青いカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
東京の品川にある5階建てマンションの3階の一室。小奇麗な部屋の角にあるベッドで、花南はまだ睡眠中であった。
昨日は埼玉から戻った後にその報告書をまとめて提出。その後、メールによって新たに組織の全メンバーに展開された各種マニュアルに目を通す作業に追われた。
帰宅したのは午前2時を少し回ったあたり。さすがに疲れきった顔立ちでベットに転がり込んだが、今日は土曜日である。
休日出勤の当番でもない限り、花南のような公務員は休日となる。
しかし、昨日からの状況の変化により、花南は今日も出勤となっていた。
午前10時を回ったころ花南のスマートフォンが鳴り、花南はベッドの上から手を伸ばす。
顔を枕にうずめ、目を閉じたままテーブルの上を探ること数秒。やっとお目当ての携帯を探し出すことができた。
花南はうっすらと眠そうな目を開き、着信の相手を確認する。
清高からの電話であった。
「はいもしもし。おはようごじぁうぃます……」
「『ごじぁうぃます』じゃあねえだろ。起こして悪かったな。ところで、花南? お前今日出勤するって言ってなかったか? どーすんだ? 午後からにするのか?」
花南が一瞬不思議な顔をしつつ、寝ぼけたままの声で答える。
「え? そうだよ。出勤だよ。まぁそうだねぇ……うちのメンバーとのミーティング、1時からだからあんまり早く行ってもしょうがないから。私は10時から出勤ってことにしてるよ。準備もあるし」
「そうだよな? お前、今日は10時出勤って言ってたよな? じゃあ、今すぐ時計見ろ。もう、10時過ぎたぞ。ほーら大変だぁ。急げっ、急げ!」
「うそっ! まじで? ちょっ、やば……とりあえず切るね。ありがと」
電話の向こうで清高が笑っていたが花南はそのまま電話を切り、急いでベッドを飛び出した。
一方、深は夢を見ていた。
眼下に広がる夜景。
どこかのビルの屋上にいるらしいが、これほどの高さともなると、一瞬東京タワーにいるのかと勘違いしてしまうほどである。
だが遠くにそれらしきものが見えるためそれは違うらしい。
一通り周りを見渡したが、場所の見当をつけることはできなかった。
しかし、深自身はここがどこであろうとどうでもよかった。
(何故だ? 風がすごく気持ちいい……)
深は子供のように両手を広げ、大きく息を吸う。深呼吸の途中に空を見上げると、月が見えた。
昨日の夜、川原で見た月と同じである。
深はしばらくの間微動だにせず、月と風にうっとりしていた。
それからどのくらいの時がたったのだろうか。
急に風があわただしく吹き乱れ、深の体を激しく通り過ぎる。
(ん?)
しかし、深は動じない。
この感じは昔から何度か経験したことがある。深が小さな頃から幾度となく見てきた夢であり、そう、このまま風が渦を巻きはじめ……
「く、苦しい……」
深は呼吸を乱しながら目覚めた。
(今回は……いつもより苦しかったな……昨日のあれで疲れてんのかな?)
しかし夢の内容がさほど驚くことでもなく、この夢を見たときはいつも苦しいまま目を覚めるので、深は大したリアクションもせずにゆっくりと起き上がる。
呼吸を整えながらもかなりの汗をかいていることに気づき、Tシャツを脱いだ。
(ふう。あっちいな。何時だ?)
エアコンはつけていなかったので、部屋の中は扇風機がけなげに首を振り、熱風をかき回しているだけ。そのことに少し後悔しつつ、深は顔の汗を拭きながら時計を見る。
時刻は午前11時。かなりの時間寝ていたようだが、昨日あった出来事でかなり疲れていたんだろうと決め付け、気にもしない。
天気がよさそうな雰囲気がカーテンの向こうから伝わってきたが、そもそも外は灼熱地獄になっているだろうとの予想もできたため、深はしばらくボーっとすることにした。
最近よく見る夢。風が気持ちよく、そして苦しくなる夢。
「まぁいいか」
またしばらくボーっとする。ボーっとしながら頭の中で考えごとを始めた。
(何かすることがあったような……)
そしてふと気付き、深はスマートフォンを手に取った。
昨夜残った着信履歴。昨日の電話の相手……花南とかいう女。
(そう、引っ越しのことだ)
いや、その他にもいろいろ聞いておきたいことがあった。
「かけてみるか」
深は独り言をつぶやき、発信ボタンを押した。
呼び出し音が聞こえること10数秒……
「つながんねーのかよッ!」
部屋で独り叫び、再びベッドに横たわる。
(……どうしよう……)
天井を見ながらまたまたボーっとする。ボーっとしながら、テレビのリモコンに手を伸ばし、電源を入れた。
テレビの中では、どのチャンネルも昨日のことを話題に取り上げている。
やはり夢ではないらしい。
とりあえずベッドの上で横になりながら、耳だけテレビに集中していると、ほどなくして報道内容が昨日とは微妙に変わっていることに気付いた。
あの後、世界中で似たような発表があったらしく、大統領だったり、首相だったり、国王だったり。そういった各国の権力者が会見をしている様子もテレビで流れていた。
「やっぱりかぁ……」
今更ながらのコメントを吐く。
一方、花南は足早に組織の建物に入って行った。
時間は12時の少し前。エレベーターを出て自分の席に向かうと、休日とは思えないほどの騒音が入り乱れ――しかしながらいつも通りの職場を目にする。
(あぁ、みんな大変なんだぁ……)
それもそのはず、昨日の総理大臣の会見の中でこれまで極秘事項に設定されていたこの組織が公となり、この組織の所在地や電話番号を嗅ぎつけたメディアや野党の国会議員が迷惑なアプローチをかけてきていた。
新人とはいえいくらか職位の高い花南にそれらのしわ寄せが届く可能性は低そうであるが、花南の部下に当たるスタッフたちも忙しそうに電話応対をしている。
それらの人物のうち、花南の出勤に気づいたスタッフのみに軽く会釈をし、花南は自席についた。
しかしパソコンの電源を入れると同時に、花南は後ろから話しかけられる。
振り返ると、休日っぽいラフな格好をした清高がその格好と不釣り合いなほど大量の資料を片手に立っていた。
「おはようさん。寝坊しちまったか?」
花南がはずかしそうに答える。
「うん、ごめんなさい」
「そういえばな。予定してた1時からのミーティングだがな。17時からにしといたぞ。一通り調整しておいた。メール見てみろ」
「えっ? なんで? ちょっと待って。まだパソコンが立ちあがんない」
清高が窓の外に視線を移しながら答える。
「お前の下につく予定の戦闘術士のメンバーがな。というか、カリキュラム消化中のD級の戦闘術士全員が今日から次のカリキュラムに進んだらしくてな。
ほら、あちらさんもペースを上げたんだよ」
花南は昨日の平岡霊能局局長のメールを思い出した。
『育成プログラム受講中のD級霊能士の皆様は、半年後を目安に出動できる技術に達するように、カリキュラムを早急に消化してください。』
「そうなんだ……大変だね、あっちも。みんな大丈夫かなぁ?」
清高がこらえきれず笑いだす。
「あっはっは。あいつ等の心配より、もうすぐ入るピッカピカのド新人君の心配でもしてやれ」
そう言って清高は自分の席に戻って行った。
そんな清高の後ろ姿をしばらく見つめ、花南は視線を机に戻す。パソコンが立ち上がっていることに気づき、メールソフトを開いた。
未読のメールを確認していき、目的のメールを探すと清高から関係者全員に送られたであろうメールにたどりつく。
そこには、昨日花南が佐久間という女性に送ったメールに対する返信と、さらにそれに重ねた清高からの返信のやり取りが載っていた。
最初の佐久間からの返信は今日の10時半ぐらい。清高に起こしてもらった後になる。
佐久間から花南宛に、育成プログラムのカリキュラムが急遽前倒しになり、花南の部下の戦闘術士全員が1時からのミーティングには参加できないことを伝えていた。
それからさらに10分後、同報メールを受け取っていた清高が気を利かせて、ミーティングの時間変更に関する返答をしてくれている。
その後、幾度かのやり取りをして、17時からの開始で決定したところまで話は進んでいた。最後のメールは、職位が一番上である花南の許可を求めるメールで終了している。
申し訳ない気持ちも込めながら花南はメールを返した。その後、他のメールに目を通し、急を要する返信がないことを確認してから一息つく。
かばんから手帳とスマートフォンを取り出して机に置こうとした時、着信のランプが点滅していることに気づいた。
「あれ? 着信がある」
どうやら急いでいて気付かなかったらしい。
着信は深からだった。
「あ、あの子だ。なんだろ?」
花南は少しだけ笑みを浮かべながら電話をかけた。
深は未だにボーっとしていた。時間は12時を過ぎたばかり。
目覚めてから1時間近くたっていたが、その間ボーっとしながら、テレビから流れてくる報道番組の音声を聞いていた。
1時間近くのんびりと聞いていたおかげで、昨日の総理大臣の発表に世間がどのような反応を示しているのか何となくわかった。
その時、不意に携帯電話が鳴る。深が携帯電話を開くと、相手は花南であった。
「はい、もしもし」
「あ、もしもし。杉沢だけど。さっきはごめんね。移動中だったの。それで、どうしたの?」
ここまでの会話で、深は昨日初めて会った時とは全然違う花南の声色に気づく。
昨日の電話の最後の……そう、申し訳なさそうな……それでいてどこか穏やかな話し方と同じ。
相手が深をからかう気はないらしく、深は嫌味を言うのをやめた。
「あ、いや。昨日の話の続きなんだけど。具体的にどうすればいいのかなって」
「そう。うーんとね。とりあえず引っ越しの準備だけしておけばいいかな。昨日言ったっけ? 住所とか、退学手続きとか、そーゆーのはこっちでしておくから大丈夫だよ。月曜の午前中に引越しの業者がそっち行くから。ちょっと急ぎになっちゃうのかなぁ。
あっ! 実家にはどうすんの? 帰るの?」
深が答える。
「いや。とりあえず電話でもしておこうかなって。住むのは? 東京?」
「そう。こっちで寮用意しとくから。結構いい部屋だよ。なんかね? 国会議員が使うマンションの空き部屋なんだって。ほら? あの人たち、世間の風当たり強いとかなんとかで、住めなくなっちゃった高級マンションが結構あるわけよ」
「わかった。んでさ、俺からも一応電話しておくけど、あんたのほうからのうちの両親に説明しておいてくんないかな?」
「うん、いいわよ。それぐらいは……じゃあどうする? 私が先に電話する? それとも深君が電話した後にしようか?」
「そうだな。俺が最初に電話するよ。その後、あんたに連絡するから一通り説明してくれ。実家の番号教えるよ……あっ、メモ大丈夫か?」
「あ、もう知ってるから大丈夫よ。言ったでしょ? 全部調べ上げたって。あなたのことは、お・み・と・お・し!」
「ふっ」
明らかにストーカー並みの行為だが、深は不思議と昨日のような怒りを感じることはない。昨日から世間を混乱させている信じがたい情報が、逆にそれを隠し続けた花南たちの組織力を表していたため、やはり深の個人情報はもれなく収集済みだろうという認識だった。
「じゃあ、よろしく頼む」
「もっと詳しい話はこっちに来てからするからね」
ここで花南は再び静かな口調に戻った。
「その声の感じだと覚悟は決まったようね。こちらこそこれからよろしくおねがいね。それじゃ、いったん切るわね」
「あぁ」
最後に短い挨拶を終え、通話が切れる。
その後、深は起き上がり、頭の中で引越しの荷造りシミュレーションを始めるが、ほどなくして花南からのメールが届く。
『メアド登録お願いメール(極秘よん!)』
そんなメールに深は少し笑みをこぼしながら、花南のメールアドレスをスマートフォンのメモリーに登録する。
(そうだった……引越しの準備の前に、先に親に電話だ)
深は少し緊張した様子で実家に電話をかけた。
花南は電話を切った後、気分が軽くなるのを感じていた。昨日から自分に対して敵意とも言えるような不信感を抱いていた深が少し心を開いてくれたような気がしたためである。
再びパソコンの新着メールを確認し、深に自分の携帯電話のメールアドレスを教えていないことに気づいて、深の調査書類を探し出す。
深の携帯電話にメールを送った後、花南は何をしようか考えた。
ミーティングは17時に変更。さらに昨夜遅くまで残ったおかげで、急を要する作業もない。
結局、することが浮かばなかった花南は、清高のほうに向かって歩き出す。
「清高さん。ちょっといい?」
「おう。どうした?」
清高が振り返る。
「今日からの育成プログラムって、何が始まったの?」
「あぁ。多分、C級相手に実戦訓練だな。ほら、長谷川っているだろ? あいつ相手にD級全員でかかっていく訓練だ。
でも長谷川のレベルは元々C級じゃないからな。あいつ等コテンパンにやられてヘトヘトになってるだろうよ」
「そうなんだ。じゃあ、深君はそこからあの子たちに合流なのかな?」
「うーん。いきなりそれはどうなんだろうな。そこは長谷川と話してみろよ。もしかすると、サイばあさんにも聞いてみないとな?」
「うん、わかった。ありがと」
そして花南は自分の席に戻る。すると、またしても深からメールが来ていた。
『両親には軽く話した。どうもやっぱり信じられない様子だった。あと頼む。』
花南は(やっぱりね)といった表情を浮かべながら携帯電話をいじり始めた。
『りょーかい。まかせときぃっ!』
花南が深の実家に電話をかける頃、深は汗を流すために冷たいシャワーを浴びていた。
先ほど実家に電話をしたが、深自身詳しい事情を説明できなかった。
電話に出た母親も相槌を打つだけであった。多分、母親もテレビで流れている報道が整理できずにいるのだろう。
その上、急に息子から意味不明な話をされ、混乱するのは当たり前である。
この後に関係者から詳しい話を説明する電話が行くことを伝え、深は電話を切った。深も、深の母親も、その関係者の説明を当てにするしかない。
シャワーが終わると、深は着替えをすませてホームセンターに向かう。
引っ越しといえば段ボールとガムテープである。
石川から埼玉に出てきたときは、父親のワゴン車に入るだけの荷物だったが、3年半もいると部屋の中にかなり家具が増えた。これらを運ぶのはなかなか大変そうであるが、引越しの業者がくるならば自分は段ボールに荷物を詰め込んでおくだけでいいはずである。
(しっかし、やっぱあちっいな……ホームセンターで涼んでいこうかな)
ひとまずのところ引越しの準備を始めなければいけないと思いつつ、深は気だるそうな足取りでホームセンターに入って行く。
時間は17時の少し前。花南は建物のエレベーターに乗っていた。
あらかじめ予約していた会議室へ向かう途中である。
ミーティングは17時からの予定であったが、訓練のカリキュラムが変わったということなので、他のメンバーはまだ来ていないだろう。
花南は訓練を行う部下の姿を想像しながらエレベーターの天井を見つめる。
今日から始まったカリキュラム。キツイことで有名らしいが、そんな訓練が予定としては16時半に終了する。
その後、メンバーは着替え等を済ませてから会議室に向かうはず。花南は会議が10分から20分程度は遅れて開始されると予想していた。
そしてエレベーターが目的の階に到着し、花南は廊下に出る。第5会議室と書かれた部屋の前に到着するとすぐに扉を開いた。
しかし、花南の予想に反して、そこには既に3人の女性が座っていた。
「あれ? もう来てたの?」
花南が不思議そうな顔を浮かべるが、黒いロングヘアーの女性が当たり前のようにそれに答える。
「え?っ だって17時からでしょ?」
「いえ、今日から新しい実戦訓練らしいじゃないですか? 16時半まででしょ? ヘトヘトだったらちょっと遅れるかなって思ってた。えへへ、礼子ちゃんはヘトヘトだね」
「花南さん、ひさしぶりです。私もうヘトヘトですぅ」
会議室の机にうつぶせになっていた女性が答える。
「礼子と瞬は近距離タイプだからね。ずっと動きっぱなしだったし」
再びロングヘアーの女性が答え、続けて最後の1人が言った。
「春さんだってずっと撃ちしっぱなしだったじゃないですか。礼子はまだちょっと体力が足りないのよ。すごい霊粒子出してたんだから、体のほうのトレーニングしなきゃ」
「はいぃ。でも、疲れちゃうしぃ。瞬さんいいなぁ……体力あってぇ……」
礼子と呼ばれた女性が疲れを隠しきれない様子で答え、それを見ていた花南が笑い声をあげる。
「あははッ! ほんとに礼子ちゃんヘトヘトだね。それで、どんなカリキュラムだったんですか?」
その質問に春と呼ばれているロングヘアーの女性が思い出すように答える。
「どうもこうもないわよ。長谷川さんっているでしょ ?あの人相手に今年の新人20人近く全員で攻撃するのよ。午後の1時から時間無制限。ずっと攻撃しっぱなし……」
「すごいですね。それ……それで、結果は?」
今度は瞬と思われる女性が答えた。
「私たち20人がかりでもまったく歯ぁ立たなかったわ。自信なくしちゃうわよね。いくら相手がC級だからって、こんなにレベル違うとは思わなかったわ」
「ほら、あの人もともとB級だったらしいじゃない。片手なくしてC級になったらしいけど……でも……まさか右腕1本で私たちの攻撃全部はじくとは……」
春が重ねて説明を返す。間髪いれずに礼子がうつむきながら言った。
「私なんて1時間で倒れてました」
そんな礼子ににこりと笑い、花南が改めて感心た様子で言った。
「すごいね、それ。長谷川さんってそんなにすごい人だったんだぁ」
「結局私たち全員3時ぐらいには疲れて倒れちゃって。それで今日は終わり。そのあとちょっと反省会っていうか、そんなのやって、4時ぐらいには終了したわ。明日からもしばらくそんな感じの訓練なんだって」
春が説明を付け加え、花南がため息をつきながら腕を組んだ。そして、何かを分析するような鋭い目つきに変わり、しばらく考え込んだ後に口を開く。
「ほんとすごい……3時って……それ多分、長谷川さん倒せるようになるまで続けるんですよね?」
「多分ね……」
瞬が答え、しばらくの沈黙の後、春が思い出したかのように口を開く。
「ところで、花南ちゃん? なんか話があるんじゃなかったの?」
「あっ、そうそう。そういう話でしたね。うーんとですね。まぁ、清高さんがここ来れなくなったから、これで全員です。始めちゃいますね」
全員が顔を上げ、花南に集中する。しかしこれまでの会話の雰囲気をそのままに、春は机に肘をついたまま。瞬は背もたれにゆったりと体重をかけ、礼子にいたっては机の上にだらしなくのしかかっていた。
「昨日、急遽サイさんの指示で1人勧誘しに行ったのね。それで……その子が来週から新しくこの班に入ることになったからその報告」
「うそッ! ほんとにッ!? ずいぶん急ね。ってことは戦闘術士ってこと?」
瞬が体を前に乗り出した。机にうなだれていたままの礼子も起き出す。
「はい。本来だったらみんなとおんなじように4月1日採用なんだろうけど……ほらっ、昨日からのごたごたで。中途採用みたいな感じかな。
それでですね。その子が……」
「その子がどうしたの? なんか問題でもあるの?」
いくらか言いにくそうな雰囲気を醸し出す花南の態度に首をかしげつつ、春が落ち着いた声で質問を返す。
しか、花南が次に言った言葉で、花南以外の3人が綺麗に口をそろえて驚いた。
「なんつーか……男の子で……」
「はっ?」
礼子にいたっては飲みかけのスポーツドリンクを綺麗に噴き出してしまったが、その後はしばしの沈黙。30秒ほどして、この3人の中で1番理解力のありそうな春が予想通り真っ先に口を開いた。
「だって、霊能士って……?」
そしてそれをきっかけに瞬と礼子も口を開く。
「サイさんの占いで? それで男の子って?」
「その人、歳いくつですか? 顔は何系?」
最後の的外れな質問は礼子であるが、質問が次々に飛びかかる。
「私も最初はなんかの補助職かと思ってたんですけど。昨日の夜にサイさんからそう言われて。何度占っても結果は一緒だったって。
あっ、歳は22歳。結構なイケ面だったぞう」
やはりサイの名前はこの3人にも威力抜群で、その名前を聞いた途端3人そろってピクリと動いた。しかし、花南自身は他の3人に比べてサイと接する機会も多く、サイに対して親近感のようなものも持ち始めていたので、さらりと名前を出しただけである。
とは言うものの、サイの名前がこの場に余計な緊張感をもたらしたのは明らかであったので、説明の最後に花南は礼子を見ながらおどけておくことにする。
「いや、花南ちゃん。ふざけないでちゃんと聞かせて」
それは瞬にたしなめられるが、一呼吸置いてから花南は昨日の出来事を話し始めた。
しかしいざ詳しい説明が始まると、春たちは黙って花南の説明を聞くことしかできず、すべての説明が終わった後も3人は言葉を失ったまま。
花南以外の全員が考え込んでしまい、この雰囲気に耐えられなくなった花南がとってつけたように言う。
「とゆーわけで、月曜日から来る予定だからみんなもよろしくしてあげてください。時間みつくろって、みんなとも顔合わせしなきゃね」
3人がうなずいた。
「最初からみんなと同じカリキュラムになるともわからないから、そこら辺は私から長谷川さんと相談してみます」
「えぇ、頼むわね……でも……そう……男って……どういうこと…?」
最後に春が全員の気持ちを代弁したように小さくつぶやき、10分ほど他愛もない会話をした後、4人は会議室を後にした。