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第16話 夏の夜の嵐過ぎて、少年は状況把握を諦めし




「あっ、でも……連携とかの話は、はっきりいってどうでもいい話だったからな?

 礼? 今のお前が小幡たちと上手く連携とるなんて、無理だから。

 身の程知らずも甚だしいくらいだから、ガキのくせに偉そうなこと考えんなよ? あっはっは」


 愛情あふれる寿原の雰囲気に沈黙する礼に対し、寿原が追加のコメントをしてきた。

 その内容が礼を子ども扱いするようなものだったため、少しご機嫌斜めになった礼であるが、寿原は早々と礼から鎖羽に視線を移す。

 その視線を受け、今度は鎖羽が礼に視線を戻した。


「西呀が怪しい動きをしております。

 礼様ご自身が十分に成長すれば、そんな懸念も無くなりますが、寿原さんの言葉を察するに西呀はわりと表だって動いている様子。

 相手も焦っているのでしょうね。

 礼様の身に危険が及ばないようにするには、今はむしろ礼様の周りの戦力を補強しておくべきでしょう。

 精神力の成長は時間がかかるものですから、それよりは手駒の数を増やす方が簡単ですので」


「俺は礼の手駒になった覚えはねぇがな」


 最後に烙示の小さな自己主張も加わりつつ、鎖羽による説明は終わった。


「ふーう……」


 そして、礼は小さくため息を吐く。

 鎖羽の説明に対し、全てを納得したようでありながら、なんかいろいろと引っかかる感覚。

 どちらかというと、自分だけ蚊帳の外にほっぽり投げられていたという疎外感のようなものであるが、その感覚が礼の心にどっしりと陣取っていた。


「うーん……」


 礼は腕を組み、小さくつぶやきながらいろいろと思考し始める。

 しかし、鎖羽からもたらされた情報の量があまりにも多すぎたため、胸の違和感を拭い去るための情報の整理が上手くいかない。


「まぁいいや。俺も疲れた……」


 結果、礼はいつものように全ての理解を諦め、地べたにちょこんと座りこむ。


「よくわかんないけど、これで終わり? 他の戦いは? 俺、帰りたい……」


 そう言って、礼もだらしなく脚を伸ばした。

 その言葉に、鎖羽が申し訳なさそうな声で答えてきた。


「いえ、全然終わってないんですけど……礼様? 星姫の処遇の件です」

「あっ……」

「礼様の言葉でこやつに命じてください。部下になれと。言葉の拘束力で星姫を味方にするのです」

「え? マジで? 結構強引だね。説得とかじゃないんだ……」

「それよりも手っ取り早い方法です。むしろ礼様だからこそできる簡単な方法です。言葉で約束を交わせば、相手はその約束に縛られます」

「な、なるほど……」

「はい。約束は契約。契約は拘束。さっさと済ませてしまいましょう。それこそ他が気がかりですので……」


 ここまでさんざんしゃべり合っておきながら、鎖羽が今更他の戦いを気にし出したことにツッコミたい気持ちを覚えつつ、礼は再び立ち上がった。


「まぁ、そうだね。確かに気がかりだ。んで、どうすればいいの? 普通に約束すればいいの? あっ、一応声に『気持ち』込めるんだよね?」

「はい、そうです。じゃあ、私の言ったことを復唱してください。リピィト アフタァ ミィです」

「うん。覚えたての英語使わなくていいから」


 先ほど燃え上がっていたツッコミ魂が沸点を超えたため、礼は思わず鎖羽に対してツッコミを入れる。

 しかしながらこの時の礼は疲れがどっと押し寄せていたため、口調はいくらか残酷なものであった。


「んな? べ……別にそんな意図は……」


 それゆえ、鎖羽がショックを受けたような口調で言葉を返してきたが、疲れていたのでフォローはしない。


(よしッ!)


 礼は腕を腰に当て、足を肩幅程度に広げる。自身の姿がそれっぽい体勢になったのを確認し、次に礼は星姫に視線を移した。


「星姫さん? いい?」


 もちろんすでにいろいろと諦めていたであろう星姫から返ってくるのは即答。むしろ礼の言葉の終わりに台詞を少しかぶせる形で答えを返してきた。


「しょ、承知しておる! い、いつでもいいぞっ!」


 少し緊張しつつもワクワクしている感じの星姫に対し、今度は鎖羽がツッコミたい気持ちになったが、礼はにこにこしながら大きく息を吸い、それを感じ取った鎖羽が慌てて叫んだ。


「『俺の部下になれ』 礼様? どうぞ」

「わーれーのーぉ! 配下にーぃ! なーれーーぃ!」

「わ、わかった!」


「なんで微妙に台詞を変え……もういいです。えーと……『俺のために戦え』と……」

「おぬしのーーぉ! 力をーーぉっ!! 我にのみーーーぃ! ささげろーーーぉっ!!」

「わかったのじゃ! 捧げるのじゃ!」


「『その力で俺に危害を与えることは断じて許さん。破ったらその魂が消えるから気をつけるように』と……」

「不義のぉーーー! はばかりもーーーぉ! 許さざーーるっ、べしっ! さもなくばあーーぁ! その身ーーぃ!! 然るべきーーぃ、処遇にてーーぇ! 断罪っ! 断罪っ! べしっ! ヴェーーシっ! おらぁ! どしたぁ!?」

「きゃーーっ! こわぁーーーい! でも承知の旨ぇマックスじゃーー!」


 ……


 ……


「ん? 次は?」

「いえ、次とか……特に」

「あれ? そうなの?」

「そ、そうです。終わりです……」


「だって? 星姫さん?」

「ん? これで終わりなのか? 約束とはこの程度のことじゃったのか?」

「っぽいね。意外と楽しかった。昔のお殿様ってこんな気分だったのかな?」

「そうじゃな。マイクバトルしとるような感じじゃな。合戦前の口上を思い出しよったわ」


「……」


 鎖羽自身、本当はもう少し制約を加えた約束をしたかったが、礼と星姫のテンションの高さに心を打ち砕かれたのは言うまでもない。


「ひでぇ光景だな……」


 傍から見ていた烙示がぼそりとつぶやき、それを聞いた鎖羽の顔が恥ずかしさで真っ赤になる。

 しかしながら、もちろん礼がそんな鎖羽の異変に気づくことはない。


「じゃあ、星姫さんの拘束を解除していい?」


 思いっきり叫んだことで若干すっきりした顔になりつつ、礼は黙りこむ鎖羽に話しかけた。


「……はい」

「ん? よしっ! じゃあ、星姫さん? 『動いていい』よ」


 次の瞬間、星姫の体を取り巻く見えない力が消え、と同時に星姫が驚いた様子で地面に倒れ込んだ。


「きゃッ!」


 その後、自身の身が自由になったことを確認するため、手足をぷらぷらと振り始める星姫であったが、その素振りを5メートルほど離れたところで見つめていた礼は複雑な表情を浮かべていた。


(あぁ、やっぱり……)


 小幡の様に、礼の能力に敵の力を抑え込む効果があるとしたならば、礼が術を解いた瞬間、星姫は手足の力が元に戻るまで自立できず、拘束が解かれた瞬間倒れ込むという可能性もあり得た。

 しかしながら、もたれていた壁が急に消えたかのように倒れ、かつ、なにもなかったかのようにすぐさま立ち上がったこの時の星姫は、間違いなく礼の術に体重をかけていたのだろう。


(……俺の力、ソファーじゃないって……)


 礼は少しあきれた表情をするが、すでにあきれた表情をしきっている鎖羽がここで突如動きを見せる。それぞれの思考を術で繋ぎ、烙示と鎖羽、そして星姫の思考が礼の脳に入ってきた。


(え? これって? 星姫さんも……?)


 一瞬遅れて礼が思考のネットワークに星姫が含まれていることに気づくが、当然のごとく星姫は混乱を見せた。


(きゃッ! なんじゃこの声は? 頭の中に声が響いてきよる!?)


 礼もいきなり術を発動した鎖羽の意図を読めず、思考の中で鎖羽に問いかけた。


(ん? 鎖羽? なんで? しかも星姫さんまで?)


 しかしながら、その問いに答えたのは烙示であった。


(礼、まだやることあるから、お前は黙ってろ。んで、星姫?)


 ところが、ここで事件が起きた。


(ん? なんじゃ? この声は? そちらの犬コロが話しかけてきとるのかぇ?)



 ……



 ……



「犬コロって何だぁーーーっ!? てめぇーーっ! ぶっころすぞっ! あぁっ!? ばばぁの分際で調子乗ってんじゃねーーぞっ!?」


 どうやら星姫はこれまで烙示のことを心の中で犬コロ呼ばわりしていたらしい。

 誇り高い烙示のこと、星姫の発言に対して怒りを見せるのは当然の流れであったが、しかしながらブチ切れた烙示の発言内容に対し、星姫も殺意をむき出して応戦した。


「あぁ? さっき言ったこともう忘れたのか? わらわは21じゃ。若さあふれる年ごろじゃ!」

「なーにが『年ごろ』だぁ!? お前の生きてた時代なら完全にばばぁじゃねーかぁ!」

「じゃあ、おぬしはどうなのじゃ? 見たところ数千年はたっているようじゃが。犬と考えたらなおさらのこと、死にぞこないもびっくりのよぼよぼじじいじゃのーて?」


 一応自分に関しては没年齢を主張しつつ、相手には死後の経過時間でものを言う星姫の卑怯さに礼が気づいたが、今現在、礼の思考は星姫にも烙示にもバレバレであるため、頭に浮かんだ考えを即座に消し去る。

 というか烙示がブチ切れた瞬間から、両者は思考の会話と実際の会話の両方で罵り合いをし始めたため、礼からするとそれぞれの言葉が二重に聞こえていた。


「やんのか? こらぁッ!?」

「あーんッ!? おぬしなら……殺れるぞ……!」


 起き上って四足をしっかり地面に踏ん張り始めた烙示と、礼以外には手を出しても構わないという逆制約を盾にし始めた星姫。

 意外と本当に戦いの続きが始まりそうだったため、ここで礼が動き出す。


「『喧嘩やめて!!』 あと、『怒んないで!!』」

「ぐっ……」

「ぎゃっ……」


 今日一番と言っていいぐらい、声に気持ちを込めた礼の台詞で、それぞれは臨戦態勢と怒りの感情を強制的に解除された。


(そうじゃなくて……烙示? 何かしようとしたんじゃないの?)

(あ、あぁ。そうだった。星姫?)

(なんじゃ?)


(これから鎖羽がこの術の有効範囲を思いっきり広げる。山々を包むぐらいにな。

 それで、お前の思考をお前のペットどもと繋げてやるから、今すぐ戦いをやめてここに集まるように言え)


(んな? なんでそんな途方もないことが出来るのじゃ?

 というかこの術。よもやおぬしらは裏でこそこそしとったのか? わらわをはばかったのじゃな?)


(ん? 気にすんな。寿原がここに来た後は使ってねぇよ。わりとマジでお前を味方にするって話になりそうだったから、交渉の一環として他意がないことをお前に伝えとくって意味で、この術は解除してた。

 そこのバカに説明がてら、お前にも聞いといてほしかったからな。そん時に裏で小細工しても、礼じゃ隠しきれねぇ可能性があるし、それが原因でお前に不審がられたら、それこそ交渉が長引いちまう可能性があったからな。

 だからあん時は解除してた。まぁ、お前が抵抗なく承諾してくれたから、交渉がものすんげぇ早く終わったけど……。

 よく考えてみろ。この術があったら、鎖羽がわざわざ説明しなくたって、礼のバカに全てを伝えることが出来るだろ? 一応お前に対する礼儀ってことだけわかっておけ)


(そ、そういうことならば……仕方ないの)


(バカって言わなくても……)


 思わぬタイミングで口撃を受けたため礼は少し凹んでしまったものの、鎖羽が礼に対して諸々の説明を始める直前に、烙示が術を解除したのにもわけがあったらしい。

 今さらながら烙示の配慮に気づいた礼が凹みながらもふむふむとうなずき、烙示の霊気が山間部一帯に広がるのを確認した鎖羽が星姫に話しかけた。


(さぁ星姫。この戦い、そろそろ幕引きです)


 その後、星姫の声が烙示の力を借りて山岳地帯銭気に響き渡る。その声は敵味方問わず伝わり、状況を理解した者から臨戦態勢を解くこととなる。

 特に理解が早かったのは星姫の部下となる野生の獣だった悪霊たちであった。

 星姫の声を聞き、それぞれがすぐさま異変を察知。むしろ星姫の説明が終わる前にそれぞれが動き出し、礼たちのいる場所に集まってきた。

 それら動物の霊は礼たちに対して一瞬だけ臨戦態勢をとるが、星姫が女子高生のような口調でそれぞれを諌めたため、緊迫状態はすぐに収まる。

 イノシシの子どもであるショコラの他に、クマやサル、キツネやタヌキ、シカといった動物の子どもたちが二十数体にも及んだが、礼の味方が少し遅れて合流するまでの間に突如始まった星姫による紹介コーナーでは、甘ったるい単語を用いた名前が溢れ、胸やけを起こした礼は名前の暗記を途中で諦めた。

 そんな中、礼が唯一喜びを感じたのは、それだけの動物が礼の配下になったこと。


 いや……


 配下と呼ぶか、式神と呼ぶか。はたまた召喚獣とでも呼んでおくことにでもするか――


 かっこいい呼び方その他もろもろについて、礼は嬉しい誤算に頭を悩ませることになる。

 そんな礼が勝手に悩み込む傍らで、寿原がヘリコプターを要請。坂月という西呀勢力の人物に後処理を任せつつ、礼たちはすたこらさっさとその場を後にした。




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