「耀……」
いつも、この声に引き戻される。
「何を考えていた?」
低い声だ。見透かされているのだろう、また過去の記憶を見ていた事を。
朱炎の顔が目前に迫る。
「私を目の前にして……余程、余裕があると見たが」
「申し訳ございません」
咄嗟に謝罪の言葉を告げた。だが、遅かった。
耀を撫でる指が二本。さらに一本、増やされて優しさから厳しさに変わる。激しさを増す。
赤い瞳は鋭さを増していた。
こうなると、もう手遅れなのだ。
菊の花は引き千切られるかもしれない。それを考えるだけで四肢がぞわぞわと粟立つ。
そして、三本の指は矢のように、ある一点を狙った。耀は声を押し殺すも、脳内では悲鳴を上げる。
中が燃えるように熱く感じる。まるで炎に焼かれているような感覚。
これはきっと、赤い炎。
(……朱炎様の、色)
何もかも、貴方の色に染められる。
第四話
•───────⋅ 炎の色 ⋅───────•
いつか必ず復讐する。
それだけを支えに生きてきた。
戦い方を覚えた。剣を握るたび、心に言い聞かせた――これは主の首を斬るための剣だと。
牙を研ぎ、憎悪を燃やし続けた。
青い炎だった。赤よりも熱い、憎しみに燃える青い炎。
その日、耀は覚悟を決めていた。
屋敷の片隅、羅刹の部屋へと向かっている。
光の届かぬ闇の中、気配を殺し「無」となって歩く。
だが、すべては無駄に終わった。
「……耀」
名を呼ばれた時には既に、背後に羅刹が立っていた。
咄嗟に振り返ると、熱のない掌に首を掴まれる。無理やり顔を上へと向けさせられる。
「……俺を殺せると思ったのか?」
計画はすでに見抜かれていた。
この男は、喰らった鬼の力を取り込み、あらゆる力を併せ持つ恐怖の化身。耀の思考を読む事など造作もなかった。
「何を企んでいた?逃げるつもりだったか? それとも俺を殺すつもりだったか?」
羅刹の声が低く響いた。
力では負ける。それでも、屈するものか、と耀は歯を食いしばり、睨み返した。羅刹の問いに答えるつもりもない。
「答えぬか。だが、お前の考えは全てお見通しだ。これからは二度とそんな考えを持たぬように」
耀の首を掴んでいる羅刹の手から黒い靄が現れて、形を成した。それは冷たい感触を伴って、耀の首に嵌る。
――首輪。
意識と意志を縛る、“支配の首輪”だった。
この首輪がある限り、耀の脳は羅刹の支配下に置かれる。場所も常に特定され、逃げることも叶わない。
首輪が煌めくと、耀の思考が鈍り始めた。
「耀、俺を殺すか?」
羅刹が問う。
耀は一瞬、何かを思いかけたが、口から出たのは――
「……いいえ」
「逃げるつもりは?」
「……ありません」
無表情のまま、従順に、静かに答える。
羅刹は満足げに笑った。
「そうか。それでいい」
その夜、耀は“見世物”として、過去最多の鬼たちに囲まれた。
首輪によって理性は曇った。身体は鬼達の言うことを聞いて、酷い痛みを感じた。
時間が経つにつれて、怒りは輪郭を失い始めた。憎しみが霧散してしまう。
かつて胸に燃えていた青い炎は、ただ燻る残骸へと変わっていた。
世界は変わらない。ただの、地獄。