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第2話

自己紹介が遅れたわね。

私の名はロク。

エピローグで紹介した通り、私はシイの仕事も補佐や裏方的な仕事をしていた。

それ以前の私は、シイのBOSS且つ、三番目の養父でもある人物に「あるにうりょく」を買われ、彼の元で働いていた。

私の「能力」…それは相手のオーラの色が見えるのだ。

見えるだけでは、BOSSは私の「能力」を買わなかった。

私の場合は、「オーラの色が見える」プラス「オーラ色の出方」や、「オーラ色混ざり具合」…それ等を読み解き、相手の考えている事を解釈できる。

BOSSには、その能力を重用されて側に置いて貰った。

そのBOSSが亡くなった後、期間限定という条件で後を継いだ養子であるシイ。

シイにも、亡くなったBOSS同様、私を重用された。

こういう言い方をすると、シイと私は仕事上のドライな関係だと思ってしまうかも知れない。

が、実はそうではない。

先のBOSSとは仕事限定のドライな関係だったが、シイとはお互いのプライベート部分まで干渉する程の…親しい間柄になった。

原因はお互いの生い立ち部分が、似ている部分は影響しているだろう。

キーワードをいくつか挙げると…

田舎の閉鎖的な村育ち。

はとこ、の存在

実の父に「傷」を負わされた事…等等だ。

さて、私がシイの控え室に辿り着くまでの間、軽く私の生い立ちについて話しておきましょうか。

私の生まれ育った故郷の村。

そこは産業と呼べるものは無く、自給自足の生活を営む閉鎖的な村だった。

勉学への関心は全体的に薄く、子供達は成人前から労働力として期待され家庭持ちになる年も全体的に早めだった。

こういう言い方をすると、私自身が村で数パターンしか存在しない「レールに敷かれた人生」に唾棄する感情を抱いていたのでは?と薄く想像するでしょう?

それは半分正解だ。

閉鎖的村ならではの…「他人との境界線の無さ」に対し偶に辟易しながらも、私は平均的な村人として「レールに敷かれた人生」に洗脳され、その人生を楽しんでいたのだ。

もっと砕けた言い方をすると、自分自身の胸が膨らみ始めた頃から、異性に色気づき始めていた。

暇さえあれば…誰が気になるだとか、誰と結婚したいだの…発情期も動物状態であったと思う。

毎日毎日…年の近い友人達と色恋話題を、黄色い声を上げて騒ぎ過ごしていたのだ。

ここまでは村人として平均的で且つ、順調な人生だった。

結果、私は村人として「いとこのいとこ」に該当する男性の子供を産んだ。

しかし「いとこのいとこ」は私と結婚してくれなかった。

ここから先は、村人としての「転落人生」だ。

娘が未婚のまま子供を産んだ。

閉鎖的な村の中では、それは大問題だった。

そして判を押した様に、こういうケースで悪者扱いは女だ。

どこの世界も、狭いコミュニティーは大体そうだ。

無論、私の村も例外ではない。

私は村の「恥」とされ、ある選択を迫られた。

「産んだ赤ん坊を殺す」か「『恥』としての罰「足を折られ」産んだ赤ん坊と共に村から出て行く」か、だ。

私は後者を選んだ。

足を折る理由は、折られた足で逃げられるなら逃げてみろ…そういう意味らしい。

父に足を折られた後遺症として、私は足を少し引きずって歩く。

しかし、不思議な事も起きた。

先に述べた能力である「相手のオーラが見える」を得たのだ。

足と「相手のオーラが見える」能力との因果関係は不明だ。

だが、不自由さと引き換えに発現した能力だと…自分で解釈している。

世の中には私の様に、オーラが見える能力者が、それなりの人数が居るのかもしれない。

その事を私がシイに言うと、シイはこう返してきた。

「かもね。だが、『オーラが見えた上』で、相手の感情の細かい解釈と、その的確さは見事だ。義父が君の能力を高く評価したのも頷ける。」

そこから、私とシイの付き合いが始まった。


話終わった所で、丁度シイの控え室に着いたわ。

「シイ、入っていい?」

ドアをノックし、私はシイに声をかけた。

「やめて!放っておいてくれ」

秒で断られた事に…私は思わず面食らった。

今までの私達に、こんなケースは存在しなかったからだ。

どんなに気まずくても、お互いの「根っこ」ある程度の着地点を模索する姿勢があったのだ。

それを思い出すし、私は少し悲しくなってきた。

私達の関係が変わってきたのかもしれない…寂しさがじんわり込み上げてきたのだ。

それを押し殺してシイに声をかける。

「原稿に、受け入れ難い…何かがあったのよね?…矛盾とか?」

「姿が見えなくても…オーラが見えるの?」

私の質問にシイが力無く応えた。

「まさか…そこまで私は優秀じゃないわ。後で来た方がいいなら…そうするよ?」

シイは返答しなかった。

が、中から足音が聞こえた。

ドアの直ぐ向こうに、シイの気配を濃く感じた。


キイっ


軽く軋む音を立てて、ドアが開く。

そこには、聖職者独自の出で立ちの…鬱屈とした表情をしたシイがいた。

私はシイと至近距離で「睨めっこ状態」となった。

「反発」「怒り」「呆れ」「恥」「迷い」「矛盾」

シイから…それらの色が発せられている。

静かな湖に出現した波紋の如く、それらが広がっている。

矛盾だけは当たっていたわ。

そんな事を思いながら、私はシイに話しかけた。

「色の出方からして、激しい動揺は見受けられないわ。落ち着いてきたんじゃない」

シイはため息を吐いて、ドアも入り口を塞いでいる自分の体を斜めにずらした。

ああ、入れって事ね。

私はシイの要求通りに、ソファまで来て腰掛けた。

「…急に具合が悪くあり、中止してしまったと…報道陣に説明してくれる?…仲間達には、後で私から直接の謝罪と説明をするから。」

「…え?ああ、私のやる事は文書を作成して、報道に渡せばいい…って事?」

「…うん。いつも迷惑をかけてごめん」

それだけの会話をすると、シイは黙ってテーブルをぼんやり見つめ…動かなくなった。

やっぱり、会場での苛立ちの原因を話す気はない様だ。

今は、だけど…ね。

近いうちに話てくれるかしら。

そこを気にしつつ、私はシイが自分が「やらかした事」の後処理を一番に口にした事に少しホッとした。

いつも通り、私の知っている冷静なシイだ。

「早速、取り掛かるわ。」

言いながら、私が席を立とうとした。

すると、急にシイが両手で私の手を握ってきた。

聖職者として被っている頭巾に私の手が当たる。

私はシイの行動に一瞬だけ驚き、シイを諌めた。

「マスコミが…ウロウロしているかもしれないよ?誤解される事は避けるものよ。」

シイが少しだけ、力無く笑って言った。

「私がレズビアンだと…報道される事を心配してくれてる訳?」

私は思わず…声を上げて笑った。

「そうじゃないって事は…私が一番よく知っているわ、嫌って程。」

シイが握りしめた私の手に、自分のおでこをくっつけて言った。

「それ、嫌味で言ってるよね、絶対」

「ふふふ、何言ってんのよ。」

私はシイが握りしめた両手から、自分の両手をするりと脱出させた。

脱出させた自分の両手で、私はシイの両頬を挟んだ。

「ホント…男の子になってたら、私のものだったのにね、あなたは。」

シイは目を伏せた状態のまま…否定も肯定もせず、黙って私の両手に自分の顔を預けた。

私は今までの、「私達の付き合いの長い歴史」に思いを馳せた。

これまでの話の中で、私がシイを一度も「彼女」という代名詞で語れなかった。

「私達の付き合いの長い歴史」の中に…勿論その理由がある。


3


シイを初めて見た時、私はシイの事を「キレイな子」だと思った。

金髪の髪。

白い肌。

虹色の瞳。

思春期らしい子供のスレンダーな体格。

すらっと伸びた手足は、マネキンを連想させる程バランスが良かった。

あ、誤解をしないで欲しい。

この頃は特別な感情を、シイに対して持っていた訳ではないから。

そして「推し活」みたいに騒ぐ気持ちも無かった。

シイの見た目の感想として、「綺麗」だと思っただけ。

見た目はさておき、性格は寧ろ…シイの事を、とっつきにくい人だと思っていた。

シイと少し打ち解けた後、雑談をする間柄になった頃の話だ。

初対面時の「綺麗」の感想を伝えた事がある。

すると、シイは予想に反し…嫌な顔を見せた。

それが、照れ隠しから来る表情でない事は、オーラの色が証明していた。

「この珍しい瞳のせいで私の一族は世間と隔離して生き、挙げ句滅ぼされたんだんだよ。」

「…」

「おまけに、私は不良品だし。」

それだけ吐き捨てる様に言うと、シイはさっさと私から離れてしまった。

後でわかった事だが、シイの言う「不良品」とは「左目虹彩部分」の傷を差していたらしい。

左目虹彩部分を「月」に例えると、シイの虹彩部分は「満月一歩手前の月」を連想させる様に黒く欠けていた。

両目の違いについて私は気になってはいたが、シイの「不良品」発言に対し、大いなる闇を感じ、聞けずじまいの状態だった。

シイには年の近い幼馴染がいる。

大層お喋りな子で、その子がある日「不良品」の理由について教えてくれたのだ。

シイが実の父に殴られた時の後遺症らしいのだ。

そういう事を知り、私はシイに「シンクロニシティ」を感じる様になった。

とは言えシイを「面倒くさい人」だな、とは思った。

私がシイを「綺麗」と言った。

だがそれは、「珍しい瞳」を差していた訳ではない。

勝手に100%誤解しているのだ。

メンドクサイ。

そう思う一方、「気に障ったなら申し訳ない」という気持ちにもなり、私は素直に自分から謝ったのだ。

しかし、この件を気にかけていたのは、シイも同じだった。

シイのオーラの色が物語っていた。

「大人気ない事をした」

「どうやって謝る機会を作ろう…」

「向こうからやって来てくれた。助かった」


分かりやすいオーラの変化だと思った。

そしてシイという人間を「そこまで悪い人ではない」とも思った。

些細だが、この件でお互いの距離は少し縮まった。

だが、この「予想外」と比較にならない程の「距離が縮まる出来事」が起こる。

そこは、シイの仕事場だった。

シイの机の上に、無造作に置かれたギフトBOXが見えた。

しかも、そのギフトBOXは中途半端に開封され、中身が丸見えだ。

中身は、白い光沢のあるワンピースだった。

私の視線が数秒間、そのワンピースに釘付けになってった。

それに気付いたシイが、私に申し出た。

「私宛の貰い物で申し訳ないけど…気になるなら差し上げるよ?」

「…」

「…君が差し支え無ければだけど」

「……あるわ。私には似合わない代物よ。」

そう言うと、シイは首を少し傾げて私を見た。

思い返しても、なんと幼稚な態度だと自己嫌悪に陥る。

私のルックスは、お世辞にも美しいとは言えなかった。

私は自分の不自由な足以上に、自分の顔のパーツが大嫌いだった。

特に、父親譲りのダンゴ鼻と、高すぎる頬骨が。

私を「家の恥」と決め、見捨てた父。

鏡を見る度、父の事が顔を過り…その都度心が軋むのだ。

「…私なんかより、あなたの方が絶対に似合うわ。その代物」

そう言い放つ私の声音に…シイは強いネガティブを感じ取ったのだろう。

シイがガクリと…肩を落とした。

それから気を取り直すかの様に、シイは煙草を吸い出した。

ふうっー

シイが煙草の煙を長く天井に向かって吐き出す。

それから私に向かってこう言った。

「君が自分をどう思っているか、私は知らないが…私は君に似合うと思ったから譲渡を申し出たんだよ。」

煙草を灰皿に押し付けてシイは続けた。

シイは流し目だけ私に送って畳み掛ける様に言った。

「私が嘘を言ってるかどうか…君なら分かるよね。」

私の目を真っ直ぐ見て…シイが言い放つ。

オーラを見るまでもない。

お世辞でもなんでも無く、シイは私の為に申し出たのだ。

嘘のないオーラが私の目の端迄…届いた時、私のコンプレックスがシュと溶けた感覚に襲われた。

「…ごめんなさい。ありがとう、頂戴するわ」

私がそう言うと、シイが嬉しそうに微笑んだ。

それからギフトの箱を私の前に持って来た。

「絵画に登場する…天使が着てそうな雰囲気の衣装だろう?」

「…ふふふ、そうね」

「私みたいな…ポーかフェイスな奴より、君の様な愛嬌ある表情を出来る人が着た方がいいと思う。」

「…ふふ、天使はダンゴ鼻なんかじゃ無いわ。」

私がそう返すと、シイが一歩、私から引いてじっと私を見つめた。

「……………え、何?」

シイがあまりにも長い間、私をを「まじまじと見つめる」せいで、私は戸惑い始めた。

「こっちの方が好きかな」

「え?」

シイがぐいっと顔を私に近づけてきた。

おかげで私のダンゴ鼻と、シイの形のいい鼻がぶつかりそうになる。

思わず後退りする私に…シイがあっけらかんと言い放った。

「私は自分の顔より、君の顔の方が好きかな。」

薄く透明なオーラが、霧の様にシイから放たれてる。

それが物語っていた。

心底感じる「素直な気持ち」だと。

一瞬、頭の中が真っ白になった。

それとは対照に、顔が赤くなってくるのが自分でも分かる。

ここからだったと思う。

私の恋心は。



「…ん?ちょ…ちょま」

「ちょま?」

「ちょっと…待って、シイ…あなた、あなたって」

「あなたって?」

シイが、怪訝な表情で私の言葉を繰り返した。

「女なの?…こんなワンピースを、人から貰うって…女性?」

私は焦った。

私の生い立ちの件からお察しの通り、私は恥ずかしながらも「恋愛体質」なのだ。

とはいえ、同性をそういう対象として見た事は、今まで一度もない。

まさか、目覚めてしまったのか…私。

焦る私をシイは怪訝そうに見つめて、回答を寄越した。

「わからない」

「へ?」

間の抜けた「へ?」が自分から発せられたものだと…理解するのに数秒間を、私は要した。

それ程、シイの回答は予想外だった。

私の驚きを「置いてけぼり状態」にしてシイが続けた。

「これを私に寄越してた奴は、私に似合うと思って寄越した、らしい。私の見た目が妖精みたいだとか…言っていたかな?…うん?君の発言からして、ソイツは私が女だと思ったから寄越したって事なのか?」

「…し、知らないわよ…ソイツって人に聞いて見たら…」

「…そうか。そうだよな。うん…」

そう言うとシイは頭を掻きながら私から離れて行った。


悪い人で無さそうではないけど、なんか…変わった人?

シイの変わった部分に面食らい、それ以上の事は突っ込まなかった。

けど、私は後で思い知る事となる。

シイの「わからない」の意味を。

そしてそれが思いの外、恋愛対象として厄介であると言う事…を嫌と言う程、思い知る事になる。

それは次章のシイの特殊体質が大きく影響しているのだ。

詳細は次の章にて。


4


シイの特殊体質。

先の章にで私はそう言った。

けれども、正確に言えば「シイの一族の特殊体質」だ。

先の章でも述べたが、シイは「おしゃべりな」人ではない。

いや、これも正確ではないかな。

シイは悪友との下らないギャグやら、適当な雑談には喜んで付き合うが、自分の事は積極的に語らない。

それ故に、これから語る特殊体質について…情報のソースは例の「シイの幼馴染であるサン」という子だ。

この子は、シイと違い何でも「しゃべる子」だった。

しゃべり過ぎる傾向がある為、「もしかして話を盛られてる?」と話相手に疑われる事も、度々発生している。

それでも、シイが自分に関する事を積極的に語らない分、謎の多い「一族の特殊部分」を知る事が出来た事は…大袈裟な言い方だが、この「おしゃべりな幼馴染のサン」の功績だろう。

以下、サンの回想だ。


******


ハーイ!私はサン!シイの幼馴染。アンタって、シイと仲良いよね?もしかしていい関係だったりする?…いい関係って…シイは男の子かって?…う~ん、まだ分かんないんじゃない?かなり遅い方だけど。私?私は女の子だけど。えっ?ああ、そのジョークだよ!「いい関係」ってのは!挨拶を兼ねたジョーク!アンタ、真面目?シイと「仲良さげ」なだけあって、ちょっとシイとそう言う部分似てるよね?ちょっと気難しい…ジョーク通じない感じ?…全くさ…シイってあれでも小さい頃は、すごい寂しがり屋の甘えん坊だったんだよ?…私が一緒に寝てあげないと…癇癪起こしてさ。シイは小ちゃい頃に親父から離れて村にやって来たんだ。そこから暫くの間は、ずーっと私の後をくっついて歩くの。こうやって、私の服の端っこ握って…ん?私達の性別の事、詳しく聞きたいって?……………「まだ分かんない?」の部分が理解出来ない?………あ~あああ…そう言われると、そうかもね。あのね、あのね、私達一族って普通の人が思春期を過ぎる年齢ぐらい迄は、性別って不明なの。なんか言い伝え的な感じ…口語伝承ってやつ?えへっ…小難しい言葉知っているでしょう?昨日読んだ漫画に出てたの、むふふっ…ん、え、ああ続きね…口語伝承、口語伝承っと…一番最初の、私達の御先祖様が子供の頃のさ、とある日、色々あって「人で無いものに変化」したんだと。で、色々そこからあったんだけど、紆余曲折?へへっ賢そうな熟語知ってるでしょ?…で、その、その「紆余曲折を経て」元の人間に戻った…らしいんだけど、戻った時期がさ、普通の人でいう思春期を過ぎた頃なんだ、と。だから私達はえらい力持ち…ん?性別の話だったね?だからっと…人間に戻ったのが、思春期を過ぎた辺りで、そこからちゃんと女の子に変化してさ、結婚して子供産まれて…その子孫が私達なの…う~~~~ん、「人でないものに変化」した時は性別もクソも無い感じだったんじゃない?あ、ああ~!でもさ、でもさ、大変だった。私さ、性別が女に分化した時は大変だった!「普通の人が胎内から思春期にかけてゆっくり分化する」のにさ…私達は思春期過ぎた辺りに急激に分化するから…おばば様達から「キツイよ~」とは聞いていたけど、想像を超える「キツイさ」だった。もうさ…体が急な変化に悲鳴あげてんのがさ、わかるの…シイもきっとキツイんだろうね…普段からスカした態度取っているから…それでヒイヒイ言っているトコ、見てやりたい…あ、ああ、ごめん、なんか泣き声すると思ったら…ウチの子供だ、ったくあの乳母、何サボってんだよ。絶対っクビにしてやる…!」

回想終了。

サンとの会話は…会話というよりも、一方的な「マシンガントーク」だった。

サンの強烈なキャラに…私は圧倒されつつも、一方で満足していた。

シイの「分からない」の回答を得たからだ。

そして思慮浅い私は、安堵していた。

シイの今現在の性別は、未確定である。

男性に分化する可能性も、充分にある。

『あの人の特別になりたい』

私の口から思わず、希望が飛び出した。

そして思慮浅い私は、思い至れなかった。

サンが一言も言及しなかった(言及すら思いつかなかった、という表現が正確だろう)、性別未分化の人間が、そのメンタルに…恋愛感情をどれだけ「持てるか」について。

5


「恋愛」

この言葉の意味をググれば、様々な解釈が出てくる。

ググった一例として「特定の相手に愛情を感じる事」と説明されてる例もある。

多少の「気持ち悪さ」否めないが…この解釈では「家族にも当てはまるじゃないか」と考える人もいるかもしれない。

私はそう思った時、「恋」という言葉をググった。

「恋」

「恋:特定の相手に強く惹かれる事」

うん、この解釈ならば男女の惚れたはれたに近いイメージだ。

「愛」

こっちもついでにググってみた。

「愛:いつくしむ気持ち。親子愛、兄弟愛。ペット愛などもある」

別々にググって私はピンときた。

「恋」

遺伝子を残すシステムダウンロードが完了し、その実行の為に特定の相手に惹かれる事。

それプラス、その「特定の相手を愛しむ気持ち」を持つ事が「恋愛」なのではないかと。

身も蓋もない言い方だけど、性欲を発散させたい気持ちのみで…相手に惹かれる事は「恋」ではないのだ。

つまりは「恋愛」とは、遺伝子を残す為の発情システムが作動中の「そのワンランク上」の…相手を愛しむ…という事を指すのだと、思う。

こんな事を冷静に調べ、考えている私は…かなりの変わり者で暇人だろう。

しかし、こういう事を調べてしまう背景には「それなりの手痛い経験を積んだ」からこそだ。

4章で少し語った通り、私は結構な「恋愛体質」だと思う。

村社会で「はとこ」に熱を上げ、彼の子を産んだ。

その後、私は村を出た後で…別の男性と結婚している。

が、その男性とも子供を儲けた後、別れてしまう。

つまりは、私シイと出会う前には既に「バツ2子持ち状態」だったのだ。

当時を内省すると、私は焦っていたのだと思う。

バツがひとついた状態では、それを挽回する事に一生懸命だったのだ。

バツが二つの状態の時、私は諦めてしまった。

このまま、二人の子を育て上げ、それが完了した時点で私の人生は終わり。

漠然とそう思い込んでいた。

だが、そこは恋愛体質人間の「怖しい」ところだ。

少しでも「脈のありそうな相手」が出現すると、途端に諦めの感情は「忘却の彼方」だ。

しかもその相手は、自分に好意的且つ、我が子にも優しい感心を示す。

シイと私は…お互いのプライベートへ互いに「緩やかな侵食」をする様になる。

その度、お互い豊かな表情を見せ、砕けた口調での会話が増していく。

増えていくそれらに…私を有頂天になっていた。

これは、天から私に与えられた「ギフト」だと。

シイを「恋愛対象」として意識したあの日。

シイから譲られた、「ギフト」のワンピース。

シイは…ワンピース以上の「ギフト」だ。

「最後で最上のチャンス」なのだ、これは。

私は、シイに夢中になっていた。

*****

「私は、男に分化すると思う。」

私が、シイと共にテレビで「緩いトーク番組」を視聴していた時の事だ。

突然、シイが「男に分化する」発言をしたのだ。

テレビでは、白いモーニングと純白のウェディングドレスの花嫁が映っていた。

少し驚く私に、シイが続けて言った。

「花嫁衣装の白色は『あなたの色に染めて』という事らしいね。」

私は自分の胸の鼓動が…高揚するのを生々しく感じ取った。

「分化にも傾向があってね…周囲が男性ばっかりだと、未分化の奴は女性に分化する傾向があるらしい。サンは女性に分化しただろう?そうなると、私は逆に分化する可能性が高い、かなあ…」

シイの後半のしゃべりは、独り言に近かった。

「今の養父の所に来てからも、私の扱いは男性寄りなのは…強く感じるし、そこのところも…分化に影響するんだろうね。」

私は緊張して、思わず生唾を飲んだ。

今だ。

言ってしまえ。

私達は「いい感じの関係」だ。

シイは変わり者だけど、良い人だ。

きっと最高の配偶者で、良き父親になってくれるに…違いない。

逃すな。

逃すな。

チャンスをモノにしろ。

「…ん?この花婿も白い衣装だけど、これも花嫁の色に染めて欲しいって意味かな?…そしたら、お互いがお互いの色にチェンジするだけじゃないか?一緒に居る内に互いの色に混ざるの?…色が見える君は、そこの所…分かるの?」

「試してみればいいわ。」

「え?」

「シイ、あなたって基本は人の意見を鵜呑みにせず、自分で確認して己の納得する着地点を見つけようとするでしょ?」

おそらくシイは、私の言っている事がわからないのだろう。

キョトンとした顔で、シイが私を見つめている。

シイの表情に「ハテナ」が色濃く浮かぶ。

それらが物語っていた?

『何を言ってるの?ロク』

私は意を決して…シイに申し出た。

「シイ、あなたが男性に分化したら…私との結婚を考えてくれる?」

シイは一瞬、驚いた顔を見せた。

しかし次の瞬間、シイは嬉しそうに微笑んで言った。

「うん。いいよ。」

拍子抜けする程、ライトな口調だった。

私の緊張が「シイの予想以上の軽い反応」に肩透かしを食らったのだろう。

私は気が抜けて、自分の座るソファの背もたれに、ダラリと伸びてしまった。

「ロク?…どうかした?」

「…いやだって、だって…私は緊張MAXでプロポーズをしたのよ?あっさり承諾されると思わなかった。」

「…ああ、なるほど。」

「私は、仕事でのあなたを見てるからね…交渉事も絶っ対に、主導権を相手に握らせないでしょ?」

「それは、基本だよ。主導権を取られる事は『生殺与奪の権』を握られる事だ」

さっきの微笑みが消え、シイが仕事上で見せる「隙の無い表情」になった。

「だから、そことのギャップに驚いて……ああ、脱力してしまっただけよ。」

私がそう言うと、シイは納得した様子だった。

「…あ、そういう事」

「でも、嬉しい。今日は人生最高の日。私のプロポーズを…そんな貴方が承諾するなんて。」

「ニイが言っていた。結婚って、好き人とする事なんでしょ?世界的な社会通念ではね。ウチの国では違うけど…君の指す結婚がニイの言う意味だって事は、理解出来る」

シイが答えた。


ああ、補足しておくわ。

会話に出て来た「ニイ」という人物は、シイの悪友だ。

彼は「恋愛」に疎いシイに対し「事ある毎」に「恋愛座学」をレクチャーする存在だ。

「ふふっ…結婚式にはニイも招待しなきゃ、ね」

「そうだね。それまでに「仕事からの引退」を含む「諸々の課題」を片付けてから臨まなきゃね」

そう応じたシイの様子は…「無邪気な子供そのもの」を連想させた。

この時、私は気づくべきだった。

オーラで「全てを分析出来る能力」を、持っているくせに。

いや、思い返せば…私は気付かないフリをしていた…のかもしれない。

何故なら、シイのオーラには嬉しい感情が、発現されていた。

そこに嘘偽りは一切無かった。

だけども、そこに「恋」を表す色も無かった。

どうしてこの時、私は「気付かないフリ」をしたのだろう。

そうすれば、私達は泥沼に陥らなかったのに。

恋は盲目とはよく言ったものだ。


だけども、シイも方はどうだったのだろう?

私と同じく…相手へ向ける愛情の序章に「恋」はあったのだろうか?


「愛」があっても「恋」がない人物。

それが…この当時のシイだったのだ。

いや、シイには「恋」というモノが感覚的に分からなかったのだ。

6


「古きもの」と「新しきもの」


『諸々の課題を解決しなくちゃね…』

5の章での、シイの指していた「課題」…これはふたつの事柄を指す。

先ずは、「ひとつ目」の課題内容「シイの仕事からの引退」から述べた方が、内容の理解がスムーズだろう。

「シイの仕事からの引退」…これは勿論の事、私のBOSSも関係している。

なるべく手短に述べたいと思ってはいるが、BOSSも関係していると述べた以上、先ずはBOSSの社会的立場から説明しよう。

私やシイの住む地域一帯は、様々な「領主」が存在する。

私のBOSSも「領主」のひとりだ。

「異世界」であるそちらの歴史でも、場所は違えど「封建制社会」やら「乱世」やら、「領主」的な地位に該当する権力者が複数存在していた事があると聞く。

私やシイの暮らす地域は、そのイメージに近い。

そして、それまた2の章でも少し触れたが、シイは自分が幼少期を過ごした村を滅ぼされるという「惨禍」に見舞われた。

その後、紆余曲折があったものの…自分と同じく「惨禍」を免れた「幼馴染のサン」と共に、私のBOSSに引き取られた。

その後ふたりは、一定基準の礼儀作法及び学問を身に付けるべく「寄宿舎学校」へ放り込まれ、卒業後にはBOSSの養子となった。

BOSSには、「血の繋がりの有る」実子が二人存在するが、シイとサン以外の養子も複数存在するのだ。

「実子」「養子」これ等はBOSSの一族の財産や職務上の権限、序列等…明確に区別されている。

そしてお察しの通り、BOSSの持つ「全てを引き継ぐ」事が許されている者は、当然「実子」側だ。

だが、「不幸」というモノは、貴賤関係無く突然訪れるものだ。

無論、「実子」「養子」の区別も関係無く訪れる。

ある時期、BOSSは立て続けにふたりの「実子」を病気と事故が原因で失う。

不幸はその後も容赦無くBOSSに襲いかかる。

BOSS自身も病に倒れ、加療の為に引退を余儀なくされる。

さて、こきで「一番の問題」が発生する。

「誰がBOSSの後継者」となるか、だ。

最終的に、BOSSが養子の一人として迎えた「セン」という若者が「後継者」として選定される。

因みに…この「セン」は、BOSSの遠縁に当たる人物だ。

しかし、この「セン」はBOSSの仕事については「素人」だった。

苦肉の策として、「セン」が本格的にBOSS一族の「代表」として「使いもの」となるまでの間「暫定的代表」を立てる必要に迫られる。

そも「暫定的代表」として「白羽の矢が立てられた」のが、シイだったのだ。

勿論、シイに「白羽の矢が立てられた」のには、幾つか理由がある。

細かい事は割愛するが、三つだけ述べておこう。

「本格的な後継者」である「セン」と相性が良い。

BOSSの部下達の中で、シイは周囲からの信頼がある程度厚かった。

シイは、BOSSに対して「ある負い目」を有する為、造反のリスクが低い…依ってこの「暫定的代表」の役目を担うのに、一番適任だと。

因みに、「暫定的代表」となっても、一族の財産分与等…諸々の制限がある事に変わりは無かった。


「いいでしょう…「暫定的代表」ですか…?引き受けましょう…ただし、私からも条件があります。」

シイは、この件をあっさり引き受ける事を引き換えに…ある条件をBOSSに迫った。

BOSSは、後にこの時の心境を「何を条件に出されるのかと肝を冷やした」と、私に漏らした。

シイは、そのぐらい普段から「意に染まぬタスク」を「自分を無にして遂行」するタイプの人間だった。

その姿に、BOSSはシイを「私利私欲の無い」イメージを持ってしまったのだ。

しかし、シイの出した条件はBOSSを裏切らなかった。

シイの出した条件…それは「三年以内にシイ自身の引退を認める」というモノだった。

BOSSは、シイの、あまりの私利私欲の無さに…ある種の「不気味な怖さ」を感じたらしいが…シイを「引き留めたい」気持ちと、「不気味な怖さ」を両天秤に量った結果、シイの条件を飲んだのだ。

後にシイは「自分自身の引退」を条件に出した理由を次の通り、私に語っている。

「甘えを『家族の結束』やら、『一族』という足枷で誤魔化す厄介さ…懲り懲りだったんだよ。私の贖罪は「暫定的代表」とやらで帳尻が合うはずだ。」

自由気ままに残りの人生を小じんまりと過ごしながら、偶に「気の置けない友人達」と過ごす…それが夢だったらしい。

シイの「根無草人性」に強く惹かれる所は…実父譲りなのだろう、私はそう思った。

しかし、皮肉な事に「家族」が懲り懲りと豪語していた「独り身」のシイにも、結婚の必要性が出てくる。

それが、ふたつ目の「解決すべき課題」だ。

病に倒れたBOSSに複数の養子がいる事「ひとつ目」で述べた。

BOSSは「政治的見地」から、自分の養子や一族縁者及び部下達の結婚を、取り決める役割を担っていた。

端的に言えば、「政略結婚」を主導する役割だ。

「政治的見地」で結婚を勧める「仲人」みたいなものだと捉えてくれればいい。

しかし、他人の婚姻を…あれこれ口を出す「仲人」が「独り身」では説得力がない。

「面子」という観点から…シイの結婚は勧められた。

この話を先に進める前に…私とシイが住むこの地域の結婚観について、少し補足しておきたい。

お察しの通り…「一族の都合を最優先」した結婚観が罷り通ってはいるが、結婚相手の性別は「不問」なのだ。

何故なら、「政略結婚間」のお相手との間に、子を儲ける必要がないからだ。

むしろ、「政略結婚間」で子を儲ける方が、諸々の禍根を残す要因が強いと公言する人間もいる。

「お家が存続さえすれば良い」という考えが根強いのだ。

では、どのように子孫を残し「お家を存続」させるのだ、という話になる。

一般的には「政略結婚」後、お互いが他所に恋人を作るのだ。

そして、恋人との間に儲けた子を「正式な我が子」として迎えいれるのだ。

その為、この地域では「政略結婚間」で儲けた子の割合が低い。余談だが…BOSSの実子ふたりも、「事実上は婚外子」だ。

さて、話をシイに結婚に戻そう。

こにシイの結婚もmた、BOSS 一族への「障害にならない」事が…重要事項として「お相手」が選定される。

それに加えて、シイは「お相手」に対し、「ある程度の配慮」を自分の結婚で求めた。

数人に絞られた「候補」の中で、「お相手」の決定打なったのが、「既に配偶者と同居する者」を、シイが選んだのだ。

シイに言い分はこうだ。

「私とは、書類上だけで充分だよ…既に他の配偶者を有する人物ならば、今更二番手三番手が自分の側に来なくても、不満は持つまい?依って…私が引退後にBOSSと無関係となっても…婚姻関係の解消に難色は示すまい。」

以上が、シイのふたり目の課題である「婚姻関係の解消」だ。


*****

『かくして、好き同士のふたりは様々な問題を解決し、最後は結婚し幸せに暮らしました、とさ。』

童話の様にシンプル且つ、上手く事が運べば『めでたし、めでたし』となるのだが。

そうはいかないのが、現実の残酷なところ。

シンプルに物事が進む事を願う人間にとって、運命とは意地悪なものなのだ。


舞踏会~恋が分がわからない


『シイ、あなたが男性に分化したら…私との結婚を考えてくれる?』

『うん、いいよ。』


「愛」があっても「恋」がない人物。

それが…この当時のシイだったのだ。

いや、シイには「恋」というモノが感覚的に分からなかったのだ。

*****


7の章で、私はシイについてそう述べた。


私の決死のプロポーズに対し、シイのライトな返事。

「うん。いいよ。」

思い返せば、だが…「シイのライトな返事」に対し、少々の引っ掛かりを感じていたのならば、私は自分に対してトーンダウンを強制実行し、この件について掘り下げるべきだった。

結婚観は様々…とは言ってもだ…「人生の一大イベント」である事は確かなのだから。

「脳内お花畑状態」の人間は、自分の思考を停止させるものだ。

嫌な事、辛い事が起きた時こそ…あれこれと思いを巡らせ、考えるものなのだだから。

これらの事は「酸いも甘いも経験した」からわかるものなのだ。

しかし残念ながら、その「酸いも甘いも」…この時点では不充分だったらしい。思い返しても、自分で自分が情け無くなるのだ。

「故郷との決別と二度の離婚」これ等の経験を以てしても、私は何も学べていなかったのだ。

シイとの「苦い恋愛経験」がプラスされ、私はそれらの教訓を得る事になる。


「人生最大の身に余る幸運」それが新たな地獄の入り口に繋がっていたとは…夢にも思わなかった。

それぐらい…私はシイに夢中になっていた。



最初にシイを見た時は「綺麗な人」だと思った。

それから、舞踏会で踊るシイの姿を見た時は「王子様そのもの」だと思った。

う~ん、舞踏会だったかな…パーティの名前や目的は、白状すると…余り覚えていない。

何しろ…当時の私が華やかな会場にいる目的は、ゲストやホストという立場では無く、「スタッフ」扱いだからだ。

華やかなドレスに身を包む…「ホスト」や「ゲスト」のレディー達。

そして皺ひとつ無く…光沢を放つモーニング的な衣装を身に纏った「ホスト」や「ゲスト」の男性陣。

私自身は…華のある衣装とは縁が無く、パーティにスタッフとして駆り出される時は「イートンコート」を思わせるセットアップを、いつも着用していた。

まあ、私は基本、「スタッフ要員」でしか…お呼びが掛からないのだけれども。

私の直属のBOSSでもある、シイの養父。

先の章で、BOSSが「病気の療養の為引退」と言ったが、この頃は「ご健在」だったのだ。

私は、BOSSに「オーラ分析能力」を重用されてはいた。

とは言っても、大ぴらに「私の仕事と存在」は公表されない。

『ロクのオーラの読みのおかげで助かった』

そういう類の…お褒めの言葉をBOSSよりいただいても、そこは所詮胡散臭さを伴う分野だ。

全ての人間が「見る事の出来ないオーラ」と「それに対するBOSSの功績の明確な紐付及び証明」それが難しい限り、私は影の存在なのだ。

当然と言えば、当然だ。

想像して欲しい。

華やかな衣装を私が身に纏い、会場に姿を現す。

当然「あの方は誰?」となる。

私の能力が、胡散臭さが切っても切れないモノである以上、そのシチュエーションは面倒でしか無い。

だからこそ「スタッフ扱い」なのだ。

その私から見て、キラキラと華やかな「ゲスト」や「ホスト」の光沢溢れる姿は眩しい。

とは言え、だ。

私の中で自分の「立ち位置」に関して、卑屈な気持ちを抱く事は皆無だ。

パーティ会場には、性別問わず「壁の花」と呼ばれる人種が誕生する。

光沢のある、華やかな衣装を身に纏っている…にも関わらず、ワルツの輪に加わる事が出来ずに、モジモジしながら壁際に佇む人々だ。

彼等は自分と同じく人種である「光沢のある衣装を身に纏った人々」に気に掛けられる。

気を遣った「お仲間」が「壁の花」達に声をかけ、ある程度言葉を交わした後…「救済された壁の花達」はワルツの輪に加わる。

が、スタッフの私は当然ながら…壁際に佇んでいても誰にも気に掛けられない。

そんな私は、心大気なくパーティの様子を観察する事ができる。

私のオーラを読み解ける能力は、仕事上で遺憾無く発揮されるが、こういった場では「純粋」に楽しんでいるのだ。

『ああ、あの人はBOSSの前では穢れなき「篤志家」って顔してたのに、ドレスから覗く女性の胸元や、大きく開いた背中に欲情してる!あのオーラの色…ああっ背中の時の…欲情ボルテージの上がり方が…ハンパない。背中フェチ?』

と言った調子だ。

ま、「家政婦は見た!」的な感じかな。

ぼんやりと眺めている時に感じる…時間の経過が心地良い。

この「冗長」とも言える心地良さを噛み締めている時に、私は思った。

死んだご先祖さまが、子孫達を見守るって…こんな感じかしら。

それとも身内なだけあって、達観した思いで見守る事なんか出来ず…ヤキモキしながら眺めているのかしら。

ふと、そこまで思い至った時だ。

シイが、私の視界に入って来た。

シイは「白寄りのグレー色、薄靄状態」のオーラを身に纏っていた。

うん。予想通りのオーラだ。

シイは自分を「無」にして「ホスト」のひとりとして…役目を遂行中だ。

そのシイの出で立ちは「光沢のある薄いグレーのモーニングと白い手袋」だった。

シイの性別は「未だ分からない」状態だが、公には「男性」扱いだ。

BOSSであるシイの養父の立場からすると、「自分の手足となる部下」は、男性の方がやり易いのだ。

それに加えてシイは、性格がやや男性っぽい。

例えば、「気乗りしない仕事」

シイは、これを基本自分を「無」の状態にして動き出す。

が、一旦、引き受けると、夢中で最後まで突っ走るのだ。

最後まで突っ走った後は、エンジン切れを起こしている事も多い。

私はその様子を…何度か見た事がある。

その様子は例えれば…登山のスタート時点から全力で突っ走り、途中で「気になった木を登る」という無駄な体力の消耗する行動を…後先考えず行い、下山後の麓に到達した時点では既に「ふらふら状態」の我が息子に似ていた。

一方、我が娘は、スタートからダラダラおしゃべりしながら歩き、時にはショートカットを行ういう「賢い逃げ」スキルを駆使する。麓に到着する頃には「疲れた」を連呼してたくせに、近くの休息用店舗では休憩所でバタンキュー状態の兄弟を尻目に、お土産選びに精を出す。もちろんそのお土産は「自分用」だ。

シイは間違いなく、前者の方だった。

その時だ。

シイのオーラに、ふと薄い緑色が差した。

オーラの量が先程よりも少し、増している。

「知識欲」が働いた時によく見る色だ。

シイの変化の理由を探るかの様に…私はシイの様子に釘付けになる。

シイの目の前に…女性が立っていた。

黒目がちの美しい人だった。

艶っぽい微笑みを浮かべながら、黒目がちの潤んだ目でシイを見つめている。

彼女のオーラはピンク色であり、「写真のフラッシュ」を連想させる放たれ方をしていた。

彼女のオーラは分かりやすくも物語っている。

「素敵な王子様、あなたが好き!」

オーラを見ずとも、彼女の表情と態度は誰の目から見ても、シイに恋していた。

しかし肝心のシイは…そんな目を向けられても何故か「知識欲」のオーラを出している。

変わった人だ。

私は改めて、シイの事をそう思った。

私なら、男女問わず見目麗しい子から「恋」オーラを向けられたら、心拍が爆上がりする。

きっと、私自身もピンクのオーラを放ち、見目麗しいお相手とピンク色共鳴を起こすだろう。

同性である限りは…その場限りの共鳴になってしまう可能性が強いが。

「美しさ」とは「恋」という情を強く揺さぶる武器なのだ。

そこまで思いを巡らせた後、私は再度シイの目線を探った。

するとシイは、黒目がちな彼女の頭上を凝視していた。

彼女の髪型はパーティ用に華やかな盛り方をされ、頭上に花飾りや鳥があしらわれた髪飾りが乗っている。

次の瞬間、シイと彼女の周囲から驚嘆と冷やかしの声が上がった。

彼女がシイに飛び付いて…キスしたのだ。

その瞬間、シイが驚いて後ろに後退りした。

肩透かしを食らったかの様に、彼女がシイのやや後に倒れ込む。

彼女が床に倒れる寸前、シイが彼女を抱き留めた。

「大丈夫?」

シイの声は聞こえないけど、口の動きがそう言っていた。

彼女は王子様に抱き留められ、嬉しそうな表情を見せた。

もう、オーラの色が、ピンク一色の花火状態だ。

シイにエスコートされながら、彼女は休憩室へ向かう。

その間、彼女は頬を薔薇色に染め…シイを見つめていた。

彼女のピンクオーラが雷神の背負う太鼓の様に「ドドン!パン!!」状態だ。

対照的に…エスコートするシイは…相変わらず緑色のオーラが、水面の波紋の様に放たれている。

そして彼女をエスコートしながらも、視線はずっと髪飾りに釘付けだった。

あんな美女から…好き好き攻撃を受ければ、異性に興味ある男性は年齢問わずテンションが上がるものだ。男性のわかり易い発情的なテンションの上がり方ならば、多少はピンクのオーラが出るのだ。

男性の方が性に結び易い分、赤色寄りのピンクオーラで出る事が多いが。

シイは、男っぽいが男っぽくない。

妙な矛盾に思いを巡らせていたその時だ。


「やあ」


渦中の人「シイ」が、いつの間にやら隣に立っていた。

私はびっくりして軽く後退り、壁に背中をぶつけた。

「大丈夫?」

シイが、シャンパングラスを自分の口元に当てながら、横目で私の様子を見て言った。

「ええ。休憩室に行ったんじゃなかったの?…彼女、平気?」

「うん。シャンパンを差し上げて、休んで頂いたよ…」

そう言いながら、シイは窮屈そうな首元の蝶ネクタイを指でグリグリと緩めた。

それから、自分の口元に当てていたシャンパンの中身を、近くの植物の鉢にするっとかけた。

「…何でそんな真似してんの?」

シイの行動が理解出来ず、私はギョッとして軽く問い正す。

「え、あ…まずかった?…ちょっと口元を消毒したくて…アルコールだと枯れちゃうかな?」

「かけちゃったものはもう仕方ないと、思うけど…変わった事するなって…」

「…消毒したかった。」

「まさか、美女の唇がお気に入り召さなかったの?」

私は、ストレートにシイに尋ねた後、少し滑稽な気持ちになった。

『これらの会話はまるで、シイが完全に男の子だと完全決定してるみたいだと』

私の思いを余所に、シイはしゃべり続けた。

「犬にキスされた事を、思い出してね…つい。」

「い、犬?」

「彼女、急にジャンプする様に…飛び付いてきたでしょ?…犬みたいだって思った…勿論、彼女が犬では事は分かっているけどね。」

やっぱり変わった人だな、と再度思いながら…私は適当に調子を合わせた。

「高級な血統書付きのお犬様ね。」

「『高級でも雑種でもやる事は同じだよ』これはニイ…私の友人のセリフだ。ソイツの犬にキスされた時に友人から言われたんだ。『口洗ってこいよ、コイツは食糞しているぞ』って。」

「まあ…」

「友人の飼っている犬種だけ…そういう真似するのかと、友人に尋ねたんだ…そしたら、『俺の犬は雑種だ。高級でも雑種でも犬は同じ事する』と言われてね。」

「食糞…」

私は戸惑った。

この華やかなパーティ会場と華やかな人々を眺めつつ、何を話しているのだろう…。

私の戸惑いを…一ミリも気にかけること無く、シイがしゃべり続ける。

「ふと、思い出したら…自分でもよく分からないが、消毒したくなってね。それでアルコールを…」

「ああ、そういう事…疑問がひとつ解消できたわ。」

私がそう言うと、シイが少し驚いた顔を見せた。

「…ひとつ?他にもあるの?」

「彼女の髪飾りを凝視していた時に…『知りたい』オーラ出ていたでしょう?何を知りたかったの?」

「…ああ、あれ、ね。…髪飾りのモチーフ。」

「モチーフ?」

「そ。彼女の髪飾り…鶴らしき鳥と薔薇の花、三日月と満月が合体した風の球体…あとこれが一番不明だが、斜めに吹く風らしきモノで構成されたデザインになっていたんだ。」

「…そう…」

「で、彼女に尋ねてみたんだ『それは花鳥風月をあしらっているの?』って」

「で…?」

「彼女…キョトンとしてて…尋ねるだけ無駄だな、と思い、私は休憩室から退散した。」

私はふふふ、と思わず笑ってしまった。

「面白い要素が、この話の中にあった?」

怪訝な表情を私に向けて…シイが尋ねた。

「いいえ違うの、ごめんなさい。あなたやっぱり変わった人だなって思って…」

「よく他人から言われる…君は、私の「どの辺り」が変わっていると思ったの?」

「あの美女の色気に当てられても…一ミリもブレないところ、かしら?」

「ああ………」

シイの声色が低いモノになった。

表情にもオーラにも…僅かばかりの苦々しさが浮き上がっている。

「疑問が新しく出来てしまったわ?…どうして苦々しい表情してるの?」

シイが、軽くため息を吐いて言った。

「…養父…BOSSから聞いてるんじゃないの?」

「何を?」

「またまた…惚けてるの?オーラ分析には諸事情の情報も併用されてるって聞いてる。」

シイが内ポケットからタバコを取り出し、口にくわえはじめた。

私は慌てて、タバコに火をつけた。

ありがとう、シイは小さく礼を言うと先程の話を続けた。

「ハニートラップ系のスパイ行為に…私が失敗した話。BOSSが君に共有してないと思えない。」

私は軽く面食らった。

そうだったんだ…方々からシイの事は「出来る人」と聞いていたからだ。

そのシイでも、失敗はあるのか…。

「まさか。BOSSは私に『関わらせる必要なし』と判断すれば、一切情報漏らさないわよ。」

動揺を隠して、私は答えた。

「ああ、そう。ま、いいんだけどね。私は本当に分からないから。」

「分からない?」

今度は、私が怪訝な表情になった。

すると、シイはあっけらかんと、私の質問に答えた。

「色恋事。先程の様な『美しい女性にキスされたら、喜ぶのが一般的である』…理屈は理屈として理解出来る。が、感情迄伴わない…これが失敗の要因。」

「ああ、そういう事。」

一番の疑問が腑に落ちた。

「気のせいかな?…『スッキリ!』って顔、君してるよね?」

「一番の疑問が分かったから、同じ女性の私でも…あんな艶っぽい女性にキスされたら、舞い上がるわ。」

「成程…そういうものか。私はニイ…先程の友人から、『色恋』座学は偶には教わるけど…今後は君にも座学レクチャーを頼んでもいいかもね。」

「…えっ!」

「友人の座学には、偏見が入っている様な雰囲気が感じ取れる。複数の意見を聞く事は理解を深める上で良い事だろう。」

「…」

なんか、本当に変わった人、だな。

私が少し引いていると、シイがチラッとダンス会場に目を遣った。

「今日はお開きだね…ご苦労様。君も帰ったら。」

コートを着用し、入り口に向かうゲスト達の姿が見える。

それらの様子を見ていると、楽団が機械的に演奏するワルツの曲が寂し気に感じる。

ああ、そうだ。

華やかな時間は終わりだ。

「養父はお開きの挨拶を終えたんでしょ?…休憩室に居た時に聞こえた。そして、私はパーティについて…ひとつ決めている事がある。」

シイにグレーのオーラに…新たに「黄色」が出現した。

期待を持つ時に出るオーラだ。

「希望に満ち溢れた事?」

私の問いに…シイが一瞬驚いた顔をした。

「すごいね。既にもう分かるんだ。」

「諸事情を聞いて無いから…細かい事は分からないわ。早く教えて。」

すると、シイがにっこり笑って言った。

「私がパーティを仕切る役目を獲得した暁には…私の今現在の「ダンス接待」の役目は、センに押し付ける。」

シイがある一団を、指差して言った。

指し示す先には…名残り惜しいのか、なかなか帰路に着こうとしない女性ゲスト達が居た。

その中心に居たのは、鼻を伸ばしながら華やかな女性達と談笑する男…センがいた。

側から見ると、その様はハーレムを牛耳る雄のオットセイの様だ。

彼のオーラは分かりやすくも、赤いオーラが炎の様に昇り上がっている。

因みに彼は、BOSSの遠縁の子だ。

先の章で述べた「BOSSの後継の後継」だ。

「ふふっ…喜んで…引き受けてくれそうだわ。」

「楽しめる奴が、やるのが一番だよ。…全く」

シイが、タバコを内ポケットに仕舞いながら呟いた。

「そうね。シンデレラタイムは、皆終わりね、帰らなきゃ。」

私が呟く様に言うと、シイがタバコを内ポケットに仕舞う手を止めて、私に尋ねた。

「毎回思ってはいたけど…君はパーティを楽しんでいるの?」

シイが、両眉をクイっと上げて尋ねてきた。

「…皆の様子を見物する事に注力して…楽しんでいるわ。」


私は、先に述べた『死んだご先祖さまが子孫達を見守る…』の話をシイに語り、その感触は満更でもない事を伝えると、シイは数秒ではあるが、神妙な面持ちで遠くに目を遣った。

それから、急に私に尋ねて来た。

「…君、ダンスは嫌い?」

「踊れないもの、ワルツ。」

シイの質問の意図が分からないまま、私は答える。

「試しに踊ってみる?」

シイが私の顔を覗き込みながら、そう言った。

それからエスコートする様に、私に手を差し伸べた。

自分の心臓がドキっとなったのを、私は確実に感じ取った。

何かテンション上がるものがあるわね…流石、見た目が100%王子様。

シイの思い付き且つ、お試しだと分かってはいても…私の心拍は爆上がりだ。

「ほら、早く!」

返事を寄越さない私に痺れを切らしたのか…シイが強引に私の腕を引っ張った。

シイは私をエスコートしながら、ホールの中央迄移動する。

私は『王子様のお相手が、こんな地味な女で申し訳ない』という気持ちになる。

「あ、その…シイ…」

「大丈夫…ちゃんとリードするから。」

私のおぼつかない足元を見て、シイがクスリっと笑った。

「…ゲスト達と踊っていた時より…楽しんでるオーラを出してるわ、あなた。」

ふふっとシイが声を上げて笑った。

「…すごい、分かるんだやっぱり。」

「ええ。」

私が頷くとシイが続けた。

「私の事を変な奴だって…思ってんじゃない?」

「すごいわね、あなたこそ。何で分かったの?」

「先程の話の流れから想像つくよ。『華のあるマダムやお嬢様達とは仏頂面で踊っていた癖に、着飾ってない自分と踊っている方が楽しそうだ』変わってるわって」

シイが、私の喋り方を真似して言った。

その真似が…なかなか似ていた為、私は踊りながら吹き出してしまった。

「あなたへの印象が変わったわ、シイ。」

「へえ、どんな印象持ってたの?」

「無機質で…根暗な感じ」

「結構傷つくな…今は逆に根明なイメージって事か。」

「ええ、ダンスが好きそう。」

「うん、指摘されれば…嫌いではない。いい思い出もある。」

シイはそう言うと、遠くに視線を遣った。

その様子は遠くの何かを凝視してる、と言うよりも…何かを回想している様だ。

「子供の頃、幼馴染の子と近くの村の祭へ勝手に紛れ、大人のダンスの群れに飛び込んで踊ったな…あれは楽しかった。」

さっきの笑った表情とは違い、シイが穏やかな表情を浮かべている。

その表情を見つめながら、私はシイの事を改めて「やっぱり綺麗な人」だなと思いながら尋ねた。

「…大人達は微笑ましく見守ってくれたの?」

「楽しそうに見守る大人と、呪い言葉を吐いてくる大人と…半々くらいかな。」

シイの表情は相変わらず穏やかだが、話している事が少し物騒だ。

「それは、事情を突っ込んでもいいの?」

「事情も何も…私の一族は身体的特徴が周囲と少々違っていたせいか、孤立気味だったしね…自分と違うモノは怖いって、だけの事だろう。」

先程と違った…暗い話題に私の本心は『どうしよう』の言葉が浮かぶ。

が、次のシイが吐くセリフから、『ダンス前のシイとの会話の中で唯一未回収な疑問』の回収を果たす事になる。

「…さっき、死んだご先祖様はヤキモキ…の話をしてたよね。私の考えを述べると『死人は何も思ってないと思う』希望的観測を大いに含んでいる事は否定しないが…死後は『無』であって欲しい。」

「…」

「生前が諸々と穏やかでないなら、死んだ後くらいは安らかであれ、だ…ほらあれ。」

シイが、ダンスを急にやめて、顎でホールに入って来た人物を差した。

その人は、シイの会話の中に出て来た幼馴染の「サン」だった。

帰路に着くのだろう。

夫君と共に入り口へ向かっている。

彼女の姿を見て、私は思い出した。

今日は彼女の結婚後…初の里帰りパーティだった。

私がそれを失念していた事を、シイに伝えるとシイは言った。

「第二のお里、だけどね。」

サンもシイ同様、BOSSの養子だ。

「あなたが話の中に出てきた『幼馴染』って、サンの事でしょ?今でも仲良いの?」

シイが軽く横に首を振っていった。

「『兄弟は他人の始まり』って言うからね…ま、はとこだけど。兄弟みたいに過ごしたからね。」

私は、軽く笑って言った。

「祭りで一緒にダンスしていた時は、仲良しだったのね。」

シイが横目で、サンを見て言った。

「いや、仲悪かったよ。嫌いだったね。」

シイが、無表情で言い放つ。

シイのオーラは「無」に戻った。

そこには「好き」も「嫌い」も浮かんでいなかった。

そして「嘘」も、浮かんでいなかった。

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