第十ニ話
•──────⋅ 解ける心 ⋅──────•
「………朱炎さまっ……なぜっ……ぁぁっ!」
朱炎の手が離れてしまった。
不安のせいで体温がわずかだが下がったように感じた。
今、耀は異質な感触の生き物に巻き付かれている。未知のぬめりで包まれている。
朱炎が鬼の術で生み出した異形――触手。
それは生きているかのように脈打ち、濡れた音を立てながら這い上がる。
滑らかで温かく、いやらしくしつこい。
ねっとりとした液体を放ちながら、肌の上をうねうねと這い回った。
「……っ……!」
本能が警鐘を鳴らす。だが身体は、縛られたまま逃れられない。
身じろぎすればするほど、蜘蛛の糸が絡み、きつく締まる。
その時。
「怖がるな」
低く、冷ややかな声で囁かれた。
「楽しめばいい。お前が悦べば、それでいい」
朱炎の声だ。
命令とも、慰撫いぶともつかない響き。
耀の中にうずまいていた恐怖を少しばかり和らげた。
(朱炎様が……ここにいる)
抱き締めるように支えてくれる腕に気づいた。
――ならば、耐えるしか。
朱炎が近くに居てくれる限り、この異形の中でも正気を保てる、と。
どれだけ淫らに堕ちても、恥じる必要はないのかもしれない、と。
耀は身体の力を抜いた。
それを待っていたかのように粘膜の蠢きが耀の中心を覆う。
甘く濡れた音が、じゅるっと鳴った。
耀の芯から何かを啜り取るように――絶え間なく。
その度に、身体が跳ね、腰が浮く。体内に快感が擦れ込んでくる。
しかし――。
達する事はできなかった。
達してはならない、と無意識に止めている。
耀の身体は痙攣し、その後、びくびくと跳ねるが、控えめに一筋流れるだけ。
ずっとそればかりを繰り返している。
(苦し……)
顔が苦痛に歪んでいた。
頬に手が添えられる。抗うことはしない。
すると、呼吸を整えるために薄く開いていた唇に、推し入ってくるものがあった。
触手ではない。
温かく、優しく、それでいて容赦がない。
耀はそれが何かすぐに分かった。
恐れるな、と朱炎の舌が滑り込み、少し強引に絡め取られる。
呼吸が辛くなれば、息すらも分け与えられていた。深く、濃い。
身体は次第に解れ始める。朱炎の温もりを感じたからだ。
過去の記憶も掠れていく。
――心地いい
そう感じた時には、全身の力が抜けきっていた。
パチンッ
と、ここで朱炎の指が鳴る。これは合図。
うねうねと蠢く触手たち。身体の上を滑っていただけの奴らがいくつか下へと移動する。
菊の花を数え始めた。繊細な皺をひとつずつ開くように。
(……まさか)
耀がそう思った時、もう既に遅い。
「ぁぁっ……」
塞がれていたはずの唇も、耀が背を仰け反らせると解けてしまった。代わりに甘い声を漏らしていた。
「っ……ぁっ……」
震える四肢。
耀はあまりの快感に耐えられず、身体を支える朱炎の腕に思わず縋る。気づけば甘えるように顔を寄せていた。
飛びそうな意識の中、薄く目を開いてみると、満足そうな表情が目に入った。
(朱炎様……)
――感じても、いいのかもしれない。
広がる安堵に身を預けた。
すると、耀の身体はひとりでに快感を拾い始める。
「んぁ……はっ、ぁぁ……うっ……」
少しずつ、少しずつ。
開く身体と、解ける心。
奥へ、奥へと。
この快楽がどこまで深いのか。
どれほど朱炎に染められていくのか――。