週末を引っ越し作業の残りに費やしながら過ごし、そして月曜日を迎えた。
朝9時の少し前、深は地下の訓練場に向かう。
今日からは午前中も地下での訓練を指示されており、深はやる気満々の雰囲気で訓練場のドアを開ける。すると入口付近にいた春に早速話しかけられた。
「あれ? 深君って今日から午前中も参加?」
「はい。講義のほうが全部終わったんで!」
他のメンバーに一歩近づいたような気がしていたため、朝にもかかわらず深のテンションは若干高め。しかしながら、右腕の包帯に気づいた春が心配そうに質問する。
「腕は? 大丈夫?」
「ん? あぁ……はい。ほらっ!」
包帯は取れていないが、動かしても痛くない程度まで回復していたため、深は右腕をぶんぶんと振り回す。
そんな深の様子を見ながらくすりと笑い、春は言った。
「あぁ。なら大丈夫そうね。それより深君? 今のうちに武器取りにいった方がいいわよ。後で行く時間ないから」
「はい。じゃあ行ってきます」
そして深は倉庫に行き、先週長谷川との対決時に使用した木刀を手に取る。
そして訓練が開始される。午前中は戦闘における基礎訓練である。
(……高校の部活みてぇ……)
最初はランニングからストレッチ。そして短距離ダッシュといったメニューを全員で進行しながら、深も見よう見まねでそれらを行った。
1時間ほどのウォームアップを全員で済ませると、各々がいくつかの集団に分かれ始める。使用する武器の種類によって訓練の内容が違うためである。
「ん? 俺は?」
「深君。こっちこっち」
きょろきょろと周りを見渡す深に気づき、瞬が手招きする。
瞬の後について歩き出すと、瞬や深が向かう先には接近戦を主体に戦うメンバーがそろっていた。礼子も遅れてグループの輪に入り、全員で12~13人ほどのメンバーとなる。ちなみに弓矢を扱う春は別のグループに分かれ、そこには5人ほど弓矢を持ったメンバーがいた。
その後、深のグループはさらに細かく分かれ、深は呼ばれるままに日本刀グループと呼ばれる集団の輪に入る。
「あ……どうも……今日からよろしくお願いです……」
あまり会話をしたことがないメンバーばかりだったので、少し緊張した雰囲気。しかしながら深の隣に立っていた人物が屈託のない反応を示してくれた。
「くっくっく。何それ? 怯えすぎでしょ! まぁいいわ。名前だけでも順番に教えておくね。私は奥原理恵……」
一通り自己紹介をしてもらった後、それぞれが素振りを始める。深も最後尾に並び、声に合わせて木刀を振り始めた。
その時、先程奥原理恵と名乗っていた女性が深の元に近寄ってきた。
「深君? あなた、刀って使ったことないでしょ?」
もちろんそんな経験はない。
「え? はぁ……そうです……」
「ん? 言わなかったっけ? 私、深君と同い年だから。気ぃ使わなくていいよ」
「え? そうなんで……そうなの?」
「うん。それはそうとして……構えがひどすぎだから……私が教えてあげる」
奥原理恵と名乗る女性は幼少のころから剣術をたしなんでいたらしく、この時、深は初めて日本刀の正しい振り方を教わることとなる。
短い時間に教わることができたのはあくまで基本中の基本であるが、なんとなくかっこいい構えを会得した自分の姿に深はにやりと笑った。
そして一同は素振りを再開。理恵の方を見ると、彼女自身は短い木刀を両手に持っていた。
(あれが二刀流ってやつか)
やはり深の脳裏に時代劇で見たシーンが浮かぶ。どのような利点と欠点を持っているのかは分からないが、理恵はまなみにも負けない鮮やかな動きで2本の木刀を振っていた。
それから1時間はずっと素振りの時間となる。右に振ったり、左に振ったり。
上下も含めていくつかのパターンがあり、深もワンテンポ遅れながら木刀を振った。
(お? あっちも始めた)
素振りをしながらふと視線を移すと、少し離れたところで瞬と礼子が訓練を開始し、さらに向こう側で春たちが射撃練習を開始する。
そして11時をめどに全員で1度休憩。この時間を見計らい、深は理恵に話しかけた。
「すみません。テーピングとかってありますか?」
深の手の平は素振りによって豆ができてしまい、さらにはそれがつぶれて血が滲んでいた。
ペットボトルの水を豪快に飲み干した後、理恵が答える。
「同い年でしょ? 敬語使わなくていいわよ。あそこに救急箱があるわ」
「う……うん……ごめん……ありがと」
なぜか謝りつつ深は救急箱に向かう。
テーピングを巻いていると、礼子が近付いてきた。
「まーめ! できちゃいましたぁ? 痛いですよねぇ。どれどれ? 見せてください」
もちろん礼子はただの暇つぶし。深の手の皮がどのようになっているか見てみたかっただけであるが、深は礼子が話しかけてくれたことに少し安堵しつつ、まだテーピングを巻いていない方の手を礼子に見せる。
「すっげぇいてぇ。ほら、こんなに」
「うわぁ、いったそーう! そうですよねぇ。最初はそうなっちゃいますよねぇ。私も最初痛くて泣いてたもん。今なんてほらっ」
礼子も両手を深に見せる。手の皮が厚くなり、ごつごつとした感じで硬くなっていた。
「うお、すげぇ!」
「あんまり男の人には見せられないんですぅ。こんな手……はずかしい」
「ははっ、そうだね。そこらへんの男より男の手ぇっぽい」
「深さん、ひどい!」
「ごめんごめん! いや、ほんとに……ちょっ、本当にごめんって! 礼子ちゃん! それ武器ッ!! 武器だからァ!!」
そんな感じで礼子にぽこぽこ叩かれながらも、深は両手のテーピングを巻き終えた。
10分ほど経過し、一同は1対1の個人戦に移る。ここから瞬や礼子と合流である。
いろんなメンバーとローテーションで戦うため、深も何人かと手合わせした。
金曜日に長谷川と戦ったときは攻撃のみだったのでかなり楽だったが、相手が自分に攻撃してくると対処しきれず、深は何回か攻撃を受けることとなる。
(このメニュー、攻撃の時は手を抜くのかな。それにしても防御は難しいな。相手の動きが少し早いともう無理だ。さばききれねぇ……)
しかしながらどうやら本気の攻撃はせず、刀の使い方に重点を置いて戦う訓練らしい。なので胴体に攻撃を受けても深の体にダメージはない。
深も相手に攻撃するときはいくらか力を抜きつつ、相手の攻撃はうまく対処するように努める。やはり初心者の深にとって周りのメンバーは数段格上であった。
そして12時。個人戦も終わり、午前中のカリキュラムが終了となる。
深は春たちと食堂に向かった。
手の平が痛くてスプーンをうまく持てないが、深はすさまじい速さで昼食のカレーに襲いかかる。
険しい顔つきで食事を進める深を楽しそうに観察しながら春が言った。
「午後からが本番ね。今日こそ、長谷川さんをぎゃふんと言わせてやらないとね」
礼子が口の中に食べ物を入れたまま答えた。
「でも、花南さんから聞いたんですけど、てゆーか清高さんが言ってたらしいんですけど……このカリキュラム2か月ぐらい続くらしいですよぅ。まだ1週間しか経ってないのにそんなことできるんですかねぇ」
礼子の言葉に瞬が反応する。
「それ違うわよ。後半はチーム戦らしいわ。カリキュラムの名前は一緒だけど内容が変わるのよ。今は全員対長谷川さんでしょ? 次はうちら4人対長谷川さん。最後にうちら対ほかのチーム」
つまりはそう遠くない時期に長谷川を打ちのめすことが可能であるということ。最初は全員でかかり、次はこの場にいるメンバーだけで勝利を手にする。
そして最後は……
話を聞きながら深の闘争心がひそかに燃え上がる。
そしてそんな深の心を読んだかのように、瞬が深に話しかけた。
「でも、うちには期待のルーキーがいますから。ねっ? 頼りにしてるよ!」
「え? えぇ……まぁ……そのうち……」
いきなり話を振られた深はおどおどしながら答え、他の3人がカレーを食べている深をニコニコしながら見つめていた。
「深君? どこかしら……」
午後になり、全員が再び地下に集まる。遅れて入ってくるなり、長谷川がいきなり深を呼んだ。
「はい…?」
「今日のところは見学してなさい。ただ見るんじゃなくて、誰がどういった動きをするか観察するようにしてね。なるべく早く合流させてあげたいけど、他のメンバーとのフォーメーションが出来ないと、あなた後ろから味方に攻撃されかねないわ」
「わかったっす」
「後でたっぷり相手してあげるから!」
長谷川の笑顔と発言内容に、少し変な妄想をしてしまった深であるが、それを悟られないように足早に壁に向かう。
深が壁際に座るとすぐに訓練が開始された。
「うーん……みんなうめぇ……」
改めて見てみると、やはり他のメンバーの戦闘技術に感心してしまう。
そして深は他のメンバーの戦闘スタイルに注目する。
20人近くいるメンバーは誰一人として同じスタイルの人間はいない。持っている武器が同じでも霊粒子の放出の仕方とそれによる攻撃効果は大きく違った。
そして長谷川。
彼女の強さもレベルが違う。どうやら深とやりあったときは手を抜いていたらしく、昨日対戦した時とはうって変わって、攻撃的な動きを見せていた。
(やっぱ長谷川さんって、性格穏やかそうだけど戦うの好きなんだな)
時間が経つにつれ、徐々に機嫌のよくなっていく長谷川に『戦闘狂』なる別名をこっそりつけてみたがそれはここだけの話。
その後3時間ほどして全員が力尽き、深が呼ばれる。
「今日は私からも攻撃していいかしら?」
「はい。わかりました……」
一瞬戸惑ったが、女性相手にハンデをお願いするのも恥ずかしい気がしたので、深も覚悟を決める。
お互いが対峙するように移動し、長谷川から激しい霊粒子の放出を確認するや否や、深は即座に長谷川に斬りかかる。
先ほどまで見学していたこともあり、長谷川がどういった動きで攻撃に移るかは何となくわかっていた。
しかし自分が彼女の攻撃をどうさばくかはイメージできなかったので、とりあえず攻撃を仕掛けることにする。
例によって長谷川は深の攻撃を上手に防御する。何回か攻撃をさばいた後で、長谷川が攻撃に転じた。
(うぉ!)
初撃をあわてて避ける深であったが、長谷川は続けての連続攻撃。深も必死に応戦する。
はたから見てるのとは違い、やはり完璧に防御するのは難しい。長谷川の攻撃も予想できない。
しかし深はここで気づく。長谷川の攻撃が少し遅いような気がした。手を抜いてくれているのだろう。
(最初は俺のための肩慣らし……徐々に速くなっていくんだろうな)
そんな風に思いつつ、深は攻撃に転じる。
それから5分ほど戦い、深はまた頭に違和感を感じ始める。
しかしこれが大した問題でもないような気がしていたので、うざいと思いつつも深は戦い続ける。
同時に周りの時間がゆっくりと流れ始めていた。
それに合わせて長谷川の攻撃も激しさを増していった。一撃一撃が重くなり、攻撃回数も増えていく。それらを受けながら深は木刀が重くなる感触も感じ始めた。
(まぁ、今日は午前中からトレーニングしてたからな。もう疲れはじめたか)
長谷川に攻撃するたびに、また、長谷川から攻撃されるたびに木刀が重くなっていく。
さらには、木刀から意志のようなものが伝わり始めた。
(やっぱり……)
もちろん深は木刀の意志に従う。こっちから攻撃。次はここへ攻撃。さらにこの動きでここへ……。
そのうち防御に関しても木刀は意志を伝えてきた。それに従うと長谷川の攻撃も不思議と楽にさばくことが出来るようになる。
(こりゃあいい。達人の域にでも達したか!)
長谷川の攻撃が激しさを増す中、深は木刀との会話を楽しむことにした。
(あいかわらず驚かされるわね。どういうこと? 動きが読まれてる…?
いえ、違うわ。私の攻撃の開始の後に反応してる。それなのに追いついて……それにしてもまさかここまでとは)
一方、対する長谷川は深の成長に再び困惑していた。
こちらの攻撃に完璧に対応し始めている深。長谷川も攻撃のスピードを上げているが、それに合わせるように深の武器操作も速度を増していく。
(もう、全力で戦うしかないかしら……でも、その前にこんな攻撃はどう?)
次の瞬間、長谷川はわざと隙を見せ、深が大振りをするように仕組んだ。
深が木刀を大きく振り下ろす。
長谷川はそれをきれいに避け、木刀の当たった地面に亀裂が入った。
その一瞬を狙って、長谷川は深の背後に回り込む。死角からの攻撃である。
対する深は長谷川が一瞬どこかに意識を移したような様子に気づいた。
チャンスとばかり大きく切りかかるが、次の瞬間、長谷川が視界から消えた。
一瞬遅れて背中から長谷川の気配を感じる。
(やばい!)
深は背中からの長谷川の動きを感じ、相手が攻撃を仕掛けようとしている気配を察知する。
もともと他人の霊粒子には過剰に反応していた。隔てるものがなければ、視界に入らなくても相手の動きだって手に取るように分かる。
全ては霊能力とやらに目覚めたことによる恩恵であるが、この時の背中の気配は右後ろから長谷川のひと振りが襲い来ることを伝えていた。
間違いない。木刀もそう教えてくれる。
深は攻撃に備えて木刀を背中に構える。
がん!
深に攻撃を防御され、長谷川はまたまた驚いていた。
(あら? 防がれちゃった。もう後ろからの攻撃に対応できるの? ありえないわね……)
ちなみに長谷川も死角からの攻撃は対応することが出来る。自分の放出する霊粒子の先に乱れが生じれば、それに気づくことで対応出来るからである。
必要なのは経験と技術。周りを20人に囲まれた状態で何時間も攻撃に耐えることができる事実が、長谷川の高い技術と豊富な経験を証明していた。
(試しにもう1回)
今度は攻撃を重ねつつ深の背後に回り込み、鋭い突き。しかし、その攻撃に対しても深は綺麗な動きで右に回避した。
(やっぱり……この子、死角がない?)
横に避けた後、反転しながら攻撃を放ってきた深から離れるため、長谷川は後方に跳躍する。
地面に着くと同時に臨戦態勢を解き、長谷川は深に向かって言った。
「今日はこれぐらいにしましょ」
その声を聞いて、深がはっとしたように眼を見開く。
動きを止めて時計を見ると、時計は17時を回っていた。
「ふーう……だめだなぁ……勝てる気がしねぇ……」
長谷川から感じる激しい霊粒子が収まるのを確認すると、深はその場に座り込んだ。
防御に気を使うと、こんなにも疲れるとは……。
体はなんとか動けそうであるが、どちらかというと精神的な消耗が激しい。
地面に座り込んで呼吸を整える間に、脇で見ていた春たちが近寄ってきた。
「やっぱ深君すごいわね」
「自身なくしちゃうわ」
「私、もう敵わないですぅ」
やはり一通り誉めてくれる。
しかし、深自身は誉められることに実感がない。
今日も長谷川には一撃もダメージを与えることが出来なかった。あいかわらず長谷川は冷静で、終始ペースを握られた。
じっくり観察されている気もする。
つまり、それが出来るぐらいの実力の差ということ。どのレベルまで成長すれば長谷川の本気を引き出すことが出来るのか……?
「浮かない顔ね」
その時、長谷川が話しかけてきたが、深は不機嫌な表情を隠そうともせずに答える。
「別に……疲れただけですよ」
「ふふ。ところで深君? この後、ちょっといいかしら? あなたの能力についてお話したいのよ。この後、予定ある?」
「いいえ。別に大丈夫っす。今すぐっすか?」
「いいえ。ゆっくり休んだ後でいいわ。そうねぇ、18時半ぐらいからでいいかしら? 私もシャワー浴びたいわ」
「長谷川さん。深さんになにするつもりですかぁ?」
バカな勘違いをしたのはもちろん礼子。
「うふふ。内緒!」
深も思わず妄想してしまった。
「花南ちゃんに言うぞう」
そして春の余計なひと言。
「んな? 別に……花南さん関係ないじゃないですか」
「冗談よ、冗談! 今日は? 動ける?」
「はい。なんとか。じゃあちょっと休んでから長谷川さんとこ行けばいいですか?」
「そうね。私は先に行くわね」
「お疲れ様でした」
そんな会話を済ませ、その場を去ろうとする長谷川に一同がそろって挨拶した。
その後、深も更衣室でシャワーを浴び、さっぱりした気持ちで長谷川の部屋に向かった。
「失礼します」
「はい。どうぞ。ここに座って。冷たいお茶でもどう?」
長谷川の部屋は今日も小奇麗な雰囲気。前に1度この部屋を訪れたことがあるため、深は気を使う様子もなく足を進め、前座ったのと同じ椅子に座りながら答える。
「あっ、いただきます」
深の返事を聞いて、長谷川はお茶を用意するために立ち上がる。しかし、深はそもそもなぜ自分が呼び出されたのかわからない状況であったため、試しに話を切り出してみた。
「ところで話って?」
「あわてないあわてない」
わざとらしくじらしている様子がうかがえたが、長谷川が茶葉の分量にやたらと集中し始めたので、長谷川が席に着くまで待つことにする。
ほどなくして長谷川がお茶を用意し、深はそれをゆっくりとすする。
(つーかお茶の味なんてわかんねぇよ)
そう思いつつも運動後でのどが渇いていたため、深はかなり早いペースでお茶を飲み進めた。そんな深を静かに見つめながら、しかし唐突に長谷川が口を開く。
「さっきも話したようにあなたの能力についてよ」
湯呑を机に置き、深が答える。
「俺の能力って……なんか変なんですか、俺?」
「いいえ、素晴らしいぐらいの成長速度よ。ただね? 育てるこちらの立場としても、あなたの特性を知っておいた方がいいのよ。あなた自身もね」
「はぁ、そんなもんですかぁ……」
深はゆっくりと溜息をこぼし、再びお茶に口をつけた。
「それで? 私と戦ってるときはどんな感じかしら? なんでもいいわ。思ったことを教えて」
「そうですねぇ。まず、頭のあたりが……こう……なんつーか……ウザい感じになります」
「うふっ。ウザいかぁ……それは私も気付いたわ。あなた頭から霊粒子を出してるもの。他には?」
「はい。他っていうか……その件の続きになるんですけど……その後、周りの時間がゆっくりになるっていうか……頭から霊粒子が出始めると時がたつのが遅くなるような気がします」
「それは興味深い。私からすると、あなたの頭から霊粒子の放出が始まる頃から動きのスピードが上がっているように思えるわ。そこにネタがありそうねぇ」
長谷川が椅子の背もたれに寄りかかり、何かを考え始める。
しかし、深が体の内部だけに高密度に霊粒子をためている理由にはなりそうもない。多分、使用している武器にも同じように内部にだけ霊粒子を送り込んでいる。
これらの理由……。
「あの……長谷川さん? まだあるんですけど」
机の上のコップを見つめながら考え込んでいた長谷川であるが、沈黙をやぶるように深が口を開き、はっとしたように長谷川が答える。
「あらそう。ごめんなさい。終わりかと思ったわ。聞かせてちょうだい」
「はい。あと……これは変な話なんですけど……笑わないでくださいね?」
長谷川がうなずく。
「気のせいなんでしょうけど……武器が……木刀が……話しかけてくるんです。どう攻撃するとか、次はここに攻撃されるからこうやって防御しろ……って感じに」
「うふ。それも興味深いわ。ますます謎が深まるわね」
深の発言を聞いて長谷川が一瞬笑顔を浮かべ、しかしその後すぐに深刻な顔に戻る。
深の今の発言を本気で受け止めたらしく、その反応に深はいくらか安心しながら話を続けた。
「最初は気にならないんですけど……意識みたいなのがはっきり伝わってきて……その通りにすると楽に――いやむしろ効率的にって感じですかね。そう、効率的に動けるんです。変ですか?」
「いえ。別に変でもないわ。というかそういう能力なのよ、多分……。
ほらっ。みんな戦闘スタイルって違うでしょ? それがあなたのスタイルなの。安心しなさい。いや、むしろ喜ぶべきよ。考えなくてもいいってことはすごい便利よね?」
「はぁ、そんなもんですかぁ」
「他には?」
「後は……とくにないっす」
この返答には長谷川が少しがっかりした反応。
「じゃあ、ちょっと聞いていいかしら? あなた背後からの攻撃にも対処したわよね? それはどうやって? 後ろも見えるの?」
「え? だって感じるじゃないですか……気配っていうか、相手の霊粒子っていうか……長谷川さんも背後の攻撃に反応してましたよね?」
「私の場合は、自分の放出した霊粒子の乱れを感じるの。敵が自分の霊粒子の放出範囲に入ってくると認識できるわ。その後の対処は、自分の態勢や刀の位置を考慮して対応を選択するだけよ。でもあなたは頭から微量の霊粒子を放出するだけで他からは放出していない。その放出範囲も5センチぐらい。それなのに私の動きを完璧に把握した。おかしいでしょ?」
深は考え込む。それっぽく腕を組んで数秒考え込んだ後、静かに口を開いた。
「うーん。自分は視界にいなくても同じ部屋とかにいる人は全部動きを感じますよ。もしかするとこれも変ですか?」
「まだそんな能力があるの…? はーぁ……あなたの体どうなっているの? じゃあ、今も地下で誰かが戦闘態勢に入ったら、動きを感じることができるの?」
「いえ、それはさすがに無理っす。存在は感じますけど動きまでは……先週とかは、みんなの訓練中に俺は自分の席で勉強してたじゃないですか? あんときも足元からみんなの霊粒子感じてましたけど……さすがに動きまでは……」
ここで深が残りのお茶に口をつける。しかしそんな雰囲気とは対照的に、長谷川は驚きを通り越してあきれた表情を浮かべていた。
「その時点ですごいことよ。もう占術士の能力みたいね、それ。礼子ちゃんが敏感肌って言ってたのもあながち間違いじゃないわねぇ。ますますわからなくなってくるわ。どうしましょ……」
「どうしましょう……」
長谷川に迷惑をかけているような気がして、深が申し訳なさそうに謝るが、長谷川は特に反応を示さない。
30秒ほどの沈黙。
「でも……1人の人間にそんなにいくつも能力が備わるとも考えられないわ。やはり……ネタは1つか2つ……さすがに今すぐ結論は出そうにないわね。やっぱり、サイさんに聞いてみるしかないかしら」
「はぁ……」
「ありがとう。深君。とりあえず話はわかったわ。私の方からサイさんに聞いて……ちょっと考えとく」
「はぁ……もういいっすか?」
「うん、他にもなにか気づいたら教えてちょうだい。ありがとう」
「じゃあ、自分あがらせてもらいます。あっ、お茶ごちそうさまでした」
「うん。湯呑はそこに置いといていいわよ。お疲れさま」
最後にありきたりなやり取りを済ませ――しかしながら話し合いとやらが急に終わったことに深自身は驚きつつ、長谷川の部屋を後にした。