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第5話



 耀は“今”、朱炎の手で丁寧に愛でられている。 


 時折思い出される忌々しい記憶は、朱炎の色に染められていった。

 しかし、心地良いのか、苦しいのか。


 朱炎の愛撫は業火のようで耐えにくく、耀は快楽を逃そうと身体を捩った。


 熱がさらに沈み込む。背が浮くほどの刺激。


「……んふっ……」


 鼻から抜ける声を自身の耳で拾ってしまい、急に恥ずかしさが込み上げる。耀は思わず顔を背けた。


「……気にせず声を出せば良かろう」


 朱炎が低く嗤う。そして――


「お前のために用意した部屋だ」


 ほんのり赤く染まった耳に優しく囁かれた。






 ここは、柔らかな灯が揺れる部屋。

 耀を満たし閉じ込めるために用意されたもの。

 焚かれた香の残り香が、静かに空気を満たしている。


 朱炎が人間との「取引」の中で築いたものだ。この宿の主は、朱炎の正体を知ることなく、最上級の空間を提供し続けている。


 人の手によって丁寧に磨かれた燭台、絹の寝具、朱炎の気配を濃く映すような赤い帳。

 その全てが、耀を縛る。


 人の世界の、限りなく穏やかな空間。

 鬼の屋敷では声を出しづらいだろうと、朱炎の計らいの元。

 計算し尽くされた場所である。


 全ては朱炎の掌の内。

 だから「声を聞かせろ」と。


 もし、耀がすべてを曝け出し、妖艶に乱れることができたのなら、どれだけ美しい情景となるだろうか、と。


 燭台の火は柔らかく揺れ、香の余韻は厭らしく濡れた肌を這うはずだ。

 絹の寝具は纏わりついて、快楽に溺れる白い四肢を溶かすように、滑らかに絡むだろう。


 舞台は整えられている。すでに幕は上がっている。


 あとは耀の艷やかな声の響きだけ。それが揃えばこの官能的な空間は完成する。


 朱炎はもう一度、静かに命じた。


 「声を聞かせろ」


 だが、意識が曖昧になっている耀には、その言葉は苦しいものとして響いた。


 今、目の前にいるのは。


 朱炎か、羅刹か。


 『声を聞かせろ』


 羅刹も、同じ言葉を言い続けていた。


 ーーこれが鬼の言葉だというのか。

       ならば、あまりにも残酷だ。






第五話

•───────⋅ 耀の地獄 ⋅───────•






「耀、どうした?俺が憎いか?」


 羅刹の下品な嗤い声が響く。


「……もっと声を聞かせろ……ほらよ、いい声で啼けよ?」


 羅刹の嗤いに周りの鬼達も、がはがはと大きな声を響かせている。


 ーー絶対に、声は出さない


 耀の心は、まだ折れていなかった。

 細い手足は複数の鬼に押さえつけられている。羅刹一族の男鬼は強すぎて、力では負ける。

 逃れられない。耐えるしかないのだ。


 羅刹の隣にいる鬼が耀のそれに触れ続けている。汚い掌で強く握られ、時折先端を弄ばれた。

 耀は身を捩り、必死に耐えた。だが、身体が言うことを聞かず、意思に反して震え始める。激しく痙攣し始めると、“快楽”という苦しみを逃すために、また背を反らせていた。


「……くっ……ん゛っ……っ……!」


 周りの鬼達が、「羅刹様の命令だ、もっといい声で啼けよ」と口々に言う。「みんな見てるぜ?」と意味深な台詞を投げる者まで。


 耀は薄目を開けて、睨んだ。しかし、目に入ったのは、悍ましい姿。


 たくさんの目玉が出現した異形のような鬼達の身体。その目は皆、耀を見ていた。


「!!」


 羅刹一族は鬼を喰らいすぎている。

 ゆえに、最近では身体中に目玉を出す事ができるとか。これがこの鬼達の進化、だと言う。


 悍ましさに固まった耀を見て、羅刹が続ける。


「何を驚いている……もっと良いものを見せてやろうか?」


 そこで見せられたのは、複数の舌の付いた魔羅だ。あまりの気色悪さに目眩がした。


「これをぶち込めば、少しは啼くか?……な?耀?」


 耀は必死で首を横に振った。


「そうかそうか。いい顔をするではないか。では、もっといい事を教えてやろう」


 その魔羅には、二つの目玉も出現した。


「これはなぁ、お前の……父と母だ」


 耀は目を見開いた。全てが凍りつく。

 口を塞がれているわけでもないのに、この瞬間、呼吸が出来なくなってしまった。


「入れてやろう。さぞかし、良いだろうなぁ……」


 叫べるなら、叫びたかった。だが、もう喉の奥が何かで塞がり、言葉が出ない。


 耀は口をはくはくとさせて「それだけは」と言うように許しを乞う。


 ——もう嫌だ、何もかも


 耀は天を仰ぐように顔を背けた。






「……ぁあっ……!!」


 ーー耐えられなかった。


絶対に声を出すものか、と心に決めていたのにも関わらず。


 ——もう嫌だ、死にたい。死んでしまいたい。


 何度願ったか分からない。

 その夜も、何度何度も傷つけられた。


 そして、この日を境に、鬼達の遊びは激化した。

 耀の心が折れた日だった。


 やがてこの怒りも憎しみとなり、憎しみはいつしか霧散する。

 何も感じない日々が続いた。


 この身に刻まれた苦しみの意味は何だというのか。

 生まれた意味が分からない。死ねない意味はどこにあるのか。


 自ら死を選べない鬼の体が、恨めしかった。


 痛みと苦しみがこびりついた身体ーー。

 傷だらけの穢れた身体と成り果てた。




 だが、ある日。


 その身体を拾い上げる者が現れる。

 それは、耀が任務に失敗した日のことだった。





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