目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話



「耀……」


 いつも、この声に引き戻される。


「何を考えていた?」


 低い声だ。見透かされているのだろう、また過去の記憶を見ていた事を。


 朱炎の顔が目前に迫る。


「私を目の前にして……余程、余裕があると見たが」


「申し訳ございません」


 咄嗟に謝罪の言葉を告げた。だが、遅かった。

 耀を撫でる指が二本。さらに一本、増やされて優しさから厳しさに変わる。激しさを増す。


 赤い瞳は鋭さを増していた。

 こうなると、もう手遅れなのだ。


 菊の花は引き千切られるかもしれない。それを考えるだけで四肢がぞわぞわと粟立つ。


 そして、三本の指は矢のように、ある一点を狙った。耀は声を押し殺すも、脳内では悲鳴を上げる。


 中が燃えるように熱く感じる。まるで炎に焼かれているような感覚。


 これはきっと、赤い炎。


(……朱炎様の、色)


 何もかも、貴方の色に染められる。





第四話

•───────⋅ 炎の色 ⋅───────•





 いつか必ず復讐する。

 それだけを支えに生きてきた。


 戦い方を覚えた。剣を握るたび、心に言い聞かせた――これは主の首を斬るための剣だと。

 牙を研ぎ、憎悪を燃やし続けた。

 青い炎だった。赤よりも熱い、憎しみに燃える青い炎。


 その日、耀は覚悟を決めていた。

 屋敷の片隅、羅刹の部屋へと向かっている。


 光の届かぬ闇の中、気配を殺し「無」となって歩く。

 だが、すべては無駄に終わった。


「……耀」


 名を呼ばれた時には既に、背後に羅刹が立っていた。

 咄嗟に振り返ると、熱のない掌に首を掴まれる。無理やり顔を上へと向けさせられる。


「……俺を殺せると思ったのか?」


 計画はすでに見抜かれていた。

 この男は、喰らった鬼の力を取り込み、あらゆる力を併せ持つ恐怖の化身。耀の思考を読む事など造作もなかった。


「何を企んでいた?逃げるつもりだったか? それとも俺を殺すつもりだったか?」


 羅刹の声が低く響いた。

 力では負ける。それでも、屈するものか、と耀は歯を食いしばり、睨み返した。羅刹の問いに答えるつもりもない。


「答えぬか。だが、お前の考えは全てお見通しだ。これからは二度とそんな考えを持たぬように」


 耀の首を掴んでいる羅刹の手から黒い靄が現れて、形を成した。それは冷たい感触を伴って、耀の首に嵌る。


 ――首輪。


 意識と意志を縛る、“支配の首輪”だった。


 この首輪がある限り、耀の脳は羅刹の支配下に置かれる。場所も常に特定され、逃げることも叶わない。

 首輪が煌めくと、耀の思考が鈍り始めた。


「耀、俺を殺すか?」


 羅刹が問う。

 耀は一瞬、何かを思いかけたが、口から出たのは――


「……いいえ」


「逃げるつもりは?」


「……ありません」


 無表情のまま、従順に、静かに答える。

 羅刹は満足げに笑った。


「そうか。それでいい」


 その夜、耀は“見世物”として、過去最多の鬼たちに囲まれた。

 首輪によって理性は曇った。身体は鬼達の言うことを聞いて、酷い痛みを感じた。


 時間が経つにつれて、怒りは輪郭を失い始めた。憎しみが霧散してしまう。


 かつて胸に燃えていた青い炎は、ただ燻る残骸へと変わっていた。


 世界は変わらない。ただの、地獄。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?