(おい! バカ! 早まるな! それはさすがに酷過ぎだ! おい、やめろ!)
慌てて烙示が止めに入るも、時すでに遅し。
「そのまま動くなっ!」
礼が大きく叫び、攻撃性を兼ね備えた礼の霊気が言葉とともに空間に広がる。
その霊気が一気に敵を包みこみ、夜空を見た後こちらに振り返ろうとしていた敵は動きを止めた。
「ぐぅ……貴様、わらわをはばかったか……?」
恨みに似た敵の声が小さく聞こえ、それを確認した礼がテンション高く叫ぶ。
「うわっ! やったっ!! ねぇ、烙示ぃ!? 鎖羽ぇ!? やった!
俺ついにこの人の動きを止めたっ! だいっせいっこーーうっ!」
礼の言葉通り、敵は見えない力に拘束されるかのようにプルプルと小刻みに震えている。
その様子により、動こうとする敵の力より自身の言葉による拘束力の方が強いと認識した礼は、悪い笑顔をさらにどす黒く変化させた。
「ふっふっふ。やっぱり! さっき俺の言うことに従ったよね? 『あれを見てください』っていう俺のお願いに。
くっくっく。俺、どっかで見たことあるんだ。こういう、幽霊とか悪魔とかに自分の名前がばれると、相手の言うこと聞かなきゃいけなくなるって話。
似たようなもんかなって思ったんだけど、やっぱり俺の言うこと1回聞いちゃったら、その後の命令も聞かなきゃいけなくなっちゃうんだね。ふっふっふ」
『名前がばれる』うんぬんの話はあまり核心をついてはいないが、礼に対し心を開き、夜空を見るようにうながした礼の言葉に敵が従った段階で、言葉の攻撃に対する敵の心の防御壁は小さく切り崩されていた。
烙示たちの計画では、この後似たような会話を続けることで敵の防御力を弱めていくことになっていたが、元々自分の力がよくわからないながらもその強制力を認識していた礼は、ここで一気にたたみかけようと試みた。
そして、それが成功してしまった。
「よぉーし。じゃあ、次はその気持ち悪い霊気を吸い尽くしてやるぜぃ!
その後に、あんたの心の底までじっくりと攻め込んで、心ん中全部ぶっ壊した後、俺好みの幽霊にしてあげるから。
はぁはぁ。そんで最後に俺の家来にしてやろう。ふっふっふ。絶対に俺に逆らえないようにしてあげるから」
礼が鼻息荒く叫び、その気持ち悪い息を背中に感じた烙示が動き出す。
ごん!
「ぐぉ!」
烙示が目にもとまらぬ速さで背中の礼を振りほどき、霊気で固めた肉球を振りおろす。げんこつをお見舞いされた礼は頭を押さえながら地面をのたうちまわった。
「いってぇ! なにすんだよ!?」
「なにすんだじゃねぇよ!! お前がなにしてんだよッ!?」
礼は頭の痛みに苦しみながらなおも地面を転がり続け、しかし、礼によって動きを封じられた敵はそれを見ているだけ。
戦闘の緊迫感が一気に弱まり、烙示は臨戦態勢の霊気を解く。その状況を確認した鎖羽も幻影を解除しつつ、ついでに鎖羽は礼たちの心を繋げていた術も解除した。
これで、戦いの気配が完全に消失する。
しかしながらここから礼に向けた烙示と鎖羽の猛口撃が開始された。
「なんであのタイミングで動き出したぁ!? あいつと少しずつ打ち解けてたじゃねぇか! なのになんでいきなりあいつの気持ち裏切ったんだよ!? てーか、なんであのタイミングで裏切れるんだよ!?」
「はぁ? 言ってる意味がわかんないってば。烙示はなんでキレてんの?」
「なんでもくそもあるかァ! お前には失望した! こんなに酷いやつだとは思わなかった! せっかく心開いてくれたあいつの気持ちも考えろや! あの流れはどこをどう考えたって、じっくり会話して円満解決目指すところだろうがァ!」
つまるところ烙示は、さんざん甘い言葉を投げかけておきながら、いきなり手のひらを返した礼の行動が気に入らなかったらしい。
しかし、対する礼はいきなり怒り出した烙示の心理が読めずにいた。
「ちょ、鎖羽? 烙示がおかしい……烙示のことなんとかして」
礼は鎖羽に助けを求め、少し離れた場所でぼんやりと光る鎖羽に視線を向ける。
しかしながら、少し離れた所から礼たちのやり取りを見守っていた鎖羽も礼に向かって冷たい言葉を投げかけてきた。
「どんな育て方をされたら、あんなことが出来るのです? 地球を滅ぼそうとする悪役だって、ヒーローの変身シーンの間ぐらいは待ってあげてるでしょう? 礼様? あなたのやったことはそれ以上に非道な振る舞いです。本当にヒキます」
「ヒ、ヒーロー? 悪役? な、なんのこと?」
どうやら鎖羽は『戦いの美学』という観点から礼の行動を批判しているらしい。
「私たちは確かに『交渉』しろと言いました。そして、好機が訪れたら一気にたたみ掛けてもらえればと。でも、それはあくまで『会話』が段階を踏んで進むことを前提とした話です。まさかあんな理不尽な流れで段階をすっ飛ばすなんて……」
「えぇ? えぇ?」
ここで四面楚歌に気づいた礼が、味方を求め周りをきょろきょろと見渡す。
残る存在は今さっきまで礼のことを殺そうとしていた敵であったが、追い詰められた礼はここでなぜか助けを求めるかのような視線を敵に送ってしまった。
その視線に気づいた敵が静かに答える。
「わらわに求めるな。そなたらの問題はそなたらで済ませ。しかし、おぬしの策略は見事なものであった。誇りに思え」
というか、意外と空気を読んでくれた。
さらには礼のことを元気づけるような一言まで添えてくれた。
(な……? なんという優しさ……)
その優しさに触れ、礼は自分のやらかしたことの重大さに気づく。
今もなお動きを封じられ、ところが目の前で自分とまったく関係のない説教を見せられることとなった敵。そんな相手に気遣われては、礼の心に申し訳なさが湧きあがるのも当然であった。
「ご……ごめんなさい。許してください……」
結果、礼はついさっきまで殺し合いをしていたという相手に対し、どう考えてもおかしい言葉を放つ。状況がさらに複雑になり、烙示ですらどうしていいかわからないほどの空気が場を包んだ。
(なんだこの状況……俺は……こんなことをするためにこの世界に……)
しかし、ここで奇跡が起きる。
「『本当にごめんなさい』」
礼と烙示たちの思考の繋がりが解除されていたため、烙示たちが礼の考えを直接読み取ることはできない。しかし、心の底から申し訳ないと思った礼は無意識にその思いを口から発する『言葉』に乗せていた。
その結果、申し訳ないと思った礼の気持ちが必要以上に烙示たちに伝わることとなる。
「わ……分かればいいんだよ」
「えぇ、今度から気をつけてくださいね」
これにて説教タイムは即座に終了。
礼の『言葉』が思った以上に心を突き刺したため、(言い過ぎたかな……?)という後悔が押し寄せていた烙示であったが、そんな烙示が本来のテンションに戻るまで10秒ほど。
礼の攻撃の影響が消え去るのを待って、烙示は思い出したかのように敵に視線を向けるとともに、再び臨戦態勢のオーラを放ち始めた。
「さて、どうする? お前はこのガキが許可するまで動けない。これがこいつの力だ。しかも、今の状況ならお前の魂を一気に消し去ることもできる。ん?」
「どうするもこうするも……わらわに道を選ぶことはできないのだろう?」
「くっ。なかなかの覚悟だ。鎖羽に言わせりゃ、お前の方が戦いの気高さを知っているってことになるかもな。まぁ、そもそもお前は俺たちのことを下賤だなんだっていうぐらいだから、生きてた頃はそれなりの身分だったんだろうけど。なんというか……諦めろ」
「もう諦めておる」
敵が悲しさを匂わせながら静かに答え、烙示は鎖羽に視線を移す。
次の瞬間、烙示の思考と鎖羽の思考のみが密かに繋がった。
(交渉の過程はかなりひどいことになったが、一応ゴールには辿り着いた。そんでこいつは当初の予定通り消す。問題ねぇよな?)
(えぇ。他の場所の戦いも気になりますし。とりあえずさっさと始末しちゃいましょう)
(あぁ、そうだな。あいつが意外と人間性を見せてきただけに、礼にとっては少し酷だが……遅かれ早かれこういう場面にぶち当たる)
偶然とはいえ、ここまではっきりと意思の疎通ができる相手――つまり、霊感の強い礼にとっては生きている人間となんら違わない相手に対し、その存在を消し去れと指示することは、礼にとって『殺人』と同等の意味を持つほど残酷な行為である。
礼の年齢を考慮するとなおさらその意味が重く、礼の心にもたらす影響も小さくはないだろう。
烙示が礼の方に顔を向けると、案の定、礼は敵と烙示たちを神妙な面持ちで交互に見つめていた。
「ふっ。あんな禍々しい妖気を放っていた化け物とは思えねぇな。だが、それだけに……」
(礼が今ここでこいつを消し去ることに、違う価値が生まれる)
武士道のような価値観として、敵が覚悟を決めた以上その思いを踏みにじるような同情は余計であり、むしろ無礼にすら該当する。
(礼様、心を鬼にして)
礼のことを思う鎖羽の想いがわずかながら烙示の頭に届き、烙示は再び礼に向かって振り返った。
しかし――
「よし、じゃあ交渉を始めようか」
礼はまったく空気を読んでおらず、敵との交渉に動き出す。
というか武士道がどうとか誇り高い最期とか、そういった価値観は14歳の少年にはいささか理解しがたいものであり、礼がそのような考えまでたどり着く可能性はそもそも限りなくゼロに近かった。
「なんでだよ! ここはあいつの気持ちくんで、しっかりとどめ刺してやるところだろうがぁ!
ここまで追い詰めといて、生き恥さらさせるなや! いや、こいつは生きてねぇけども!!
最後ぐらいしっかり消し去ってやれよっ!!」
烙示が声を荒げ、それに礼が応戦する。
「えぇッ!? なんで? さっき俺のことあんだけ批判しといて、なんでそーゆーことになんのさ!
? 烙示の方こそ残酷じゃんっ! そんな酷いこと出来るわけないじゃん!」
「あぁ!? お前に言われたくねぇわ!! これ以上こいつに生き恥さらさせるような真似すんな」
「はぁっ!? 生き恥って。そんなことしてないじゃんっ! いい人そうだし、上手くいけば味方になってくれそうじゃん!」
「『なってくれそうじゃん!』じゃねぇよ! なんだその安易なスカウトはぁ!?
だいたいお前はフラフューでもそうだったよなぁ!! ヘッタクソなやつら仲間に誘いやがって! そんなやつらとわざわざ足並み揃えて戦っても、こっちは見てるだけでいらいらしてくんだよっ! 仲間は絞れ。使えねぇやつは切り捨てろ!」
烙示の台詞の後半は自宅から由多祢寺に向かう寿原の車の中で、礼たちがプレイしていたフライングフューチャーの話である。
大したことではないが、このゲームではインターネット上の仲間とチームを組んで戦うシステムが実装されており、礼は発売日にプレーを始めた世界中の精鋭たちをわずか数時間のプレーでごぼう抜きにし、数万人を数えるプレイヤーが名を連ねるランキングの一桁台に食い込んでいた。
そして、不思議なことになぜか精霊を自負する烙示や鎖羽も礼と似たようなレベルの操作技術を発揮していたわけであるが、ここにきて議論のテーマは大幅な方向転換を余儀なくされる。
「んなっ! 失礼なこと言うなぁ! みんなしっかり戦ってくれてんじゃん!
つーか、烙示がそうやって仲間を絞ろうとするから、俺のギルドが『世界屈指の冷血少数部隊』とか言われるはめになったんじゃんっ!
まだ数時間しか遊んでないのに世界中にうわさ広まったの、烙示のせいだからね! 他の人との関係修復。この落とし前どうつけんのさ!」
ちなみに、オンラインゲームにおいて礼と烙示たちは同じアカウントでプレーしているため、インターネットの向こう側にいるチームメイトからは2人を判別することができない。
その状況で、礼がチャラチャラした社会性を発揮して他のプレイヤーを自身の立ち上げたギルドに手当たり次第誘い、対する烙示は一度仲間にした他のプレイヤーを『使えない』という理由だけでサークルから除名してしまうため、他のプレイヤーからは二重人格者の可能性を疑われていた。
「うるさいわぁ! 見たこともねぇやつらからどう思われたって関係ねーだろうがぁ!」
「はーーーぁっ!? オフ回(オンラインゲームで知り合ったプレイヤーが現実の世界で食事会などの会合を開く秘密めいた行事)の誘いにノリノリだったのはどこのどいつだぁ!? つーか烙示なんて普通の人から姿見えないのに、オフ回参加してどーすんのさッ!」
「あぁ!? そんなの決まってんだろーがぁ! 他のプレイヤーの魂にマーキングしといて、もし今後プレースタイルに怠慢が感じられるやつが出てきた時そいつの夢枕に立てんやるためだろうが! 2度と甘ったれたプレーしないように、そいつの夢の中で俺が地獄見せ……」
などなど――
ここからおよそ2分間。お互いのゲームのプレイスタイルに対する否定合戦が激化し、それが最高潮に達したあたりでそれぞれの人格について本格的な誹謗中傷合戦に移行する。
さらに1分。精神年齢的に不利だった礼が烙示の口撃に耐えることが出来ずに泣き始めたあたりで、鎖羽が2人の口喧嘩に割って入った。
「落ち着きましょう……ほら、あやつも困っておりますので」
その声に反応し、礼と烙示が正気に戻る。それぞれの感情のままに最後の捨て台詞を放ちながら敵の居場所に視線を移した。
「ふーう……ふーう……ったく。ガキが……」
「えぐ……ぐすん……烙示のバカ……死ね」
(礼様、なにも泣かなくったって……しかも『死ね』って……もし今能力を使ってたら、烙示が本当に消えかねませんから。
いや、これも今後の課題でしょうか……? 感情が荒れると能力の発動も不安定になる可能性。礼様の精神力も後でしっかり鍛えとかないといけませんね)
鎖羽は小さくなった礼の背中を見つめながら少し不憫な気持ちを覚えつつ、自身も礼たちの視線の先に意識を向けた。
今もなお礼の拘束から逃れられず、かといってとどめを刺されることもなく。そんな状況で放置されていた敵は今までで一番居心地の悪そうな雰囲気を放っていた。
「け……喧嘩は止めるのじゃ……」
挙句の果てに、敵はまたしても礼たちのことを気遣う言葉を投げかけてきたため、(さっきの喧嘩は他者から見るとそれほどまでに情けない光景だったのですね。ここまで同情されるとは……礼様と烙示……本当に情けない)などと思ってしまった鎖羽であったが、礼たちが完全に冷静さを取り戻すまで、自分がこの場を仕切ることにした。
とその前に。
鎖羽は2人の意見を客観的に分析しておくことも忘れない。
(さて、どうするべきか。礼様の想いは捨てがたいが、烙示の意見も一理ある。いや、なにより礼様の安全を考えるとなると、烙示の意見を通すべきです。どこの馬の骨とも分からない輩を礼様の周りにうろつかせることはできないですからね。いつ裏切るとも分からないし……しかし、あの者の攻撃力も捨てがたい。うーむ)
しかし、そもそも敵がこちらの味方になる意思を持っているかどうかも分からない。
(やっぱここは話してみないと……)
「まず……あなた。名前は?」
その質問に、相手は少し戸惑った様子を匂わせながら、小さな声で答えた。
「……星姫……星姫と申す」
(『星姫』……『星姫』……聞いたことがありませんね。やはり、ここらの土地に根ざす、ローカルな悪霊でしょうか。言葉使いから察しても、そんなに古くからいる霊とは思えませんし)
土地に根付く地縛霊か、土地に縛られない浮遊霊か。
はたまた時間的な要因によって出現するタイプとも考えられるし、その他の条件に起因して姿を現す霊もあり得る。
「ほらッ! ほらッ! この人やっぱり『星』に関係する人だったんだ!!
あー、そうだと思ったっ! 実は俺、会った時からそんな気がしてたんだよね!
すげぇ! 俺の勘、すげぇ!」
途中、礼が本当にウザいノリで割って入ってきたが、発言の内容があきらかに口から出まかせと思われるものだったため、少しいらついた鎖羽は礼の発言を綺麗に無視し、分析を続けることにした。
(こんな山の中じゃ、人間にとり憑く背後霊とは考えられません。そもそもそこらへんに憑かれたと思われる人物の姿は確認できませんし。
礼様が縄張りがどうとか言ってましたから、やはりその類でしょうか)
「初めまして。風邦礼と言います。中学2年生です! あっ、中学って言ってもわからないか。うーんと……今年で14歳になりました!」
真剣に悩む鎖羽の気持ちを踏みにじるように、軽い雰囲気で自己紹介を始めてしまった礼の行動も、もちろん無視しておく。
「そ……そうか。わらわは21じゃ。いや、21と言ってもそれは息絶えた歳じゃが……」
「へーぇ! じゃあ、俺より8つ年上だね! いつの時代の人? 趣味は? 好きなこととかある? 男の人は得意? 俺、男なんだけど大丈夫? いや、怖がらなくていいから!」
いや、会話を重ねるごとに礼の言動が危険な流れになりだしたため、鎖羽は慌てて止めに入る。
「ちょ、礼様!? 少し黙っててください。つーか、私の前に出ないで」
挙句の果てには、油断しきった礼が先ほど礼と星姫の間に入った鎖羽の脇を通り過ぎる形で星姫に接近しようとしていたため、鎖羽は尻尾の先で礼の体を停止させつつ、烙示に助けを求めた。
しかし――
先ほどまで、礼と口喧嘩をしていた烙示。
その後、再び星姫に対する警戒心を垂れ流しながら体勢を深く構えていた烙示であったが、鎖羽が考え事をしている間に、烙示はその視線を遠くの山に向けていた。
「ん? 烙示? どうしました?」
しかし、烙示は答えない。
(ん?)
烙示が警戒心を向けている場所は、現在地から南東の方角に位置する小高い山の先。つまり今現在の烙示は星姫に対してまったくと言っていいほど無警戒であり、鎖羽からすると烙示程の熟練者がこの状況で敵に無防備な姿をさらすことは非常に珍しいことであった。
「烙示?」
異変に気づいた礼も烙示に声をかけるが、その頃には烙示はむしろ敵意とも思えるほどの霊気を山に向けて放ち始めていた。
「烙示? どうしたの?」
礼が再び烙示に声をかけ、烙示が視線を動かさずに答えた。
「誰だ……?」
次の瞬間、鎖羽は烙示の意図に気づく。
鎖羽たちのいる現在地点からおよそ2キロメートルほど離れた場所。烙示が視線を向けていた山の中腹からおぞましいほどの霊気が放たれ、その霊気の発生源が烙示に匹敵する速度でこちらに接近し始めた。
(この気配は!? 礼様が危ない!)
「んな!? 礼!? 俺の背中に乗れ!? 新手だ!
それと鎖羽! お前はもう1回幻術を発動しろ!」
鎖羽が慌てて礼の幻影を作り出すのと時を同じくして、烙示が大きく叫ぶ。礼も烙示のもとへ走り出し、鎖羽は全員の思考を繋げる術を発動させた。
(なんだこの霊気は? こんなやつがいたなんて。鎖羽? どうする? 退避するか?)
(いえ、それは無理でしょう。この速度は到底逃げきれない。いや、私たちが全力で撤退しようとすればそれも可能かもしれませんが、たとえ私たちが逃げ切れたとしても、他の場所で戦っている味方が標的にされます。
そもそも撤退したところで待機戦力による増援がなければ、撤退するだけ無駄です。ここは心を決めて迎え撃ちましょう。逃げの態勢だとなおさら不利に……)
(いや、ちょっとまて。まだ寿原がいる。この山のどっかに……あいつが来ればなんとか。
鎖羽? 俺が時間を稼ぐから、お前あいつを呼んで来い! あいつも一緒に戦えば?)
(あぁ、なるほど。それならば……でも、気を付けてください。
あの新手がそこにいる星姫とやらを礼様の拘束から開放してしまったら、2対1になりますよ?)
(あぁ、分かってる。できるだけ急いでくれ)
(え? あ? え? ちょ、2人とも思考が早過ぎ。何言ってんのかわかんな……)
最後に礼が烙示の体によじ登りながら、混乱した様子で思考の会話に入り――
「おしっ、到着! おっ? 礼? どうだ? いい感じに戦ってるか?」
周囲に風を生み出すほどの速さと、その速度からの急停止による砂塵に包まれながら、寿原が姿を現した。
「んな? お前かよ! ビビらせんな、寿原!」
「そうですっ! そんな殺気放ちながらくることないでしょ! しかし、いつの間にそんなまがまがしい霊気を会得して?」
接近してきていた正体不明の霊気の発生者が味方であると気づき、烙示と鎖羽が警戒態勢を解く。少し遅れて礼も状況を把握したが、あまりの気配に、烙示の背中にしがみつく腕の力を弱める事が出来ずにいた。
(マジか? これが寿原さんの霊気?)
礼自身、臨戦態勢に入っている寿原の霊気を目の当たりにしたことはない。寿原が烙示たちと交わす会話の内容から、彼がある程度レベルの高い霊能力者だということには気付いていたが、まさかこれほどまでに戦闘的で破壊的な霊気を持ち合わせているものだとは予想すらできなかった。
そしてそんな礼と同様、驚愕の色を隠せない烙示と鎖羽も過去の記憶を探りつつ、自分たちが知っている寿原と目の前にいる今現在の寿原のギャップを埋めようとしていた。
(いや、さすがにここまでってわけじゃ……いや、こいつと一緒に戦ったの……最後に戦ったのっていつだっけ?)
(うーん……一昨年? いえ、あの時は六憐様がいたから、寿原様は手を抜いていたような気がします。本気となると……もっと前でしょうか……?)
その時、思考の会話に参加していない寿原は、烙示たちの交信を妨げるように話しかけてきた。
「おぉ。悪い悪い。一応戦闘地域だからな。臨戦態勢ってことで。俺も死にたくないからさ。それにほら? お前ら追っかけてたら、あっちの山で一戦やっちゃったし」
そして寿原が右腕を前に出す。その手にはイノシシの子どもと思われる動物の霊が捕獲されていた。
「きゃーーーッ!! ショコラぁーーーーッ!! やめてぇーーッ!! 私のショコラを殺さないでぇーーーー!!」
次の瞬間、星姫の予想だにしない台詞が山々に響き渡った。