女は料理ができなかった。正確には、させてもらえなかった。後にも先にも、料理をしたことがあるのは小学六年生の時だけ。
夏休みの自由研究の課題として、自分の好きなものをどう料理すれば美味しくなるだろうかと考えたのが始まりだ。母か父に相談すればいいものを、子供というのはどうして好奇心が抑えられないのだろう。二人が仕事に出ているなら、その次に頼れる妹が遊びに行ってるのなら、私一人で作ってみせようではないかという考えに至ってしまった。
母がどのように料理していたかなど、幼い子が見ているわけがない。見て覚えたところで、必要なものが見つからなければ、物が散らかるのは必然。フライパンには必要以上の油が敷かれ、卵だったものは床に散り、調味料が入った瓶には僅かにヒビが入り。幼い子の末路は言うまでもないだろう。
あれから十年以上が経過した。どこに引っ越す気にもなれず、結婚する気にもなれず。自宅から自転車で十分の移動時間があるコンビニで朝から昼まで働き、昼からはネットの海を漂う友人たちとゲームをする。
それが彼女個人の幸せ。周りは男を見つけたら多少は幸せになれると言うが、どうしてもその理論が理解できない彼女はこの日常だけで満足できた。そんな日常が続いたある日、待ち望んでいた休日のことだ。
『今日はお父さんと一緒に、パチンコ行ってきます。ゆーちゃんもたまには、ちゃんとしたご飯、食べてね。』
両親は一度パチに行けば夜まで帰ってこないのは確定だし、料理ができる妹に頼ろうとしても、推しの生配信を見るのに忙しいからと断られるのは目に見えている。
休日に外に出るのが面倒くさい。いつもなら用意してくれているご飯がない。今朝まで夜ふかしして目も覚めてないというのに、自分以上に人として終わっている両親からのメールを見ると疲れが増す。
女はため息をぐっと堪えた。
「・・・・・・めんッッッどくせェ」
堪えた末に出たそれは、お淑やかであれと教育された女性の言葉ではなかった。