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第9話 誤魔化し魂の真髄




 金沢に向かうヘリコプターの機内で、礼は引きつった表情を浮かべていた。

 場所は山梨県甲州市のやや北。神奈川県の山中から石川県金沢市を結ぶ直線上の途中となる地点の上空を、3機のヘリコプターが編隊を維持したまま高速移動をしている途中である。

 そのうちの1機に乗り込んだ礼たちであったが、その機内で烙示が子供のように暴れて始めていた。


「うぉおおぉぉぉッ!! 飛んでる! おい、飛んでるぞ! 礼ッ!? お前も外見ろ! すげぇぞ!

 うるせぇし、揺れるけどすっげぇッ!」


 どうやら烙示はヘリコプターに乗るのが初めてらしく、喜びを抑えきれない様子である。尻尾をぶらんぶらんと振り回しながらぴょんぴょん飛び跳ねている姿からは、今すぐにでも蹴り倒したいぐらいのにぎやかな雰囲気が放たれていた。


 一方で、礼もヘリコプターに乗るのがこれが初めてであったが、烙示の足がヘリコプターの床に着地するたびに機体が大きく揺れてしまい、機体の墜落を危惧した礼は窓の外の景色を楽しむことができない。


「おっ……落ち着いてッ! マジで。お願いだから! 烙示のせいで機体が不安定になってるって、さっき操縦士の人が……」


 ちなみに興奮のあまり自身の存在をオンにしたままの烙示の体重は大型の虎レベルであり、そんな大型の獣が機内で激しく動き回ってしまっては、自衛隊の大型輸送ヘリコプターといえども機体のバランスを維持しきれない。

 なので機内は烙示の動きに合わせて、ぐらんぐらんのゆらんゆらん状態。

 礼は烙示にむかっておとなしくするように言い続けるが、機嫌マックスである今の烙示に礼の気持ちが届くことはない。


「いいから外見ろよ! 俺らが乗ってりゃ、どのみち多少のポルターガイストは起きるんだから、お前も諦めて外見てみろ! ほれほれっ!」


 挙句の果てには、物騒な台詞をあっけらかんと放ち――


 ……


「なんだそりゃ!? 聞いてないってば! ちょっと、暴れないでっ!

 ポルターガイストはヤバいから……ぬぉっ! おいぃぃ! 墜ちたらどうすんだァ!?」


 物騒な発言を聞いた礼は焦りをあらわにする。とりあえずのところ目の前でキャンキャン騒ぐ烙示をおとなしくさせれば機体への影響を小さくできるかもと考えたため、力任せに烙示を抑えつけることにした。


「うらっ! 落ち着け! こんのぅ! ぬぉ! ちょ……マジで落ち着……ぐぬぉぉぉ!」


 しかしながら興奮が頂点に達している烙示がその程度の圧力でおとなしくなるわけもなく、そもそも身体能力に劣る礼の腕力では烙示を完全に押さえつけることなど不可能であった。


(くそっ! 全然静まらない!)


 しばらく取っ組み合いの状態が続き、諦めた礼は機内の隅で椅子に静かに座り神妙な面持ちでノートパソコンのモニターを見つめていた寿原に助けを求める。


「寿原さん!?」

「ん?」

「烙示がポルターガイストって言ってんだけど、それヤバいんじゃないの!? うぉっ! 烙示ぃ! 暴れんなってばッ! 寿原さんからも烙示になんか言って! ふぉッ!」


 その時、意識を寿原に向けたために烙示にしがみつく礼の力が弱まり、それをチャンスとみなした烙示が体をぶるぶると震わせた。結果、礼は烙示の体から引き離され、狭い機内でゴロゴロと転がった。

 その勢いで偶然寿原の前に転がりついた礼はそのままの流れで寿原の顔を覗き込むが、対する寿原は冷静な視線を返してきた。


「んん? あー……いや、別に大丈夫。それ用の装備してあるから……」


 寿原は短く言葉を返し、すぐに手元のノートパソコンに目を戻す。


(それ用って……どれ用?)


 しかし、寿原の表情が珍しく真剣なものだったため、それ以上は何も聞かない。


(そういえば小幡さんたちの援護って言ってた。なんかあったのかな? 任務がどうとか言ってたし。うーん、わかんない……まぁいいや。ほっとこ……)


 そこまで考えて礼は体を起こす。


「とうっ!」

「ぐおっ!」


 未だに暴れている烙示の背中に強めの蹴りを一発施し、烙示が苦しみもだえる姿を確認した礼は自分の席に戻る。心を落ち着かせる意味も込めて深呼吸しつつ、改めてこの状況を振り返ることにした。


(うーん……)


 今、自分はどこに向かっているのか? そこで自分は何をするのか?


 しかし、礼は顔をしかめる。

 ポイントの要点は徐々に見えてきているような気もするが、重要な情報が不足している感じ。結果、全ての情報を1本にまとめようにも、最後に行き詰まってしまい、どんなに考えても答えが出ることは無い。


(わかんない……)


 そこで、何かきっかけをつかもうとした礼は目の前にいる烙示と鎖羽に視線を移してみた。


(あっ、おとなしくなった……)


 まずは礼の最後の1発が効いたらしく、目の前で綺麗なお座りを維持したまま大人しく窓の外を見ている烙示。いや、一見大人しく座っている様に見えるが、尻尾の振り方が尋常ではないほど激しい動きをしているあたり、烙示の我慢の限界はすぐに訪れると思われる。

 礼が下手に話しかけようものならそれがきっかけになる可能性もあるため、ここで烙示に話しかけるのは得策ではない。


(うるさいからね。そんで……鎖羽は……さ、鎖羽?)


 そして、次はヘリコプターに乗った途端、ぶるぶると震えだしていた鎖羽。


「……心の魔人……心の魔人よ……我に……我に高層ビル窓清掃業者の勇気を与えたまえ……」


 高所恐怖症なのかはわからないが、礼が思考の流れで鎖羽に視線を移すと、当の本人は具合の悪そうな顔で呟いていた。

 一瞬そんな鎖羽を慰めてあげようとかも思ってみたが、礼自身、鎖羽に対して優しい一言を送るような気持ちの余裕もないため、とりあえず気づかなかったことにしておく。


(まぁいいや。寿原さんはなんか考え事してるし。向こう着いたら教えてくれるはず。ここで考えても意味なさそうだから……俺もヘリの景色楽しもう)


 結局、最近こういったわけのわからない状況に慣れてしまった礼は、『答が出ない』と決めつけた瞬間に全てを諦め、散らかっていた思考の中身を無理矢理片づける。

 その後礼は軽く息を吐き、気分転換がてら窓の外を覗こうと体を前のめりにした。


 しかし――


「うぉ! やべッ!」


 先ほど礼に本気で怒られたため、その後しばらくは礼の目の前で静かにお座りしていた烙示。

 しかしながら、礼が考え事をしていたほんの数秒の間に烙示の子供心は再燃してしまっていたらしく、烙示は窓の外を眺めようとしていた礼の目の前でゆっくり立ち上がり、機体の窓枠に前足をかけようとしていた。


「大人しく座っとけって……」


 礼がその行為に気づき、子どもを諌めるような雰囲気で話しかける。

 しかし声をかけると同時に、礼は烙示の姿がうっすらとかすれている事に気づいた。


(あれ? 烙示が消えてる?)


 おそらく目の前の夜景にうっとりと魅入ってしまったため、自分の存在感を維持するための集中力を低めてしまったのだろう。烙示の体が実体を欠く幻のようなものへとゆっくりと変化していた。


(ん、これまずいんじゃ……落ち……?)


 一瞬、礼の脳裏に以前風那家の自室で烙示と取っ組み合いをしていた時の記憶が蘇る。あの時、烙示を押しのけようとする礼の腕は幾度となく烙示の体を綺麗にすり抜けてしまった。

 もちろん2回目の儀式によって関係性を強めた礼と烙示だけあって、今の烙示の体は感触・視覚両方において礼の感覚に存在感を伝えてきてはいるが、ヘリコプターにそのような霊能力が備わっているわけはない。


「烙示ッ! バカッ! 何してん……」


 事の重大さに気づいた礼が慌てて叫ぶ。

 しかしながらも時すでに遅し。


「ぎゃッ!」


 礼のすぐ目の前で、烙示は短い悲鳴を残しながら、ヘリコプターの床をすり抜けるように落下してしまった。

 その光景を落とし穴にはめられた芸人と重ねた礼は、一瞬だけ(見事な落ちざまだなあ)などと考えてしま――いや、礼はあわてて立ちあがり、最後に唯一機内に残っていた烙示の尻尾をがっしりとつかむ。


「おいッ! 戻れェ! ぬおぉぉッ! 重いぃぃいぃぃーーッ!」


 しかし礼にとって烙示の体は大型肉食獣の体重そのものである。おそらくはゆうに250キロを超えているであろう烙示の体を、礼の右手1本の握力で押さえられるわけはなかった。


「うわッ! うわッ! 落ちるッ!」


 頭部が機体の下部をすり抜けていたため、烙示の悲鳴が外から届いてきた。

 さらにはその悲鳴のリズムに合わせて機体の内部に残っていた烙示の尻尾の先もぴょこぴょこと動くが、その抵抗に意味はなく、次の瞬間に烙示の尻尾と礼の右手は『きゅぽん!』という素敵な擬音を残して分離した。

 結果、烙示はめでたく高度数百メートルからのスカイダイビングを余儀なくされる。


「うわぁーーーーーーッ! おーーーうッ! うひょーーーーッ!」


 数秒後、何故か楽しそうな烙示の声が霊的な振動とともに周辺一帯に響き渡り、しかしながら混乱の極みに達していた礼はおろおろと慌てふためいた。


「ど……どうしよう! 寿原さん! 烙示が! 烙示が落ちたッ!」


 助けを求めるように寿原に向かって叫び、異変を察知した寿原がすっと立ち上がる。その後、寿原が礼のもとに近寄り、烙示の尻尾とヘリコプターの床にはさまれたであろう礼の右手を気遣うように、優しい動きで礼の手を掴んできた。


「ったく……あのバカ……それで……どれどれ? 手ぇ怪我してねぇか?」

「いや、そうじゃなくてっ! 烙示が……烙示がぁ!」

「あぁ、あいつ……いったい何遊んでんだか。それで……いいから手ぇ見せろ。怪我してないか?」

「いや、そうじゃなくてっ! 烙示が……烙示がぁ!」


 同じセリフを2度言ったような気がしたがそんなことはどうでもいい。

 烙示の身を心配し、礼は恐怖と悲しみでプルプルと震え始める。というか落下してしまったら通常の生物では生きていられないほどの高度だったため、礼の気持ちの中では烙示はすでに死んだものと決定していた。


「あぁ……烙示が……死んじゃった……」


 礼は悲しそうに小さくつぶやき、床にうなだれる。


(あぁ、烙示……さようなら……)


 短い時間ではあったが、とても貴重な体験。その一端を担う不可思議な存在であり、なんだかんだ文句を言い合いながらもすでに『大切な友人』のレベルまで関係を深めていた烙示。

 そんな相手が小さなミスで礼の前から姿を消したとあっては、さすがの礼も悲しみを隠しきない。

 そう思って瞳を潤ませ始めていた礼であったが、そんな礼の感情は一瞬で踏みにじられた。


「ふーう! びっくりした!」


 次の瞬間にヘリコプターに大きな揺れが生じ、礼ははっとしたように顔を上げる。

 ヘリコプターの天井から烙示が姿を現し、礼の前に静かに着地するところであった。


「えっ?」


 礼が驚きのあまり短い言葉を発するが、烙示は何もなかったかのように静かに『お座り』をする。寿原もこれといった過剰なリアクションをとらずに、たしなめるような口調で烙示に声をかけた。


「おっ? 戻ってきたか。烙示、あんまり騒ぐな」

「あぁ、わりぃわりぃ。ふーう……あぶねぇあぶねぇ。危うく置いてかれるところだった。それにしても……しっかしあれだな。やっぱ降臨者が変わると俺の感覚も微妙に変わるもんだな。ここに戻ろうとして、地面についた後すぐにジャンプしたんだけどよぉ。力加減間違って、ヘリの上まで飛んじまった! プロペラの迫力すんげぇな!」

「だから天井から落ちてきたかの? ならあれか? プロペラすり抜けてきたのか? 回ってるプロペラ通り過ぎる時どうだった?」

「いやいや、すげぇのなんのって。あそこまで細かく体を輪切りにされる感覚は初めてだったわ。

 なんていうんだっけ? 医術の機械で似たようなのなかったっけ?」

「ん? 輪切りにする医術? それは……CTスキャンのことか?」

「そう、そんな感じの名前の機械。あれくらってる人間も似たような感覚なのかな……?」

「んなわけねぇだろ、ばか……」


 烙示が機嫌良さそうに先ほどの体験を語り、寿原もその雰囲気に触発されるように笑顔を見せる。

 ヘリコプターの機内が徐々に明るい雰囲気に変化し、2人はその後も引き続き世間話のような会話を続けた。


 とはいかない。


 笑顔で話し合う烙示たちとは対照的に、礼の心は荒んでいた。


(くそ……またやられた……)


 一瞬でも烙示の身を心配した自分の素直さが非常に悔しく、礼は瞳からこぼれ出た一滴の涙を左手で拭う。その流れで右手を寿原から振りほどき、無言で自分の席に戻った。


(そうだった……烙示って……『ばけもん』だった……)


 礼自身、烙示という存在に対し未だに不明点が多いことは確かである。なの1度ヘリコプターから落下した烙示が、この機内に無事戻って来れるような能力を持っているかも分からない。

 しかし冷静に考えてみると、こんな非常識な存在がただの落下で死ぬわけがないということも気づいておくべきであった。

 というか烙示という存在は、むしろ死んでいるのとなんら変わりない『ばけもん』の類であった。


(寿原さん……先に言ってよ……)


 そこまでを理解し、礼は先ほどまでの自身の慌てふためきっぷりにいらだちを覚え始める。

 しかし礼を取り巻く集団がそんな礼を見逃すはずはなく、自分の席に向かう礼の背中に寿原の悪意のこもった言葉が襲いかかってきた。


「あれ? 礼? お前、もしかして泣いてんのか? 烙示が死んだとでも思ったか? くっくっく!」


 台詞の最後に寿原が見せた嫌味な笑いを耳にし、礼は気づく。

 先ほどまで真剣な雰囲気を垂れ流していた寿原が急に機嫌を良くした理由は、烙示のテンションに触発されたものではない。むしろ、今さっき礼が見せた慌てふためきっぷりが寿原の機嫌を上昇させ、悪意すら呼び起こしていた。


「……」


「ふっ!」


 寿原の声を無視する礼の態度は寿原をさらに満足させるものだったらしく、またしても背中の方からたちの悪い笑い声が聞こえてきた。しかしながら、幸か不幸か自身のスカイダイビング中に礼がそのような言動をとっていたことを知らない烙示は、寿原の思惑に気づいていないようである。


「ん? 俺が死ぬわけねぇだろ。つーか、どっちかっていうと死んでるみたいなもんだしな。

 はっはっは! 怖がっている鎖羽の方がおかしいだろ。鎖羽? お前、空飛べんじゃん?」


(確かに……鎖羽ってたまに浮いてるよね……でも)


 烙示が寿原と礼の心理戦に気づいていないまま鎖羽に話を振ったあたりは礼にとって心の救いであるが、ここで鎖羽が重々しい口調で口を開く。


「いえ……そういう話はどうでもいいでしょう……私に話しかけないでください。今は、私の体にライト兄弟の加護が下るか否か。それが重要……あぁ、西洋の交霊術が上手くいきません……彼らの魂はいずこへ」


 鎖羽が非常に面白いコメントを発し、寿原と烙示はさらなる爆笑を見せる。

 もちろん礼はなおも無言であったが、寿原が憐れむような表情とともに鎖羽の体を軽く撫で、烙示に視線を移した。


「でも、烙示? お前の現世術の調整、これからはマジで気をつけろ。お前が礼の体に乗っかるだけでも礼に怪我させかねないからな」

「あぁ、じゃあさっき俺の尻尾握ってたのはやっぱ礼か。でもよう、そんなこと言ったって……ちょっと落ちただけなのに……そのほっそい指で俺の体を無理矢理引き上げようとした礼の方が悪くね?」

「悪くねぇよ。こいつはまだお前らの存在に慣れてねぇんだ。特に今はお前の『重さ』にな。お前だってさっき体の感覚がおかしいって言ってただろ? やっぱそういうのにも少し気をつけとけ。礼のことも心配だが、感覚がおかしいまま任務に出たら、お前自身にも危険がおよぶから」

「あぁ、わかった……」

「わかればよろしい。あと、お前の能力に関して他にも伝えてないことがあったら、ちゃんと礼に教えとけ。今みたいな細かいことでも……」

「ん? 細かいことって言われても困るんだが。俺は俺だし、俺の能力も鎖羽の能力と比べればかなり違うし。つーか根本的に俺たち精霊は同じ能力なんて持ってねぇしな。どっから説明すればいいのかなんてわかんねぇよ。1から話し始めたら時間がいくらあっても足りねぇだろうし。今話すことじゃねぇと思うんだが?」


 もちろん今現在、礼たちはヘリコプターを使って移動しなくてはならないほど急を要する状況なので、長々と身の上話を話し合う余裕などない。

 しかし、この時の寿原が意図していた会話の行き先は、礼と精霊たちの知識の共有といった立派な目的ではなく、至極子供じみた嫌がらせであった。


「いや、まぁそりゃそうだが。せめて……ぷっ……『これくらいの高さから落ちても、烙示の体には何の影響もないし、烙示は跳躍力が持ち味だから、これぐらいの高さなら落ちてもすぐに戻って来れる』ってことぐらいは……だからあんなことで泣かなくてもいいってことを礼に教えとけよ」


 一時は鎖羽に向けられていた話題の流れを無理矢理戻し、烙示と一緒に礼をからかおうという悪魔のような所業。

 この行為を受け、先ほどまでノートパソコンのモニターを覗く寿原が見せていた真剣な表情に(うぉっ。寿原さん、やり手のビジネスマンみたい!)とか思っていた礼は、そんなことを思っていた自分にさらなるいらだちを感じる。


 もちろん同じぐらいの怒りを寿原に対して募らせていた。

 そして意味ありげな視線を礼に送る寿原に対し、礼は頭を上げて鋭い視線で対抗した。


「烙示にも見せてやりたかったな。お前が落ちた後の礼の慌てっぷり!」


(まだ言うか……? この人、ほんとに大人か?)


 礼が鋭い視線に殺気すら混ぜ始めたが、何かに気づいた烙示が悪い顔で礼にまとわりついてきた。


「ん? まじか。おいっ、礼? お前、俺のこと心配してくれたのか? あはは!」

「くっくっく! それくらいにしとけ。お前たちは立派なチームなんだから、礼が心配するのは……くっ、当然のことだろ!」


 もちろんとってつけたような寿原の綺麗事も礼の癇に障る。


「あはっ! そうだよな。それぐらいは……ぷっ。いやでも。そーかぁ、礼は俺のこと心配してくれたのかぁ。

 だからさっき泣きそうな顔してたのかぁ。礼はなんて優しい人間なんだろうなーぁ。

 がっはっは。ありがとーな、礼?」


 烙示がわかりやすいぐらいの棒読みで感謝を述べてきたところで、礼の中で何かが壊れる音がした。


「くっくっく! だから……やめろって。ぷっ」

「あっはっは!」


「寿原さんと烙示……『死ね』ばいいのに……」


 ごん……


 ぼそりと呟いた礼の言葉を聞いた瞬間、機内の空気が一気に変わり、礼の体からわずかな衝撃波が発せられる。それが寿原と烙示の体を通過した瞬間に2人は床に倒れ、もがき苦しみ始めた。


「ちょ……お前……がはっ……マジでやめろって……いや、やめてくださ……げほっ……ほんとに……」

「……ぐっ……肺が……れ……礼……? わるかっ……たって……た……頼む……『訂正』してくれ」


 もちろん礼は本当に寿原と烙示を殺す気などないため、意志の強さを反映したその威力はいくらか弱いものである。

 そして寿原と烙示は一般人に比べて霊的な防御力がはるかに高い2人。加えて精霊たちの影響を抑えるためにヘリコプターの各所に貼られていた呪符が礼の能力の効果を薄めたため、寿原と烙示はかろうじて絶命の危機から逃れることができていた。


「……た……頼む……はぁはぁ……呪いが……解けねぇ……礼……? ほ……本当に悪かったから……て……『訂正を』……」

「嫌だ。それに、訂正したからってどうなるもんでもないじゃん」

「いや、ば……バカ……そうじゃねぇんだ……俺らが本当に死……がはっ……の……これじゃ、『呪い』のレベルだか……ら……」

「……こ……寿原……も、もういい……鎖羽……? 頼む……お前の力で礼の言霊の威力を緩めてくれ……」

「静かにしてください。こっちは忙しいのです。しかし、交霊術が上手くいきません…………使っている言語が違うからなのでしょうか……? そもそもライト兄弟はどこの国の方なのでしょう。」


 ちなみに鎖羽が先ほどから行っている交霊術とやらも呪符の影響でかき消されていたのが、これはさほど重要ではないのでそれに気づいている鎖羽以外の全員が放置していた。


「うるさい……烙示と寿原さん……『黙って』」


 なにはともあれその後の礼は悔しさでにじみ出る涙を隠すように顔を覆いながら、金沢に到着するのを静かに待つことにした。




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