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第十話 言琴の攻


 深夜、日付が変わる頃に一行を乗せたヘリコプターは石川県の金沢市に到着する。

 場所は金沢駅から真東におよそ10キロメートル離れた山の、加賀百万石の歴史の面影をかすかに残す山奥の寺院であった。


「うぉいしょっと」


 山岳地帯と言っても過言ではないほど険しい山林の中。そんな人気のない場所にひっそりとたたずむ寺の庭にヘリコプターが着陸し、礼は短い掛け声とともに飛び降りる。

 同時に暗闇の向こう側から走り寄ってくる数人の人物をとらえつつ、一足先にヘリコプターから降りていた寿原の背中に向かって大きく叫んだ。


「寿原さんッ! これからどうすんのッ!?」


 しかし、礼の頭のすぐ上にはプロペラが大きな音をたてて回転中であり、礼の声はその音にかき消されてしまった。それに気づいた礼は足を速め、寿原に追いついてから同様の質問を試みることにする。

 ところが礼がいくら早足で歩こうにも、少し前を行く寿原はそれ以上の速度で足を動かしていたため、なかなか追いつくことができない。

 礼は無意識に駆け足を始め、瞳を鋭くさせる。


(やっぱのんびりしてる場合じゃないんだね)


 ちなみに操縦士から到着十分前を伝えられた段階で礼は寿原たちにかけた『呪い』とやらを解いてあげていたが、寿原は礼を責めることもなく、呼吸を乱したまま置いていたノートパソコンの元に駆け寄り、再び真剣な様子で考え事を始めていた。

 その後、ヘリコプターが着陸態勢に入る頃には寿原の呼吸の乱れもなくなり、烙示に至っては高度50メートルの段階で奇声を上げながらスカイダイビングするほどの回復を見せていたので、この時点では、礼から受けた寿原と烙示のダメージは無いものと考えられる。


(ふざけてる場合でもなかったっぽいね……いや、悪いのは寿原さんだけど)


 ヘリコプターの中で寿原が見せた深刻な表情。そして今の寿原から感じられる焦燥感。

 礼自身がこれから置かれるであろう状況についてはいまだによく理解できていないものの、その雰囲気の片鱗をあらためて感じ取ったような気がした。

 そしてそんな思考の流れで心の中に恐怖のようなものが芽生えたため、礼は一瞬だけ背後に意識を集中させる。


「おぉー。この気配……にぃ……しぃ……ろぉ……やぁー……すげぇな。敵の数、20超えてねぇ?」

「そうですね。これはなかなか……彼らが苦戦するのも分かります」


 いつもとなんら変わらぬ雰囲気の烙示と鎖羽。礼の後をしっかりと追う2体の精霊からは物騒な会話が聞こえてきたが、この状況では2体の存在そのものが非常に頼もしく、礼の気持ちを立て直すのに十分である。


(よし)


 礼はわずかな笑みをこぼし、再び意識を前に向けた。

 その頃には寿原がヘリコプターに走り寄って来ていた数人の人物と話を始めており、礼もすぐさま寿原の背中に追いついてその会話に混ざることにした。


「……えぇ。今はギリギリのこう着状態です。我々の判断で救援要請を決定したのですが、まさか本当に風那さんの息子さんを連れてきてくれるとは……それで……この子が?」

「はい。風那六憐の長男の風那礼です」


 寿原の脇に立った時、話の流れがたまたま礼の話題になっていることに気づき、礼は流れに乗るように頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 礼が差し障りのない挨拶をすると、相手も似たような台詞を返してきた。


「こちらこそよろしく。いきなり呼び出してしまってすみませんね」


 その言葉は礼を気遣う気持ちもしっかりと含んだもの。そういった配慮をしっかりと添えてくるあたり、口から出した言葉だけで判断すれば、目の前の人物は配慮や優しさに富んだ性格だと思われる。しかし、その台詞に感情のようなものは感じられず、むしろ台詞に似合わないほどの冷たい気配を放っていた。


(いや……口調が冷たいって言うか)


 霊的な気配が冷たい感じ。寿原や小幡たちから感じられる気配とは一味違い、もちろん烙示や鎖羽が持っているそれとも違うため、礼からしてみれば『異質』と言った方がいいかもしれない。

 むしろ『異質』さを勝手に『冷たさ』と勘違いしてしまった気もするが、なにはともあれ礼に危険を及ぼすような気配ではないため、深くは考えないことにしておく。


 それよりも、これから礼が何をするのかについて、いい加減細かい説明があってもおかしくない段階に来ているような気がしていたため、礼はその旨を寿原に問いかけようとした。

 しかしながら礼が言葉を発しようと息を吸った瞬間に、寿原が目の前の人物に対して余計なフォローを繰り出した。


「いえ、気になさらずに……いつものことですから」


(あんたがその台詞言うかぁ!?)


 寿原の責任転嫁たっぷりの爆弾発言を受け、礼は寿原の横顔をひと睨みする。対する寿原はその視線に気づかずに、目の前の人物に礼のことを説明し始めた。


「先日儀式を行ったばかりなので、お役に立てるかは疑問ですが、見ての通り精霊を2体従えております。今回はこいつらに任せてもいいでしょう」

「そうですか。では早速。こちらの指揮下に入ってもらってよろしいですね?」

「はい。全体の指示はそちらに任せます」


 寿原の最後の言葉を聞き、ここで相手は不敵な笑み。

 その笑みが少々悪意に染まっているような気がした礼であるが、相手の表情の変化を受け、寿原が低い声で言葉を付け足した。


「しかし、この子は我々の管轄。この子に関する行動はこちらに任せてもらいたい。なにぶん、この任務が初になりますので。

 そうですねぇ。我々甲斐と上田。この部隊の指揮権は私が預かりましょうか。部隊内の連携は我々とそちらさんで別ということで……。

 部隊間連携はお任せしますから。何かあったらそちらに情報を上げますし、その時はお願いしますね」


 これはつまり、これから礼が関わる任務とやらについて大まかな作戦行動の指示は相手側に任せつつも、礼の行動に関しては寿原が管理し、小幡たち他の人物を優先して礼のフォローにあてるということである。


「え? いや、それは……」

「救援要請の緊急レベルが今任務にあたっているメンバーの残存戦力と不釣り合いです。この程度ならば、この子に声をかける必要もなかったはず。急ぐ必要がなければ、関東圏の他の戦力を呼ぶという選択肢もありましたからね。

 敵の戦力把握を見誤ったならそれはそちらさんのミス。たとえこれが伝達ミスによるものだとしても、それもそれでそっちの立派な過失です。そんな指揮系統にうちの新人を預けることはできません」


(ん?)


 礼はいきなり緊迫した雰囲気に変わったことに首をかしげつつ、寿原の顔を覗き込む。寿原の最後の言葉を受け、目の前の人物が不機嫌そうな気配を放ったことにはかろうじて気づくことが出来たが、しかしながら寿原の言葉の真意に気づくことは出来なかった。


(主導権争い? まぁ、いいや。俺関係なさそうだし)


 その後、礼は小幡たちのいる場所までの交通手段となる黒塗りの車に乗り込み、一足遅れて寿原も搭乗した。


「よし。礼? シートベルト閉めろ。烙示と鎖羽も大丈夫かぁ? 出発するぞ」



 寿原が一同に声をかけ、車はすぐに走り出す。

 その車中、移動開始から30秒ほど経過したあたりで、烙示がにやにやしながら寿原に話しかける。


「くくっ。 寿原? お前、西呀(さいが)の連中に喧嘩売るとは、何考えてんだ?」


 おそらくは先ほどの一件に触れていると思われるが、もちろん礼は何も分からないので無言。

 ちなみにこの車にはあらかじめ相手側の人間が1人運転手役として車内に待機していたが、寿原がそれを丁重に断り、今現在この車は前後を相手方の車両にはさまれつつも、ハンドルを握る寿原と礼、烙示、鎖羽のみである。

 そういった流れもあっての烙示の言葉だと思われるが、この時の礼はわけがわからないのでやっぱり無言であった。

 そんな礼を置いてけぼりにしつつ、烙示と寿原は会話を進める。


「ん……? 別に正面からやり合う気はねぇよ。西呀さんの強さにかなうはずねぇだろ?」

「いや、俺としてはそろそろ堪忍袋の緒が切れそうなんだがな。お前も似たようなもんだろ?」

「はっはっは。無茶言うな! あそこはマジもんの武闘派だからな。下手に喧嘩売ったら、命がいくつあっても足りねぇって」


 ここで寿原が何故か必要以上に明るい雰囲気を匂わせる。礼はその急激な変化にまたしても違和感を感じるが、助手席に乗った礼が運転席に顔を向けた瞬間に、寿原が小さな声で呟いた。


「鎖羽? ちょっと頼む」


(何を?)


 礼が頭の中で疑問を浮かべ……


(やっぱり何かしらの意図があったのですね?)


 次の瞬間、礼の脳内にいきなり鎖羽の声が響き、礼は驚いたように体をびくつかせた。


(うぉ!)


 そして礼は助手席側の車窓に頭をぶつけた。


(ぐ……いてぇ)


 最近こういった超常現象にも慣れていたため、これがおそらくテレパシーの一種だということ。そして先ほど寿原が鎖羽に何かを促していたことからこれが鎖羽によるものだということまでは一瞬で理解することができたが、そもそもこのような体験をしたことがない人間にとっては、他人の思考が自分の脳に乱入してくるのは非常に不可解であり、不愉快である。

 思考が他人に侵され、混濁するような気がした礼はこの現象に嫌悪感を抱く。


 しかしここで礼はなぜか空気を読み、思考の中でのみリアクションをとることにした。


(えぇ!! なんだよこれッ!?)


 ところがそんな礼が冷静さを取り戻すのを待たずに、今度は寿原の声が礼の思考に乱入してきた。


(おっ、意外とノリいいなぁ! 礼? これは鎖羽の隠し芸だ。任務の最中はこの方法で鎖羽たちと意思の疎通をしろ。そんで……今も、口を閉じたまま俺たちの話聞いとけ)


(えぇ!? なんだよそれッ!)


 同じような言葉を繰り返したような気がしたが、微妙にニュアンスが違うので誰からのツッコミも無い。

 あきらかにそんじょそこらのドッキリをしのぐほどの驚きと、隠し芸というには究極すぎるスキルを突如見せた鎖羽に礼が怯えつつ、しかしやっぱりいつものようにそんな礼を放置して寿原たちは会話を再会する。


(この車、おそらく盗聴器が仕掛けられている。この車に乗ってた運転手役のやつが降りる時、車のシートの下に手を伸ばしやがった。

 一瞬、俺の体型を見てシートの前後位置調整してくれんのかと思ったけどな。

 でもシートは動かなかった。確実に何か仕込んでんだろ、これ?)


(ほう、なるほどな。さすが寿原。そういうみみっちい小細工見つけるのは相変わらず得意だな。

 いや、そんな人間になりたくはねぇけど……)


(褒めてんのかそれ? つーか、烙示? お前は人間になれねぇから……何の希望抱いてんだよ……まぁいいや。

 でも注意しろ。俺のシートの下から変な霊気も感じる。

 鎖羽? 違うとは思うんだが、これ読心用の呪符じゃねぇよな? 読心用だとこの会話も筒抜けなんだが)


(うーん……いえ、違いますね。安心してください。我々のような存在が放つ声や音を伝えるためだけの簡単な仕組みの呪符です。

 盗聴器の対精霊用みたいなものでしょうか。

 おそらく後ろの車両に受け手側の呪符があるはずです。そちらに霊気が流れている。

 そもそも読心術のような高度な技術が含まれた呪符なら、むしろ私と烙示が真っ先に気づくことができるはずですので)


(くっくっく。そうだな。しっかし、西呀の連中舐めた真似してくれるな)


(はい。我々に読心術を施そうものなら、それこそ去年結んだ協定が真っ二つに破られるレベルの所業です。

 西呀もそれは嫌だったのでしょう。だからばれないように、放出霊力の低い種類の呪符しか使わなかったのでしょうね。

 読心用はもっと出力が必要ですので)


(そうだな。そんなところか……ところで寿原? お前また腕上げたか? こんなちゃっちい呪符に気づくなんて。)


(それは一応褒められたって事にしといてやる。いろいろとずりぃこともしてるが、一応真面目な努力もしてるんだぞ。

 それで……いつものあれ、やるぞ?)


(そうですね。さすがにこの状況で車内が無言になってしまうと、部外者から見れば怪しくなってしまいますからね)


(ふっふっふ。礼? 俺たちのスーパーテクニック。名付けて『聖徳太子の井戸端会議』をじっくり見せてやる。

 いや、お前もついてこいよ?)


(えっ? なにっ? 烙示? なんだよ、そのだっさい必殺技……んっ? なんで烙示わくわくしてんの?

 つーか、このテレパシーみたいなの、みんなの感情もうっすら伝わってく……)


 礼は意味不明な烙示たちのテンションについていくことができない。どちらかというと今もあっけにとられたままの心境であるが、しかしながらそんな礼の状態を無視して、寿原たちは世にも恐ろしいスキルを発揮し始めた。


「礼? 六憐から聞いてっけど、お前遊び半分で除霊したことあるらしいな?」


 まず動き出したのは寿原。

 先ほどまで行っていたテレパシーによる会話から一転、いきなり声を発しての質問をしてきた。


「えっ? あっ、うん。除霊って程じゃないけど」


 しかし、その質問は特にこれといって難しい内容でもなかったので、礼も無難に答える。


「幽霊と遊んだり、喧嘩したり。ちっちゃい子とかは遊んであげたら、気が済んだみたいに満足そうに消えてくけど……ウザいやつには無理矢理消えてもらったりしてるかな。父ちゃんから教えてもらった呪文使ったりして」


 そして適当に捕捉説明。何が始まるかとドキドキしていた礼であるが、意外と普通の質問を投げかけられただけだったので、その質問に答えつつも徐々に落ち着きを取り戻す。

 しかし次の瞬間に寿原が放った質問により、礼の心は再び混乱の真ん中へと押し返された。


「そうか。それ、十分除霊だけどな。まぁ、これからやるのも似たようなもんだ。

 ちょっと相手が強くて、小幡たちが苦戦してる。でも、お前には烙示と鎖羽が付いているから身の危険はねぇ。

 でもこいつらの性質は本来、除霊とか淨霊とかじゃねぇんだよ。

 そこらへんぷらぷらしてる雑魚ならいけるだろうけど、そもそもこいつらは精霊だからな。

 妖怪と違って攻撃やら破壊やらは得意じゃねぇんだ。

 んで、それがお前の役目。烙示と鎖羽がお前のこと守るから、お前が相手を消し去れ。この世から消滅させるんだ。

 出来るな?」


(お前、さっき由多祢寺で言ったこと覚えてるか?

 強い気持ち言葉を発したり感情が高ぶった状態で叫んだりしたときに、お前の声に力が加わるってこと。

 あの感覚覚えてるか? つーかヘリん中で俺らにやったやつ。ちゃんと使いこなせそうか?)


 寿原が実際の声と心の声で2種類の質問を放ってきたため、さすがの礼も対応しきれない。


「え? えっ?」


(わかんないってばっ! 声と頭で違うこと聞かないで!)


 礼も二種類の方法で困ったようなリアクションを返すが、車内に変な沈黙が生まれた。

 しかし、ここで烙示が動き出す。


「まぁ、迷うのは仕方ねぇよな。でも、フラフュー買いに行った時もなかなかの悪霊相手に渡り合ってたし。自信もっていけ」


 頭が混乱し、答えに困っている礼を元気づけるような言葉を選びつつ、それを利用して沈黙を破った。


「あ、あぁ。うん、わかった。やってみる」


 礼は自信なさげに答え、それを聞いた烙示と鎖羽、そして運転中の寿原がにやりと笑みを浮かべた。


(よし、後は黙って俺たちの話を聞いてろ。出来るだけ表情を暗くして。な?)


 つまり、ここまでの会話は礼を静かにさせるためのもの。「消し去れ」や「消滅」といった物騒な言葉をあえて使いつつ、礼に過剰な期待を寄せているように振る舞うことで、寿原はまだまだ若い礼が委縮せざるを得ない雰囲気をわざと作り出す。

 さらにはそんな礼を心配して烙示が軽い言葉をかけることで変な沈黙が生まないようにしつつ、しかしながら礼は寿原の言葉に気押されてやっぱり暗い雰囲気のままという状況を作り上げた。


 盗聴器による会話を聞いているであろう西呀と呼ばれる集団からみれば、礼が無言になるのも当然であり、かつ聖徳太子うんぬんといったふざけた技術についていけないであろう礼がミスをするのを未然に防ぐためのものであった。

 あとは寿原たちが表の会話と裏の会話を無難にこなしていけばいいだけである。


(伝えたい言葉だけに強い意識を込めて放つ。さっきと一緒だ。

 そのうち細かいテクニックとかわかってくるだろうけど、今は効果を乗せたい言葉だけ選んで、それを大声で叫べばいいから)


「ところでそろそろ着きますかねぇ。私としてはこの車を降りて、森の中直進した方が早いと思うのですが」

(そうです。烙示の言うとおりですよ。空気中を漂う小幡さんたちの気配と敵の気配から察するに、本当に危険極まりない混戦状態ですが、礼様はとりあえず安心して烙示の背中に乗ってください。

 烙示があなたを背負いながら戦場を駆け巡り、私が幻であなたを包む。我々は絶対にあなたを守り抜きますし、これがベストな戦い方です)


「いや、どうも西呀の皆さんも礼の初陣を見たいようだ。

 でも、日本有数の武力を持つ西呀さんもさすがにお前らの動きについてこれないだろうしな。もう少し車で移動させてやってくれ」

(あいつら、西呀の中でも下っ端だろ? お前らの動きについていけるわけねぇから。

 でも、ここでお前らが車から飛び出したら止めに入るはず。それこそ押し問答になりそうだ。

 幸い小幡たちの霊力ももう少し持ちそうだしな。現場の西呀チームもよく連携してくれてる。

 あっ、現場は坂月君たちだから。礼? 六憐とも仲良かった連中だからそいつらについては安心して大丈夫だからな)


(え? あ、うん)


(ふっふっふ。だいぶ見えてきたぞ。上田の連中が前線。西呀本家の連中がお目付け役ってところか?

 寿原? それでさっき指揮権奪ったのか?)

「うーん。それならしかたねぇなぁ。西呀にもお世話になってるし。礼は鳴り物入りの大型ルーキーだし。西呀にも以後お見知りおきってことで、お目にかけてもらうかぁ」


 烙示の口調が思いっきり棒読みであったが、その内容に危機感を感じた礼はここで慌てたように会話に割り込む。


(烙示ッ! あほッ! なんかわからんけど、また俺のハードル上げてないかぁ!?)


(あはっ! まぁおちつけ。礼? あと、表情変えんなってば。プレッシャーに押しつぶされてる感じでぐったりしてろ。

 そんで……坂月君んとこのバックアップスタッフから報告入ってたんだが、どうも西呀の狙いは礼らしい。小幡たちはまだまだ余裕の戦況なのに、俺らに救援要請が入って、しかも俺たちの移動手段が最速手段のヘリコプターなんておかしいだろ?

 あいつら、俺たち以外の関東圏の戦力が出払ってるタイミング狙ってきやがった)


(え? 俺? なんで俺?)


(お前っつーか、とりあえず烙示と鎖羽な。そんで、お前の能力の出来によってはお前自身も……西呀がお前らまるごと手に入れようとしてる)

(えっ? えっ? マジでっ? 京都……って言ってたよね? 俺、引っ越すの? 嫌なんだけど……)


 しかし、ここで寿原は車を止めて礼の顔を見つめる。


(戦力の引き抜きならまだいいが)

(最悪、文字通りの『ヘッドハンティング』かもな。『頭』を『狩る』みたいな。お前の命を引き換えに、その能力を奪って西呀の誰かに移す……とか?)


(わ……笑えないんだけど……)


(あぁ。だから鎖羽? 特に今回は、礼の能力のレベルがやつらにばれないように、お前が頑張ってくれ。いざとなったら俺も出る)


(えぇ。わかりました。この山もろとも私の華麗な幻に包んで見せましょう)


(いや、鎖羽。お前、そんな規模の術できねぇだろ?)


(ふっふーん。烙示? いざとなったら……ですよ。そして……車での移動はここまでですね?)


(あぁ、そうだな。ここらへんでいいか。礼? 烙示? 鎖羽? さぁ、この3人になって初めての戦いだッ! 行って来い!)


「さぁ! 俺はここまで。任務開始だ。まずは小幡の救援な? お前ら、気をつけて行けよッ!」


 最後に寿原が心の声と現実の声の両方で、礼たちに声をかける。次の瞬間、車のドアが勝手に開き、礼のシートベルトも勝手に解除された。


「うぉ!」


 礼が短く声を発する間にも、後部座席に座っていた烙示が助手席のシートをすり抜け、礼の首のあたりを優しく噛んで車外に引っ張り出す。そのまま首を大きく振ることで烙示が礼の体を自身の背中に乗せた。


(さぁ、行くか)


 機嫌良さそうな烙示の声が礼の頭に響き、と同時に烙示が風の速さで走り出した。




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