抗議運動が勃発ぼっぱつ


 たちまち学校側は、教師達が何とかフォローしようとしても、周囲の保護者たちの圧力などに、いてもたっても居られなくなり、希望乃百合ヶきぼうのゆりがおか高等学校は、やむ無くの道を辿るようになった。


 ……やがて、俺達は街中の学校へと強制的に転校させられるようになったのだ……。


 ──ガラガラと三台の重機によって壊される学校だった建物。


 巨大なホログラフの立体映像を写すアクリル板が解体され、海の周りにいたワニ達は麻酔銃を打たれて、海外の動物園行きへ……。


 さらにこの街の人々に明らかにされた、学校の周囲を包み込む広大な海。


 俺達の暮らしていた場所は、東京から何Kmも離れた、一つの孤島だったことにショックを隠せない生徒や家族もいた……。


****


 ──あれから、数年が経ち、東京の有名高校を卒業した俺達は、親の了承を得るために意を決して、二人の想いを打ち明けることにした。


 初めは両親も驚きを隠しきれないようだった。


 俺がもう少し大人になったら伝えようとした養子のことや、彼女とは血縁関係ではないなどという内容を知っていたことにもびっくりしていたが、俺達の気持ちが揺るぎないかたくなな想いと知り、両親は納得してくれた。


 だけど、今は何が起こるか分からない不況な世の中だから、せめて二人とも大学くらいは卒業してから、きちんとした職業に就いてから、結婚を考えた方が良いと説得された。


 ──時は流れ、俺と由美香はようやく両親から恋人通しと認められ、今日という結婚式の晴れ舞台を迎えたのだ。


****


「それでは、新郎、新婦の入場です!」


 白い長髭を生やした神父の合図に、ざわついていた周りの会話がぴたりと止む。 


 そんな静けさに息を飲む俺。


「──何? がらにもなく緊張してるの?」

「ああ、まさに校内のレポート発表会のような感覚だぜ」

「ふふっ、まだ学生気分なの? いい加減社会人として考えを切り替えていかなきゃ」

「それは、分かってる。でも、あと緊張している理由がもう一つあるんだ」

「そうなの?」

「今日の由美香が一段と可愛いから」

「うふふっ、どうもありがとう。お世辞でも嬉しいな♪」


 教会のステンドガラスからの光を浴びながら、俺達はレッドカーペットの床を進む。


「由美香ちゃん、ウエディングドレスとっても似合ってて綺麗ですわ~!」

「あっ、美希ちゃん。ありがとうね♪」


 長椅子に座っていた笑顔の美希から声援が飛んだ。

 その横には頼朝も座っていて、俺達に手を振っていた。


「竜太、そんなガチガチに緊張してどうするんだよ。次は俺達が婚約するんだからな、スピーチでヘマするなよ?」


 頼朝が美希の手をぎゅっと握りながら冷やかす。


 その握られた行為に、ほのかに赤面する美希。


「ああ、分かってるさ」

「竜太、手と足の動きが一緒……」

「だあぁ、しょうがないだろっ!」

「しっ、声が大きいよ……」


 由美香による、俺をテキパキと指導する姿を見た、みんなが反応し、どっと周りから爆笑の渦が起こる。


「やれやれですね。あの様子からして、二人の結婚式が台無しですわね」

「はははっ。まあ、いいんじゃないか、弓。アイツららしくてさ」


 父さんや母さんも、吹き出す笑いを何とかこらえながら、俺達を温かく見守っていた……。


****


「さあ、結婚指輪をはめる儀式を行います。両者、向かい合って……はあ、何だと?」


 今まで冷静に対応していた神父が、近くにいた聖母の耳打ちにより、参った顔つきになる。


「うーむ。これは困りましたな……」

「どうかしたのですか?」

「いや、お二人さんの指輪が無いみたいなんですよ……手元にあるのは、よく作られた玩具のダイヤの指輪でして……」


「ええっー!?」


 突然のハプニングに慌てふためく、由美香と周りの親族たち。


「あっ、もしかして引っ越しの整理で、ネットの質屋に段ボールに要らない品をまとめて出した時に、玩具に似ていた本物の指輪が紛れこんだか? 

それで高く売れたんだな……」


 俺は思い出したとばかりに、手のひらをぽんっと軽く打つ。


「……なっ、竜太、何てことするのよ!」


 由美香がメスライオンのように怒り、俺の襟元を掴みかかろうとする。


「まあ、そう怒るなよ。また買い直せばいいし、今はこれでいいじゃんか」

「はあ、ほんと、竜太ったらデリカシーがないわね……これじゃあ、大事な記念日が最悪だわ……」


「……こほん、お話し中、誠にすみませんが、式を取り次いでよろしいですかな?」


 神父が軽く咳払いしながら、パラパラと手元の古びた聖書のページをめくる。


「あっ、すみません。よろしくお願いします」


 由美香が神父に謝りながら、俺の襟首を掴んでいた手を離す。


「……はあ。本当に困った人ね。私も何で、こんな変な人を好きになったのかしら……」


 そして、玩具の指輪をはめた二人が、神父の言葉で誓いの口づけを交わし、俺達の式は好調、いや、順調に流れていくのだった──。








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