街中でわけのわからない淨霊を行い、加えて目的のゲームを購入した日の夕方。
礼たちがゲームショップから帰宅して数時間経ったあたりで寿原が風那家を訪れ、そして礼たちを連れ出した。
夕日を背に走り出した車の中、助手席に礼が座り、烙示と鎖羽がドアを通り過ぎる形で後部座席に着席。
礼が寿原に話しかける。
「寿原さん? ゲームしてていい?」
対する運転席の寿原は視線を前に向けたままその質問に答える。
「ん? 別にいいけど酔わないように気をつけろよ?」
「うん、大丈夫。俺、車に酔ったことないから。ところで……こないだの……えーとぉ……『小幡さん』だっけ? あの人たちは、今日はいないの?」
「あぁ、急に別の仕事入ってな。金沢の方に出張だ」
「へぇ。遠いね」
「でもお前は心配するな。学生のうちはそんな遠いところに行かなくていいようにしとくから。学校行かないとな」
「いや、全然構わないけど?」
「だめだ。サボりたいだけだろ? まぁ、夏休みとかだったら遠征の頭数に入れることもできるけど……そだな、今年の夏は諦めろ」
「ちぇ……」
自身の思惑を寿原に読まれてしまった礼は少し残念そうな顔を浮かべつつ、足元に置いたリュックから携帯ゲーム機を取り出す。礼がゲーム機のスイッチを入れると同時に、後部座席に座っていた烙示と鎖羽が身を乗り出してきた。
「ん? 2人も見る?」
どうやらこの2体の精霊は本当に熱心なゲームマニアなようである。
思い起こせば、ゲーム購入後に礼が気分転換がてらぷらぷらと街を歩いている時も烙示たちはそわそわしっぱなしで、むしろしびれを切らした烙示がゆっくりと帰路を楽しむ礼の体をいきなりくわえ上げ、そのまま無理矢理家に連れ戻してしまうことになった。
この時、傍から見ると礼が空中に浮かんでいるようになってしまったが、烙示的にこれは仕方のないことであったらしく、帰宅後に2度とこのような事が起きないように礼が厳重な注意をしようにも、烙示は礼の叱責を無視してゲームの説明書に集中し始めてしまう。
その後、寿原が迎えに来るまでの数時間一同は早速ゲームに着手するが、1台のゲーム機に対し礼たちは1人と2匹。案の定、すぐにゲーム機の奪い合いが始まり、多少の身体的・精神的誹謗中傷合戦の果てに一同は30分交代ルールという平和条約までたどり着くこととなる。
その流れでこの時プレイ権を所持していた礼も30分という限られた時間を無駄にしないよう寿原との会話をほどほどにゲームを起動したわけであるが、この時の烙示たちは順番待ちでありながらも後部座席から礼のプレイを興味津々で覗き見してきていた。
特に礼のプレイを参考にしながら、それを自分の技術に応用しようと画策している節が非常に分かりやすく、ゲームに対しては礼も似たような価値観を持っているため、烙示たちのこのような態度に思わず笑みをこぼす。
(勉強熱心なのはいいことだよね)
礼がゲーム機の画面に意識を向けると、烙示が真剣な表情でゲーム機の画面を見つめながら話しかけてきた。
「このミッション、どうやって乗り切る?」
「うーん……遠距離系のミサイル多くすればいいんじゃん?」
礼の答に烙示がふむふむとうなずき、しかしながらその会話に鎖羽も参戦してきた。
「しかし、途中で突発的な近接戦闘が予測されます。山の地形に、このメーカーのスタッフの悪意が感じられます」
「あぁ、言われてみれば確かに……2の時も似たような奇襲ポイントがあったっけ。じゃあ、サブマシンガンとかも乗っけとこっか。うぉ、プレイヤーがどんどん増えてるっ! すげぇっ! 次はどでかい戦いになりそう!」
「じゃあ早めにポイント上げといて、他の連中より一歩前に出とかねぇと。今のうちに抜け出とかねぇと、ずっとカモにされるぞ」
「そだね。真剣にいこうか」
無駄にクオリティの高い打ち合わせをしつつ、礼はゲームスタートボタンをポチっと。
実際にプレイしている礼を邪魔しないようにここから烙示たちが急に無言になるが、その時、タイミングを見計らっていた寿原が口を開いた。
「烙示? 悪いんだけど、もう少し透明になってくれねぇか? 後ろが見えねぇんだ」
「ん? あぁ、そうか。わるい……」
「……」
数秒の沈黙の後、烙示が自身の存在感をさらに薄めた。
「これでいいか?」
「あぁ、オッケイだ」
「オッケイ……つまり『OK』ってことだな?」
「ん? そうだけど……何の確認だ?」
一方礼はそんなやり取りを意識半分で聞きつつ、本格的にゲームに集中し始めた。
そして数秒。
「ん……?」
先ほどの会話に疑問を感じた礼はゲームを操る指を止めた。
「ちょっと待って。寿原さん? 烙示の姿見えんの?」
「ん? あぁ、こいつらの……じゃなくて。この方々の姿はしっかり見える。俺も、小幡たちも……一応そういう仕事だからな。すげぇだろ」
言葉の終わりには、なぜか自信満々な様子の寿原。
百歩譲って、1週間前に見せられた寿原と烙示たちの関係性がただの演技だったことと、その件をすっかり忘れてたった今ぼろを出した寿原のあまりにも質の低い取り繕いに関してはどうでもいいとして――礼からはぼやけた輪郭しか確認することのできない烙示たちの真の姿を、寿原がしっかりと確認できていることが驚愕である。
「今日の昼ぐらいに、烙示がこないだの演技がやらせだったって自白したから……その演技、もういいから……」
いや、今後のためにも、しょうもない悪戯の源はここでしっかり絶っておくべきだと考えた礼は、寿原に向けて氷のような視線を送っておくことにした。
もちろん寿原の心をズタズタにするための、とびっきりの言葉を添えて――
「寿原さんがそんなことする人だとは思わなかった……まさか……父ちゃんを亡くしたばっかりの……14歳の人間に対してそんな酷いことを……俺、寿原さんのこと信用してたのに……」
ぐさ……
心なしか運転席の方から、何かに心臓を貫かれたような擬音が聞こえた気がしたが、次の瞬間ショックを受けた寿原がアクセルを思いっきり踏み込み、車が急加速したのであながち気のせいでもないらしい。
(ふっふっふ! 子供だからってなめんなよ! 口喧嘩では死んでも負けるなって父ちゃんに鍛えられたんだから。相手の心の芯を一つや二つ折ることなんて、俺にはたやすいことだ)
自身の体にかかる重力に多少驚きながらも、礼は悪い顔でにやつく。
その後、急激なハンドル操作と唸るエンジン音以外に何の会話も生まれない嫌な状況が続き、沈黙に耐えられなくなった寿原が平静を装いながら口を開いた。
「あ……あぁ……そうか……ご、ごめんな」
「うん。別にいいけど……」
ちなみに時間いっぱいまで沈黙を保ち続けるのも、相手を苦しませるための技術のうちの1つ。客観的に考えてものすごい嫌な中学生であるが、原因は寿原側にあるので仕方がない。
ほどなくして反撃がしっかり成功したことを悟った礼は、本来寿原に聞きたかった旨を質問することにした。
「ねぇねぇ。烙示と鎖羽ってどんな姿してんの?」
その質問に、後部座席の方から返事が返る。
「ん? 犬だけど……」
「はい。蛇ですけど……」
「いや、そうじゃなくて……もっとこう、体毛の色とか長さとかあんじゃん?
鎖羽だってうろこ……? だっけ? そういうのがどういう色だとか、質感がどうだとか。
犬種とか尻尾の長さとか牙の感じとか体重とか体高とか、蛇でも体の長さとか色々あるじゃん!
つーか2人は口出さないでっ! 俺は寿原さんに聞いてるんだって!
こう、烙示と鎖羽がお互いを見た感じと、人間から見た2人の姿の印象って、感覚が違ったりするかもじゃん!」
礼のまくしたてに烙示たちが一瞬ひるみ、しかしながら寿原が礼の言葉に対する答えを少し遅れて返してきた。
「いや、犬と蛇だけど……」
……
……
「そう……」
ちなみにこの時点で、礼たちが乗った車は2車線の国道に入ったあたり。
今まで以上に加速する車の中、寿原の短い言葉を受けた礼はいらだちを覚える。
その感情が危険な思考に繋がり、今この瞬間に車のサイドブレーキを思いっきり引きながら、同時に寿原の操るハンドルを脇から無理矢理回してやったりしたらどんな悲劇になるだろうとか考えてしまったが、おそらく本当にこの車が転倒しかねないので、ぎりぎりで我慢しておくことにした。
「まっ、この後の儀式済ませればお前にも見えるようになるから。別にあわてることじゃねぇだろ?」
「うん。そりゃそうだけど……」
結局、寿原の言葉に素直に従う形で礼は質問を終える。再び手元のゲームに視線を移しつつ、後ろから覗きこむ烙示や鎖羽とゲームの攻略方法について作戦会議を始めた。
その後、1時間ほどの移動を経て、礼たちを乗せた車は由多祢寺に到着する。
日はすでに沈み、しかしながら西の空がかすかに太陽の名残を匂わせる時間帯。目の前の古めかしい寺は、以前来た時に比べて自然の匂いが強く広がり、寺を囲む雑木林の緑の鮮やかさはまさに夏真っ盛りという雰囲気である。
また、周りから聞こえる虫の声も夏にふさわしい数と大きさで響き渡っており、日本人の心をくすぐるような田舎の雰囲気は非常に素晴らしい。
しかし、礼は一瞬だけそれらの雰囲気を堪能した後、意識を違う感覚に集中させた。
視力や聴力、そして嗅覚では感じ取れない、どことなく不穏な気配。
これが霊気というものなのか、神聖なるオーラというものなのか。またの場合、邪念渦巻く霊魂のたまり場といったところなのか。
それっぽい表現は全て当てはまりそうな気配がびんびんと礼の肌に突き刺さってきた。
(うーん……でも……)
寺の門の前で車を降り、本堂まで続く砂利の道をゆっくりと歩きながら、礼は首をかしげる。
(この前ここに来た時ほどじゃないかな)
もともと街中の地縛霊程度ならば円滑なコミュニケーションをとれるぐらいの霊感を持ち合わせてるため、初めてこの地を訪れた時も礼はこの気配を敏感に拾い上げていた。
そして、あの時と比べ今回はなぜかその雰囲気がもたらす不快感がいくらか和らいでいることに気づく。
その原因はおそらく烙示と鎖羽の存在である。
彼らのような強力な精霊を2体も引きつれていることによる安心感もあるが、そもそもこの寺に散らばる不穏な気配は、烙示と鎖羽の気配の残骸が多いようである。
というか、烙示たちの気配が異常に強い。
(くそ……今気づいた。烙示と鎖羽、やっぱこの寺に入り浸ってたんだ。そこら中からぷんぷん匂う。
この匂いと烙示たちの『今目覚めた』発言照らし合わせれば、あの時嘘に気づけたのに!)
今さらながら、寿原たちに騙されていたことが非常に悔しい。
しかし、ここで礼は冷静さを保ち、少し後ろを歩く烙示に話しかけた。
「ここ、烙示と鎖羽の気配強くない? なんで残ってんの? ずっといたから?」
「ん? まぁ、そう言えばそんな感じ」
「そう言わなきゃなんなん?」
「いや、ここは一応俺らの縄張りだからな。毎日匂い付けした努力の結果だ。しかもこの縄張りの作り方は、俺が開発した新しいモデルなんだ。
くっくっく! お前にはわかるまい。このスタイリッシュでクレバーな縄張り構築の方法が。檀家の連中が連れてきた犬達からも大絶賛だったんだぞ」
「わかるわけないっ!」
最後に犬の習性を強調した烙示の自信満々な台詞がなかなかウザい感じであり、礼は即座にツッコミを繰り出す。さらには、もしかすると今礼が感じている烙示たちの残り香の根本が、彼らの排尿の末に生まれたものなのかと考えてしまった礼は叫びながらも吐き気を覚えた。
しかし次の瞬間、礼は追撃の言葉を肺の中に無理やり押し込み、思考を始める。
(いや、もう少しの我慢。今日の儀式が終われば……俺は烙示たちと同じステージに立てるはず)
今烙示に襲いかかっても、のれんに腕押しである。しかしこれから行う儀式とやらは、礼と烙示たちの物理的な関係を近づけるとのことなので、儀式の後は触り放題殴り放題となるであろう。
それはここ数日間、部屋の中をめちゃくちゃにする烙示たちの奔放っぷりに頭を悩ませてきた礼にとっては、願ったり叶ったりのチャンスであった。
(焦りは禁物)
動物虐待的なものも含めつつのよからぬ未来を想像し、またしても悪い顔を浮かべていた礼であるが、その時、烙示が遠くを見つめながら寿原に話しかけた。
「ん? おう。寿原? 忌部(いみべ)が迎えに来たぞ」
その言葉に反応し、礼が悪人面を隠しながら顔を上げる。見ると、50メートルほど離れた建物の入口のあたりにこの寺の宮司が立っていた。
「あっ、ほんとだ。準備終わったのか?」
寿原がいう準備というのは間違いなくこれから行う儀式とやらの準備のことだろう。
宮司がここにいると言うことはその準備を終えたと考えられるが、案の定、視線の先にいた宮司はこちらに向けてボディランゲージでその旨を伝えてきた。
「……『J』……『B』……? うーん。次は……『O』……『K』? どういうことだ?」
なぜかここで宮司の異常なテンションまで伝わってきたが、もちろんこっちは普通のテンションなので、寿原が不思議そうな表情で宮司の素振りを観察するのみ。
礼を含め一行全員が首をかしげるものの、しばらくして観察力に定評のある鎖羽が相手の意図に気づいた。
「『準備オッケー』ってことではないでしょうか?」
「あぁ、なるほど」
そして一同は納得の表情。
……
……
(いやいやいやいやっ! オカシイって! なんでっ!? なんでスルーするのっ!?
あの人、あんなキャラじゃなかったじゃん!! ものすっごいおとなしそうな人だったのにっ!
えぇ! えぇぇぇっ!?)
違和感に気づいた礼は心の中で握りこぶしを握る。
「いやいやいやいやっ! オカシイって! なんでっ!? なんでスルーするのっ!?
あの人、あんなキャラじゃなかったじゃん!! ものすっごいおとなしそうな人だったのにっ!
えぇ! えぇぇぇっ!?」
いや、さすがの礼もこの事態をスルーすることができず、心に思ったことをそのまま口に出した。
しかし、こういうときに無駄な一体感を見せるのが寿原たちである。
「ん? 別に……」
「普段からあんな感じだが」
「どうしました? 礼様?」
(くっ! この疎外感っ! かなりきついっ!)
結局、心が折れた礼はそれ以上何も言わずに足を進めることにした。
その後、ほどなくして一同は建物の前に到着する。
「遠路はるばるお疲れさまでした、寿原さん。あと、烙示と鎖羽は『おかえりなさい』ってとこかな。
それで……風那さんの息子さんは……どう? この子たちの世話、慣れたかい?」
早速テンションの高い忌部が勢いよく話しかけてきたため、礼は少し困惑しながら返事を返す。
「あ、はい。まぁ」
「ふっふっふ。いや、皆まで言わなくていいんだよ。この子たちはねぇ……なかなか『あれ』だから」
「おいっ、忌部! 『あれ』ってなんだよ!」
礼が必要最小限の答えしか返さないのとは対照的に、烙示たちは忌部の言葉に引っかかる点があったらしく、歩きながら忌部に喰ってかかり始めた。
しかしながらその雰囲気は喧嘩をしているようでありながらも、どこか楽しそうなもの。
その光景を見ながら、礼はしみじみと思う。
(あー、そういえば……烙示たちがここにずっといたってことは、この忌部って人も烙示たちと付き合いあるんだよな。やっぱいろいろ迷惑かけられたりしてたのかな。
ある意味、俺と同じ境遇かも。いや、烙示たちとの付き合いは俺より長いだろうから、その点では先輩って感じかな)
などなど、忌部に対していろいろと親近感を覚えた礼であるが、ここでまたしても1つの余計な事実に気づく。
以前初めてここを訪れたときに、忌部が礼に対して見せた態度について。
忌部本人は儀式を行ったあの部屋に入ることがなかったが、儀式前と儀式後に軽く会話を交わした時の印象では、とても礼儀正しくて、物腰の低い人物であった。かつ、礼に対してどこかよそよそしさを匂わせるあの時の態度は、礼のことをそこらへんの人間とは違う特別な存在として接していることを匂わせるものであった。
というか、ついさっきまでそう考えていた。
しかし、相手はあくまで『寿原一味』の構成員である。
前回会った時のしおらしい態度があの計画の一環であることに間違いはなく、それに気づいた礼は険しい視線を忌部に向ける。
(くそっ! この人もやつらの仲間だったか)
とはいえいかんせん忌部とはそれほど親密ではないため、反撃の類は控えておくことにした。
(ぐぐ……がまんがまん……あとで烙示にまとめて仕返しすれば……)
その後、礼は烙示に対する格闘シミュレーションを脳内で考えながら建物の中をゆっくり歩き、以前礼が烙示たちと出会った部屋に到着する。
「礼? お前はあそこだな」
「うん」
部屋の中に入るとすぐに寿原に促され、礼は前回同様部屋の中心に用意されていた座布団の上に座る。
そして、緊張感を心に覚えながら周りを見渡した。
(前と一緒……)
部屋の雰囲気も外と同じで、なんとなく圧迫感のある空気。
この部屋はやはり特別な空間らしく、寺の敷地の中では最も不快と言ってもいいほどの気配が満ちていた。
その気配から烙示たちの感触を差し引くことで、前回以上に細かい感覚で部屋の中を分析し、その結果、礼は視線を部屋の奥の祭壇に向ける。
(やっぱりあの祭壇って……)
どういう根拠なのかわからないが、その原因が祭壇にあると直感した礼は、その方向を静かに見つめる。
途中、背後の方から烙示の声が聞こえてきた。
「忌部? 俺たちはどこに座ればいい? 前と一緒か?」
「そう。前回と同じところにいてくれ。あとは寿原さんがやってくれるから」
忌部が落ち着いた感じで答え、名前を出された寿原が続く。
「あぁ。烙示たちは座ってるだけでいいから。しかしまぁ……忌部? お前、今回はなかなか凝った感じで仕上げたじゃねぇか!」
「ふっふっふ。わかります?」
「おう。今年の年末にでも、小宮司の試験受けてみたらどうだ?」
「いえいえ。私はこういうことばっかり熱中できますけど、実技の方がてんでアレですから」
「ふっ。悪い奴め! お前の父親が墓で泣いているぞ!」
「それはありえません。私にこんなことばっかり仕込んだのが、むしろうちの親父でしたからね」
「くっ! 親子そろってマッドサイエンティストってひでぇ話だな!」
ここで寿原と忌部がちょっとした世間話に花を咲かせる。礼はそんな2人の会話をなんとなく聞いていたが、当の本人たちは烙示たちが所定の位置に着くまでの短い会話と決めていたようであり、烙示と鎖羽が祭壇の前に静かに座ったと同時に会話は終わりを見せた。
「それじゃあ、私はこれで」
「あぁ。あとは任せろ」
その後、忌部が短い挨拶を済ませて部屋を出る。と同時に寿原が低い声で礼に話しかけてきた。
「よし。今日はお前と烙示たちの関係を強化する。今から始めるのは、そのための儀式だ」
「うん。烙示たちの姿はっきり見えるようになるんだっけ?」
「あぁ。まぁ、そんなところだが……一応説明しておくとだな」
そして、何故かここで寿原は眉間にしわを寄せて考え込み始めた。
「ん?」
その行為に疑問を感じた礼が短く声を発し、寿原が礼の声に促されるように口を開いた。
「輪廻転生の横バージョン……? ってところか……そう。礼? お前、『輪廻転生』って言葉知ってるよな?
普通の転生が時間を縦に進む命の移動と考えて、今回はその横のパターン。
極端な話をすれば、お前と烙示、そして鎖羽の間で命の循環が行われる。そんな感じだ」
……
……
「いや。わかんないんだけど……」
もちろんこのときの礼が寿原の言葉を理解することなど出来るわけがない。
そして寿原も似たような予想を持っていたようであり、寿原が説明の方法に困ったといった感じで表情を険しいものに変化させた。
寿原は腕を組み、天井を見ながら考え込む。10秒ほど沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「あぁ、だと思った。まっ、さっさとやってみるか。そっちの方がわかりやすいし」
もちろん、これは礼としてもありがたい寿原の配慮である。というかいきなり『輪廻転生』という単語を出されても、それは14歳の少年にとって果てしなく疎遠な言葉であり、礼自身この時点で理解することをほぼ諦めていた。
しかしここで礼は一点だけ、寿原の説明内容について質問をしておくことにした。
「でもさ。命の循環って……俺の命を烙示たちにあげるってことでもあるよね? 俺の生命力、3分の1ぐらいになっちゃうの?」
「いや、そうじゃなくて。あいつらはむしろ生命力っつーか、魂だけの存在だから。そこらへんが生きているお前より少ないってことはないから安心しろ。魂の頑丈さはむしろ烙示たちの方が強いし。
この儀式はどっちかっていうと魂の繋がりを深めることで、物理的な関係もより強固にする。みたいな……」
この時点で少しだけわかったような気がした礼であったが、まだまだ十分な理解のレベルには達していない。
とはいえこれ以上寿原に説明を求めても、それらを理解し終えるまでにはかなり時間がかかると気づいていた礼は、諦めた雰囲気で視線を前に向ける。
「うーん。もういいや」
「あぁ、そうだな。こういう話は言葉で説明するのはちょっと無理があるかもな。じゃあ、さっさと儀式始めるぞ?」
「うん。お願い」
わからないことだらけである状況は変わっていないが、ここで礼は烙示と鎖羽を順番に見つめながら興味深そうな顔を浮かべる。
(よし)
実際のところ、礼自身これから始まる儀式とやらに非常に興味があったことも事実であり、儀式の開始を伝える寿原の言葉を聞いた瞬間、礼の好奇心が急激に増大していたことも否定できない。
それゆえ、この時無意識に機嫌の好さそうな表情を浮かべた礼であったが、その好奇心にふさわしい出来事が礼の精神と体を巻き込む形で始まった。