タイミングの悪いことに、女が起きたのは正午を過ぎてから。寝ぼけ眼で冷蔵庫を開くが、今食べたいと思えるものが入ってないことに気付く。食パン、大量購入された卵、酒、酒、食べ残したケーキや寿司、そして酒・・・・・・見ているだけで胃もたれするようなメニューだ。
せめて朝は何か胃に優しいもので済ませたいと冷凍庫も漁るも、冷凍された肉とアイスぐらいしかない。普段なら食べない選択肢もあったが、朝まで起きた反動で頭が痛むせいだろう。自分が望むものを口にしないと、この苛立ちは解消されない。
「とはいえ、私にできる料理なんて卵かけご飯ぐらいだからなぁ。そも、あれを料理と呼ぶべきかって話だが」
せっかくの休日、せっかくの一人でのんびり過ごせる日。たかが弁当を買うためだけに外に出たくはなかったと、ぼやきながら一度自室に戻って着替えることにした。
さて服を選ぶかとタンスを開いてみるが、相変わらず女性とは思えないラインナップ。父のお下がりの服、ズボン、可愛さの欠片もないパジャマ。女の家には何度か友人が遊びに来ているが、勝手にタンスをチェックされてはこう言われる。お前は一生婚期を逃すタイプだな、と。
人のプライバシーを覗いてその発言はノンデリだと怒鳴り散らかした一週間前を思い出す。今思えば友人なりの人生へのアドバイスだったであろう発言に従い、ついでに服でも買いに行くかと財布の中身もチェック。
小銭は数えるのもウンザリするほど、札束は数える程度しかない枚数だ。それも千円札のみ。
「合計で七千と、三百と・・・・・・課金しすぎた。贅沢したいが、安物の弁当になりそうだね、こりゃ」
妙に鉄臭いのが増している気がする硬貨を財布に戻し、着替えた女は戸締まりをした後、外の駐車場へと向かう。駐車場は父の物置スペースが大半を占めており、残りは自転車と車一台スペースと分けられている。いい加減に片付けろと怒鳴ってはみるが、優柔不断な父は何年経過しても片付ける気を起こさない。見ているだけで苛立つ場所だ。
だが年に一度だけ、花見の季節には庭に荷物をどかす時がある。女は家族とそういった催しを共に過ごすことが極端に少なく、花見とて例外ではなかった。いつもリビングでテレビを見ながら、母の作った料理を食べるのが彼女の春である。
「(母さんのオムライス、美味しかったな。私が一人の時に料理してくれたふわふわの・・・・・・オムレツって呼ぶのかな?ケチャップと混ぜた米、ほどよく焼けた鶏肉。玉ねぎはいつも通り苦手すぎて、よくゲロったっけ)」
お腹が減るほど思い出す、あの日のオムライス。大人になってからは弁当を食べることが多くなり、母に頼みづらくなった料理。
また味わいたいなと思い出に耽りながら、買い物に出掛けた女が帰ってくるまで、三十分もかからなかった。帰ってきた女の自転車のカゴには、弁当一つではなく卵、鶏肉、塩コショウ、ケチャップ、油・・・・・・こんなものしか使わないだろうと買ってきたものばかり。恐ろしいことにこの女、オムライスの基本材料すら知らないま、何とかなるの精神で料理をしようとしていた。
レシピ検索も怠る彼女の料理が失敗するのは目に見えるが、この出来事はおそらく、後の成長にも繋がるだろう。この日、女は小学六年生以来触れてすらなかった調理器具に、久しく触れることとなる。